サブタイトル通り、主人公が現実に帰還していない理由が明かされます。
なんか説明が多くなってしまって申し訳ないです(泣)
ちょっと長いのですが、読んでいただけると嬉しいです。
「……どういうことだ、それは」
現実へ帰還した俺たちの溜まり場と化している、エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズの経営する≪ダイシー・カフェ≫、そのカウンターにて――――。
俺こと桐ヶ谷和人は、左隣のスツールに座り込んだ高級官僚・菊岡誠二郎に向けて、自分でも驚くほど冷え切った低い声で問いかけていた。
俺とは違うリアクションではあったものの、俺の右隣に座す≪閃光≫こと、元血盟騎士団副団長である少女、結城明日奈も静かに身を乗り出す気配。カウンターの向こうでグラスを片付けていたエギルが動きを止め、菊岡から一つ離れたスツールで、まだ夕方であるにも関わらず酒をかっくらっていたクラインがぶっと酒を吹き出した。
趣味の悪いネクタイを締めたスーツ姿のクラインが、素っ頓狂な声を上げる。
「ザイラが還ってきてない? どーいうことだ、そりゃあ!? あの≪アルヴヘイム事件≫で、三百人ちょい捕まってたプレイヤーは、全員解放されたんじゃなかったのかよ!?」
――――時は、二か月ほど遡る。
≪アルヴヘイム事件≫――――恐怖のデスゲーム≪ソードアート・オンライン≫が終焉を迎えた直後、とある狂った科学者によって三百人の精神がVR世界へと幽閉され、非道と言って過言ではない人体実験の被害に遭っていた、という事件だ。特殊な形ではあったが、隣に座るアスナもある意味被害者であり、そしてこの俺の手で終わらせたはずの事件。
三百人の精神は現実へと解き放たれ、全員が無事に生還したものだとばかり思っていた――――のだ。少なくとも俺は。
アスナを救出したのち、俺はこの高級官僚に、SAO内部で知り合った人々の連絡先の提供を求めた。その結果、リズベットやシリカなどの懐かしい人物と再会を果たすことが出来たのだが、俺はこの菊岡からただ一人だけ連絡先を聞くことが出来なかった。
プレイヤーネーム≪ザイラ≫。
あの密閉された鉄の要塞の七十五層ボス部屋で行われた最終決戦で、アスナとともに俺の前に飛び込み、HPゲージを削り切られた≪蒼の跳躍者≫の異名をとるプレイヤーの名前。
くすんだ金色の髪を小さく結わえ、青色のショートジャケットにスラックスに簡素なプレートのみを身に付けた、細身の女性プレイヤーだった。状況の把握能力と的確な対応力は、あのアスナや全ての黒幕であった男・ヒースクリフですらも一定の賞賛を送り、ソロであったことが盛大に嘆かれた人材である――――攻略組屈指の実力者として名を馳せたその彼女は、あのデスゲームの後、アスナとはまた違う≪アルヴヘイム事件≫の被害者である三百人のうちのひとりであったと、菊岡から知らされていた。
が、あの事件の後、菊岡から一報が入った。
『ザイラ、という名前のプレイヤーさんなんだけれど、ちょっと把握に時間がかかっちゃってね~。彼女の連絡先が分かったらすぐに連絡するよ。だから、ちょっと待っててくれ。仮想課も立て込んでるんだ』
それからアスナのリハビリが功を奏し、SAO事件に巻き込まれた学生たちに開かれた学校へと俺たちが通い始めて二日後。それが、まさに今日のことだった。
突然菊岡から呼び出しを受け、集合場所に指定された≪ダイシー・カフェ≫に赴いたところ、そこにはどうも同じく呼び出されたらしいアスナとエギル、そしてクラインが集められていた。
そして、菊岡による衝撃的な告白。
「そう――――そのはずだったんだ。三百人全員が解放されたはずだった。そして君たちに真実を伝えるのに、こんな二か月もの月日を費やすことも本来はなかったんだけど……」
「なかったんだけど、なんですか? 菊岡さん」
アスナが詰問するように厳しい声色で菊岡に尋ねた。
彼女はSAOの中でも数の少なかった、女性攻略組プレイヤーということで、ザイラとは非常に仲が良かった。リズベットと並ぶ親友であったと言っても過言ではない。そんな親友が帰還していないと聞かされたアスナの心中は、察するに余りある。
その声に委縮するような様子も無く、菊岡は淡々と述べた。
「そうだね、分かりやすく言うと――――病院側による隠蔽工作があった。それが警察が入り込めない程の権力者によって握りつぶされていたんでね、仮想課も把握に時間がかかってしまった。素直に謝罪する以外に言葉がない」
「病院の隠蔽工作……?」
疑問符を浮かべた俺に、菊岡はさらに言葉を重ねる。
