【完結】桜吹雪の季節に   作:瑞穂国

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どうもお久しぶりです

完結したはずだったんですが・・・すみません、私のわがままでさらに一話、書かせてもらいました

今回の話は、吹雪とのケッコン一年を記念して書いたものです。そのつもりで読んでいただけると、ありがたい限りです

今回も、今まで通り作者の妄想百三十六パーセントでできておりますので、ご了承ください

艦これ三周年、我が鎮守府の開設から二周年、そして吹雪とのケッコン一周年を祝しまして


桜吹雪の季節に

鎮守府前の並木通りには、すでに満開の桜が咲き誇っています。季節は春。暖かな陽気に包まれた、心地の良い日です。こんな日は、のんびりと寝転がって、日向ぼっこでもしていたい気分になります。

 

鎮守府の庁舎からも見える季節の便りに、自然と頬が緩むのを感じながら、わたしは執務室の扉をノックしました。普段なら、そこで開けてしまってもいいのですが、今日という特別な日のことを想うと、やはり何となく、中からの返事を待ってみたい気分になるものです。

 

―――きっと、桜のせいだなあ。

 

なんて思っているうちに、執務室内から「おーう」という、ちょっと間の抜けた返事がありました。ゆっくりとノブを捻り、中へ入ります。

 

「・・・司令官、一ついいですか」

 

「ん?どうした?」

 

「何でまたこたつが出てるんですか!?」

 

こないだ片付けたばっかりですよね!?

 

このやり取りに既視感を覚えつつも、突っ込まずにはいられませんでした。司令官、季節は春。もう桜も咲いてるんですよ?

 

わたしの渾身の訴えにもかかわらず、司令官の返事は変わりません。

 

「えー、いいだろ、こたつ。さすがに、朝が寒くてな」

 

「よくありません。撤去です、撤去!」

 

日向さんと加賀さん呼んできて、強制撤去してもらいますよ!

 

「ダメだ!その時は、第二次豆まき戦争が勃発するぞ!」

 

何ですかその脅しは!?

 

ていうか、この前の節分は、豆まき戦争だったんですね。・・・まあ、確かに砲撃戦並みに激しかったですけど。

 

抗議の視線を送るわたしから、司令官は微妙に視線を外しました。それから恥ずかしげに頬を掻いた後、

 

「それに、ほら・・・去年も、こうしてただろ?」

 

そんなことをのたまったのです。

 

じんわりとした甘さが、わたしの中に広がっていきます。司令官のそんな一言に心動かされ、許してしまうのですから、わたしも奥さんとしてはまだまだ、なんでしょうか。

 

「もう、司令官は・・・今日だけですからね?」

 

そう言って、わたしも掘りごたつの中に足を差し入れました。

 

一年前。思えば、月日の経つのは早いものです。新婚ほやほやだったわたしたちは、やはり司令官が出してきたこたつに入って、アルバム整理をしていました。数々の思い出深い写真たちに話が弾んで、結局整理が終わったのは、一日が終わる時でした。

 

「今日は紅茶か?」

 

司令官はさもわかったように尋ねて、茶葉を取り出しながらこちらを見ました。

 

「よく、わかりましたね」

 

「一年もすれば、奥さんの好みは大体わかるよ」

 

も、もう、本当に司令官は。そんな、恥ずかしげもなく。

 

しばらく静かな時間が流れます。いつかと同じように、こたつの横でコポコポと音を立てる電気ケトル。天板の上に二つ並んだカップ。司令官の選んだ茶葉。

 

「・・・どうした、吹雪。そんなニヤニヤして」

 

「いえ、なんでもありません」

 

気付かないうちに、頬が緩んでしまうくらい。

 

「ただ、ちょっと・・・。今、幸せを噛み締めてました」

 

「・・・そっか」

 

天板の向こう、伸ばせばすぐに手の届く距離で、司令官が微笑みました。

 

カチッ。二人で見つめ合ううち、電気ケトルがお湯が沸いたことを知らせる音を立てました。沸騰したてのお湯が少し静かになって、温度が下がった頃合いで、ティーポットに注ぎ淹れます。司令官の手つきは、もう随分慣れたようでした。

 

落ち着くから。以前眠れなかったわたしに、司令官がそう言っていたのを思い出しました。寝付けない時は、暖かい紅茶を飲んで、落ち着くんだ、って。

 

あれからも、よく飲むんでしょうか。何か、寝付けないことがある度に、飲むんでしょうか。

 

気付いてしまうと、ちょっとだけ・・・悔しい。

 

