冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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最近、筆……というか指のノリが悪いです。後日修正を加えるかもしれません。


搦め手

 その異変に最初に気づいたのはフィンだった。

 

 3階層には食料庫(パントリー)が3箇所存在する。『キラー・アント』が現れる方向から、敵の拠点は東の食料庫(パントリー)と予想をつけ、【ロキ・ファミリア】の精鋭+α(トキ)は進んでいた。

 

 押し寄せる『キラー・アント』に行く手を阻まれながらも着実に目的地を目指す。その道中のことだった。

 

(前衛の動きがおかしい……?)

 

 3階層に降りて数十分。『キラー・アント』達は絶え間無く彼らに襲いかかってきており、前衛はローテーションをしながら進んでいた。

 

 巨大な『キラー・アント』の推定レベルは2。その甲殻は硬く、並みの武器では歯が立たない。また、天井や壁などお構い無しに突進してくるので正面だけでなく、上や左右にも注意しなければならない。

 

 だが彼らは歴戦の冒険者達。これが『深層』や『下層』ならともかく、『中層』レベルのモンスターでは疲れることはまずありえない。現に、奥から迫ってくる『キラー・アント』を瞬く間に倒していく。一見すれば何ら変わりない。

 

 しかしフィンは気づいていた。前衛達の攻撃が少しずつ急所(ませき)から外れていることを。

 

 3階層の通路はそれほど広くない。対して巨大『キラー・アント』の体長は3~4M(メドル)。倒した後、死体をそのままにしておくと戦闘や進行に支障をきたす。そこでフィンは前衛に魔石を狙うように指示を出した。

 

 けれど徐々に攻撃が外れていく。後衛が死体を処理しているが、倒すスピードと比べると雲泥の差だ。

 

 僅かだが親指が震え始める。このままではいけない、と思ったフィンは口を開き──

 

「だー! さっきからなんだこの音は!?」

 

 ベートの叫び声にその動きを止めた。

 

「音?」

 

「何にも聞こえないよ?」

 

 彼の隣で『キラー・アント』を倒していくアイズとティオナが疑問を口にする。

 

「嘘だろ!? 奥からチョクチョク聞こえんだろ!?」

 

「いや、僕にも聞こえないよ」

 

 はあ!? と叫ぶベートをからかうティオナ。その様子を注意するリヴェリア。

 

 フィンとベートだとフィンの方がレベルが高い。当然、その分『恩恵』による感覚器官の強化も強い。もちろんフィンは小人族(パルゥム)でベートは狼人族(ウェアウルフ)という種族の問題はあるが、それを差し引いても同等であろう。

 

 ベートには聞こえてフィンにはまったく聞こえない、というのは明らかにおかしかった。

 

「あの団長、私もさっきから笛のような音が聞こえます」

 

 パーティの猫人(キャットピープル)の女性が進言する。

 

「アキもかい?」

 

「笛のような音?フィンさんは聞こえないんですよね?」

 

「ああ」

 

 ローテーションで後ろに下がっていたトキがフィンにそう尋ねると返ってきた肯定にしばし考え込み……1つの回答を口にした。

 

「もしかして、犬笛?」

 

「「「「ぶっ!?」」」」

 

「おい、蛇野郎、誰が犬だ!?」

 

「いや、別にベートさんを犬扱いしているわけじゃありません。ただそういう笛があるだけです」

 

「犬笛って、犬や猫の、訓練なんかに、使う、あの犬笛っすか?」

 

 笑いを堪えながらラウルが尋ね、トキが首肯する。

 

 犬や猫などは人間には聞こえない音域の音を聞き取ることができる。犬笛はその音を出して動物を訓練するための道具だ。

 

「でもなんで犬笛なんか……」

 

 辺りに動物の姿は見えない。見えるのは前方から押し寄せる『キラー・アント』と周囲にいるパーティメンバーだけだ。

 

蝙蝠(こうもり)……」

 

 ぽつりとトキが言葉を漏らす。

 

「確かソロンは蝙蝠に指示を出す時にも犬笛を使っていたような……」

 

「それだ!」

 

