非常に長らくお待たせしてしまい申し訳ありません!!
もうなんか行事が立て込み過ぎてヤバかったとか言い訳することもできないくらい申し訳ないです……
しかも久しぶりなのに何だか微妙な出来。重ねて申し訳ないですが、もしお読みいただけたら嬉しいです。
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四月の温かい日差しを背中に受けているはずなのに、俺は何故か、背筋に寒いものが走るのをしっかりと意識していた。
がたん、ごとん、と揺れる電車の中では、乗客が各々に暇を潰すべく、読書なり、携帯なり、ポータブルゲーム機なりと向き合っている。そんな微妙に弛緩した空気の中、がちがちに強張った表情でシートに座す俺とアスナ、そしてその前に立つエギルとクラインと菊岡とを見て、乗客たちはどう思うのだろうか。
そんな下らないことを考える頭に嫌気が差しながら、俺は隣で脚を揃えて座り、その上で握り締めた両手をじっと見つめるアスナに視線を移した。
ザイラが再び、現実へ復帰するための手だてが、一つだけある――――
そう聞いた瞬間、誰よりも早く菊岡に飛びついたのはアスナだった。
『本当に? 本当ですか、菊岡さん!! 本当にザイラを助けられるのね!?』
歓喜と、疑念と、そして懇願が入り混じるその言葉に、菊岡は『イエス』と答えた。鬼気迫る勢いで詰め寄る彼女に、奴は困ったように肩をすくめて付け加えたものだ。
『うん、理論上はね。ただ、脳の再生にかかわる話だ、詳しいシステムの説明は出来ない。それに他言されることだけは避けなければならない。これを知っていていいのは、この場にいる君たちと、彼女の親族、そしてシステムの関係者だけだ。…………君たちが決して他言しないと誓うのなら、僕は君たちを彼女のいる大学病院へ案内することが出来るけど、どうかな?』
この言葉に、全員が一瞬で頷いたのは言うまでもない。
けれどこの電車の中で――――いや、駅に着くまでの道のりで、アスナも俺たちも例外なく緊張していた。本当に彼女は助かるのか? そのシステムは信頼できるのか? そもそも菊岡は真実を述べているのか……?
疑惑は山のように湧いては消え、湧いては消える。黒くてもやもやとした、不明瞭な不安が心を蝕み、嘲笑うような気がした。俺たちのあまりの無力さを。
彼女を助けるといっても、俺たちはきっと、何が出来るわけでもないのだ。俺たちは医者ではない。科学者でもない。ただの高校生と、カフェのマスターと、サラリーマンだ。
そっとアスナの横顔を窺うと、思いつめたように瞳は細められ、美しいその顔立ちをほんのすこし歪ませて、ひたすら耐えるように拳を見詰め続けている。その姿はあまりに儚くて、彼女がすぐに消えてしまうような空想に囚われそうになる。
俺は無意識のうちに、アスナの握り締めた拳にそっと手を重ねていた。
「……大丈夫だ、アスナ。きっとあいつは還ってくるよ」
その言葉にアスナは無言で頷いたが、肩が小刻みに震えているのを、俺は見逃さなかった。
電車を乗り継いで辿り着いた国立大学病院の一階ロビーで、入館手続きを済ませるときも、俺たちは終始沈黙したままだった。
いつもはこんな辛気臭い空気を嫌うクラインが、冗談の一つも飛ばさずに黙りこくり、落ち着かない様子でネクタイを直したりバンダナの位置を調整したりしていた。エギルもどこか視線が定まらず、身体が緊張しているのは一目で解った。俺も含め、全員が不安を押し殺すのに必死なのは、一目瞭然と言うべきだろう。
エレベーターに乗り込むと、菊岡は躊躇いなく最上階を示す二十階のボタンを押した。最上階。そんな言葉にさえどこか不吉な響きを感じるのは、俺だけなのだろうか。
目的のフロアに到着し、白いシーリング材で造られた、清潔さと、無機質さを持ち合わせる廊下を歩いていく。窓の向こうに広がる空の色は、残酷なまでに晴れ渡った青色。まるでそれを見るのを恐れるように、菊岡は廊下側へ顔を俯けて言った。
「ここから先は、立ち入り禁止の札が立てられているんだ。彼女は事態が事態だから、廊下の先にある病室にいるよ」
その言葉を聞いた瞬間に、アスナの長い睫毛が細かく震えた。
看板を避けて歩くこと十分。長い、長い、直線と曲がり角の入り混じる廊下には、病棟とは比較にならない程たくさんのドアが整然と並んでいたが――――そのドア群の一番奥に、その部屋はあった。
スライド式のドアの前で菊岡が立ち止まる。
「ここが、彼女の部屋だよ」
そう言って見上げた、部屋のナンバープレートに記された名前は――――
「
クラインが溜息交じりに、そう呟いた。