司令官が眠れない時に、側にいてあげられないことが。あれだけ、わたしの知らないところで苦しんでるのが嫌だ、って言ったのに。

 

「はい、吹雪」

 

司令官の淹れた紅茶は、いつも温かく、優しい薫りがします。紅茶の香りだけではないんです。淹れた人のことがわかる、優しい、柔らかな薫り。

 

「いただきます」

 

差し出されたカップを持ち上げて、口を付けます。わたしが飲める、ギリギリの熱さ。正確に測っているわけではないのに、いつも同じ、丁度いい熱さ加減。

 

―――愛されてるなあ。

 

そんなことを思ってしまったわたしは、熱くなった頬を紅茶で誤魔化して、カップを置きます。わたしよりも猫舌な司令官は、少し息を吹きかけて、カップに口を付けました。

 

「この一年も、いろんなことがありましたね」

 

「ああ。そうだな」

 

一息を吐いたわたしたちは、この一年に―――去年の四月から始まった、わたしたちの新たな一年に思いを馳せます。

 

「今年の始まりは、わたしたちの結婚式からでしたね」

 

「だな。あれが一年の最初だ」

 

満開の桜が散り始めた頃。鎮守府のみんなが、わたしたちの結婚を祝福してくれました。純白のドレス、お色直しの後は、白無垢。この上ない幸福な結婚を、大切な仲間たちが祝ってくれました。

 

「司令官、結局最後は泣いてましたね」

 

「そりゃそうだ。人生であれほど嬉しかったことはない。それに、それは吹雪も同じだろ?」

 

「えへへ、そうですね」

 

式の終わり、みんなが歌ってくれた『愛を込めて花束を』、そして司令官の『家族になろうよ』。止まらない涙で霞む視界。歌いきった司令官の肩も震えて、わたしの手をしっかりと握っていました。

 

司令官が苦笑します。

 

「いやー、青葉に突然歌ってくれと言われたときはどうなるかと思った」

 

「でも、かなり上手でしたよ」

 

「好きな歌だったし、学生時代はよくカラオケにも行ったんだ」

 

意外と、無茶ぶりには慣れっこなんだそうです。

 

「夏も楽しかったですね」

 

初夏には、司令官の言っていた通り、鎮守府全員で海水浴に行きました。鎮守府近くの浜辺に、即席でビーチパラソルを広げて。思い思いの水着ではしゃぎ回りました。間宮さんと伊良湖さんの、小さな海の家も大盛況でした。

 

「吹雪の水着、可愛かったぞ」

 

「そ、そうですか」

 

ううっ、面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしいです。夏の終わりに、司令官のアルバム整理を手伝った時も、当時のたくさん撮られた写真を見ながら、赤面してしまいました。

 

「海って言えば、秋には秋刀魚漁の手伝いもやったな」

 

「やりましたねえ。あ、それと秋祭りも」

 

思い出すとよだれが・・・。

 

夏の大規模作戦が終わった後、司令部は何を思ったのか、「北方海域での秋刀魚漁の護衛をせよ」という命令を持ってきました。当時は司令官と共に真面目にツッコミを入れたものですが、思えば春に慰安と称して温泉旅行に行くような、結構適当な司令部でしたよね・・・。

 

「あれ、絶対司令部が食いたかっただけだろ。まあ、秋刀魚おいしかったから、いいけど」

 

反論の余地がないですね・・・。

 

「で、でも、たくさん取りすぎた秋刀魚が、秋祭りでは大盛況だったじゃないですか」

 

「十七駆に任せた時はどうなるかと思ったが、磯風も頑張ってたな」

 

十七駆の磯風ちゃんは、秋祭りに備えて相当料理の練習をしたみたいです。・・・なぜか、秋刀魚を焼くたびに服が中破してましたけど。そういえば、浦風ちゃんも少し痩せてたような・・・。

 

や、やめましょう。

 

「今年は、ハロウィンも大賑わいでしたね」

 

「海外艦が増えたからだな」

 

ドイツにイタリア。我が艦隊にも、海外からの参加が増えました。それぞれの文化、風習。

 

「クリスマスもそうでしたけど、みなさんご飯がおいしかったです」

 

厨房を借りて振る舞われたそれぞれの国の料理に、みんなで舌鼓を打ちました。「おいしい!」と口々に言うわたしたちに、オイゲンさんもイタリアさんもとても嬉しそうでした。

 

「・・・なんか、食いもんの思い出多くないか?」

 

「あ、あははは」

 

