ハロウィーンなどという資本主義商戦の策略は、海に隔てられたIS学園にはどうにも無意味なことだったようで、週末の外出許可日に本土で買い物をして来た生徒たちがハロウィーン商戦がどうとか仮装がどうとかという話をしていたが、それ以上の盛り上がりが起こるはずもなく、顔の形にくりぬいたカボチャの中にともされた蝋燭の火が静かに消えるように、すぐに鎮静化していった。
もちろん、このハロウィーンの流れを聞き及んでいたラウラなどは、
「ん? 古代ケルト人の祭りに何故日本人が盛り上がるんだ?」
などと大層不思議がっていた。ラウラ曰く、ドイツにもハロウィーンに似た行事はあるらしいが、結局は参加したことはないらしい。知識としては知っているが、それ以上に軍務に忙しかったのだそうだ。
これは、ラウラにとってはそうでもないのかもしれないが、ラウラの隣にいる俺にとっては大層不安な事実がある。それは――クリスマスだ。
無情なことに、店先のカボチャのランタンは今やクリスマスツリーへと姿を変え、新たな商戦――クリスマス商戦が始まっている今。ラウラの為に何かしらプレゼントをしてやりたいのだが、いかんせんラウラの趣味嗜好がよくわからない。誰よりもラウラと一緒にいる自負はあれども、どれがラウラにとってベストなのかがわからないのだ。
ということで、何も情報がないよりはマシだと――サプライズとかそういうのもできないことを覚悟して――ラウラに聞いてみたところ。
「ん? キリストの誕生日が嫁に何の関係があるというのだ? そもそも日本は仏教が主流ではないのか?」
と、至極当然な反応をされてしまった。宗派問わず面白ければ、あるいは金になるならば貪欲に他宗教の祭事を取り込んでくる日本万歳である。無宗教とはなんだったのか。
さて、ラウラに塩対応されたからといって何もしないわけにもいかないだろう。今やネット全盛期の時代。調べようと思えばいくらでも調べられる。
図書館のパソコンでドイツ大使館にアクセスしドイツの文化を学ぶことにする。ドイツ料理、を作るには少しハードルが高い。向こうでは寒さ対策のためにスパイスを加えたワインを飲むようだが、学生の身分でワインを手に入れようとすれば織斑先生の鉄拳がくだるだろう。他の料理も、初心者ではすこし尻込みするようなものばかりだ。
はてさて他の料理と言えば、もうシュトレンやプレッツヒェンといった焼き菓子だろうか。ぶっちゃけて言えば菓子パンとクッキーである。これなら俺でも作れるかもしれない。後はペンダントでも渡そうか。幸い国からの支給のお陰で金だけはあることだし。そうと決まれば材料を調べて購入するだけなのだが、一抹の不安が残る。
優しいラウラのこと、焦げたものを出そうとも嫁の作ってくれたものなのだから、と苦い思いを笑顔に隠して食べてくれそうではあるが、どうせならラウラに美味しいものを食べてもらいたい。ならばどうするか。至極当然である。人に教えを乞うまでだ。
「私か? 基本的に家の事は一夏に――コホン、織斑がやっていたからな、すまないが力になれそうにない」
織斑先生は、ダメだった。
「料理はできるんですが、ちょっと忙しいので無理ですねぇ……布仏さんに頼んではどうですか?」
山田先生も、ダメだった。そのついでにのほほんさんに頼んでみてはどうかと提案されたのだが、先生が生徒に相談事を丸投げするようなやり方はどうなのだろうか。
のほほんさんこと布仏本音。いつもマイペースでだぼだぼの服を着て、間延びした口調をしているクラスメイト。だが、整備の腕は一流だ。俺だけでなくラウラもシュヴァルツェア・レーゲンを任せるに足る、と言っていたからその腕前を疑う余地はない。
仕方ない、ダメ元で聞いてみるかとキツネの着ぐるみを着たのほほんさんに事情を話してみると、
「うん、いいよ~」
速攻で了承を貰ってしまった。頼んで了解してもらった身でなんだが、そんなにあっさり承諾していいのか。
「えへへー、私もかんちゃんと楯無お嬢様とお姉ちゃんに何か作ろうと思ってたんだ~」
なるほど、利害関係の一致というわけか。
「そんな難しい言葉使わなくてもいいのに~。友達だからそれくらいのことは当然でしょ? じゃあ先に家庭科室を押さえておいてくれないかな? 他にも人数を集めてくるねぇ~」
そう言ってパタパタと駆けだしたのほほんさんに転ばないように、と一言声をかけるともう一度職員室へと戻ることにした。
――?
