冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
ベルside
声の主は僕達の隣のテーブルにいた
「ルーキーは怖いものなしでいいご身分だなぁ!
その声はあまりに大きかったためか、騒がしかった酒場全体に響き、その
僕も釣られるようにそちらを見てみると隣のテーブルには6人の冒険者がいた。その肩には金の弓矢に燃える球体……いや、輝く太陽のエンブレム。ちらりとトキを見てみるとすぐに答えは返ってきた。
「【アポロン・ファミリア】だ。ギルドランクはD。規模もそれにゃりにでかい中堅派閥だにゃ」
その答えに
「ああ、でも逃げ足だけは本物らしいな。【ランクアップ】できたのも、ちびりながらミノタウロスから逃げおおせたからだろう? 流石『兎』だ、立派な才能だぜ!」
わざとらしく嘲りの言葉を大声で言う
気持ちの良いものではないけど……反論はしなかった。派閥同士の揉め事は避けた方がいい。【ファミリア】の
それに僕が問題を起こしたら神様にだって迷惑がかかる。ただでさえこの前の『中層』の一件で心配をかけたからこれ以上の負担はかけたくない。その一心で僕は口を閉ざした。
「オイラ、知ってるぜ!『兎』は
ぴくり、と肩が震えた。仲間を、親友を馬鹿にされたその言葉に両手に力が入る。
「よせ、構うな。気が済むまで言わせてやれ」
「ベル様、無視してください」
余裕そうにお酒を飲むヴェルフと嗜めるように言うリリに注意され、胸に込み上げてきた衝動を抑える。
「すいませ~ん、蜂蜜酒追加お願いしまーすにゃ!」
トキは眼中にすら入っていないように追加注文をした。その声に店員さんが若干顔を引きつらせながらお酒を持ってくる。……うん、この雰囲気の中近づきたくないよね、普通。
それにしても……トキの様子がおかしい気がする。
反応の薄い僕達を見て
「威厳も尊厳もない女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れているだろうな! 主神が落ちこぼれだから、眷族も腰抜けなんだ!!」
瞬間、僕は
「取り消──」
ガン!
「~っ!」
椅子を勢いよく飛ばそうとしたが、椅子は全く動かず僕はテーブルに膝をぶつけた。
膝をさすりながら見てみると椅子の足に黒いものが絡み付いて椅子を固定していた。その黒いものは、トキの足元から伸びていた。
「トキッ!」
「落ち着け、こんなところで喧嘩にゃんてしたりゃヘスティア様をにゃかせちまうぜ?」
運ばれてきた酒を一飲みしながらトキは笑みを浮かべている。
トキのその言葉に、頭が冷えた。そうだ、もしここで激情のまま喧嘩してしまったら神様を悲しませてしまうかもしれない。大きく深呼吸する。
トキにお礼を言おうと口を開き──
「それに見てみろよ、あの
大声を出したトキに遮られた。
トキの言葉に
「図星かにゃ~? 大変だにゃ~【ファミリア】の下っ端は。損にゃ役回りを押し付けられて」
「トキ様、どういうことですか!?」
「あの
その言葉に一段と体を震わせる
「そもそも~、お前りゃ俺達のことつけてたにゃろ? 具体的には教会を出たあたりから」
「ええぇ!?」
その発言に今度は僕が驚いた。視線には敏感だから尾行されてたらすぐに気づくと思ってたのに。
「どうしてわからなかったのか、って顔をしてるにゃ~。それはにゃ……お前が祝賀会をスキップするくらい楽しみにし過ぎてたからにゃ!」
ぐっ、と息を詰まらせる。確かに【ランクアップ】の報告をしてくれたヴェルフのあまりの嬉しそうな様子にこっちまで嬉しくなっちゃったのは認めるけど……。
「……言いがかりは止めてもらおう」