司令官の言葉に、わたしも苦笑するしかありません。

 

「まあ、でも。皆楽しそうだったし、それでいいのかもな」

 

司令官が呟きます。

 

「こうして、さ。誰かとのんびりして、喋りながら一緒にご飯食べて。たったそれだけで、幸せになれるもんだ」

 

「そうですねえ」

 

「で、それが愛する人とくれば、これほど嬉しいこともない」

 

そ、そういうことをっ!このタイミングで言いますかっ!司令官の真っ直ぐな視線に捉えられて、頬が紅潮するのがわかりました。

 

でも。司令官だけっていうのは、嫌です。司令官だけに、想いを言わせるのは、嫌です。

 

だって、わたしだって同じだから。同じように幸せで、伝えたい気持ちがあるんですから。

 

だからわたしも、負けないように。直球な司令官の気持ちに、応えたくて。

 

「わたしもです。司令官と一緒にご飯を食べるのは、楽しくて、嬉しくて・・・とっても、幸せです」

 

「・・・そっか」

 

少し照れの見える表情で、司令官が答えます。色々な想いが詰まった「そっか」でした。

 

「食べ物以外だと、初詣を思い出します」

 

「おー、行ったな」

 

一年の始まり。艦隊を代表して、わたしと司令官で近くの神社へ初詣に行きました。一年の無事を願って、破魔矢とお守りを買っただけでしたけど、久しぶりの司令官との外出で、とても楽しかったです。

 

「吹雪も、晴れ着着ればよかったのに」

 

「・・・着た方がよかったですか?」

 

「そりゃあ、まあ。似合ったと思うぞ」

 

えっと、着たくなかったわけじゃ、ないんですよ?どちらかと言えば、着てみたかったです、晴れ着。でも、それ以上に。

 

クリスマスに、司令官がプレゼントしてくれた、マフラー。彼のチョイスらしく、決して派手な色合いではありませんが、包み込まれるような暖かさがあります。まるで、司令官にあすなろ抱きされているような、そんな錯覚。

 

そのマフラーを、着たかったから。司令官がプレゼントしてくれたマフラーを着て、司令官とデートしたかったから。

 

・・・なんて。目の前で「どうしてだ?」みたいな目をしている、鈍感な司令官には教えてあげませんけどね。

 

「来年は、着ましょうか?」

 

「ぜひ着てくれ。誰より、吹雪の晴れ着が見たいんだからな、俺は」

 

えへへ、そうですか。

 

司令官がそう言ってくれるなら、来年こそ晴れ着を着ましょう。

 

「そういや、また食いもんの話に戻るが・・・」

 

思い出したように、司令官が呟きます。

 

「バレンタイン」

 

「それはもう忘れてくださいっ!!」

 

前言撤回!絶対に着てあげません!

 

こたつの中で、バシバシと向こうずねを蹴りあげます。

 

「痛っ!ちょっ、吹雪、本気だろ!?」

 

「妻の汚点をいつまでも覚えている夫のことなんて知りません!」

 

「汚点じゃないだろっ!?」

 

「せっかく作ったチョコを、後生大事に抱えてたら溶けたなんて、わたし的には全然オッケーじゃないですっ!」

 

すみません、阿武隈さん。台詞を借りちゃいました。

 

お互いに肩で息をします。頬を掻いた司令官が、先に口を開きました。

 

「確かに、溶けてたけどさ。俺は、吹雪が作ってくれたってだけで、凄く嬉しいんだ」

 

「・・・嬉しいだけじゃ、ダメなんですよ」

 

お料理だってそうです。わたしが司令官に言って欲しいのは、「嬉しい」ではなくて「おいしい」なんです。

 

こんなわたしは、贅沢なんでしょうか・・・?

 

「・・・じゃあ、来年も作ってくれよ。俺だって、吹雪が作ったハートのチョコ、食べたいからな」

 

そう言って、司令官が微笑みました。

 

・・・ん?ちょっと待ってください。

 

「司令官、なんでハートのチョコだって、知ってるんですか?」

 

向かいの司令官が、明らかに言葉に詰まりました。ほほう・・・。

 

「・・・見てましたね?」

 

「・・・すみませんでした」

 

一転して、司令官が頭を下げます。

 

「エプロン姿の吹雪がかわいかったので、つい」

 

「・・・ふ、ふーん」

 

か、かわいかった、って。もう、司令官は。

 

「それじゃあ、今度料理するときは、司令官の前でやってあげますね」

 

「いいのか?」

 

