【完結】桜吹雪の季節に   作:瑞穂国

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こちらではお久しぶりです

本作も後半戦に入ってまいりました。結局、書き始めてからかなり時間が経ってしまいましたが

後二話とか予告しときながら、このペースだと+一話されそう・・・

今回もよろしくお願いいたします


航跡Ⅳ

四、

 

アルバム整理も半分を過ぎた辺りで、ボーンと執務室の時計が鳴り出しました。

 

「なんだ、もう一時か」

 

「お昼時ですね」

 

かなり減ってきた写真の山の上で、大きく伸びをします。司令官はこたつの後ろに向かって倒れこみ、そこで関節をほぐしていました。

 

「言われてみれば腹が減ってきたな」

 

お腹をさする仕草に、クスリと笑いを漏らします。

 

「うっし、一回休んで、間宮で昼ご飯にするか」

 

「そうですね。あ、そういえば今日は、からあげ定食だって言ってましたよ」

 

「ちょっ、それ先に言ってくれよ吹雪。早々になくなるパターンじゃないか」

 

今日が大人気定食の日だと聞いた途端、にわかに慌しくなる司令官を見て、また可笑しさがこみ上げてきます。

 

と、そんなこと言ってる場合じゃなかった。わたしも早く準備しないと。お昼時になると、すぐになくなっちゃいますからね。

 

途中だった写真の整理を中断して、写真の山をまとめます。しばらくして、わたしたちは揃って執務室を後にしました。

 

 

 

わたしがからあげ定食を頼めた一方で、滑り込みで間に合わなかった司令官は、いつも通りのカツどんを頼んでいます。これはこれで、足柄さんがメニュー作りに協力しただけあってとてもおいしいのですが・・・。

 

さっきから、司令官が恨めしげな視線を送ってきてます。わたしの顔と、からあげ定食を交互に見やっています。

 

・・・。

 

「えっと・・・司令官、分けっこしますか?」

 

「いいのか!?」

 

そんな目線を送られたら・・・ねえ?こう言うしかありませんよね。でも、楽しみでもあります。

 

「・・・ちなみに、『あーん♪』は付いてくるのか?」

 

「や、やりませんよ!?」

 

「ちぇー・・・」

 

う、ううっ・・・。そ、そんな目をしてもダメです!だ、だって・・・恥ずかしい・・・。

 

ていうか司令官、明らかにわたしの反応を楽しむためにやってますよね!?

 

早くも切り替えた司令官の後ろに付いて、食堂に席を探します。そのたびに皆から声を掛けられ、司令官もわたしも笑顔で答えていました。

 

「提督、吹雪ちゃん」

 

その中でも際立って、澄んだよく響く声がわたしたちを呼び止めます。

 

艦隊でも一、二を争う、長くしなやかな髪を頭の高い位置でまとめ、桜の花びらを散らした彼女は、我が艦隊最大最強の火力を誇る戦艦娘でした。

 

「大和さん」

 

わたしの呼びかけに、大和さんはにこりと微笑んで答えました。

 

「おう」

 

司令官も、自然体で答えます。大和さんの前には、二人分の空き席がありました。

 

「よかったら、ご一緒しませんか?」

 

わたしの視線に気づいたのか、大和さんが雅な手つきで席を勧めてくれます。

 

「いいのか?武蔵は?」

 

「武蔵でしたら、あちらに」

 

大和さんの指さす先、つい最近着任したばかりの彼女の同型艦は、少し前の席で、摩耶さんとハンバーガーのようなものを片手に、何やら話し込んでいるようでした。摩耶さんは鎮守府でも古参の重巡洋艦ですが、やはりつい最近第二次改装を受けて、随分と印象が変わっていました。でも、姉御肌で誰にでも気さくに遠慮なく話せるところは、ずっと変わってないみたいです。

 

「なぜだ・・・。なぜ、これほどしっくり来てしまうんだ・・・」

 

「間宮さん、ハンバーガーも作れたんですね」

 

「佐世保バーガーというそうですよ。伊良湖ちゃんが知っていて、作ってもらったんです」

 