「アスナくん以外の三百人が、須郷伸之の逮捕後にログアウトしたわけだが、このログアウトにはいくらかのタイムラグがあってね。日本で最初にログアウトしたプレイヤーと、一番最後にログアウトしたプレイヤーとのログアウト時差は、実に三時間に及んだ。これにはプレイヤーデータの把握やログアウト手続きが、須郷の行った実験によって幾らか損傷していたんで、それを修復するための作業に時間を費やしたからなんだけど……この際、この帰還劇がネットで話題になったのは知ってるね?」
菊岡の問いに、俺たちは揃って頷いた。
とあるプレイヤーの家族が、インターネットの掲示板に身内帰還の旨を載せたらしい。しかもそれが未帰還プレイヤーの家族たちで作られたネットサークルに載せたものだから、政府が把握するよりも早く、家族たちに帰還の旨が知れ渡り、一時的に大騒ぎになったのだ。
菊岡は俺たちが頷いたのを見て、
「うん、知ってるなら話は早い。で、問題はこの三時間の時差だ。ネットで最初に帰還が報告されたのは、プレイヤーのログアウト作業開始から十分後。……で、このあとが何というか、話しがたくてねぇ……」
と言葉を切り、慎重に言葉を選ぶようにしばし沈黙した。
ログアウト誤差。
それが一体、ザイラの未帰還と何の関係があるって言うんだ……? そんな疑惑が俺の頭に湧き上がる。今のところ接点がまったく分からない。それはどうやら他のメンツも同じらしく、エギルが急かすように、
「で、何なんだ? 菊岡さん。話しがたいといわれても、話してもらう以外に選択肢はないんだが」
「ははは、怖いことを言うねぇ、エギルさん」
「あんたにそう呼ばれる筋合いはないな」
エギルの乾いた声に肩をすくめ、なおも困ったように首を振った菊岡だが……やがて、
「このログアウト時差が、ザイラくんが帰還していない理由さ。ザイラくんが入院していた病院に、他のSAOプレイヤーが覚醒したという一報が入った。それを聞いた、たまたまザイラくんのお見舞いに来ていた人物が、
菊岡が、悲しげに眼を伏せて、一言。
「ログアウトの途中であるにも関わらず、プレイヤーが装着している
「……ッ!?」
ナーヴギア。
プレイヤーの頭部に装着する、ヘルメット型のそのマシンは、SAOプレイヤーから外されたその瞬間に高出力マイクロウェーブを発し、プレイヤーの脳を焼き切って――――。
二年前に俺たちに告げられた、茅場晶彦による絶望の託宣の一部が、俺の脳裏を駆け巡った。
まさか、まさか、そんなことがありえるのか? ログアウト中にナーヴギアを外すなんて、絶対に犯してはならない
絶対にあってはならない展開を予期した頭の一部と、そんなはずはないと否定する俺の何かが瞬間的にせめぎ合い、火花を散らす。
が、菊岡は無慈悲にも続けた。
「結果、ナーヴギアはログアウト中でも、裁きの熱を放った。慌てて装着しなおしたそうだが、その甲斐むなしく間に合わなくてね……脳の一部が破損した。とはいっても脳が焼き切れたわけじゃない。機能停止に陥ったわけだ――――損傷部位は言語機能や身体機能に影響を及ぼす部位とか、思考能力に損傷をきたすような部分だった。結果、ログアウトには成功した。彼女の脳の損傷と言う代償を伴って、ね」
頭に白い閃光が散ったような気すらした。
脳の損傷。機能停止。それらが意味する、ザイラの現状とは、つまり。
「つまり……ザイラは、植物状態になっちゃったって、言うの……?」
アスナの声が震えていた。
まるで、信じたくない、とでも言うように。
「そう、なってしまうね。彼女は今、最初に入院していた病院から移って、国家所属の大学病院に移転されているけど、今もまだ眠ったままだ。≪ナーヴギアを外す≫というタブーを犯した人物の身内に、病院や警察が黙らざるを得ないような権力者がいて、病院側がこのことを秘匿していた。ザイラくんの身内を金で買収しようとしたけど、彼女の身内が政府に密告して発覚した次第だ。……伝えるのが遅くなってすまない」
「そんな……そんなことが……」
あっていいはずがない。
そう俺は続けようとして、しかし、これが疑うべくもない真実であることを思い出し、奥歯をきつく噛み締めた。
これは現実だ。いかに苦しく、受け入れがたいものでも。
そう思いつつ、しかし俺は口走っていた。
「どうにか……どうにかならないのか……?」
そのか細い、もしかすると自分でも気付いていないが震えていたかもしれない声を聞き――――菊岡は、
「ひとつだけ、存在する」
そう、応えた。
次回は主人公ことザイラさんの出番です。
めっちゃオリジナルキャラが出張ってきます。勿論TOVキャラも出てくるには出てくるんですけど……。
年が明けますね。多分今年最後の投稿です! 来年もよろしくお願いいたします。