「もちろんです」

 

―――司令官に見ててもらったら、もっとおいしくできる気がします。

 

そんな言葉は、恥ずかしいので、口から出ることはありませんでした。

 

 

 

「あの、司令官?」

 

一通り思い出話に花を咲かせた後、わたしたちはゆったりと紅茶を飲んでいました。ポカポカとした心地で司令官に差し出された二杯目を受け取りながら、わたしから話を始めます。今日の本題です。

 

「どうした?」

 

紅茶を冷ましながら、司令官が答えます。

 

「わたし、司令官と二人で暮らしたいです」

 

ピタ。司令官の動きが止まりました。紅茶を置いて、こちらを窺うようにして沈黙しています。

 

「白雪ちゃんたちとは、もう話しました。みんな、賛成してくれてます」

 

―――「やっぱり、夫婦は一緒にいないと」

 

そう言って笑うみんなの目は、少しだけ寂しそうな光を帯びていました。

 

「だが・・・いいのか?やっぱり、吹雪は十一駆の一員だし・・・」

 

もう、本当に。変なところで気を遣う司令官です。わたしは、十一駆のみんなと一緒にいたいんじゃないか。ケッコンしたからといって、大切な仲間から奪ってはいけないんじゃないか、と。

 

「司令官」

 

だから、わたしは尋ねます。

 

「わたしは、司令官の何ですか?」

 

わたしの問いに対して、司令官がゆっくりと口を開きました。

 

「吹雪は、俺の奥さんだ」

 

・・・あ、改めて、面と向かって言われると、なんだかむず痒いですね。

 

「そうですよ、あなた」

 

わたしは、司令官の奥さんで、わたしたちは夫婦です。だから、

 

愛する人と一緒にいたい、そう思って何が悪いんですか。

 

そんな開き直りをして、わたしは司令官に、わたしの気持ちを伝えます。

 

「わたしは、司令官と一緒にいたいです」

 

わたしの言葉に、司令官は恥ずかしそうに苦笑して、頷きました。

 

「俺もだ。俺も、吹雪と一緒に暮らしたい」

 

笑い合うわたしたち。

 

新しい一年。わたしと司令官は、少し遅ればせながら、夫婦としての新しい一歩を踏み出しました。

 

 

司令官の要望に応える機会は、意外とすぐにやってきました。

 

結婚記念日の翌日、日曜日。食堂の調理場に立った私は、エプロンの腰紐を気合いを入れて結びました。カウンター越しに見える一番近い席には、司令官が座っていました。

 

「よしっ」

 

艦隊全員分の夜御飯を準備している間宮さんと伊良湖さんの横で、わたしも司令官に出すご飯の準備を始めます。

 

―――「頑張ってね、吹雪ちゃん」

 

給糧艦娘のお二人は、そう言って快く調理場を貸してくれました。

 

期待の眼差しでこちらを見ている司令官に微笑んで、わたしはまず、野菜に手を着けます。

 

にんじん、じゃがいも、たまねぎ。お肉は後ですね。

 

・・・や、違います、カレーじゃないですよ!?確かに材料はそんな感じですけど、というか似たような料理ですけど。

 

以前、司令官に尋ねたことがあります。

 

―――「一番好きな料理は何ですか?」

 

しばらく迷った後、司令官はこう答えたんです。

 

―――「吹雪が作った料理、かな」

 

だ、なんてもう!照れますね!・・・じゃ、なくって!ブンブンと頭を振ります。そんなわたしを、給糧艦娘のお二人が不思議そうに見ていました。ううっ、恥ずかしい。

 

―――「強いて言えば、肉じゃが。じゃがいもに、よく滲みてる奴」

 

と、いうことで。ここ最近は、肉じゃがの練習をしてたんです。

 

切った野菜を炒めていきます。サッと、焦げないように。お肉はそれからです。

 

「ん~、いい匂いですね」

 

カウンターの向こうから、こちらを覗き込むようにして声がします。綺麗な黒髪を揺らすのは、美味しいものに目のない、鎮守府最初の空母艦娘です。

 

「もう随分と手慣れてきましたね」

 

赤城さんが微笑みます。彼女には、わたしが料理の練習をしているところをよく見られていました。

 

「えへへ、そうですか?」

 

「ええ。間宮さんもそう思いますよね?」

 

そう言って、赤城さんはわたしの横で全員分の夕食の準備を進める間宮さんの方を向きます。プロの手つきで包丁を動かし続けながら、間宮さんも笑います。

 

「そうですね。とても早い上達っぷりでした」

 

「愛のなせる業ですねえ」

 

あ、愛のなせる業・・・っ!顔から火が出るかと思いました。そんな風に見られてたんですかわたしたち?