「へえ・・・。まあそういうことなら、遠慮なくお邪魔させてもらうよ」

 

司令官とわたしは、大和さんの薦め通り、席に着きました。手を合わせ、いただきます。挨拶が被ったのは、きっと・・・ただの偶然じゃなかったはずです。多分。

 

「さあ吹雪、一個俺にくれ」

 

「もう、わかりましたから。少し待ってください」

 

ほんとにもう、せっかちなんですから。大和さんが呆れ気味に苦笑してしまっています。

 

「相変わらずですね」

 

も、もう笑うしかないです・・・。

 

唐揚げを一個取り上げ、ふと視線を感じて司令官の方を見やります。予想通り、期待に満ちた視線で、司令官はわたしと手元の唐揚げを交互に見ていました。

 

・・・。

 

・・・うう、ほんとにやれって言うんですか?大和さんの目の前ですよ?

 

わたしは、救いを求めるように大和さんに目配せをします。

 

「たっぷりとオカズにさせていただきますので、どうぞ好きなだけイチャついてください」

 

「大和さん~~~~っ~~~っ!!」

 

「いつものことじゃないですか。今更恥ずかしがることはないと思いますよ?」

 

わたしたち、いつもイチャついてるように見られてるんですか!?

 

「さあ吹雪!大和もこう言っていることだし、遠慮なくこい!さあ!!」

 

もうやだ、この艦隊!!

 

半分自棄になったわたしは、箸で唐揚げを摘まむと、ゆっくり、司令官の口に―――

 

入れる手前で、自分の口に持っていきました。

 

司令官が、顎が落ちそうなほどショックを受けています。

 

「唐揚げ、おいひいれす」

 

「・・・チクショーメーッ!!」

 

心底悔しそうにして、司令官は机に突っ伏しました。

 

ふ、ふんっ。わ、わたしが恥ずかしい思いをしたんですから、これくらいの報いは当然です!若干罪悪感が湧かなくもないですが。

 

「吹雪の鬼嫁!鬼畜眼鏡!悪魔秘書艦!」

 

眼鏡関係ないですよね!?

 

「も、もう、冗談ですから。はい、司令官」

 

ようやく顔をあげた司令官に、もう一個、唐揚げを差し出します。

 

「・・・あ、あーん♪」

 

「・・・お、おう」

 

司令官ったら、自分でやらせたくせに、真っ赤になってしまっています。まあ、きっとわたしの顔も、他人のことを言えないでしょうけど。うう、どんな羞恥プレイですか・・・。

 

「ど、どうですか・・・?」

 

「う、む・・・。吹雪が食わせてくれたからな。いつもよりおいしく感じる」

 

「そ、そうですか」

 

「だが、なんだ、その・・・。想像以上に恥ずかしいな、これ」

 

「し、司令官がやらせたんじゃないですかっ!!」

 

非難の声の後、二人で苦笑してしまいます。

 

と、咳払いが一つ。

 

「恋人アピールは終わりですか?」

 

対面の大和さんが、いい笑顔で、わたしたちを見つめていました。

 

「こいびっ・・・!!ち、ちゃがっ・・・これは、しょのっ・・・ですねっ」

 

「お、落ち着け吹雪!めっちゃ噛んでるぞ!」

 

誰のせいだと思ってるんですか!!

 

わたしの弁明に、大和さんは何かに気づいたのか、ポンと手を打ってこう返しました。

 

「ああ、そうでした。恋人ではなく夫婦アピール、ですかね」

 

「~~~~っ~~っ!!」

 

あ、あまりの衝撃に何が何だか分からなくなって、わたしも司令官もこれ以上ないほどに赤くなってしまいます。それを、さも可笑しそうに、大和さんは上品に微笑みました。

 

「や、大和は、今日もオムレツか!」

 

明らかに話題を逸らそうとして、司令官が声を張り上げました。柔らかな笑みを崩すことなく、大和さんが頷きます。

 

「はい、たまに食べたくなるんです。それで、間宮さんに厨房をお借りしました」

 

