フェイトさん、このままだとSLBを受けなくて済むかもしれません。
目の前では不思議な光景が繰り広げられている。
プレシアが、見た目5歳程度の幼女の幽霊――アリシアに怒られている。
俺の後ろではリニスがフェイトの頭を撫でている。あ、アルフも撫でられているな。
「……いい感じにカオスだな」
『何処がですか。いい加減に収拾つけてください』
「そうは言うけど、どうやって収めようか」
リニスがいろいろ知っているのは、彼女がフェイトに憑いていた霊だから。この時の庭園の中だけは自由に動けるから俺の近くにいたみたいだけど。
アリシアはプレシアに憑いていて、今までの悪行と言うか、やっちゃったことを見てきたらしい。
「リニス、なんだよね?」
『はい。また話せてよかった。少し、大きくなりましたねフェイト』
この会話に混ざるのは野暮ってものだろう。まだ諦めが悪い人もいるみたいだし、決着をつけるとするか。
そう思ったけど、最後にフェイトはこんな質問をした。
「ねえ、あの子は誰なの?」
「……まあ、お前の姉でいいんじゃねぇのか」
少なくとも、アリシアはそう思っているみたいだし。
◇◇◇
「で、目は覚めたのか?」
「……アリえない、あり得ない、ありえない、アリシアが生き返りたくないですって? ありえない、それはあってはならない」
「アリシアさん、何言ったの?」
『いやぁ……ちょっとやりすぎちゃって』
この人、性格はフェイトと間逆だな。かなりアグレッシブだ。
アッパーを12連激とかどうやるんだろう。
プレシアに肉体言語(肉体無いけど)をするとか、あの人、見た感じ病人だぞ。
『まあ、殴ってもダメだし、やっぱり幽霊じゃダメなのかな』
「生き返りたくないとか、この人の前で言うのか……」
ラティオの使用中はリミピッドチャンネルの力が強化されるから、この人の感情がダイレクトに伝わるんだぞ。
娘が生き返らない悲しみ。
娘に嫌われた悲しみ。
娘を殺した奴らへの憎しみ。
今までの黒い記憶。
フェイトを生み出してからの記憶。
そして、後悔。
根底には、一つの記憶。
野原に敷かれたシート。母と娘が一緒にピクニック。
娘は、母に妹が欲しい。そう言っている。
大事な娘との記憶。
「まだ、自分でも分かっていないのか」
「そうよ、ジュエルシードはアル。アリシアの幻を見せるあなたを倒して、そしてジュエルシードでいくのよ、伝説の地、アルハザードへ!!」
「アルハザード?」
前に聞いたことがるような……ああ、ユーノに次元世界の説明をしてもらったときだっけ? いや、ロストロギアの説明だっけか?
「まあ、死者を生き返らせるのは止めることにした。俺はそう決めた」
「子供の理屈ね。自分が正しいものを信じる……」
「あんたは親のエゴだろ。自分の子供を自分のために生き返らせたい、大きな子供の理屈だ」
だけどな、プレシア・テスタロッサ。
「お前の子供はアリシアだけじゃないだろ」
「……あの人形のことを言っているの?」
「そうだよ。フェイト以外に誰がいる」
「くだらないわ。あんな人形に――」
ホント、馬鹿で、一途で、鈍感な人だ。
心の奥では気がついている。
だけど表面だけを見て、本質を見ることを恐れている。
認めてしまえば、自分がアリシアの死を受け入れてしまうから。
得るものより、失ったものを選んでしまったが故の暴走。
「さっきから、フェイトのことを人形とか言っているけど、なんでフェイトの顔をみて言わないんだ?」
「――!?」
そうなんだよ、この人は最初からおかしいんだ。
アリシアじゃないなら殺せばいい。
それでも人形扱いするなら、催眠術をかけるなりして、表面上はアリシアにすればいい。
それで代わりの人形は出来上がる。
なのに、フェイト。そう別の名前をつけた。
「なんで、アイツはアリシアじゃなくてフェイトって名前なんだ? プレシア」
「そ、それはプロジェクトの実験体として……」