 トキの言葉にフィンが反応する。

 

「全員蝙蝠を探すんだ!」

 

「蝙蝠?」

 

「恐らく音波で感覚器官を狂わされている! 近くにいるはずだ!」

 

 団長の指示に団員達が反応する。目を凝らして目標を探す……が発見できない。

 原因はダンジョンの薄暗さと押し寄せる『キラー・アント』だ。『キラー・アント』が隙間なく並んでいるため、まともに視界を確保できない。

 

「レフィーヤ!」

 

「【解き放つ一条の光聖木の弓幹、汝弓の名手なり】」

 

『キラー・アント』を一掃すべくエルフの少女が歌を紡ぐ。その脳裏にあるのは前回の遠征の際、59階層で戦った『(けが)れた精霊』。

 

「【狙撃せよ妖精の射手、穿て必中の矢】」

 

 強敵であったからこそ、その技術を盗み、模倣する。憧憬(アイズ)想い人(トキ)と並び立つために。何より好敵手(ベル)に負けないために。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 放たれた光線は『キラー・アント』の群れを殲滅し、はるか先の行き止まりで止まった。

 

「いた!」

 

 ティオナが声を上げる。その指が指し示した先には一匹の蝙蝠が天井に張り付いていた。

 

 発見された蝙蝠は、直ぐ様羽を広げ逃走を謀る。しかしその前に、飛来した物体に体を貫かれ、絶命した。

 

「よくやったティオネ」

 

 フィンが(ねぎら)いの言葉をかける。蝙蝠を貫いたものはティオネが投擲したナイフだった。ティオナが発見したのとほぼ同時に彼女はナイフを投げ、目標を仕留めた。

 

 フィンに褒められ喜ぶティオネ。その一方でトキがレフィーヤと話していた。

 

「さすがの反応だったな、ティオネさん」

 

「そうだね」

 

「レフィーヤも凄かったけど、って言うかなんだよあの詠唱スピード。普通の超短文詠唱と遜色ないんじゃないか?」

 

 トキの言葉にしかしレフィーヤは首を横に振る。

 

「そんなことないよ。まだ【アルクス・レイ】だけだし、『並行詠唱』中はできないんだ」

 

「できること自体凄いと思うぞ」

 

 僅かにパーティの空気が和らぐ。……だがカサカサッという音がそれを破壊した。

 

 音源は、巨大『キラー・アント』の足音。

 

「うへぇ」

 

「キリがないのぉ」

 

 前衛が辟易する中、

 

「団長、後方からも『キラー・アント』が!」

 

 団員の報告に顔をひきつった。

 

 振り向くと前方とまったく同じ光景が広がっている。

 

「討ち漏らしか?」

 

「いえ、恐らく蝙蝠がやられた時の策でしょう。相手は自分達を倒すことはほぼ不可能とわかっています。なので精神的に疲労させてヘトヘトになったところで逃げるつもりだと思います」

 

 いくらスヴェイルの一団が対人戦に特化していても上級冒険者を倒すことは難しい。だが精神は別だ。精神が疲労するとその影響は肉体にも及ぶ。その隙をついて逃げるつもりだとトキは予想した。

 

「全てを倒す時間はない、か。アイズ、ベート、前方の敵を薙ぎ払え! 食料庫(パントリー)まで走るぞ! ティオネ、ティオナ、追ってくる奴らを蹴散らしてくれ!」

 

 フィンの指示に若き冒険者達が応える。アイズとベートが前方の敵を今まで以上のスピードで倒していき、パーティが前進する。後方では、追い付いてくるものをティオネとティオナが沈める。

 

 

 

 

 数分後、一行は目的地である食料庫(パントリー)にたどり着いた。

 

 食料庫(パントリー)に着いてまず目に飛び込んできたのは石英(クオーツ)大主柱(はしら)……ではなく、その前に陣取っている10M(メドル)を超えるモンスター。

 

 階層主(ゴライアス)の巨体を上回るその外見は『キラー・アント』にそっくりだ。しかし、その背中には大きな羽が生えていた。そして、その腹から次々と『キラー・アント』が産まれてくる。