「自作なんですか?」

 

「はい」

 

軽く言っているようですけど、とんでもないですよ。

 

大和さんが優美にスプーンを入れているのは、しっかりとした形を保ちながらも、中はふわふわとろとろの美しいオムレツです。プロが作った、と言われても信じますよ、これ。最近料理をするようになったばかりのわたしですけど、卵をここまで綺麗に扱うのは至難の業です。スクランブルエッグですら、火加減を間違うとパサついたり、逆に生っぽくなったりしてしまうんです。オムレツなんて、想像しただけで寒気が・・・。

 

ともかく、それだけコツと経験がいる作業です。

 

さすが大和さん。艦隊の大和撫子と言われるだけはあります。

 

―――わたしも、今度教わろうかな・・・。

 

艦娘とはいえ、料理くらいはできるようになりたいです。やはり、大好きな人には、手料理を振る舞いたいですし・・・。

 

い、言ってて恥ずかしくなってきました。

 

「へー、すごいな」

 

「ありがとうございます。まあ、一番の得意料理ですし、オムレツだけは、胸を張って皆さんの前にお出しできますから」

 

大和さんには珍しく、自慢げにそう答えていました。

 

と、大和さんがわたしの方に目を向けます。

 

「よかったら、今度教えますよ?」

 

「ほんとですか!?」

 

「ええ、もちろん」

 

そう言って、大和さんは雅に笑います。

 

「よかったな、吹雪。できるようになったら、俺にも作ってくれ」

 

司令官が悪戯っぽく、そして優しげにわたしを見つめました。

 

その言葉だけで、これ以上ないほどやる気が出るんですから。わたしも、随分と単純ですよね。

 

「楽しみに待っててください!」

 

満面の笑みで、わたしは答えました。

 

 

 

一通り昼食が終わった食堂には、まだ多くの艦娘たちが残っていました。休日ということで、自主訓練のない娘たちが、あちこちで食後のおしゃべりを楽しんでいました。

 

「ほい、ご所望の」

 

トレーに三人分の飲み物を持った司令官が、ゆっくりと戻ってきました。

 

「吹雪は、カフェオレ」

 

カップには、食後にもってこいの茶色い液体が入っています。伊良湖さんが淹れてくれたカフェオレは、まだコーヒーまで手が出ないわたしには丁度いいほろ苦さです。

 

「大和はブラック、俺はアイスっと」

 

それぞれの席の前に飲み物が置かれ、おもいおもいに啜ります。

 

「落ち着くな」

 

「そうですねえ」

 

一口口にした司令官が、背もたれに深く寄りかかり、首を回して食堂を見渡します。つられて、わたしと大和さんも、そちらへ目を向けました。

 

朝潮型姉妹が、和気藹々とトランプを楽しんでいます。

 

七駆の四人は人生ゲームをやっているようで、いつも通りに、曙ちゃんと漣ちゃんがじゃれあっていました。

 

武蔵さんと摩耶さんの周りで腕相撲大会が始まり、その様子を、妙高型の四人が見守っています。

 

バルコニーでは扶桑型と金剛型という珍しい組み合わせでお茶会が開かれ、横では祥鳳さん瑞鳳さん龍鳳さんが海を眺めています。

 

バトルシップゲームで負けた川内さんが雄叫びを上げ、軽巡の皆さんが笑いました。

 

島風ちゃんと雪風ちゃんがチェスを打ち、陽炎型姉妹がワイワイと騒いでます。

 

いつも通りの、休日の風景です。

 

「いつも通り、だ」

 

「いつも通りですねえ」

 

「いつも通りですよね」

 

三人、呟くことは同じでした。

 

「『みんなの想い』、しっかり伝わってるのではないですか?」

 

「そ、その話を今持ち出すか」

 

「結構感動して聞いてたんですよ?」

 

「ぼろくそ言われた記憶しかないんだが?」

 

「気のせいです」

 

『みんなの想い』。懐かしい言葉が、大和さんの口から出てきました。

 

