冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
その異変に最初に気づいたのはフィンだった。
3階層には
押し寄せる『キラー・アント』に行く手を阻まれながらも着実に目的地を目指す。その道中のことだった。
(前衛の動きがおかしい……?)
3階層に降りて数十分。『キラー・アント』達は絶え間無く彼らに襲いかかってきており、前衛はローテーションをしながら進んでいた。
巨大な『キラー・アント』の推定レベルは2。その甲殻は硬く、並みの武器では歯が立たない。また、天井や壁などお構い無しに突進してくるので正面だけでなく、上や左右にも注意しなければならない。
だが彼らは歴戦の冒険者達。これが『深層』や『下層』ならともかく、『中層』レベルのモンスターでは疲れることはまずありえない。現に、奥から迫ってくる『キラー・アント』を瞬く間に倒していく。一見すれば何ら変わりない。
しかしフィンは気づいていた。前衛達の攻撃が少しずつ
3階層の通路はそれほど広くない。対して巨大『キラー・アント』の体長は3~4
けれど徐々に攻撃が外れていく。後衛が死体を処理しているが、倒すスピードと比べると雲泥の差だ。
僅かだが親指が震え始める。このままではいけない、と思ったフィンは口を開き──
「だー! さっきからなんだこの音は!?」
ベートの叫び声にその動きを止めた。
「音?」
「何にも聞こえないよ?」
彼の隣で『キラー・アント』を倒していくアイズとティオナが疑問を口にする。
「嘘だろ!? 奥からチョクチョク聞こえんだろ!?」
「いや、僕にも聞こえないよ」
はあ!? と叫ぶベートをからかうティオナ。その様子を注意するリヴェリア。
フィンとベートだとフィンの方がレベルが高い。当然、その分『恩恵』による感覚器官の強化も強い。もちろんフィンは
ベートには聞こえてフィンにはまったく聞こえない、というのは明らかにおかしかった。
「あの団長、私もさっきから笛のような音が聞こえます」
パーティの
「アキもかい?」
「笛のような音?フィンさんは聞こえないんですよね?」
「ああ」
ローテーションで後ろに下がっていたトキがフィンにそう尋ねると返ってきた肯定にしばし考え込み……1つの回答を口にした。
「もしかして、犬笛?」
「「「「ぶっ!?」」」」
「おい、蛇野郎、誰が犬だ!?」
「いや、別にベートさんを犬扱いしているわけじゃありません。ただそういう笛があるだけです」
「犬笛って、犬や猫の、訓練なんかに、使う、あの犬笛っすか?」
笑いを堪えながらラウルが尋ね、トキが首肯する。
犬や猫などは人間には聞こえない音域の音を聞き取ることができる。犬笛はその音を出して動物を訓練するための道具だ。
「でもなんで犬笛なんか……」
辺りに動物の姿は見えない。見えるのは前方から押し寄せる『キラー・アント』と周囲にいるパーティメンバーだけだ。
「
ぽつりとトキが言葉を漏らす。
「確かソロンは蝙蝠に指示を出す時にも犬笛を使っていたような……」
「それだ!」
トキの言葉にフィンが反応する。
「全員蝙蝠を探すんだ!」
「蝙蝠?」
「恐らく音波で感覚器官を狂わされている! 近くにいるはずだ!」
団長の指示に団員達が反応する。目を凝らして目標を探す……が発見できない。
原因はダンジョンの薄暗さと押し寄せる『キラー・アント』だ。『キラー・アント』が隙間なく並んでいるため、まともに視界を確保できない。
「レフィーヤ!」
「【解き放つ一条の光聖木の弓幹、汝弓の名手なり】」
『キラー・アント』を一掃すべくエルフの少女が歌を紡ぐ。その脳裏にあるのは前回の遠征の際、59階層で戦った『
「【狙撃せよ妖精の射手、穿て必中の矢】」
強敵であったからこそ、その技術を盗み、模倣する。
「【アルクス・レイ】!」
放たれた光線は『キラー・アント』の群れを殲滅し、はるか先の行き止まりで止まった。
「いた!」
ティオナが声を上げる。その指が指し示した先には一匹の蝙蝠が天井に張り付いていた。
発見された蝙蝠は、直ぐ様羽を広げ逃走を謀る。しかしその前に、飛来した物体に体を貫かれ、絶命した。
「よくやったティオネ」
フィンが
フィンに褒められ喜ぶティオネ。その一方でトキがレフィーヤと話していた。
「さすがの反応だったな、ティオネさん」
「そうだね」
「レフィーヤも凄かったけど、って言うかなんだよあの詠唱スピード。普通の超短文詠唱と遜色ないんじゃないか?」
トキの言葉にしかしレフィーヤは首を横に振る。
「そんなことないよ。まだ【アルクス・レイ】だけだし、『並行詠唱』中はできないんだ」
「できること自体凄いと思うぞ」
僅かにパーティの空気が和らぐ。……だがカサカサッという音がそれを破壊した。
音源は、巨大『キラー・アント』の足音。
「うへぇ」
「キリがないのぉ」
前衛が辟易する中、
「団長、後方からも『キラー・アント』が!」
団員の報告に顔をひきつった。
振り向くと前方とまったく同じ光景が広がっている。
「討ち漏らしか?」
「いえ、恐らく蝙蝠がやられた時の策でしょう。相手は自分達を倒すことはほぼ不可能とわかっています。なので精神的に疲労させてヘトヘトになったところで逃げるつもりだと思います」
いくらスヴェイルの一団が対人戦に特化していても上級冒険者を倒すことは難しい。だが精神は別だ。精神が疲労するとその影響は肉体にも及ぶ。その隙をついて逃げるつもりだとトキは予想した。
「全てを倒す時間はない、か。アイズ、ベート、前方の敵を薙ぎ払え!
