冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
彼女が作った料理を口に運ぶ。いつもと同じ味付け、いつもと変わらぬ美味しさ……のはずだ。
今の俺には料理の味がわからなかった。カチャカチャと食器とフォークやスプーンが擦れる音が響く。
ベルとレフィーヤに同時に訓練した翌日。いつものように起きて、いつものように彼女が来て、いつものように仕事をして、いつものように昼食を食べている……はずだ。だが、俺達の間には言葉に表せないような空気が漂っていた。
別にギスギスしたとかそういう悪い雰囲気じゃない。ただなんて言うか……お互いの距離感がまだ掴めていないような、そんな感じだ。
チラリと彼女を見る。すると彼女……レフィーヤの空色の目と視線が合わさった。慌てて逸らす。……いや、逸らしてどうするんだ、俺。
レフィーヤが来てからずっとこんな感じだった。お互いの顔をまともに見ることができない。昨日のレフィーヤの言葉によって俺達は恋人になった……と思う。
けど、数多の経験を積んだ俺でも恋人ができたことは1回もない。というかそんな暇はなかった。そんな訳で俺は現在進行形でテンパっていた。
「そ、そう言えばさ」
「な、何?」
「きょ、今日はアイズさんとの訓練はいいのか?」
「う、うん。今日はトキのところに行くって言ってあるから。アイズさんも何となく察していたみたいだし」
「な、なにを察していたんだ?」
「えっ!? いや、ほら、私がいつもトキのところに行く日ってこと……」
「あ、ああなるほど」
会話が、続かない。
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昼食が終わり、午後の仕事の時間になる。いつもなら笑って会話しているところだが今は沈黙していた。その時。
コンコンコン。
「あ、はーい」
どうやら客が来たようだ。よかった、正直このままの空気が続いたらどうしようかと思っていたところだ。
玄関に向かいドアを開ける。
「よっ!」
「こんにちは」
ロキ様とフィンさんだった。……なんだかますますややこしいことになりそうだ。
ロキ様とフィンさんを応接室に案内する。
「あれ? ロキと団長? どうしたんですか?」
「ファイたんとこに遠征の打ち合わせに行ってその帰りや。レフィーヤ、昼飯まだやからなんか作ってー」
「わかりました」
レフィーヤは席を立ち上がり、台所に向かう。その間にお茶を用意しふたりに配った。
「昼飯ができるまでなにをしますか?」
「そんなら前途中やったチェスの決着、着けよか」
「ええ、望むところです」
影からチェス盤を取りだし、机に置く。駒を並べ、ゲームスタート。ただゲームに集中する。
ロキ様の考えを読み取り、先読みし、駒を動かす。レフィーヤが作る料理の匂いがするなか勝負は中盤戦へ。そして。
「なぁ、君、レフィーヤと付き合い始めたやろ?」
思考が鈍った。
「な、何のことですか?」
「惚けても無駄や。神の前で嘘はつけん」
ぐっしまった。つい能力を使わず神と会話してしまった。
実は神の前で嘘をつけない、というのは『
なので微量の【
「初々しいなぁ。まあトキやし、交際くらいやったら認めてもええよ」
「……ありがとうございます」
「せやけど誠意くらいは見せて欲しいなぁ」
「……
「そら残念やわ。で、君はどうするつもりや?」
「ロキ、それくらいで──」
「フィンは黙っとき」
息を大きく吐く。ある考えがあるがこれはヘルメス様のスタンスに大きく反するだろう。でも、今更レフィーヤと別れるなんてことはしたくなかった。
影から金庫を取り出す。この金庫は特別製で内側に錠前がついている。触手を1本金庫の隙間から中に入れ、その触手から金庫の鍵を取りだし、開ける。
そして中から、5000万ヴァリスが入った袋を取りだしロキ様とフィンさんの前に置く。
「っ!?」
「5000万ヴァリス入っています。遠征の費用にあててください。また、今後できる限り【ロキ・ファミリア】の皆さんが武器やアイテム、食料の購入の際の割り引き、遠征の際の他派閥の連盟交渉の優遇などを俺の情報網の全てを駆使してサポートします。これでどうですか?」
「……なかなかやるやないか」
「それだけ俺は本気です」
「ま、最初から認めてたけどな」
「……え?」
「で、ウチの勝ちや」
机の上の盤を見てみる。チェックメイト。完敗だった。
「……参りました」
「ハハハッ!」
「ロキ、大人げないよ」
「ええんよ、勝てば!」
ちなみにお金は受け取ってもらえなかった。今の話はチェスに勝つために吹っ掛けただけらしい。
後、こういう時は金銭で解決してはダメだと指摘された。……難しいなぁ。
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ロキ様とフィンさんは昼飯を食べ終わってもそのまま居座っていた。遠征の打ち合わせが他にもあるらしいが、他の団員に任せてもいいらしい。……大丈夫か、【ロキ・ファミリア】。
レフィーヤは主神が交際を認めてくれたのがうれしいのか、いつもより距離が近かった。
コンコンコン。
「はーい」
立ち上がり、玄関に向かう。ドアを開けてそこにいたのは……太ったエルフだった。
「こんにちは、トキ君」
「こんにちは、ロイマンさん」
ロイマン・マルディールさん。ウラノス様が組織するギルドの事実上の最高権力者だ。その後ろには配下の人と思われる人が2名ほど。恐らくボディガードの人達だ。
「そう言えばもうそんな時期ですか、どうぞ中へ」
「ええ、ありがとう」
笑顔で接客するが、正直俺はこの人が苦手、というか嫌いだ。
『エルフの豚』とも言われるこの人は俺から見ても醜い。エルフであることを忘れて、豪遊し、堕落した人だ。俺が暗殺者を続けていたら絶対標的になっているであろう人間の典型例みたいな人。何より……この人が来るとレフィーヤが嫌な顔をする。
もちろん仕事はきちんとしている。こんな見た目でも150歳を超える賢人だ。だがレフィーヤが嫌な顔をする。
「お、ロイマンっ! 先日ぶり! 何でここにおるんや?」
「か、神ロキ!貴方こそなんでこんなところにおられるのですか!?」
こんなところで悪かったですね。
レフィーヤがロイマンさんにお茶を出す。その顔はいつもと違い無表情だ。そして俺のすぐ隣に座る。……見えないように手を繋いでおく。これくらいだったらいいよね?