もう、あれから半年近いんですね・・・

 

 

それは、北方海域の決戦が決定された時のことでした。

 

練度、装備、共に十分揃ったと判断された鎮守府では、ついに北方海域の制海権を奪還する一大作戦が決行段階へと移されました。

 

あの沖ノ島を超える作戦規模が予定されていました。当然敵艦隊も強力で、さらなる困難が予想されました。

 

それに、艦隊の規模も、あの頃とは大違いです。そこで作戦開始にあたって、司令官は全員を食堂に集めました。

 

まあ、鎮守府には食堂ぐらいしか全員が集まれる場所がありませんし、当然と言えば当然ですね。

 

あの時ほど、緊張した司令官は見たことがありません。なにせ、特設のステージでがちがちに固まってましたから。そりゃあ、大事な作戦の、大切な始まりですし、緊張するのも当たり前です。わたしなんか、途中で倒れちゃうと思います。

 

『・・・あー、みんな楽に聞いてくれ』

 

青葉さんの調整したマイクから、努めて冷静であろうとする司令官の声がしました。

 

『知っての通り、これから我が艦隊は、北方海域の制海権を奪還する作戦に出る。知ってる奴は知ってると思うが、あの沖ノ島と同等かそれ以上の激戦が予想される』

 

艦隊の半分近くが、ごくりと喉を鳴らすのがわかりました。かく言うわたしもです。秘書艦として予めいくらか聞かされていたとはいえ、改めて司令官の口から聞くと、その響きの重さが身に染みてきます。

 

『いずれにしても、相当な覚悟をしてほしい』

 

食堂全体が、静かに頷きました。

 

『そこで今回は、特に選りすぐって、我が鎮守府でも練度の高い娘を出撃させる。出撃艦を絞り、少数精鋭で挑みたい。それ以外の娘たちには、サポートをお願いする』

 

これは、沖ノ島と同じ戦い方でした。あの時も、出撃する艦娘を戦艦と空母に絞って、わたしたちは遠征などの支援に徹していました。

 

『と、いう訳でだ。早速出撃メンバーを発表したいと思う』

 

司令官の言葉に、全員が固唾を呑みます。

 

『まず、大和』

 

「は、はい」

 

『鎮守府では文句なしの火力一番の大和に、主軸を任せたい。これが初実戦だが、演習で積み上げてきた実力を十二分に発揮してくれ』

 

異論は上がりません。春の攻勢後から着実に練度を上げた大和さんは、押しも押されぬ鎮守府の最大戦力ですから。

 

『次に、扶桑、山城』

 

「・・・あら」「えっ、私!?」

 

『おう、そうだぞ。敵航空戦力も強力だろう。航空戦艦の助けが欲しい。二人は沖ノ島以来の主力で練度も高いし、適任だと判断した』

 

扶桑さん山城さんは、航空戦艦ゆえに火力は控えめですが、鎮守府近海戦の頃から培った高い練度がありました。強力な航空戦力に対峙する以上、お二人以上に適任な艦娘はいません。

 

『航空戦力として、赤城、翔鶴』

 

「「はい」」

 

『言わずもがなの、主力空母だ。敵空母に対抗できるのは二人しかいない。いつも通りに、しっかりよろしく頼むよ』

 

そうです、このお二人しかいません。沖ノ島から戦い続ける主力中の主力空母です。

 

これで、五人。あと一人は誰でしょうか。

 

―――また、私は出番なし、か・・・。

 

こう見えて、鎮守府駆逐艦ではトップ、全体でも五位以内の練度は持っているつもりでした。でも、北方海域の決戦に、わざわざ装甲の薄い駆逐艦を連れていく道理がありませんよね。

 

『それで、旗艦なんだが・・・』

 

誰だろう。戦艦なら、改二になった金剛さんかな?それとも、もう一隻空母?あるいは夜戦の要として、重巡の青葉さんや摩耶さんでしょうか?

