ラウラとの日々   作:ふろうもの

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ラウラと離れた日

 外気温33度、室内気温26度。薄いタオルケットを跳ね除けて最初に思ったことはたった一つ、「寒い」という身体のあるいは精神(こころ)の信号だった。

 

 IS学園は全寮制であり数少ない男子生徒を除いて皆ルームシェアをしている。男子生徒が基本個室であるというのは、思春期の男女が同室になった場合の不純異性交遊を防ぐというとても学校らしい「建前」の一方、万一男子生徒という希少価値のある人的資源を目的としての襲撃があった場合の危険性を分散する、リスクマネジメントの意味合いも大きいという「本音」は、ルームメイトでにもないのに関わらずこの部屋で寝泊まりする可愛い同居人が教えてくれた。

 

 寝ぼけ眼をこすりながら大あくびを一つ。IS学園はISに関する授業が当然多いとはいえ年間行事(タイムスケジュール)に関しては普通の高等学校となんら変わるところがない。故に。夏休みの今であるからこそこうして呑気に朝を過ごすことができる、はずだった。

 

 ――「寒い」

 

 この寒さが夏休み朝特有の気だるさと高揚感を奪い去っていく。これが原因で最近では不眠気味でなかなかに辛くもある。もちろんこれは体感気温による寒さというものではない。それならばさっさと部屋の冷房(クーラー)の温度を上げてさえしまえば済む話だ。これはむしろ精神的に依存する寒さだろう。身体と精神(こころ)が求めているのはたった一つ、勝手な同居人(ルームメイト)であるラウラ・ボーデヴィッヒの体温だ。

 

 ラウラは部屋に俺がいさえすれば鍵をしめていようがドアにつっかえ棒をしようが、あの手この手でいつの間にか入り込んでくる。そしてラウラが居る時は居る時で、暑い暑いと文句を垂れ流すのが日課になっていた。この猛暑の中過剰なまでにスキンシップを求めてくるのだから。暑苦しいと思ってしまう俺の気持ち、だが同時に甘えられて嬉しいという気持ちと同居しているのはラウラの前で言ったことはない。

 

 ああ、断言しよう。俺は寂しいのだ。いつの間にかベッドに潜り込んでくるラウラの暖かさ、当時は暑苦しいと認識していたそれが狂おしいほど懐かしいのだ。部屋の温度もわざわざ常温より冷たく設定しているのもそのためである。小動物のごとく。実際平均身長より極めて低いラウラは体温が高めだ。そんなラウラが布団に潜り込んでくるのだから、暑い思いを互いにする前に室内の温度を下げてしまえばいい。夜寝る前に眠れる程度に冷たく、ラウラが潜り込んできても快適に眠れるようにという最適温度にして。ずっと待っていたのだ。

 

 ここ最近は、そうした心遣いも全部空回りばかりしているのだが。

 

 また一つ大きくあくびをする。不眠気味で重い頭をかかえながら俺もラウラのことを笑えないなとひとりごちる。先月、専用ISの調査と修理(メンテナンス)のために何日かIS学園を離れる機会があった。その時のラウラの挙動不審ぷりといえば全校生徒で知らぬ者はいないほどのほんわかエピソードらしい。「嫁がいない時こそ私がしっかりしなければ!」と全力で空回る姿はとても微笑ましかったそうだ。残念ながら俺は人伝に聞いただけで実際に見ることは叶わなかったのだが。

 

 とはいえ、その意気込みが聞かされる前からよくわかったこともある。IS学園に帰ってきた途端、よりにもよって全クラスから見ることができる校門で、俺はラウラからの暑い抱擁を受けたのだ。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、俺の帰りを全力で待っていた女の子を振り払えるほど薄情ではないし、今更周りの目を気にすることでもない。確かに恥ずかしくはあったが。

 

 ――とはいえ、今こうして逆の立場になろうとしている今、とてもじゃないがラウラのことを笑えたものじゃないなと思う。

 

