冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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開戦

【ヘスティア・ファミリア】VS【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)当日。雲もまばらな晴天に恵まれ、四方を城壁で囲まれた迷宮都市は人々の熱意により、春にも関わらず夏のような暑さに包まれている。

 

 早朝から全ての酒場が開店し、街の至るところには無数のポスターが貼られている。ポスターには【アポロン・ファミリア】の太陽のエンブレム、対して【ヘスティア・ファミリア】はまだ【ファミリア】のエンブレムがないため、代わりに悪魔の翼が生えた1匹の兎が描かれている。

 

 この絵は神会(デナトゥス)に参加していた神々の内1柱(ひとり)が悪ふざけで提案し、そのまま採用されたという経歴を持つ。これを見たヘスティアは顔をしかめ、ヘルメスは逆に至極ご満悦だったとか。

 

 ほとんどの冒険者は戦争遊戯(ウォーゲーム)を見るために休業し、一般市民も、大通りや中央広場に集まり開始時刻を待つ。

 

『あー、あー! えーみなさん、おはようございますこんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を努めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知りおきを』

 

 ギルド本部の前庭では無駄に派手なステージが無断で置かれ、褐色の肌の青年が魔石製の拡声器を片手にその声を響かせていた。

 

『解説は我らが主神、ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言!』

 

『俺が、ガネーシャだ!!』

 

『はいっありがとうございましたー!』

 

 青年の横には象の仮面を被った男神、ガネーシャがいつものごとく声を上げていた。【群衆の主】とも呼ばれるこの神に、前庭に集まっていた人々から喝采が送られる。

 

「おー、盛り上がっとる盛り上がっとる」

 

 そんな様子を摩天楼施設(バベル)の30階の窓に張り付いているロキは面白そうに見下ろす。

 この日を誰よりも楽しみにしていた神々の多くはこの『バベル』に赴いていた。対決する【ファミリア】の主神である、ヘスティアとアポロンもこの場にいる。

 

 それ以外には、酒場に赴き冒険者達に混じってギャンブルをするもの、ホームで眷族達と戦いを見ようとするものなど、様々な神がいた。

 

 そんな中、【ヘスティア・ファミリア】側の助っ人の主神、ヘルメスは何故かブスーっとした顔をしていた。

 

「どうしたんだヘルメス、そんな顔をして?」

 

 気になった近くの神の1柱(ひとり)がそんなヘルメスに声をかけた。

 

「聞いてくれよ!? この前ギルドの罰則(ペナルティ)で減った【ファミリア】の資産を増やそうとギャンブルしようとしたら、アスフィに止められたんだ!」

 

 天を仰ぐヘルメスを、何故かこの場にいる唯一の眷族であるアスフィが半目で睨む。

 

「止めますよ、あんな馬鹿げた金額をつぎ込もうとすれば」

 

「アスフィ、君はトキ達が勝てないとでも言うのかい!?」

 

「そんな事はありません。……ですが、【ファミリア】の資産の3分の1を賭けに出そうとすれば、誰だって止めますよ!?」

 

 アスフィの発言にギョッとする神々。

 

「大丈夫だって、それだけつぎ込んでもトキ達のオッズの方が高いから!」

 

「そういう問題ではありません!」

 

 不毛な言い合いをするヘルメスとアスフィに、周囲の神が口を挟む。

 

「あー、ヘルメス。そろそろ……」

 

「ん? ああ」

 

 ヘルメスは懐から懐中時計を取り出すと時刻を確認する。時計を閉まった彼は顔を上げ、そこに誰かいるかのように話しかける。

 

「それじゃあ、ウラノス、『力』の行使の許可を」

 

 ヘルメスの言葉が空気中に溶ける。その数秒後。

 

【──許可する】

 

 ギルド本部の方角から重々しい老神の声が響き渡る。その言葉を聞いたオラリオ中の神々が一斉に指を鳴らす。

 

 するとオラリオ中に無数の『鏡』が現れた。その『鏡』には戦争遊戯(ウォーゲーム)の舞台である『シュリーム古城跡地』が映されている。

 下界で特別に行使が許されている『神の力(アルカナム)』、『神の鏡』。千里眼の能力を持つ鏡は、離れた位置の出来事を見ることができる。

 

『では映像が置かれましたので、あらためて説明させて頂きます! 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、形式は攻城戦!! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを待ちわびております!』

 

『鏡』が置かれたことにより一気に盛り上がる人々に、実況が戦争遊戯(ウォーゲーム)の概要を話し始める。

 

「もういいかァー!? 賭けを締め切るぞ!」

 

 一方街の酒場では戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗を予想する賭けが行われていた。

 

「アポロン派とヘスティア派、15対1って……」

 

「【ヘスティア・ファミリア】のオッズが10倍超え程度、っていくら何でも低すぎやしねえか?」

 

 胴元の冒険者達が賭けの状況を整理する。それは当初予想していたものとは全く違うものだった。

 

「神連中が大穴狙ってるとしても、10倍は低すぎだろ……」

 

「どうやら【シャドー・デビル】参戦でヘスティア派に賭けるやつらがいるらしい」

 

「でもやつは今回の勝利条件には関係ないだろ? そんなやつに何を期待してんだか」

 

『それでは、間もなく正午となります!』

 

 実況の声に全ての者の視線が『鏡』に集まる。そして。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)──開幕です!』

 

 戦いの火蓋が切られた。

 

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 開始の銅鑼が遠方の丘から響く。盛り上がるオラリオとは打って変わって、戦場である古城の士気は低めであった。

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は攻城戦ということだけあって、期間として3日がもうけられている。相手の人数は少なく、集中力が低下してくる最終日に本格的な攻撃がくるだろう、というのが【アポロン・ファミリア】の予想だ。

 

 しかしそんな予想は開始直後に裏切られた。

 

「て、敵襲ー!?」

 

 北の城壁の上の見張りからそんな声が上がった。

 

 北の見張りは二人いて、一人が叫ぶ中、もう一人が長弓(ロングボウ)に特注の巨矢をつがえている。

 その視線の先にいるのは漆黒の戦闘衣(バトル・クロス)を纏った少年、トキだった。彼は戦闘衣(バトル・クロス)と同色のマントを風になびかせながら、真っ直ぐ城に突っ込んでいく。

 

 トキの左腕が横へと伸び、虚空から白く透き通った杖が現れる。徐々に加速していくトキへ見張りの弓使い(アーチャー)は矢を放った。しかし、風の影響か矢はトキから外れる。

 

「馬鹿め!」

 

 もう一人の見張りも矢をつがえ、トキへ放つ。しかしこれも外れた。

 

 だが、見張りの二人は焦らなかった。トキとの距離は徐々に詰まってきている。このまま近づいてくれば矢の雨の餌食となる、二人はそう考えていた。

 

 ある程度距離が詰まってきたところで、矢を乱れ撃つ。無数の矢が文字どおり雨のように降り注ぐ。

 

 しかし……矢は1発も当たらない。

 

「う、嘘だろ!?」

 

 弓使い(アーチャー)の二人は混乱しながらも弓を引き、矢を放つ。しかしその全てが当たらない。

 次第に距離が詰まっていくなか、それでもまったく減速することなく、トキは城を目指す。その口は歌を口ずさんでいた。

 

「あ、あいつ詠唱してやがる!?」

 

「『並行詠唱』……!? 嘘だろ、Lv.2だろ!?」

 

 半ば狂乱する見張り。次第に縮まっていくトキと城壁との距離。

 

 そしてトキが杖を前に突きだし。

 

「【──────】!」

 

 轟音と共に城壁が破られた。




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