「ならなんで最初からそういう風に生み出さなかった。研究資料は見たぞ。あれじゃあ、最初から俺みたいな生体兵器を生み出すのが普通なのに、フェイトは多少は人より優れた機能をもっているけど、人から外れていない」
「そんな、ウソよ、何が言いたいのよ」
「気がついているんだろ、プレシア・テスタロッサ」
失うくらいなら最初から見なければいい。
だからリニスに教育を任せた。
自分の病気のこともある。だから焦っている。
それゆえに自分の行動が飛躍している。
「アリシアさんに教えてもらったよ……妹が欲しいって言ったって」
「!?」
一瞬だが、プレシアの瞳に色が戻る。
だが、それもすぐに消えた。
「それが、どうしたのよ……フェイトは、アリシアじゃない」
(そうよ、アリシアではない。フェイトはフェイト)
心が漏れ出す。はっきりとした言葉で。
「もう、遅いのよ(私はいつもおそい)、もう後には引けないし、(違う、まだ引き返せる!)煩い! 私は、私の目的を(本当に?)、かなえるのよぉぉぉ!!」
結局、目を覚まさない。
だけど、心の扉の鍵は開いた。あとはその重い扉を開けるだけだ。
「アリシアさん、殴ってでも分からせるけど、いいよね!!」
『うん、思いっきりやって!!』
◇◇◇
フェイトは知ってしまった。自分が何者か。
曰く、人造人間、アリシアというプレシアが生んだ娘のクローン。
「……ウソだ、ウソだ…………じゃあ、私は、私はなんなの?」
『フェイト……』
「な、なぁリニス、ウソだと言っておくれよ、リニス!!」
自分はなんなのだ、いやそれどころか人間なのかすら怪しいではないか。
自分は化け物なのか? 人形、コピー、そんな自分を揺るがす単語ばかりが頭に浮かぶ。
『フェイト、始めましてだよね』
「あ、りし、あ?」
『うん、貴女のお姉ちゃん、アリシア』
自分よりも小さいはずの少女は、この時だけは自分より大きく見えた。
いや、本当に大人の姿として、ここにいた。
『私達はもう此の世にはいないから、決まった形は無いの。さっきまでの娘としての私じゃなくて、貴女の姉としての私、それがこの姿』
「……でも、母さんは私のことを…………」
『大丈夫、あの人はね、少し間違えちゃっただけなの。ボタンを掛け違えたみたいに、だけど不器用だから外せなくて困っているんだ。でも、落ち着けばきっと大丈夫だよ。
たとえ、あの人が最後まで認めなくても、貴女は私の大切な妹だよ。
私、昔から妹が欲しかったの。でね、こうして――』
そういいながら、アリシアはフェイトを包み込むように抱きしめた。
体温なんか感じないはずなのに、とても暖かくて、フェイトの目からは熱い何かが零れ落ちた。
『――こうして、抱きしめる。フェイト、初めて泣いたね。今まで涙なんか流さなかったでしょ……悲しいときは泣いていいし、嬉しかったら笑えばいい。生まれがあれ、そんなの関係ないんだよ。貴女は私の妹。
フェイト、生まれてきてくれてありがとう』
そして、アリシアが離れると後ろからリニスがフェイトを抱きしめた。
アルフも一緒だ。アルフも、泣いていた。
『二人とも、ご飯はちゃんと食べないし、世間知らずで、人の話を聞かなくて、教えることはまだ山ほどありますけど……それでも、私はあなた達と一緒に過ごせた時間がとても幸せでした。
これから大変なことはたくさんあるでしょう。でも大丈夫。助けてくれる人は必ずいます。あなた達は一人じゃないです』
嫌だ、なんで、そんなお別れみたいなことを言うの。
分かっている。フェイトもアルフも、これで最後なのはわかっている。
『最後に、話せてよかった。もう心残りはないから……フェイト、元気でね』
『二人とも、私達はいつでもあなたたちを見守っています。さようなら、愛していますよ』
「まって、行かないで――」
そして……光と共に二人は消えた。
失った、そう思った。
だけどもやはり、救いはあった。
「フェイト!!」