「で、ロイマンさん。私用と公務、どちらの相談ですか?」
「いや、神ロキもおられるし……今日はこのまま……」
「ああ、ウチらやったらいないもんと扱ってくれや」
「しかし……」
「ロイマンさん、自分実は最近忙しくなりまして、まとまった時間があまりないんですよ。ですから今日を逃すと今度はいつ話せるかわからなくなります」
「そ、そうか。なら仕方ないな」
うろたえるロイマンさん。その横でロキ様とフィンさんがなにやら小声で話していた。
「あのロイマンが説得されるってなんなん?」
「彼はギルドにも顔が効くようだね」
「それでは私用の方から参りましょう。前回と同じ簡単にできるダイエットでしたっけ?」
「「ぶふっ!」」
「くっ!」
俺の言葉にロキ様とフィンさんが吹いた。
「ロ、ロイマン。その体型気にしとったんやな」
「う、うるさいですっ!」
「えーと、その方法ですが……」
前回のがどうダメだったか具体的に聞き、それについての改善案を提示する。まあ、ぶっちゃけ今回も失敗するだろうけど。なぜかって? 本人にやる気がないから。
「ではそれで様子を見てください」
「うむ、いつもすまんな。毎回一時期は効果が出るのだがなぜ失敗するのだろうな?」
貴方のやる気の問題です。
「次に公務、来週に控える『
「な、なんやと!? あの資料、トキが作ってたんか!?」
「どういうことだい?」
「半年前から『
半年前、ロイマンさん直々に『
「ええ、今回もお願いできますか?」
「そのことなんですが、ロイマンさん。この度ヘルメス様から正式に恩恵を授かりまして、そういった仕事は遠慮させて-」
「いや、ウチが許可する!」
と断ろうとした時、ロキ様が横から口を出してきた。
「えーっと、どういう権限でロキ様が許可を?」
「ウチが今回の『
「ええええええええっ!?」
驚きの声をあげたのは俺ではなくロイマンさんだった。
「か、神ロキ! 勝手に決められては困ります!」
「ええやろ。『
「しかし……」
「ちゅーことで。ロイマン、そこんとこ担当のもんにゆーといてな?」
「……わかりました」
「せやからトキ、ぜひ資料作りしてな」
「……わかりました」
はぁ、とロイマンさんと同時に溜め息をつく。……『
「ああ、それとギルドへの移籍の件。考えてくれました?」
「こぉらぁロイマンっ! トキを勧誘しとんのはウチやぞ!」
「いえいえ、神ロキ。トキを勧誘している派閥はたくさんあります。これでも我々は出遅れている方なのですよ」
「……なあ、トキ。お前を勧誘してるとこ、どのくらいあるん?」
「そうですね、だいたい……3、40くらいはありますね」
「え、50派閥くらいはあったと思うけど?」
「そうだっけ?」
「……あかん。これは
そう言ったロキ様は直ぐに立ち上がった。
「行くで、フィン!」
「え、何処へ?」
「決まっとるやろ、ヘルメスんとこや!」
そう言ってロキ様はフィンさんを連れて出ていった。なんだったんだろ?
その後、ロイマンさん達も帰り、ベルが来るまでいつもと違う、けど心地よい時間を過ごした。
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「ちゅーことでヘルメスっ! トキをウチにくれ!」
「ハッハッハッ! だが断る!」
「くっ、なんならこの【ファミリア】を攻めてもええんやで?」
「別にいいぜ? その代わりトキに【ロキ・ファミリア】潰させるから。天下の【ロキ・ファミリア】でも物資の補給ができなくなるのは痛手だろ?」
「ぐぬぬぬぬ~」
こんなやりとりがあったそうな。
神から漏れ出す『神の力』によって嘘がわかる、というのはオリジナル設定です。
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