 

「モンスターを産むモンスター……」

 

「『クイーン・キラー・アント』ってところかね」

 

「蟻って普通、卵から産まれるんですけどね」

 

 見れば『クイーン・キラー・アント』……女王(クイーン)は、産まれてきた『キラー・アント』の半分を自ら殺し、その魔石を捕食していた。その様子から『強化種』であることがわかる。

 

「なんか……ズルいっすね」

 

「全くだ」

 

【ロキ・ファミリア】の面々が女王(クイーン)に注目する中、トキは顔をしかめていた。

 

 ──スヴェイル達がいない……。

 

 食料庫(パントリー)には既に人影が存在していなかった。いるのは女王(クイーン)を始めとする『キラー・アント』と、『恩恵』を受けているであろう動物達のみ。

 

 動物達の種類は豊富で、犬や猫を始め、鷲、鷹、狐、馬などがこちらを見つめ、否、睨んでいる。

 

「既に逃げた後……いや、ここ自体が囮か……?」

 

 完全に出し抜かれ歯噛みする。トキの呟きは普通の人間であれば聞こえないくらいの小さな声だった。

 

「さすがじゃな。いい読みをしておる」

 

 だがそれに反応するものがいた。老いながらもしっかりとした声だった。だがトキは首を傾げた。声の主に覚えがないのだ。

 

 それに食料庫(パントリー)を見渡してみるが、先程と一緒で人影は見当たらない。隠れている気配もない。

 

「どこを見ている? こっちじゃよ」

 

 けれども声は確かに正面から聞こえた。

 

「えっ!?」

 

 突然ティオナが驚きの声を上げる。

 

「どうした?」

 

「あ、あの猫ちゃんが──」

 

 フィンの問いかけに彼女は一匹の猫を指差す。

 それは黒い毛の猫だった。一見すれば年老いたただの猫である。

 

「しゃべった……!」

 

 だが絞り出したような言葉に、一瞬パーティの時間が止まった。

 

「カッカッカッ! ちゃん付けとは嬉しいよ、アマゾネスのお嬢ちゃん」

 

 するとその老猫は本当に言葉を発した。

 

「久しぶりだね、トキ」

 

「……まさかマアルか?」

 

「ああ」

 

 その老猫の肯定にトキは信じられない、という表情を表す。

 

「俺の記憶が正しければ、マアル今年で20歳を越えていると思うんだが?」

 

「その通りさ」

 

「……まじかよ」

 

 猫の平均寿命は10~16歳。人間で換算すれば54~78歳となる。そして20歳ともなれば人間でいうところの94歳に相当する。

 

「猫でも気力さえあればなんとかなるもんだね。お陰でこんな体になれたよ」

 

 そう言ってマアルは()()()()()を揺らす。

 

「猫又って言うらしい。極東に伝わるモンスターの一種だとさ」

 

「……本当に何でもありだね、君がいたところは」

 

「流石に俺もあれは予想外です」

 

 冷や汗を流しながら改めて周囲をトキは見回す。

 

 周りは動物と『キラー・アント』に囲まれている。出入り口は無数の『キラー・アント』で溢れており、引き返すのは難しいだろう。

 

「やられたね」

 

「やられましたね」

 

「ま、そういうことさ。しばらくわし達に付き合ってもらうよ」

 

 マアル達が戦闘体勢に入る。それに対し冒険者達も己の武器を構えた。

 

()()がいるから取り逃がす可能性はないと思うけど、どうする?」

 

「……ちょっと試したい魔法があるので、彼女達の相手をお願いできますか?」

 

「彼女……ああ、なるほどね。わかった。みんなもそれでいいかい?」

 

 トキの要請を承諾するフィン。団長の決定にコクりと頷く冒険者達。若干1名そっぽを向いていたが。

 

「引き返すつもりか!? そうはさせんぞ!」

 

 マアルの号令に動物達と『キラー・アント』が一斉に襲いかかる。巨大な女王(クイーン)も甲高い鳴き声を上げた。そんな中、

 

「【悠久の時を眠る力よ】」

 

 少年の歌が始まる。




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