小日向、鈴。
この名前の同年代の少女に、俺は何度も命の危機を救われたのだ。この分厚いドアの向こう側に眠る彼女が、幾多のプレイヤーの希望として、命を削る最前線で戦い続けた拳士その人なのだ。
そう思った瞬間、俺は急に、このドアを開け放つことに躊躇いを憶えた。
実は、あの菊岡の話は全て嘘で、彼女はあの剣の世界で見せた不敵な笑みを浮かべて俺たちを迎えるのではないだろうか。そんな風に思っている自分がいて、そしてその幻想が消えるのを恐怖している。このドアを開けたら、全てが本当に、真実になってしまうのではないだろうか。
「……怖いよ、キリト君」
唐突に、アスナが呟いた。
「このドアを開けたら、ザイラは帰ってきてくれない気がするの。ザイラは本当はここにいないような気がするの。ねぇ、どうすればいいのかな? 私、この中を見るのが、とても怖い。どうすればいいの、キリト君……?」
「……アスナ」
俺の横にずっと立っていたアスナは、ドアを見詰めたまま、肩を恐怖と不安に震わせてか細く告げた。
アスナも俺と同じことを思っていたのだ。悪夢のような今が、真実になってしまうのが、途方もなく怖いのだ。――――でも、俺はアスナの手をきゅっと握り返した。
「行こう、アスナ。ザイラはきっと、アスナを待ってる。二人は親友だろう?」
「……うん」
どうやら、彼女は覚悟が決まったらしい。
きっぱりと顔を上げて、純白の扉を見詰めたまま、菊岡に告げる。
「私は大丈夫です。……開けてください」
ドアの向こうには、巨大なガラスの壁が立ちはだかっていた。
ガラスの向こうには、上部が天井に突きそうなほどに巨大な直方体のマシンが二つ鎮座していた。アルミの鈍い銀色の輝きが、機械だ、と大きく自己主張している。
そのマシンの下部にジェルベッドが接続されていて、そしてその上に、一人の人間が横たわっていた。
マシンに肩から上を呑まれてしまっていて顔は分からないが、何故か俺たちは、彼女があの百戦錬磨の拳士ザイラであることが理解できた。俺たちはすっと息を呑み、静かに横たわって、そして動かない彼女を見つめる。
輸液用のチューブやらモニタリング電極やらを貼られた白の病院服から垣間見える手足は、こちらが恐ろしくなるほどにやせ細っていた。しかし、病的ではない。恐らく彼女の顔を見られたなら、途方もなく美しいはずだ。
「……ザイラ、よね」
アスナが、聞き取れるかも定かではない小さな声で、ぽろりと呟いた。
「……ザイラ、なんだよね? 本当の、本当に……」
静かに一筋の涙が、アスナの頬を滑っていく。
――――あれはザイラだよ、アスナ。お前の親友の。そして俺の戦友の。かけがえのない、戦友の、ザイラだよ。
そう、アスナに声を掛けたくなる。しかしその衝動を全身全霊で呑みこんで、俺は沈黙を選んだ。
彼女は生きていた。けれど、それは、笑顔の帰還ではない。
今の彼女はどこかに囚われたままで、あの不敵な笑みをもう一度、現実で見ることは現時点では叶わない。その現実を聡明なアスナが理解していないはずもない。なら、俺が出来ることは、ただ一つだけ。
俺はただただ黙って、隣に立つアスナの手を握り締めることしか、出来ないのだ。
クラインも、エギルも、俺もアスナも、例外なく重い沈黙に身を委ねたまま、数分間――――いや、もしかすると数時間だったような、長いようで短い時間が過ぎた。それでも誰も口を開こうとしない。そんな中、静寂の帳を打ち破ったのは、菊岡だった。
「あの機械に搭載された治療用プログラムが、今も彼女の脳を修復している。さっきも言った通り詳しく説明は出来ないが、ザイラくんは――――いや、小日向君は、僕らの用意した世界にいる」
「『僕らの用意した世界』? どーいう意味だ、そりゃあ?」
クラインが一同の心中を代表するかのように疑問の声を上げた。
その不審そうな声が微かに湿っているのは、奴の為に言わないでおこう。
「簡単に解りやすく言えば、≪僕らの用意したVRMMO世界≫というべきかな。そこは現実の数百倍の時間加速度でもって月日が流れている。まだ研究段階だが、これによって彼女の脳が治ることは間違いないんだ」
「数百倍……」
「そう。計算によれば、こちらの二日はあちらの一年さ」
「一年!?」
衝撃に心を打たれたようにエギルが短く叫んだ。
二日、が、一年。あまりに差のありすぎる時間の流れに叫びたくなったのは、俺も同じだった。時間の加速――――突拍子もない上に鵜呑みにするには真実味のなさすぎる言葉。
俺たち四人は揃って疑惑の目を菊岡に向けるが、奴は何事もなかったかのように、涼しい顔で、