隣の席から静かな、しかし不思議と響く声がした。トキを睨み付けているの声の主は、エルフにも引けをとらないほどの美青年のヒューマンだった。
茶色の髪に碧眼。その肌は女性のように白く、イヤリングを始めとする
『あいつ……ヒュアキントスだ』
『【
『Lv.3の第二級冒険者様かよ』
青年は依然としてトキを睨み付けている。
「ベル、ヴェルフ。喧嘩ににゃるからテーブルを退けてくれ」
そう言ってトキはジョッキを置き、椅子から立ち上がった。言われた通りテーブルを移動させてトキを見てみると……その足取りが覚束いていなかった。
「まさか、あいつ……!」
「酔っぱらってる……!」
そういえば前にトキは酒にあまり強くない、て言ってた。それなのに今日、トキは無礼講だと言って蜂蜜酒をかぶ飲みしていた。僕も飲んだけど、喉と体が熱くなるそれは強くはないが決して弱くもないお酒だ。
「あ、邪魔すんにゃよー。これは俺が売る喧嘩にゃんだから」
「そんなこと言われても……」
「こちらとしては喧嘩をする理由がない」
ヒュアキントスと呼ばれた青年は憮然たる態度でトキに告げる。
「フッフッフッ、だったらこの攻撃、否、口撃をくらうにゃ!」
トキはビシッとヒュアキントスを指差すと息を大きく吸い込み叫んだ。
「ストーカーなんじゃやってる【ファミリア】の主神なんじゃぶっちゃけヘスティア様以下の変態に決まっているにゃ!!」
ガタン!! とヒュアキントスは椅子を勢いよく飛ばして立ち上がった。
「貴様ッ!!」
そのままトキに飛びかかるとその拳を振り上げ……次の瞬間に床に倒されていた。
「怒るってことはストーカー行為を認めるってことにゃぜ~」
余裕そうに笑うトキに対してヒュアキントスはポカンとしている。いや、ヒュアキントスだけじゃない。僕にも、ヴェルフやリリにも彼の仲間や周りのお客さんも何が起こったのかわからない様子でポカンとしてしまった。
「ん? 何が起こったかわからない、って表情してるにゃ? フフン、なら教えてあげるにゃ」
上機嫌そうにヒュアキントスからさりげなく1歩放れてからトキは解説する。
「お前が拳を突き出したタイミングで腕を掴み、お前の飛びかかる勢いを利用して投げ飛ばしただけにゃ。タイミングさえわかれば【ステイタス】なしでもできる技にゃよ~?」
小馬鹿にしたように笑うトキは本当に楽しそうだ。どうやら酔っぱらっていてもその戦闘能力は健在らしい。
「それにしてもー、お前らはかかってこにゃいのかにゃ~?」
トキは視線をヒュアキントスから彼の仲間に移す。彼らは未だポカンとしている。
「主神を馬鹿にされて飛びかかってもこにゃいにゃんて忠誠心がたりにゃい証拠じゃにゃいかにゃ~?」
クイクイと手を曲げ、挑発するトキ。それに反応したからか、他の【アポロン・ファミリア】の団員も立ち上がり、トキに襲いかかる。
「ほい!」
一番近くにいた
「よっ!」
背中が空いたトキに獣人の二人の冒険者が拳と蹴りを振るうが、トキは素早く座り込み二人の足を払った。よほどの勢いなのか二人は絡まるようにして倒れた。
「フフン」
一瞬。一瞬で6人全員が倒れていた。気を失っているのは盾にされ、投げ飛ばされた
「こんにゃものかにゃ~? 【アポロン・ファミリア】の団員達は」
「ぐっ、お前ら、やれっ!」
ヒュアキントスの声に意識のある4人が立ち上がり、トキに向かう。ヒュアキントス自身もトキに襲いかかる。
途端に歓声があがった。周りのお客さんによってできる即席の
相手が投げ飛ばす椅子やテーブルを避けて他の仲間に当てたり、攻撃してきた人の腕を誘導し他の仲間の攻撃とぶつからせたり、しまいにはバク転で攻撃を避けたりと終始圧倒していた。
それに……トキは反撃らしい反撃をしていない。投げたり、誘導したり、足をかけたりしているがまともな攻撃を何一つしていない。