 

そんなことを考えながら。わたしたちは、最後の一人の発表を待ちました。

 

司令官は誰かを探すように、周囲を見渡しました。

 

こちらを、見た気がしました。

 

いえ、明らかに見てました。

 

そうして、ゆっくりと口を開きます。

 

『・・・旗艦は、吹雪に任せたい』

 

「・・・えっ?」

 

・・・?

 

・・・??

 

・・・・・・・。

 

・・・・・えっ、

 

「えええええええええええええっっっ!?」

 

誰よりも、まず私が驚きました。自分でも信じられないくらいの素っ頓狂な声を上げて、変な格好をして後ずさります。

 

なんで、どうしてわたし!?他に適任の人がいっぱい・・・!?

 

いろんな言葉は、あまりの混乱のせいで口から出てこず、パクパクと無意味に口を動かすだけでした。

 

『・・・おーい。金魚みたいになってるぞー』

 

「どっ、どうしてわたしなんですか・・・?」

 

『ふむ。そうだな・・・』

 

司令官はわざとらしく考える仕種をして、それから、

 

 

 

真剣な表情で顔を上げました。

 

『みんな聞いてくれ。何で吹雪を選んだのか、もっともな疑問だ』

 

誰も何も言わず、司令官の言葉に耳を傾けていました。

 

『・・・俺は、君たちがこうして艦娘になったのには、何か意味があると思ってる。深海棲艦と戦うだけじゃない、もっと大切な何かが。―――俺は、みんながあの戦争をどう思ってるか、どんな傷を持ってるか知ってる。理解してるとは言わない、俺は知ってるだけで、みんなに何かができるわけじゃない』

 

例えばそれは、助けられなかった仲間のこと。例えばそれは、何もできずに立ち尽くしたこと。例えばそれは、罪のない多くの命を奪ったこと。例えばそれは、自分だけが生き残ってしまったこと。

 

大小様々、わたしたちは何かしらの想いを持って、艦娘をやっています。

 

『だから、この戦いを、意味のあるものにしたい。みんなが、自分の過去を乗り越えて、それぞれの想いを持って、これからを生きていけるように。甘い考えだって、そんな簡単に言うなって言われるかもしれない。でもそれが俺の想いだ。俺がやりたいことだ』

 

司令官はゆっくりと息を吸います。

 

『・・・だが、一度に出撃できるのは、たった六人、連合艦隊でも十二人しかいない。君たちの想いを、同時に全て持っていくことはできない。だから六人は、鎮守府に残ったみんなの想いまで背負って、戦わなくちゃならない』

 

キュッと、このささやかな胸の前で手を握りしめます。

 

『俺は、それに適任なのは吹雪だと思う。この鎮守府で、ずっとみんなを見てきた、吹雪しかいないと思う』

 

その場にいた全員―――つまり、鎮守府に所属する全ての艦娘が、わたしを見ました。

 

『俺は吹雪に託したい。俺の想いを、彼女に預けたい。だから吹雪に、みんなの想いを任せて、戦ってもらいたい』

 

静けさがありました。

 

『みんなの想いを、吹雪に預けてほしい』

 

そこで司令官の言葉は終わりました。

 

沈黙が横たわります。

 

百人を超える艦娘が集まってるのに、一切の音が聞こえません。

 

時が止まったように、誰も動きません。

 

その中で、バックバックと打ち付ける心臓が、確かに感じられました。

 

「・・・急に何を言い出すかと思ったら、そんなことデスカ」

 

最初に口を開いたのは、金剛さんでした。

 

「あー、緊張して損したわー」

 

「随分勝手なこと言ってくれるじゃない、このクソ提督」

 

「いやー、気障すぎてこっちが恥ずかしかったですねー」

 

「だっはは、ぼろくそ言われてやんの」

 

「もっと短くなんなかったのかい?」

 

『お前ら容赦ねえな!泣くぞ!!』

 

北上さん、曙ちゃん、青葉さん、隼鷹さん、涼風ちゃん、初期から鎮守府を支えた五人からの身も蓋もない言葉に、真剣に話していたであろう司令官は、大層いじけてしまったようでした。壇上で、ズーンとうなだれています。