 

ニヨニヨと笑う赤城さんから、熱くなった頬を隠して、わたしはお肉を投下します。

 

「おいしい肉じゃがになりそうですけど・・・。これは、提督のものですからね」

 

提督のために、吹雪ちゃんが一生懸命作ったものですからね。そう言った赤城さんをふと見上げると、まるでお姉さんのような暖かな微笑みを湛えていました。

 

 

 

「あ、あの・・・っ。司令官、これ、吹雪が作りました。よかったら召し上がってください」

 

司令官の前に並べられた夕食の膳。その横に、コトリ、大きめの器に入れたわたしの肉じゃがを差し出します。

 

出来立てであることを示すように、ほかほかと上がる湯気。甘辛い香り。我ながら、渾身の出来です。間違いなくおいしいです・・・多分。

 

肉じゃがを差し出された司令官は、しばし動きを止めていました。それから思い出したように、手を合わせます。

 

「お、おう。それじゃあ、いただきます」

 

「ど、どうぞ」

 

司令官が肉じゃがに手を出すのを見守りながら、わたしもその向かいに腰を下ろします。そのまま、自分の夕食には手を付けず、司令官が肉じゃがを食べる様子を見ています。

 

司令官がまず手をつけたのは、ほどよく煮崩れたじゃがいもです。熱々の湯気を立てるそれを、ゆっくりと口に運んでいきます。

 

パクリッ。

 

じゃがいもを入れた司令官は、熱そうに「はふはふ」と言っています。もう、猫舌なんですから、ちゃんと冷まさないと。しっかり味わうようにして、咀嚼していました。

 

バクバクと心臓が鳴っています。この時ほど、緊張することもありません。

 

おいしかったでしょうか・・・?

 

「あの・・・どう、ですか?」

 

恐る恐る尋ねます。顔を上げた司令官は、満面の笑みで、

 

「ああ、うまい。熱くて、味がよく滲みてる」

 

それはそれはおいしそうに言ってくれました。

 

よかったあ。わたしもほっと胸を撫で下ろします。これで、まともにご飯が食べれそうです。

 

「こんなにうまい肉じゃがは初めてだ」

 

「も、もう。大げさですよ」

 

そう言いながら、司令官はパクパクと肉じゃがを食べていきます。お肉、にんじん、蕩けた玉ねぎ。一つ一つに頷き、大げさなくらい「うまい、うまい」と言いながら。

 

ここまで喜んでくれると、照れてしまいます。わたしも夕御飯に手を付けますが、何だか気恥ずかしくて、なかなか肉じゃがに箸を伸ばすことができませんでした。

 

ふと、司令官の手が止まります。箸を置くと、目頭の辺りを揉みました。

 

「本当に・・・いい味滲みてるな・・・」

 

・・・や、ちょっと司令官!?な、泣いてませんか!?

 

「ど、どうしたんですか、司令官?」

 

尋ねたわたしに、司令官は苦笑いを浮かべながら、そっと言いました。

 

「あまりのうまさに、涙が出てきた」

 

もう、なんですかそれ。オーバー過ぎますよ、本当に。

 

再び箸を付けだした司令官を、わたしはチラリと窺います。

 

今日は、肉じゃがだけでしたけど。いつかきっと、三食みんな、司令官に作ってあげられるように。毎日、司令官に「おいしい」って、言ってもらえるように。毎日、司令官の笑顔が見れるように。

 

そんな秘めた誓いを立て、わたしも肉じゃがを口にします。

 

ホクホクと口の中で崩れたじゃがいもには、司令官の言う通り、よく味が滲みていました。

 

 

 

その日の夜。一つの部屋に敷かれた二枚の布団の上で、わたしと司令官は対面していました。

 

・・・。

 

・・・・・。

 

・・・・・・・。

 

な、何でしょう、この緊張感。今までの二人っきりとは違う、緊張感です。

 

ま、まずは状況の説明をしましょうか。

 

司令官と二人で暮らしたい。わたしのお願いに、司令官はすぐに応えてくれました。

 

司令官の住んでる私室は、十畳の広さがあります。ひとまずはそこに二人で住むことになりました。近日中に、妖精さんが鎮守府内に、わたしたちの部屋を作ってくれるそうです。

 

