冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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英雄の条件

 リヴィラの街を統括する眼帯の冒険者、ボールスは目の前の光景に目を疑っていた。

 階層主との戦いは毎回様々な冒険者が参加するが、その全てが連携なんてありもしない、所謂共闘というスタイルになる。互いが互いに干渉しない程度に距離を取り、階層主を叩いていくというのが常だ。

 

「今来た冒険者! 右側が空いています! そこに入って!」

 

 それがなんだ、これは。一人の少年の指示で烏合の衆だった冒険者達が連携をとりだしている。1度は崩壊した包囲網が再び築かれ、お粗末ながらも連携をとっていく。

 その数、50人弱。それだけの人数をたった一人の少年が正確に動かしていく。

 

 もちろん指示を聞かない冒険者も少数ながらいる。しかしそれさえも利用した少年は、無秩序な冒険者達を1つの組織としていた。

 

 ボールスは指示を出している少年の様子を見る。彼はゴライアスに『的』として認識され、絶え間無く浴びせられる『咆哮(ハウル)』をかわし、迫る巨腕を漆黒の腕で弾いている。

 息をつく暇もない高速戦闘。にも関わらず少年はまるで戦場全体が見えているかのように指示を飛ばす。

 

 少年にカリスマ性があるか、と聞かれれば首を傾げる。だが、少なくともあの少年には人を惹き付ける何かがあった。

 

 ──後でアンドロメダのやつにあの小僧の名前を聞いておこう。

 

 ボールスはそんなことを思った。

 

 

 

 ゴライアスに接近しているリューの木刀が、ゴライアスの足首を打つ。会心の当たりであったがその表情は冴えない。

 

「リオン、貴方死にますよっ」

 

 同じ囮をしているアスフィから叫び声が聞こえる。

 リューはずっとゴライアスの懐に居座り、攻撃を繰り出すことで、巨人の注意をこちらに引こうとしていた。

 

「アンドロメダ、その言葉、そっくりそのまま返します」

 

 だが、そんな無謀な戦い方をしているのはリューだけではなかった。アスフィも同様にゴライアスに密着し続け、攻撃を繰り出していた。

 

「あの子が頑張っているのですっ。師である私が無茶をしない訳にはいかないでしょう」

 

 アスフィの視界には、冒険者達に指示を飛ばしながら巨人の攻撃を捌くトキの姿が写っていた。

 

「それにしても、この階層主(ゴライアス)っ」

「こちらに見向きもしない」

 

 二人の第二級冒険者が歯を噛む。Lv.4の冒険者によって繰り出される攻撃は一撃一撃が強烈であり、普通なら無視できるものではない。

 しかしこのゴライアスはその二人を歯牙にもかけず、ひたすら集団の中心であるトキを襲い続ける。

 

「アンドロメダ、敵の魔石は狙えますか」

「無理ですっ、あの化物は硬過ぎる。武器が貫通しない」

「では『魔法』は?」

「……私の詠唱はトキに比べてエラい時間がかかります。しかもショボい。高い治癒能力を持つあのゴライアスとも相性は最悪です」

「わかりました。やはり、魔導士達の援護がもう一度欲しい」

「なんとか立て直してはいますがモンスターが多い。詠唱に入れないようですっ」

前衛壁役(ウォール)は何を?」

「機能はしているようですが、モンスターに比べて数が足りないそうですっ」

 

 ゴライアスに絶え間無く攻撃を繰り出しながらアスフィは美しい顔を歪める。

 今一番負担がかかっているのは間違いなくトキだ。ある程度距離をとっているとはいえ、『咆哮(ハウル)』の嵐にさらされながら冒険者達に指示を出している。

 

 ゴライアスの高い再生能力に1度は心が折れかけた。しかし弟分であるトキがまだ諦めていない。ならば自分も折れるわけにはいかない、とアスフィは自分を鼓舞する。

 

 そうしてアスフィは、ゴライアスに向けて何度目かもわからない攻撃を繰り出した。

 

 

 

 

 3分。どうにか冒険者達を立て直し稼いだ時間。それはベルが放つ蓄積(チャージ)攻撃の最大時間。

 

前衛攻役(アタッカー)、引けえぇっ!」

 

 トキの号令により全ての冒険者がゴライアスから飛び退き、入れ違いにベルが前に出た。

 

 高い再生能力を持つゴライアスでもあの光の攻撃ならば倒せる。トキが一瞬気を弛めた時だった。

 ゴライアスの右腕が唸り、トキの体を吹き飛ばした。

 

「トキッ!?」

 

 アスフィが悲鳴を上げる。その悲鳴は途中でベルが放った光線に掻き消された。

 

 

 

 

 吹き飛ばされたトキは戦場を、草原を横切り、大きな木にぶつかりようやく止まった。

 

「ぐっ、っ~!?」

「トキ、大丈夫ですか!?」

 