 

「・・・ま、嫌いじゃないけどね、提督のそういうとこ」

 

「そうデスネー」

 

そう言って、北上さんと金剛さんが笑いました。

 

「あたしはいいよー。異論なし。あたしの想い、吹雪に預けるよ」

 

「このバーニングラブを任せられるのは、吹雪しかいないネ!!」

 

「おう、アタイの想いも受け取ってくんな!」

 

「ふんっ、頼んだわよ」

 

『お前ら・・・』

 

続くようにして、あちこちで声が上がりました。

 

照れくさそうに親指を突き出す娘。

 

律儀に頭を下げる娘。

 

両手を胸の前で握りしめ、祈るようにこちらを見つめる娘。

 

笑顔で砕けた敬礼をする娘。

 

「みんな・・・」

 

「深雪様も忘れちゃ困るぜ!!」

 

突然、私の首に腕を回してくる娘がいました。同型艦の深雪ちゃんです。彼女もまた、わたしたちと一緒に初期から鎮守府を支えるメンバーです。

 

白雪ちゃん、初雪ちゃん。十一駆の三人が、わたしの周りにいました。

 

「わたしも、吹雪ちゃんに預けるね」

 

「ん・・・任せた」

 

「よろしくな、吹雪っ!」

 

不思議です。

 

こういう時は、涙が出てくるのだと思っていました。今まで読んだ小説では、そうでしたから。

 

でも、その時。

 

胸が一杯で。

 

みんなの気持ちが熱くて。

 

差し出されたいくつもの手が暖かくて。

 

わたしにとって何よりも大切な仲間に囲まれて。

 

それを静かに見守る司令官がいて。

 

 

 

わたしは、笑っていました。

 

こんなに、あらゆるものが喉元まで詰まった笑いは初めてでした。涙の代わりに溢れ出る想いが、何に例えることもできなかった。

 

いろんなものがごちゃ混ぜで、苦しくて、切なくて、嬉しくて、可笑しくて。言葉になりません。

 

『そういうことだ。やってくれるな、吹雪』

 

司令官の穏やかな声が、最後にわたしの背中を押してくれました。

 

「はい!吹雪、精一杯頑張ります!」

 

「よっしゃっ!アレやるぞアレ!」

 

わたしが宣言すると、すぐに深雪ちゃんが何かの音頭を取り始めました。

 

「おーい、誰か司令官を引きずり降ろせー!」

 

『えっ?』

 

途端に、数人の駆逐艦娘が、壇上の司令官を引きずり降ろしました。司令官は困惑して、なされるがままになっています。

 

「よーし、みんな集まれーっ!!」

 

「み、深雪ちゃん?何するつもり?」

 

わたしの問いかけに、深雪ちゃんは、キシシ、と悪戯っぽい笑みを浮かべました。

 

「作戦開始前には、アレしかないって!!」

 

「アレって何?」

 

「アレはアレだよ」

 

そうこうするうちに、司令官と、出撃メンバーの六人が集まりました。それを囲むように、みんなが立っています。

 

「ほらほら、手を出して」

 

「・・・なるほど、アレってそういうことか」

 

わたしも理解しました。司令官をちらと見やって、二人同時に手を差し出し、重ねます。

 

その上に、大和さんの手が、扶桑さん山城さんの手が、赤城さん翔鶴さんの手が、重なります。さらに、私たちを囲むようにしていたみんなが手を差し出し、届かない娘たちがすぐ前の娘の肩に手を当てます。

 

「ほらほら、吹雪」

 

「わ、わたし!?」

 

深雪ちゃんは、さも当然のようにわたしに号令を促しました。

 

「いや、この流れは吹雪でしょ。ほら、早く早く」

 

うう、そんなこと言われても。とっさに言葉が出てくるほど、私は器用じゃありません。さっきの司令官の気持ちが少しわかった気がします。

 

「そんなに緊張しなくとも、いつも通りの吹雪ちゃんでいいと思いますよ?」

 

「あ、赤城さん・・・そんなこと言われても・・・」

 