十一駆の部屋ではベッドでしたので、布団は押し入れに眠っていたものを引っ張り出して、もう一枚用意しました。こうして、わたしたちは一つの部屋に布団を並べて敷いています。

 

こほん。

 

「し、司令官」

 

「お、おう。どうした、吹雪」

 

「えっと、改めて、なんですけど」

 

視線を彷徨わせた後、わたしは布団の上に三つ指を着いて、そっと一礼します。

 

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

ベタですけど。すごくベタですけど。言ってみれば、今夜がわたしと司令官の、初夜みたいなものですから。改めて、夫婦として歩み始める、最初の夜ですから。

 

わたしの仕種に、司令官が姿勢を正す気配がしました。衣擦れの音。その後に、ゆっくりと頭を下げます。

 

「こちらこそ。末長く、よろしくお願いします」

 

お互いに顔を上げれば、すぐ目の前に司令官の顔があります。その表情はこれ以上ないほど幸福そうで、きっとわたしも、同じような表情をしているんだろうなと、思いました。

 

「さて、と。寝るとするか」

 

司令官が言います。頷いたわたしが、仲良く並べられた布団の一つに潜り込む間に、司令官が立ち上がって電灯のスイッチを切ります。部屋は真っ暗ですが、海向きの窓からは、カーテン越しに淡い月光が差し込んでいました。

 

隣の布団に、司令官が入ります。掛け布団をまくる音、布が擦れる音、その体が横たえられる気配。今、わたしの隣には、確かに司令官が寝ていました。

 

すぐに眠れるはずもありません。しばらく天井を眺めていたわたしは、右隣の司令官に顔を向けます。月光で照らされたその横顔は、非常に穏やかなものです。

 

「・・・しれーかん」

 

「・・・どうした?」

 

ちょっと、恥ずかしいですけど。

 

「手、握ってくれませんか?」

 

「・・・ああ、いいぞ」

 

わたしが司令官の布団に差し入れた手を、大きくてごつごつとした司令官の手が握ります。暖かい手。

 

わたしと同じように、司令官もわたしを見ています。優しげな微笑みを湛えて、きらめく瞳で見つめています。

 

「吹雪」

 

「はい」

 

「俺は、今、すごく幸せだ」

 

柔らかな月光の中で、司令官の頬が綻びます。はっきりとわたしに示してくれた、司令官の想い。大切にしたい、わたしのかけがえのないもの。

 

わたしの、愛する人。

 

「わたしも幸せです、あなた」

 

だから自然に、言葉が出てきます。この胸で留めることのできない、わたしの想い。大好きな司令官との未来。

 

キスをしなくとも。いえ、もちろんキスはしたいですし、お互いに触れ合いたいですけど。そうでなくとも、二人の想いは、こうして繋いだ手と共に、共有することができます。

 

司令官。あなた。

 

わたしは、司令官の隣にいれて、幸せです。わたしの隣があなたで、幸せです。

 

「おやすみ、吹雪」

 

「おやすみなさい、あなた」

 

月夜の中に、わたしたちは目を閉じます。少しだけ力を強くした手に、確かな温もりを感じて。

 

愛する人が隣にいる喜び。司令官とこうしているだけで満たされる想い、温まる心、湧き上がる幸福。絡められた司令官の指からも、同じ想いが伝わってきます。

 

わたしたちは、二人で一人。あなたと、一緒だから。すぐ隣にある温もりに手を伸ばし、互いに温めて、温められて。大切なものを、繋いだ手の中に込めて、わたしたちは歩いていきます。いえ、歩いていけます。

 

あなたと、一緒に。

 

きっと、わたしたちは、またこの日のことを思い出すのでしょう。二人の誓いの日を。大切な人たちの暖かさを。肉じゃがの味を。月明かりの優しさを。

 

わたしたちの、かけがえのない想いを。

 

 

 

また巡ってくる、桜吹雪の季節に。




いかがだったでしょうか?

本当に・・・ほんとのほんとに、今回で最後です

ここまでお付き合いいただいた皆様に、心よりの感謝を申し上げます。色々とお見苦しい点、あったと思いますが、読者の皆様がほんの少しでも笑ったり、ほっこりしたり、共感していただければ、これほど嬉しいこともありません

また、巡りくる桜吹雪の季節に、この作品のことを思い出していただけるのなら、身に余る光栄です

長くなってしまいました。これで、正真正銘、吹雪と司令官の一つのストーリーは終了です

数多の艦娘たち、提督たちに、幸のあらんことを・・・

我が嫁と、駆逐艦吹雪に敬意を表して
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