冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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トキ、さらにチート化。反省はしている。だが後悔はしていない!!


精霊回帰

【スピリット・リグレッション】。トキが唱えたそれは変身魔法に分類される。にも関わらず、外見的変化は髪と瞳の色が蒼色に変わっただけだ。その真価は人間が神の分身(せいれい)に変身する、というものである。

 

「【流麗なる水よ、我が同胞に災厄を払う加護を与えたまえ。代行者の名において命じる。与えられし我が名は水精霊(ウンディーネ)、水の化身、水の王】」

 

 エルフを越える魔法種族(マジックユーザー)にして『魔法』と『奇跡』の使い手。

 

「【アクア・ベール】」

 

 冒険者達を蒼く光る衣が包み込む。それを確認したトキは息を吸い込み……『高速詠唱』を開始した。

 

「【水よ轟け】」

 

 ただひたすらに詠唱(うた)を紡ぐ。初めての『高速詠唱』。だが彼に失敗の恐れはない。なぜなら彼がもっとも愛する者が守っているのだから。

 

「【深く深く深く、泉の波紋よ大河の流れよ大海の波よ。繁栄せし文明を原初の海へと洗い流せ】」

 

 周りの冒険者達はそれを固唾を飲んで見守る。レフィーヤが張っている結界の外ではガシガジと鼠がその歯を立てる音が聞こえた。

 

「【空を呑め大地を覆え、方舟を運び生命を裁け】」

 

 知るはずのない歌が頭に流れ込んでくる。否、知っていたのだ。血が、肉が、彼を構成する細胞が記憶していたのだ。

 

「【あらゆるものに平等なる終焉と新たなる誕生の芽を与えよ。愚かなるもの達への天罰と未知なる可能性への天恵をここに──】」

 

 ──『精霊』に『恩恵』を与えることはできない。なぜなら彼らは神に創られた者達だから。いわば神の一部。それに『恩恵』を与えても大した効果はない。だが、トキの『恩恵』はこの瞬間もその効果を発揮していた。

 ──即ち『恩恵』を受けた『精霊』。矛盾した存在へとトキは変身していた。

 

「【代行者の名において命じる。与えられし我が名は水精霊(ウンディーネ)、水の化身、水の王──】」

 

 チラリ、とトキはレフィーヤに目配せした。レフィーヤはその心意に目を見張った後、彼を信じ頷いた。

 

「【ディザスター・ウェーブ】!!」

 

 巨大な蒼色の魔法円(マジックサークル)が展開される。そして特大の津波が現れた。

 それと同時にレフィーヤが結界を解除する。

 

「ちょ、レフィーヤ!?」

 

 周りから驚愕の声が上がるがそれは津波の轟音によってかき消された。

 

 波は食料庫(パントリー)の天井にぶつかった後に地表へと落下。瞬く間に食料庫(パントリー)を呑み込んだ。

 

 

 

「……あれ?」

 

 最初にその声を発したのはティオナだった。首を傾げ、あーあー、と声を出す。

 

「……声が、普通に聞こえる?」

 

 アイズの呟きに、他の冒険者達もそれぞれ顔を見合わせる。

 

「というよりも、水中で呼吸ができているね」

「あ、本当だ」

 

 彼らがいるのは先程と同じ食料庫(パントリー)だ。そこは波に呑まれ、見渡す範囲は全て水で満たされていた。

 

「この魔法が原因だろうな」

 

 リヴェリアが己の手、正確にはそれを包む蒼い衣を見つめる。

 

「詳しい効果はわからないが、水中での呼吸……いや──」

 

 スッと腕を動かす。その動作に水の抵抗は感じられなかった。

 

「水中でも地上と同じ動きを可能とする魔法。しかも傷の回復までできるようだな」

 

 その言葉に冒険者達が己の体を見直す。かすり傷程度しかついていなかったが、それもすっかり消えていた。

 

「だけど……使うなら一言言って欲しかったな、レフィーヤ?」

「……すいません」

 

 リヴェリアの流し目にレフィーヤは頭を下げ、謝罪する。続いてこの状況を作り上げた元凶を見ると……彼は正面、敵の方を見ていた。

 釣られてそちらの方を見る。波の勢いにより動物達は気絶し、大量の『キラー・アント』が水中を漂っている。もがくものもいたが、次第に動きが鈍くなり、ピタリとその動きを止めた。

 

 トキが再び【アクア・ベール】を発動する。衣は動物達の顔のみを覆った。

 

「……やっぱり甘いかな」

 

 トキはポツリとそんな事を呟いた。

 

「そうだね」

 

 フィンが辛辣な言葉を返す。苦笑するトキに、だけど、と続ける。

 

「やらずに後悔するよりはマシだろう。あの様子ならすぐに反撃はしてこないだろうしね」

 

 ありがとうございます、とトキは返した。

 

 

 

「それでこれからどうするつもりだい?」

 

 フィンの問いかけにトキは神妙な面持ちで答える。

 

「できればスヴェイルを追いたいと思います。『始まりの道』には()()()()がいてくれますが、自分の手で決着をつけたいです」

「フィン、私も同意見だ。奴の存在を私は看過できない」

 

 リヴェリアが眉間に皺を寄せる。その様子に他の団員が押し黙る。

 彼らは事前にリヴェリアとスヴェイルの関係を聞かされていた。特にエルフのアリシアは怒りに震え、同期であるフィンやガレスも眉を潜めた。

 

「わかった。今から全速で追いかけよう。道中の敵は……」

「それなら問題ありません」

 

 トキがフィンの言葉を遮る。髪と瞳の色が変化した彼からは『精霊』特有の神威が感じられた。

 

「さっきの【ディザスター・ウェーブ】で階層を沈めたので、モンスターは一匹も生き残っていません」

「…………………………は?」

 

 彼の口から自然に出た言葉に頭が追いつかない。他の冒険者もポカンと口を開けていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。階層を沈めた、というのはつまり、この3階層全てを水没させた、ということかい?」

「その通りです。さらにこの水は俺が出したものなのである程度の生体反応がわかります。人間はここにいる俺達だけです」

「………………………………………………そうか」

 

 あまりの出来事にフィンは考えるのをやめた。前回の遠征からずっとまともな休みを取れていなかった彼は、見た目以上に疲れていた。それに追い討ちをかけるような異常事態(イレギュラー)に思考が停止した。

 

「ラウル、後を任せた」

「え、ちょ、ちょっとフィンさん!?」

 

 あまりの無茶振りにテンパるラウルだが、任されたからにはやるしかない。

 

「そ、それで何か追い付く手段はあるっすか?」

「『魔法』で水を操って流れを作り、それに乗って一気に階段まで移動します。その後は……走っても構いませんし、水を2階層まで浸水させて移動でも構いません」

「走っていくっす」

 

 これ以上事態を大事にしては堪らん、とラウルは即決した。




毎度お馴染み独自設定。今回は『精霊』に『恩恵』を与えられない、というところ。というのも普通に強い『精霊』が『恩恵』まで受けられたらチートなんてレベルじゃない、と思って設定しました。
じゃあトキはどうなんだって? 大丈夫です、ちゃんとデメリット、というか反動はありますから。

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