 痛みに悶えるトキに追ってきたアスフィが駆け寄る。素早く触診すると、胴体の骨が何本か折れており、打撲も何ヵ所かしている。重傷であった。

 

「アス、フィさん、ゴライアス、は……?」

「今は自分の体の心配をしなさいっ!」

 

 アスフィは己のポーチを確認するが、その中には回復薬(ポーション)しか残っていなかった。

 

 もともとトキは病み上がりだ。怪我は完治したとはいえ、そんな体を酷使し続けたらこうなることはわかっていた。

 

 遠くからゴライアスの咆哮が聞こえる。トキは必死に立とうとするが痛みで上手く立ち上がれない。

 

「トキ、貴方はもう──」

「トキ」

 

 アスフィがトキを休ませようと声をかけようとした時、横槍を入れられた。その声の主は彼らの主神ヘルメスだった。

 

「アスフィ、まだ戦いは終わっていない。すぐに戻るんだ」

「……わかりました。ヘルメス様、トキをよろしくお願いします」

 

 アスフィはトキをヘルメスに任せると再び死地へと駆けていく。それを見送ったヘルメスはトキに近づく。

 

「ヘルメス、様……?」

「トキ、よくやった。君は十分に働いた」

 

 その言葉には労りの心が籠っていた。

 

階層主(ゴライアス)相手に奮闘し、バラバラだった冒険者達を瞬時にまとめあげた。立派な偉業だ」

 

 ヘルメスは1度言葉を区切るとその声に乗せる感情を変えた。

 

「だけどまだ終わっていない」

 

 それは己の子に対する期待だった。

 

「こんなものじゃないハズだ。オレとアスフィが育てた君は、こんなところで倒れているような器じゃないだろう?」

 

 微笑みながら、とても楽しそうにしながら、ヘルメスはトキに鞭を打つ。

 

「オレに君の成長した姿をもっと見せてくれ」

 

 その言葉を聞いてトキは、立ち上がった。

 

 全身の痛みに顔を歪めながら、歯を食い縛り足を震わせながら立ち上がった。

 

「本当に、我が儘な(ひと)ですね」

 

 悪態をつきながらも口許に笑みを浮かべる。その目はまだ死んでいなかった。

 

 

 

 

 立ち上がったトキは直ぐにゴライアスの元へは向かわず、ヘルメスに連れられて草原を歩いていた。

 

 戦場と補給地点の中間であるそこには倒れている少年(ベル)と彼に必死に呼び掛けている女神(ヘスティア)の姿があった。

 

「もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば──」

 

 そんな二人に対して、ヘルメスは声音を変えて語りかける。

 

「ヘルメス!? それにトキ君!? 無事だったのかい!?」

「ええ、まあ」

 

 女神と少年が言葉をかわすのを尻目にヘルメスは言葉を続ける。

 

「剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない」

 

 トキはその言葉を知っていた。ヘルメスと旅をしている時に、時折ヘルメスから聞いた言葉だった。

 

「己を睹した者こそが、英雄と呼ばれるのだ」

 

 まるで己に英雄になって欲しいと言わんばかりのそれを、幼いトキは鼻で笑った。

 

「仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ」

 

 だが今になってその言葉に価値を見いだした。

 

「折れても構わん、挫けても良い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる」

 

 ただ1つ不満を上げるならば、その言葉が自分ではなくベルに向けられていることだ。心に嫉妬が芽生える。しかし嫉妬(それ)をひっくるめて、トキはベルの親友であろうと誓っていた。

 

「願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば──」

 

  一歩前に踏み出す。ベルの隣に立つ。

 

「──それが、一番格好のいい英雄(おのこ)だ」

「ッッッ!!」

 

 ベルが起き上がった。その横でトキはゴライアスを睨む。

 

「ベル、くん……」

「やっと起きたか?」

 

 視線をゴライアスに向けたまま、ベルに声をかけた。

 

「寝坊なんて珍しいな」

「まあね」

 

 冗談を言い合いながらベルは立ち上がる。そしてトキと並ぶ。

 

「ベル様ぁ!」

 

 遠くからリリが叫ぶ。ベルが振り向くとリリは体を一杯に使って抱えていた物をベルに向けて投擲した。

 それは大剣のような形をしていた。まったく手を入れられていないそれは天然武器(ネイチャーウェポン)のようだ。

 それをベルは片手で掴みとる。

 

「トキ、また3分頼む」

「この状況で、か」

 

 戦線は既に崩壊している。体はボロボロで、正直立っているのも辛いくらいだ。それでも──

 

「頼んだ」

 

 この信頼を裏切ることはできない。

 

「任せろ。お前こそ、今度はしくじるなよ」

「任せて」

 

 二人はどちらともなく片手に拳を作った。

 

 そしてそれを、ゴンっと合わせる。

 

 瞬間、トキはゴライアスに向けて疾走し、ベルは蓄積(チャージ)を開始した。




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