視線を感じて、振り向いた。しかし、誰も居ない。どうやら俺の気のせいだったようだ。自分でも初めてのクリスマスプレゼント、それも異性へのプレゼントということで緊張しているらしい。
家庭科室と料理に伴う材料の使用については、山田先生がすぐに許可してくれた。力になれない分こういうことでサポートしてくれるとのことらしい。本当にいい先生だ。いえ、織斑先生もいい先生だと思ってますよ、だからそんな咳払いしてアピールしなくてもいいですから。
「あっ、家庭科室どうだった~?」
家庭科室前に行くとのほほんさんと他何人かのクラスメイトたちが待って居た。その中でも気合が入っているのは篠ノ之、オルコット、デュノアの三人であろう。あわよくば今回のクリスマスで一夏の気を引きたいのだろう、オーラすら漂ってきそうな気迫に俺は若干引いた。
「あはは~、まぁ私たちはのんびり作っていこうねぇ~」
のほほんさんの言葉に頷く。気合が入るのは結構だが、空回るのだけは勘弁したい。そういうわけで、クリスマスに向けてのおよそ二カ月間、ラウラの為の料理修業が始まるのであった。
◇
今日は、クリスマス当日である。シュトレンもプレッツヒェンも良い出来だ。特にシュトレンは二週間前に作ったものをきちんと保管してある。ドイツではクリスマス当日までに少しずつスライスしながら食べる習慣があるそうだが、今回はラウラへのサプライズも込めてそれはやっていない。
プレッツヒェンもしっかりと焼けており、生焼けなども一つもない。それらをココアパウダーでまぶしてみたり、チョコレートや溶かし砂糖でコーティングしてあるのだから出来栄えはいい方だろう。星や月が一般的な形らしいが、料理仲間からの提案でいくつかハートも混ぜてある。
これを作っている時の生優しい視線と、私こそがあのハートを渡すんだという鬼気迫るものはもう感じたくない。一夏に真正面から告白した方が早いだろうに、それができないのも乙女心か女尊男卑の影響か。
それと、ラウラに似合うようにこっそりネックレス・ペンダントを買っておいた。指輪に幸運の文字が刻まれたものである。これを買う時の店員さんの目が優しかったのもそうだが、一緒についてきたがるラウラと一夏を引き離すのが非常に心が痛んだ。いや、一夏の時はなんとも思わなかった、うん。
さぁ、部屋にシュトレンとプレッツヒェン、ポケットにプレゼントを押し込んで部屋のドアを開ける。想像では、いつものようにラウラがベッドに座っている――筈だった。
部屋に入って一歩目に感じたのは強烈なブドウの匂い。それと、顔を真っ赤にしたラウラの姿だった。
「おぉ、嫁よ! 帰ってきたかぁ~!」
酔ってるのか、と思ったがまさか織斑先生が酒を見逃すようなことをするはずがあるまい。
「織斑先生と山田先生が一緒に飲んでるのを見て飲みたくなったんらぁ~!」
ああ、つまりこれは、場酔いとか雰囲気酔いとかいう、思い込みで酔っちゃってるパターンか。ブドウジュースで一体何をどうしたというのだ。普段真面目なのにクリスマスだからと羽目を外してしまっているのか。
「嫁が悪いんだぞぉ~! 布仏と浮気なんかして~! いっつも私をないがしろにして~! 寂しかったんらぞぉ~!」
布仏と浮気した、俺が、いつ。まさか俺がのほほんさんに料理の協力を要請した時の視線、あれがラウラだったのか。
「だぁかぁらぁ、布仏に頼んでこうやって嫁の好みそうな格好をしてるんだぁ~!」
言われてみれば、ラウラの格好はのほほんさんがいつもパジャマに着ている様な着ぐるみ、それとそっくりだった。それものほほんさんがチョイスしたのだろう、黒猫の着ぐるみはラウラの銀髪と相まってとても可愛らしい。
正直に、今のラウラは可愛いことを伝えることにする。