「その世界は、僕らのよく知る≪ファンタジー≫世界だよ。何せ急なことだったから、あんまりハードじゃないような仮想世界を用意できなくてね。一番療養に向いているのは、現代を模したものかとも思ったけど――――」
ちらり、と俺たちを一瞥し、
「――――酷な話だろう? 現実へ帰還できていないのに、現実の夢を見る、なんて」
「ああ、そうだな。そんなんは御免だ」
そういって、俺は肯定の意を込めて頷いた。
現実によく似た、けれど全然違う世界。そこにある、
「とりあえず、そこの椅子に座っていてくれ。今から、彼女のいる世界について説明する為の準備をするから」
菊岡はそう言って、俺たちのすぐ後ろにあった丸椅子を指差すと、俺たちに背を向けて部屋の西の壁際に造られたコンソールをぱちぱちと操作し始めた。
椅子は何故か五つ用意されていた。左から順にクライン、エギル、アスナ、俺……あと一つ、余っているのだ。一体誰の為の席なのだろう? そんな風に首を捻っていた、まさにそのときだった。
俺の耳に、コンソールの操作音と、みんなの僅かな呼吸音以外の何かが聞こえてきた。
それは一定のリズムを保ったまま、徐々に接近してくるようだ。どうやら廊下から聞こえるらしい。たったったっと繰り返すその音を何度か頭の中で反芻し、それがスニーカーが廊下を蹴る音だとようやく気付く。
靴音は最初と比較にならない程大きくなり、そして、この病室の前で立ち止まった。
と、思った次の瞬間――――。
スライドドアが、まるで叩きつけられたように激しい騒音を立てて開け放たれた。突如放たれた大音量に、俺たちは一斉に驚愕してドアに視線を巡らせる。
いつの間にか、コンソールの操作音は止んでいた。菊岡がこの場に不自然なほど穏やかに振り返り、そして眼鏡の奥で目を細める。
廊下を駆け、乱暴に扉を開け放ったのは、見たところ俺より二つほど年下に見える少年だった。
よほど急いでいたのか息切れを起こしており、春物の黒パーカーに覆われた両肩を激しく上下させている。床を睨むように俯けられた顔に、茶色がかった癖っ毛がかかったのを、苛立ちを込めるような乱暴さで払い落とした彼は、鋭い呼吸音と共に、喉から声を絞り出した。
「……どういうことさ、菊岡さん。鈴ちゃんは無事なんだろうね」
「やぁ、待っていたよ。
低く絞り出された少年の問いに、菊岡はまるで応えなかった。これに更に少年は苛立ったのか、すっと背筋を伸ばし、真正面から菊岡を睨み据える。
その瞳は、憎悪と疑惑、苛立ち、そういったマイナスな物が全て込められたような、凄まじい色に染められていた。端正な顔立ちを歪め、真実を迫るように菊岡を睨む。
「答えてよ、菊岡さん。全部鈴ちゃんのお母さんに聞いたんだ。あなたは僕に、鈴ちゃんは現実に還ってきて地方で療養中だって言ったじゃないか。鈴ちゃんのご両親に嘘をつかせたね? 僕にもあなたは嘘をついたんだね!?」
「落ち着きなさい、純くん! 今から話すから、少し落ち着――――」
「落ち着いてなんかられないよ!!」
怒鳴り声を上げてからようやく気付いたように、彼はちらとガラスの壁の向こうを視認した。
数秒間の沈黙の後、悔しそうに眉根を寄せた純というらしい少年は、黙って俺の隣に無気力に座り込んだ。ああ、この椅子は彼のためだったのか、と理解する。
話の流れとしては、彼はザイラの――――小日向鈴の友人であるらしい。そしてついさっき真実を知って激昂し、菊岡に怒鳴りこみに来た、という具合だろうか。
空席が埋められた五つの椅子の前に、準備を終えたらしい菊岡が立った。苛立ちを抑え込むように唇をかみしめる少年に、こいつならではの人懐こい笑顔を浮かべて、菊岡は言った。
「落ち着いたかな? 純くん」
「…………少しはね。ごめん、菊岡さん。菊岡さんは悪くないよね」
「いやいや、気を遣わなくて結構だよ純くん。我々仮想課にもいくらかの落ち度があったことは否めないからね。…………でも今はとりあえずこの話は終わり。まずは自己紹介といこう」
菊岡がそう言うと、途端、俺の隣に座っていた彼が立ち上がった。先ほどまでの荒れ狂うような激しさはどこへやら、すっかり大人しい様子で、名前を名乗る。
「はじめまして、
ビー玉のように丸い瞳を申し訳なさそうに瞬きながら、少年は静かに頭を下げたのだった。
今回は例のブツを使いました。実験段階という想定で、二日=一年とさせていただきました。自分なりに読んでない人も平気なように書いたのですが、やっぱり難しいですね……。
ちなみにSAO未読の方の為に注意ですが、純くんはオリジキャラです。
それでは次も頑張ります!!