冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
ベートさんと仲良く説教をくらった翌日。俺は【ロキ・ファミリア】の出発の手伝いをしていた。というのも昨日の覗きの件でレフィーヤの怒りを買ってしまい、その罪滅ぼしの一環としてやっている。
どうやら一般の女性は覗かれるのが嫌なのだとか。その辺、ヘルメス様にしか教わらなかった俺はよくわかっていなかった。……というか覗きをした回数が少なく、バレたことがなかったので知らなかった。無知というのは罪となることを改めて知った。
ヘルメス様達を止めなかったことに怒ったレフィーヤは昨日、それからずっと口を聞いてくれなかった。……口を利いてくれないのがこんなにもつらいなんて初めて知った。土下座と誠心誠意の謝罪により、なんとか許してもらえた。南のメインストリートにある喫茶店『ウィーシェ』の裏メニューの一番高いやつを奢るということになったが。……あれって確か3千ヴァリスはしたが、そんなものレフィーヤに許してもらえるなら安いものである。
ちなみに主犯であるヘルメス様はアスフィさんにお仕置きされ、ベルもレフィーヤによって顔に紅葉の葉を作っていた。話はヘルメス様が悪いということになったのだが、修業仲間であるレフィーヤは我慢出来なかったらしい。これもいい経験になった、と夜、二人で話し合ったものである。
「トキ」
ちょうどテントを片付け終わった時にレフィーヤに声をかけられた。
「本当に一緒に行かなくていいの?」
「ああ、ヘルメス様がまだ観光していくって言ってたからな。アスフィさんだけにお守りを任せるわけにもいかないから俺も残るよ」
俺の地上への帰還は【ロキ・ファミリア】の第一陣やベル達も同行する第二陣ではなく、ヘルメス様とアスフィさんと一緒に個別で戻ることになった。……本音を言えばレフィーヤやベル達と戻りたかったのだが、アスフィさん一人に任せるとあの人のストレスが大変なことになるので、下っ端である俺も残ることになったのである。
「大丈夫だ。アスフィさんも一緒だし、近い内に戻るよ」
「……うん」
「ああ、ウィーシェの裏メニューのことならバックレたりしないから安心してくれ」
「そ、そういうことじゃなくてっ!」
そっと近づき耳元で囁く。
「デート、楽しみにしてるよ」
離れるとレフィーヤは予想通り顔を真っ赤にしていた。あそこは落ち着いた雰囲気が人気でカップル客が多い。デートにはもってこいなのである。
「も、もうっ。知らないっ!」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向くレフィーヤ。まあ何となく言いたいことはわかるけど。
「心配してくれてありがとな。レフィーヤも気を付けて」
「え?」
踵を返し、その場から立ち去る。レフィーヤはしばらくぼーっとしていたがティオネさんに呼ばれ慌ててそちらに向かった。
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レフィーヤと別れた後、俺はヘルメス様に連れられとある木の上にいた。そこからは森と、劇を披露するようなステージが見える。
「ヘルメス様、こんなところで何があるんですか?」
「まあね。ただトキには少し退屈かもしれないけど」
悪巧みをするときの顔で笑うヘルメス様と呆れて溜め息をつくアスフィさん。……ろくでもないことが起きるようだ。
「お、来たようだ」
ヘルメス様が視線をステージからそれに向かう道に移す。それを追ってみると冒険者の集団が見えた。その中のベルの姿もある。
「……あれ、何ですか?」
「昨日の夜、ヘルメス様が焚き付けた冒険者達です。何でも【リトル・ルーキー】のことが気にくわないとか」
俺の問いにアスフィさんが答えてくれた。
まあ仕方がないことだろう。ベルのここ最近の活躍は目を見張るものが多い。何年も前から冒険者をやっている者達にとっては妬みの対象になるだろう。
「言っておくけど、邪魔をしないでくれよ」
「わかってますよ」
「……意外だな。てっきり助太刀に行くと思ってたのに」
「あいつは人間の悪意を知りませんからね。遅かれ早かれこういうことに巻き込まれていましたよ。だったらこの試練はちょうどいいくらいです」
「薄情だねー」
「親友思いと言って下さい。まあ貴方に育てられましたから」
遠目から見た限りベルはそこまで焦ってはおらず、むしろ幾ばくか余裕があるくらいだ。相手は……あれ?