そしてその表情は、とても楽しそうに笑っていた。
「ああもうっ、これだから冒険者は!」
「おいベル、俺達も加勢に──」
「ううん、大丈夫。だってトキ、本気すら出してないもん」
その言葉に乱闘をしている【アポロン・ファミリア】の人達がピクリと反応した。
「どういうことだ?」
それに気づいてか気づいていないのかヴェルフが訊ねてくる。
「だって『影』使ってないから」
「あ~」
納得したようにヴェルフは頷いた。そう、トキは攻撃どころか影すらも使っていない。完全に遊んでいた。
「貴様、どういうつもりだッ!」
その言葉が聞こえたのかヒュアキントスが大声を上げる。
「いや~、本気出しちゃうとすぐに終わっちゃうからにゃ~」
「ぐっ、どこまでもこけにしてッッ!」
そう言ってトキに再び殴りかかろうとした時、木を砕くような音が響いた。
『!』
全員の視線が音の先に向けられる。そこには灰色の毛並みを持つ
「チョロチョロとうぜえぞ、蛇野郎」
その視線はトキに向けられていた。しかし、その不機嫌そうな様子に全ての者が言葉を失う。
その人に僕は見覚えがあった。あの人は『豊穣の女主人』で、僕が
「すいませんにゃー、ベートさん」
そんな彼、ベートさんの様子に臆することもなくトキは言葉をかける。
「てめえの所為で不味い酒が糞不味くなるだろうが。蹴り殺すぞ」
「ハハハ、やめてくださいにょ~」
あくまでも笑うトキは。
「あにゃたを相手にすると……本気を出さざるを得ないじゃにゃいですかー」
その目に殺意を込めてベートさんを睨んだ。途端にベートさんからも殺気が膨れ上がる。
その光景に誰もが息を飲む。二人はしばらく睨み合い……どちらともなく殺気を消した。
「やめましょう。あにゃたと戦うのにここは狭過ぎるにゃ」
「ちげえねぇ」
ベートさんはそう言って立ち上がると酒場の出入り口に向かう。【ロキ・ファミリア】の他の団員の人達が慌ててその後を追う。
「おい蛇野郎」
「わかってますにゃー。迷惑をかけたお詫びにベートさん達の代金は払っておきますにゃ」
「ならいい」
そう言うとベートさんは店を出ていった。あまりの出来事に酒場にいる全員が放心する。
「ところで~」
再び笑みを浮かべるトキはヒュアキントスに向けて言葉を発する。
「まだ続けるかにゃ~?」
ヒュアキントスは顔をひきつらせた後。
「ちっ、おい行くぞ」
他の団員を引き連れて帰っていった。
「お前らの分は払わないからにゃー!」
息を吐くトキに駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫-」
途端にトキは口を押さえた。みるみるうちに顔色が悪くなっていく。
「ど、どうしたの!?」
「き、気持ち悪い」
「……え?」
「は、吐きそう」
そ、そういえば、トキは酔っぱらっているんだった。1発ももらってないとは言えそんな状態で激しく動いたりなんかしたら、当然吐きそうになるだろう。
「うぷっ」
「わあ! 待って待って! ヴェルフ、この店で吐いてもいい場所は!?」
「はあ!? なんだそりゃ!?」
「トキが吐きそうなの!!」
「そりゃ不味い!!」
……結論からいうと店に吐くようなことはありませんでした。
その後僕はふらつくトキに肩を貸しながら【ヘルメス・ファミリア】のホームにまで送って、事情をアスフィさんに説明した。アスフィさんはため息をついた後、仕方がないというような表情をしてトキを【ファミリア】のホームに入れた。
酔っぱらったトキはエセキャットピープル。次に出る予定はいまのところありません。
そしてチラリと見たランキングでこの作品が6位にありました。思わず2度見。とても嬉しいです!
ご意見、ご感想お待ちしております。