冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
右手の短刀を振るい、霧の奥から現れたシルバー・バックを切り裂く。すかさず左手の投げナイフを投擲し、霧の奥にいるインプを仕留める。辺りの気配を探り、何もいないことを確認してから、仕留めたモンスターから影を用いて魔石を取り出していく。
新生【ヘスティア・ファミリア】に立ち寄ってから一晩明けた。今日は仕事もなく、やることもなかったので久々にダンジョンに潜っていた。……一人で。
いつも一緒のベル達は、新しいホームの荷物を片付けるためいない。【ヘスティア・ファミリア】とは比較的親しい仲ではあるが、さすがにホームの中を自由に闊歩するのは気が引けたので、今日は一人でダンジョンに来ていた。
思えば冒険者になってからソロでダンジョンに潜るのは初めてなので、これも経験と思い、とりあえず12階層で肩慣らし。霧で視界が悪いが、モンスターは気配を消すということをしないので、特に気にする必要はない。
だが、初めてのソロということもあり、立ち回りが大変だ。索敵に戦闘、魔石の回収と今まで分担していたことを一人でこなさなければならないので、体力の消耗が早い。
何より………………一人という状況は、少し寂しかった。今までベルと一緒にダンジョンに潜ってきたため、心細いと思うことがなかった。だが、今日初めてソロで潜ってみて、周りに仲間がいない、ということに心細いと感じていた。
魔石を回収し終え、手元の懐中時計で時間を確認する。午後12時17分。いつもはあっという間に迎える昼食の時間も今日はなんだか長く感じた。
霧の中に身を潜め、気配を消し、影から街で買った昼食のパンと水筒を取り出す。会話がない食事を早く終わらせようと、パンを口にかきこんだ。
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「あ~~~疲れた~~~」
まだ太陽が沈み始めないくらいの時間に俺はダンジョンを出て、ギルドのカウンターで担当アドバイザーのミィシャさんに開口一番その言葉を吐露した。
「お疲れ様。やっぱりトキ君でもソロは大変だった?」
「まあ、ソロも大変だったんですけど……」
本当は日が沈むまでダンジョンに潜っている予定だったが、それを切り上げた理由を口にする。
「昼食を食べた直後に、運悪くインファント・ドラゴンと鉢合わせしまして……」
「……え?」
「階層中を逃げ回りつつ、戦闘すること2時間。ようやく倒して魔石を回収したんですが、あまりにも疲れたんで探索を切り上げたんですよ」
この話、最後以外は全部嘘である。
本当は昼食を食べた直後ではなく、食べてしばらくしてから。戦闘も霧の中で死角をつきながら行い、大体30分くらいで終了した。だが、実質的な階層主であるインファント・ドラゴンとの戦闘は流石に疲れ、こうして戻ってきたのである。
「えっと、インファント・ドラゴンを一人で倒したの?」
「いえ。霧でよく見えなかったんですけど何人かの冒険者グループに助けてもらいました」
これも嘘である。俺がいたルームは正規ルートから外れていたため、他の同業者はいなかった。
「そ、そうなんだ……」
どこかほっとしたようにミィシャさんが息を吐く。今の話でどうやら納得してしまったらしい。
今、俺が話した内容だとおかしな点がまだまだあるので、そこについて聞かれるかと思ったが、ちょっと拍子抜けである。
ちなみに何故俺がこんな嘘をつくのかというと、レベルの関係である。今俺の公式レベルは2。しかも3週間ほど前に申請したので、普通の冒険者であればアビリティ評価はH、よくてGというところだ。流石にそれでインファント・ドラゴンをソロで倒すのは難しい。というか普通は無理である。
なので本当のレベルを悟らせないためにこんな嘘をついていたのである。
「それにしても、今日はちょっとギルドが騒がしいですね」
慌ただしく動き回るギルド職員を見ながらそんな事を口にする。俺がミィシャさんに話し掛けたのも、その原因を聞くためだった。
「うん、何でも最近3階層のモンスターがとっても少ないらしいの。それの調査でね」
ミィシャさんが話してくれた原因に頭を傾げる。
「3階層は出現するモンスターの種類や数も下の階層よりずっと少ないですが、それで慌てるようなことあるんですか?」
「そうなんだけど、私が担当している冒険者に聞いたところによると昨日1日で、3階層でモンスターに会った回数がたったの14回なんだって」
「それは……確かに異常ですね」
先程も言った通り、3階層はモンスターの種類も数も多くない。だが、それを差し引いても14回というのはあまりにも少な過ぎる。
「この前のミノタウロスみたいな下層のモンスターが上層に紛れ込んだ、という可能性は?」
「調べてみたけどそんな報告はないなぁ」
下層のモンスターが上層に出現し、それを避けるためにモンスターが息を潜めている、と考えたがやはり違うようだ。
「わかりました。俺の方でも少し調べてみます」
「いいけど、大丈夫?」
「これでもLv.2ですからね。3階層のモンスターだったら『
「……そうだね。でもくれぐれも気を付けてよ?」
「はい、それでは」
ミィシャさんに手を振ってギルドを出る。
さて、さっそく調査を……と思ったが、換金したお金もたくさんあるし、一旦ホームに戻って【ファミリア】に納金しよう。
ホームに着き、お金を納めて、帳簿に書き込み、ホームを出るとアスフィさんがこっちに駆け寄ってきた。
「アスフィさん? どうしたんですか?」
「トキ、ヘルメス様を見ていませんか!?」
「いえ、今日は見ていませんが……」
なんとなく。なんとなくだがこの後の展開が読めてしまった。
「もしかして、撒かれました?」
「……ええ」
「……わかりました。俺も探しに行きます」
「助かります」
アスフィさんに詳しい情報を聞き、俺は街へ駆け出した。
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「で、なんでここにいるんだろう……」
日もすっかり暮れ、満月に近い月が街を照らす。そんな中、俺はあまり来たくない場所に来ていた。
様々な文化圏が混ざりあった建物が並び、そんな建物を桃色の魔石灯が照らす。どこからともなく甘い匂いが漂うここは、南東区画にある、所謂歓楽街であった。
街を駆け回り、得た情報をもとにヘルメス様の後を追ってみると、ここにたどり着いてしまったのだ。
ため息を吐きながらヘルメス様を探す。途中、娼婦達が誘って来るが、相手にするとレフィーヤに殺されるので、断固たる意思で断る。
そんな事を続けながら歩いていると、見覚えのある人達を見つけた。気になったので声をかけてみる。
「何やっているんですか、命さん、千草さん」
すると命さんがどつくように手を出してきたので、その手をかわす。
「命さん、俺です。トキです」
「え、あ、トキ殿。す、すいません……」
どうやら俺に気づいてくれたようで、命さんはすまなさそうに顔を伏せた。
「いえ、大丈夫です。それより何で二人がここにいるんですか?」
命さんと千草さんは胸の辺りでお互いの手を握り合い、寄り添うように立っている。顔も真っ赤だし、明らかにここを訪れるのは初めてというのがわかる。
「わ、私達は人を探していて……そ、そういうトキ殿は何故このような場所に?」
「……ええ、ちょっとうちの主神を探しに」
命さんの問いかけに顔をしかめながら答える。
「そういう訳で、お二人はヘルメス様を見かけたりはしませんでしたか?」
「い、いえ……」
「わ、私も見てない、です……」
「そうですか……」
まあ、あまり期待はしていなかったが。
「では自分はこれで。とりあえず後は後ろで尾行している人達に任せます」
「後ろ……?」
命さんと千草さんが振り返ると、そこにはヴェルフとリリの姿が。驚く二人を尻目にその場を後にした。
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