「うっ、可愛いなんてそんな……そんなこと言っても許さないんだからな!」
白磁の様な肌を真っ赤に染めていやいやと身体をくねらせるラウラのなんと可愛らしいことか。結局、ラウラは寂しくて妬いていたのだ。そりゃ右を向いても左を向いても女の子だらけのIS学園だ。そういうことに気を揉んでしまうのは仕方ないだろう。
俺は正直に勘違いさせてしまったことを謝り、改めてラウラ一筋であることを伝える。
「そ、そんにゃこと……」
赤くなって小さくなっている今こそ、追撃のチャンスだ。今日はクリスマスだからプレゼントを用意したんだと後ろ手に隠していたトレーを前に出す。
「こ、これはシュトレンとプレッツヒェンか……! 嫁が私に……作ってくれたのか?」
そうだと答えトレーをテーブルに置く。そしてもう一つプレゼントがあるんだとラウラへと近づく。何があるんだろうと首をかしげるラウラは本当に可愛い。
目を閉じていてくれ、とラウラに頼む。流石に目を開けられたままでは俺も恥ずかしい。ラウラは疑問符を浮かべながらも俺が言うなら、と目をつむってくれる。
ポケットからケースを取り出し、中からネックレス・ペンダントを取り出す。古いラブストーリーなんかではよく見るが、いざ自分がやるとなると恥ずかしいなと思いながらラウラの首にネックレス・ペンダントをかける。くすぐったかったのか身を捩るラウラにもういいよ、と告げるとラウラはすぐに首元を見た。
目を白黒させながら俺とペンダントを交互に見るラウラ。そして――
「うぅ……お前は本当に最高の嫁だな! 疑って悪かった!」
と、思い切り抱きついてきた。ああ、ラウラのこの笑顔が見たかったのだと再確認する。ラウラを寂しがらせてしまったのは失敗だったが、こうして笑顔にできたことは本当に良かった。
「うむ、こうして貰ってばかりでは夫としての沽券に関わる! 私からもプレゼントがあるぞ、嫁よ!」
ラウラがフン、とふんぞり返りながら言う。ラウラからプレゼントか。それは楽しみだ。
「それはな……私だ!」
は、と思う間もなくラウラが黒猫の着ぐるみを脱ぎ去った。すると中身はラウラであった。いや、もちろんそうなのだがいつもの色気のない――でも俺からすれば破壊力抜群の――スポーツタイプの下着ではなく、リボンだった。赤いリボンだった。
これは俺の目が遂に壊れたということなのだろうか。ラウラが何故、赤いリボンを身に巻いて、いや、局部や乳首といった重要な場所は隠れているのだが。日本人ではあり得ない、欧米人特有の白い肌に赤い色は良く似合う。いや、そうではなくてだな。
いったいこれはどういうことなのだ、なんなのだこれは、どうしろというのだ。
「その……私の優秀な副官がだな、日本のクリスマスはこうするのが正しいと教えてくれてな」
ハルフォーフさん、ラウラと付き合う時についてはお世話になりましたが、貴女の日本に関する知識だけは本当に当てにできません。
「さぁ、存分に愛し合おうではないか! 嫁よ! ……ところでこの後はどうするのだ、嫁よ?」
とりあえず、ラウラには先ほどの黒猫着ぐるみパジャマを着せて一緒にシュトレンとプレッツヒェンを食べることにした。この身にはまだ、赤いリボンの誘惑をほどくには早過ぎる。
しんしんと降る雪の中、一夏の悲鳴が聞こえたような気がしたが、些細なことなので放っておくことにした。
季節ものとしては少し早いですが、クリスマスは野郎どもとカップル狩りをするのでこんな時期での投稿と相成りました。
ラウラはやっぱり可愛い。
シート様のネタのお陰で今作は完成したと言っても過言ではありません。
本当にありがとうございました。
オリ主です、決して一夏ではありません。
無論、主人公はラウラが好きな貴方かもしれません。