「あの冒険者……どこかで見たことあるような……」
「確かどこかの酒場で彼にちょっかいを出して返り討ちにあったそうです」
「?」
記憶を手繰り寄せてその出来事を思い出そうとする。…………………………あ。
「『豊穣の女主人』で絡んできたやつらか」
「覚えてなかったのですか?」
「あの時はいろいろあって沈んでましたし、第一喧嘩を売ってきた冒険者なんていちいち覚えてられませんよ」
そうこうしている内にベルともう一人がステージに上がる。……なんだ、全員で戦うわけじゃないんだ。
「つまらなそうだね」
「ええ、つまらなくなりますから」
「さて、それはどうかな? ベル君と対峙している子を見てみなよ」
言われた通り顔を見てみると……頭に漆黒色の兜、『ハデス・ヘッド』があった。
「頭に『ハデス・ヘッド』がありますね」
「おもしろくなりそうだろ?」
「全然」
その発言にヘルメス様だけでなくアスフィさんも目を見開く。
「どういう意味だい?」
「答えてもいいですが、それだとつまらないショーがさらにつまらなくなりますからね。まあ見ていればわかりますよ。ちょうど始まるみたいですし」
ステージ上では短刀を2本構えたベルと大剣を構えた冒険者が相対する。
そして冒険者が大剣を振り下ろし、土煙を発生させる。ベルの視界を奪ったところで『ハデス・ヘッド』の効果により『
そして『
「はっ?」
ヘルメス様が疑問の声を上げる。アスフィさんも驚愕の表情を露にしていた。
どうやら観客の冒険者達も動揺しているのか、ざわざわしている。
そんな中、再び冒険者が攻撃し、ベルがかわす。さらにベルは紫紺の光を放つ短刀で反撃までしてみせる。かわされたのか首をかしげているがその目に戸惑いはない。
「どういうことだ?」
「『ハデス・ヘッド』は確かに透明になり人間はおろかモンスターにさえ気づかれません」
その様子を冷めた目で見ながら解説する。
「ですが透明になれるだけです。足音や空気を切り裂く音なんかは消せません。特にあいつは
「……」
呆然、とはまさにこのことだろう。仕掛けた火種がまさか不発に終わるとはさすがのヘルメス様も予想していなかっただろう。
「それに、あいつには視覚を頼らない戦い方を5日くらい前に教えましたからね。圧倒的な
ベルが【ランクアップ】してからも俺はベルと二人で訓練を続けていた。ライバルとして負けたくなかったというのもあるし、お互い切磋琢磨し成長を促そうとしたのである。
ちなみに今のところギリギリで俺の方が強い。というのも技や駆け引きで一応勝ってはいるが、ベルの吸収スピードはとても早く大抵の技は1度使えば通用しなくなるので訓練をするたびに手札がなくなっていくのだ。
……ていうかあいつ、こっち気づいてるな。一瞬こっちを向いた。今の内になんて謝るか考えておこう。
動揺しきった冒険者の側頭部にベルの蹴りが叩き込まれた。バラバラになる『ハデス・ヘッド』。アスフィさんがあっ、と声を漏らした。
さらにここでヘスティア様が登場した。意外に早く助けられたな、と思ったがその後ろにリリがいた。なるほどリリの魔法、【シンダー・エラ】は変身魔法。姿を変えるだけでなくその特性も使うことができると言っていた。
おそらく
「ね、つまらなかったでしょう?」
「ま、まあ彼の実力がほんの少しわかったことだし、今回はこれでよしとしよう」
俺とアスフィさんはジト目でヘルメス様を見る。その様子にヘルメス様はだらだらと汗をかいていた。
すると、突然影の魔力が俺を覆うように展開された。何事かと思ってステージの方を見てみるとヘスティア様から神威が出ているようだった。
俺のスキル、【
とにかく神威に関してはこのスキルは俺の意思と関係なく……いや、俺の深層心理にある本能によって動く。まるで神を目の敵にするような本能に……。
「さて、とりあえず終わりですかね」
「……そのようだね」
「帰りますか?」
「……そうだね、帰ろうか」
そう言い木から降りようとした時だった。階層が揺れた。
「……嫌な揺れですね」
ポツリとアスフィさんが呟いた言葉に予感がどんどん大きくなる。
そして、バキリッ、と天井の水晶に亀裂が走った。
「なっ!?」
「まさか……先程の神ヘスティアの所為でっ?」
「いや、ヘスティアの所為じゃない」
意味深な言葉にヘルメス様の方を向く。
「ヘルメス様、今度は何をやらかしたんですか!?」
「流石にオレが小細工を弄しても、あんなことはできないな。ああ、ウラノス、祈祷はどうした。こんな話は聞いてないぞ」
苦虫を噛んだかのようなヘルメス様の表情に今起こっていることがかつてない
「一体何が起こってるんですか?」
「暴走、かな。しかも今までにないほど神経質になって、オレ達に感付いた」
「暴走?」
「ダンジョンは憎んでいるのさ。こんなところに閉じ込めている、オレ達をね」
水晶の砕ける音が加速する。それに伴いモンスターの遠吠えもどんどん多くなってきた。
「アスフィ、リヴィラの街へ行って応援を呼んでこい」
「応援? まさか、アレと戦うんですか、この階層から避難するのではなくっ?」
「いや、多分……」
南の方角から何がが崩落するような音が響いた。見ると南端にあった17階層への連絡路が岩で塞がれていた。
「塞がったかな、逃げ道が……やっぱり逃がすつもりはなさそうだ」
「~~~~っ!? ええいっ、もうっ! 生きて帰れなかったら恨みますからね、ヘルメス様!? トキ、行きますよ!!」
「はい!!」
アスフィさんに続いて木の上から降りる。
怪我は完治している。体力も
そんな中、上を見てみると、そこには見たことのある顔が覗いていた。
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