フィンの指示に若き冒険者達が応える。アイズとベートが前方の敵を今まで以上のスピードで倒していき、パーティが前進する。後方では、追い付いてくるものをティオネとティオナが沈める。
数分後、一行は目的地である
「モンスターを産むモンスター……」
「『クイーン・キラー・アント』ってところかね」
「蟻って普通、卵から産まれるんですけどね」
見れば『クイーン・キラー・アント』……
「なんか……ズルいっすね」
「全くだ」
【ロキ・ファミリア】の面々が
──スヴェイル達がいない……。
動物達の種類は豊富で、犬や猫を始め、鷲、鷹、狐、馬などがこちらを見つめ、否、睨んでいる。
「既に逃げた後……いや、ここ自体が囮か……?」
完全に出し抜かれ歯噛みする。トキの呟きは普通の人間であれば聞こえないくらいの小さな声だった。
「さすがじゃな。いい読みをしておる」
だがそれに反応するものがいた。老いながらもしっかりとした声だった。だがトキは首を傾げた。声の主に覚えがないのだ。
それに
「どこを見ている? こっちじゃよ」
けれども声は確かに正面から聞こえた。
「えっ!?」
突然ティオナが驚きの声を上げる。
「どうした?」
「あ、あの猫ちゃんが──」
フィンの問いかけに彼女は一匹の猫を指差す。
それは黒い毛の猫だった。一見すれば年老いたただの猫である。
「しゃべった……!」
だが絞り出したような言葉に、一瞬パーティの時間が止まった。
「カッカッカッ! ちゃん付けとは嬉しいよ、アマゾネスのお嬢ちゃん」
するとその老猫は本当に言葉を発した。
「久しぶりだね、トキ」
「……まさかマアルか?」
「ああ」
その老猫の肯定にトキは信じられない、という表情を表す。
「俺の記憶が正しければ、マアル今年で20歳を越えていると思うんだが?」
「その通りさ」
「……まじかよ」
猫の平均寿命は10~16歳。人間で換算すれば54~78歳となる。そして20歳ともなれば人間でいうところの94歳に相当する。
「猫でも気力さえあればなんとかなるもんだね。お陰でこんな体になれたよ」
そう言ってマアルは
「猫又って言うらしい。極東に伝わるモンスターの一種だとさ」
「……本当に何でもありだね、君がいたところは」
「流石に俺もあれは予想外です」
冷や汗を流しながら改めて周囲をトキは見回す。
周りは動物と『キラー・アント』に囲まれている。出入り口は無数の『キラー・アント』で溢れており、引き返すのは難しいだろう。
「やられたね」
「やられましたね」
「ま、そういうことさ。しばらくわし達に付き合ってもらうよ」
マアル達が戦闘体勢に入る。それに対し冒険者達も己の武器を構えた。
「
「……ちょっと試したい魔法があるので、彼女達の相手をお願いできますか?」
「彼女……ああ、なるほどね。わかった。みんなもそれでいいかい?」
トキの要請を承諾するフィン。団長の決定にコクりと頷く冒険者達。若干1名そっぽを向いていたが。
「引き返すつもりか!? そうはさせんぞ!」
マアルの号令に動物達と『キラー・アント』が一斉に襲いかかる。巨大な
「【悠久の時を眠る力よ】」
少年の歌が始まる。
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