ニコニコしている赤城さんに救いの目線を向けます。

 

「確かに、いつも通りでいいのではないかしら」

 

「私も、姉さまの意見に賛成です」

 

「異存はありませんよ」

 

「さあ、吹雪ちゃん」

 

「皆さん・・・」

 

周りを見回して、最後に、司令官と目が合いました。

 

「一丁、かましてやれ吹雪!」

 

も、もう、なんですかそれ。司令官の言葉に苦笑して、わたしは息を吸い込みました。

 

「か、艦隊、頑張っていきましょう!!」

 

「「「おーっ!!」」」

 

食堂が沸き立ちました。

 

 

「さて、そろそろ戻るか」

 

結局、二杯目を飲み干してから、司令官はそう切り出しました。

 

「アルバム整理ですか?」

 

「そ。こういう時にやっとかないと、終わらんからな」

 

「・・・司令官がもう少し真面目に仕事をやれば、それなりに時間は取れると思いますけど?」

 

「余計なことは言わんでいいぞ、吹雪?」

 

余計なとは失礼な。大事なことですよ、仮にも一個艦隊を預かる司令官なんですから。

 

「完全に尻に敷かれてますね」

 

「そうなのかなあ・・・」

 

「そうですかね・・・」

 

そういうわたしたちの様子に、大和さんはクスクスと笑いました。

 

「楽しかったです。また、一緒に食べましょうね」

 

 

 

「そういえば司令官」

 

廊下を執務室へ向かう道すがら、わたしはずっと―――個人的に気にしていたことを、思い切って司令官に尋ねました。

 

「大和さんって、最近最高練度に達しましたよね?」

 

「ん?おう、そうだな」

 

「・・・ケッコンはされないんですか?」

 

ぶふっと、司令官が吹き出しました。どストレートな話題だったみたいです。

 

「そ、そうだな」

 

ゴホゴホやっていた司令官は、咳払いを一回して落ち着くと、ちょっぴり真剣に話し出しました。

 

「大和には、悪いと思ってる」

 

「・・・それは、」

 

つまり、ケッコンカッコカリはしないということですか?

 

「確かに、さらなる戦力の増強とか、そういう意味ではした方がいいんだろうけどさ。カッコカリとはいえ、ケッコンってものを、押し付けたくはない」

 

それに。司令官は、若干顔を赤らめながら、恥ずかしそうに続けました。

 

「・・・どうせ押し付けるなら、本当に好きなやつ―――一生一緒にいたいやつに渡したい」

 

「~~~~~っ~~!!」

 

一気に顔面が熱くなるのが、はっきりわかりました。

 

そ、そういう!恥ずかしいことを何の前触れもなく言うんですから!

 

この話題振ったのわたしですけど!!

 

「ちょっ、て、照れるなよ。こっちまで恥ずかしくなってくるだろ」

 

「知りません!照れてません!!」

 

声を張り上げて主張します。これだけは、何としても押し通さなければ。

 

しばらく顔の熱が引くのを待って、わたしは司令官に返します。

 

「でも・・・大和さんのことも、考えてくださいね」

 

「・・・わかってる。俺のできることは何でもやるよ。ただ、この件については、俺のわがままを通させてほしい」

 

司令官の口から、そんな言葉を聞くなんて。いつだって―――方向性は変ですが、みんなのことを一番に考えてきた司令官です。

 

「さて、アルバム整理終わらせるか」

 

この話題は終わりと、司令官が切り替えました。たどり着いた執務室で、わたしたちは午前中と同じ作業を続けます。

 

 

 

アルバムも、いよいよ一年が経過しようとしていました。わたしたち、そしてわたしと司令官の物語は、もうすぐ一区切りを迎えます。




毎回自分で書いて勝手に悶えてるのですが、端から見たらキモイ人ですよね・・・

こんな感じで、自分の妄想百三十五パーセントで書いてきました本作にお付き合いいただいてることを、ありがたく思います

後一話(か、二話)も、どうかお付き合いいただけると嬉しい限りです
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