 起きることを諦めてベッドに倒れこんだ。ラウラの芯からくるような暖かさが、ラウラの押せば返してくるような柔らかさが、ラウラの優しく耳になじむ声が、ラウラの長い銀髪から香る匂いが――とにかくラウラのなにもかもを身体が精神(こころ)が狂おしい求めている。

 

 ラウラは今、夏休みを利用して専用機ISの調整と休暇を兼ねてドイツへと一時帰国をしている。日本へと戻ってくるのはどんなに早くとも夏休みが終わる一週間前、今から二週間後のことである。あと二週間も待つのかよ、と呻き声を上げながら二週間という時間の長さを再確認して辟易する。一週間でさえこのありさまだ、後二週間もまともに持つのだろうか。

 

 あー、と声ともため息ともつかないうめき。こうして動き出すでもなくだらだらと時間を潰してから食堂に行くのも日課になりつつある。よくない、これはよくないと思いながらベッドから立ち上がった時、部屋にノックの音が響いた。よく通る力強いノック音であるから、おそらくは織斑先生であろうか。山田先生ならばもっと控えめのノック音である。ここでラウラならノックもせずに入ってくるだろうから、まずは織斑先生であろう。

 

 そう思い、とりあえずは失礼のないように手櫛で髪を整え、シャツとハーフパンツについたホコリを軽く叩いて落とす。今出ますよと独り言を呟きながら扉を開けると――

 

「久しぶりだな! 嫁!」

 

 ――ラウラが居た。いや、これはラウラだろうか。赤い瞳に片目には眼帯、銀を溶かして一本一本丁寧に伸ばしたかのような銀髪、陶磁器の様に白い肌。見間違えるはずがない、ラウラだ。

 

 何も言わない俺に対して不審に思ったのかラウラが心配そうに首をかしげる。

 

「……どうした、熱でもあるんじゃないのか?」

 

 背の低いラウラがぐっと背伸びをして俺の額に手を当てる。真っ白な雪のような肌の下を流れる血の奔流が確かに感じられる。幼い少女の体温が冷え切った身体の芯を温めていくようだった。

 

「うん、熱はないようだ。いったいどうし――」

 

 ラウラの言葉が終わる前にラウラを思いっ切り抱きしめる。腕の中いっぱいに広がる暖かさは確かに、俺が求めていたものに相違なかった。

 

「どうした。寂しかったのか? 嫁よ」

 

 ラウラの言葉に無言で肯定し有無を言わせずに部屋の中へと連れこんだ。最初だけ困惑した表情をうかべていたラウラだが、俺の目の下にできている薄いクマに気づいたか穏やかな慈愛を感じさせる笑みを浮かべていた。それを了承と受け取って二人してベッドに倒れ込む。

 

「よく、眠れなかったのか?」

 

 ラウラの胸に顔をうずめながら一回、頷いた。

 

「ふふ、私が寝るまで一緒にいるからな。もちろん。寝てからもずっと一緒だ。だから、ゆっくりとおやすみ」

 

 今度はラウラが俺を抱き寄せてきた。母の様に優しく、ぐずる子供を安心させるように。

 

 ああ、薄くとも女性らしい胸の感触が息のたびに上下する。油と硝煙と、それをかきけすようなシャンプーの香りが肺にいっぱいに満たされていく。

 

「Schlaf in guter Ruh.

 Tu die Äuglein zu,

 Höre wie der Regen fällt,

 Hör wie Nachbars Hündchen bellt.

 Hündchen hat den Mann gebissen,

 Hat des Bettlers Kleid zerrissen,

 Bettler läuft der Pforte zu:

 Schlaf in guter Ruh'!」

 

 ラウラの声が聞こえる。言葉の意味はわからないがラウラの謡いぶりから子供を寝かしつける優しい母の姿が見える。このままラウラに甘えよう。ラウラに優しくなでられたまま、眠りにつくとしよう。




ラウラ談義より花が咲いたので。
ラウラは可愛い。

無論、この男は一夏ではありません、オリ主です。
そして貴方かもしれません。

hisashi様、誤字脱字報告ありがとうございます。
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