同じ匂いを感じた少年。分からないところも多かったが、彼もきっと、自分のように造られた人なのだろう。
同じ匂い。そうか、体に染み付いたこの匂いは……薬品。冷たい、暖かい母からではなく、冷たい薬品から生まれたから。
そう思った。思ったが、彼はそれを否定した。
プレシアと戦う彼は、フェイトにまだ語りかけていた。
「お前はどうしたんだ! 生まれはどうあれ、お前を愛した人はいた。その人たちに愛されたフェイト・テスタロッサはどうしたいんだ!! 俺と同じで、愛した人たちとは会えないと思っていたんだろう。だけど、その心に貰ったものはなんなんだ!!」
そこで、自分の間違いに気がついた。
同じ匂いだった。だけど、それは違うんだ。それは似た生まれってだけで、表面上のことだった。
今までは自分の言葉を持たなかった。だけど、今から始めるんだ。フェイト・テスタロッサを、自分自身を。
「わたし、は……私は、母さんの娘、フェイトです。アリシアの妹で、リニスに育てられて、母さんが生んでくれた、母さんの娘です!!」
答えは、すぐに出た
◇◇◇
「煩い、煩い、ウルサイのよ!!」
プレシアの体に、浄化の力をぶつけて落ち着けさせようとしているのだが、上手くいかない。
フェイトはもう大丈夫だ。
プレシア自身、アリシアの願いは分かっている。だけど、自分では認めることが出来ない。それもそうだろう。今までフェイトにひどいことをしたのだ。
今頃気がついてももう遅いと思っている。
「大丈夫だ、フェイトはまだあんたを母と思っているんだ。まだ、やり直せるよ」
「……無理なのよ、もう時間がないのよ…………もう、止まれないのよッ――」
閃光が弾けた。
「ガハッ!?」
「うグッ」
「ガッ、なんだい、アレ?」
4つのジュエルシード、それがプレシアの周りを回転している。
マズイな……プレシアみたいに色々な感情が渦巻いている人間がアレを使うとマズイ。
ジュエルシードは願いを叶える。今までは純粋な心を持っていたもの以外が使うと変な形で願いをかなえていた。いや、表面上の心を具現化したとでも言うべき現象なのだろう。
だけど、こんなに混乱したプレシアの心を具現化するなら……
『あ、アアアアアアアアアアアアアアアア!!』
プレシアに吸い込まれ、プレシアはその姿を変えていく。
中央は女神像のような形へと姿を変え、背中にあたる部分は黒い翼がいくつも生える。
女神像を覆い、胸と両腕は竜のような、爬虫類と思しきものへと変わる。
下半身にあたる部分はクモの様に、いくつもの足が生えた。
そして、翼の一部が集まり、顔を形作る。その顔は能面のような、いや、面そのもの。
「まったく、これはちょーっとやばいよね」
幸い、リミピッドチャンネルには彼女の心が届いている。
ジュエルシードが4つあったのが幸いした。黒い感情は3つへ。残る、女神像がプレシアの母性とも言うべき感情を具現化したもの。
「まだ、助けられる」
「本当に?」
「ああ……でも、手札がなぁ」
『手札なら、あるよ』
「まってました、んじゃ、プレトを送ってくれユーノ」
『了解!』
別に、一人で戦っていたわけではない。フェイトの隣にアルフがいたように、俺にはプレトがいるし、ユーノや高町っていう仲間も出来た。
「フェイト……今はどうしたいんだ?」
「母さんを、助けたい」
「……上等!!」
今までのは前座に過ぎない。本当の戦いはこれから始まる。
今回の用語
『アリシア・テスタロッサ』
享年5歳。
プレシアが関わっていた実験による事故によって死亡。
その体はいまだにプレシアの手によって完全な状態で保管されている。
プレシアに霊体として憑いていた。
悪魔から渡された力により、アクアがその存在を捉え、自身の魔力で現世に姿をあらわす。
フェイトとは違い、陽気で明るい性格。
魔力資質もほとんどない。
フェイトに自分の思いを告げたことで現世からは完全に消えた。