リリカル・W・ボーイ   作:アドゥラ

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大分おくれてしまいました。
色々と大変な時期に風邪を引いてしまい、執筆が思うように行きませんでした。それでも少しずつ書き進めてなんとか形にできましたので、お楽しみいただけたら幸いです。


魔滅の唄

 これは、局員が何人も死んだ凄惨な事件、いや……後に起こった出来事とあわせて一つの事件として扱われたが、あえて言うならば――蟲事件。

 それと同時刻に起こっていた小さな出来事。一人の研究員が偶然気がついた話だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ん、これって……」

「どうかしたのか、新入り」

 

 検死を行っていた小さな部署。仮に検死課とでも呼称しよう。

 そこに配属されてからまだ一月の新人が、ベタービースト事件と呼ばれている案件での被害者の遺体を調べていたときだった、自分も半信半疑、気のせいだと思ったが、時には経験の浅いものの方が柔軟な思考で真実に気がつくこともある。これはその一例だった。

 

「いえ、リンカーコアがあったと思しき場所に異常が見られたので……まるで、無理やりにコアを引きちぎられたかのような」

「コアがか? コアを抜くっつう、闇の書の騎士だって吸い取るように吸収するっていうのに、引きちぎるってのはなんかおかしくないか?」

「ですが、ここ、ここをみてください」

 

 新人が指差したのは写真撮影された現場での死体だ。そのときの様子を鮮明に映し出している。

 

「赤黒くなっているんですよ。コレだけだと、ただの内出血だと思ったんですが、次に遺体のほうを見ていただきたいです」

「んー、たしかに違和感はあるな。赤黒いし、なんつーかでこぼこ? 骨が折れたかと思っていたんだが、それにしては質感もおかしいな」

「リンカーコアの検査機って今すぐもってこれますか?」

「おう、すぐに手配する」

 

 その後、レントゲンのように内部を撮ったり、スキャンしたり、何度も検査していった結果……リンカーコアに多量の血液が混ざり合い、硬質化していたこと、歪な形状をしており、死ぬ直前までに不安定な修復をしようとしていたこと、そして…………破壊されていた原因は、まるで身体をすり抜けるかのように内部のリンカーコアを直接抜き取ったとしか思えない方法で、コアを摘出されたことだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 舞台は戻って、アクアたちは今のところ安全と思われる区域まで避難してきていた。

 一匹一匹は小さな管状の蟲だが、その性質は厄介だ。

 

「まず、純粋魔力は効果が無いこと」

「私の電気変換は効いたよね」

「フェイトの電気変換で、物理的な威力になったからだと思うよ。アクアの水に変換する力は、圧力をかけて威力を上げるか、フェイトのサポートでしか効果は得られないと思う」

「だよなぁ……せめて一匹でも回収して分析できれば、サイコフルードで蟲だけを殲滅できるんだけど」

 

 ベターマン・アクアの能力、サイコフルード。対象の細胞を解析することで、アポトーシスウイルスを作り出し、対象のみを殲滅する力。

 強力ではあるが、その分前段階に準備が必要な技でもあるのだ。

 

「それはリスクが大きいね。たしかにリターンとして、全部殲滅できるのは魅力的だけど……範囲もどのくらいになるか分からないし、全部水浸しになるんじゃないの?」

「そうなんだよなぁ……あくまで死滅させるだけで死骸の山になるだろうし、色々と問題もあるけど背に腹は変えられないだろ」

「うう、死骸の山……」

 

 といっても、残りのアクアに使える手札は電磁波でレンジのように蟲を殺すか、真空か純粋酸素で殺すか、それぐらいしかないのだ。どれもこれも被害が大きすぎて使い物にならない。

 ユーノが用意できるものは、それこそフェレット形態になって外部と連絡を取るぐらいだ。あとは、考えること。それは彼にとっての最大の武器であるが、キーワードとなる情報もまだ揃っていない段階では、あまり意味がない。

 フェイトは電気変換で拮抗状態を作り出せるが、所詮ジリ貧だ。魔力にも限界はあるし、何より彼女にはこの蟲の大群はきつすぎる。

 

「まて、フェイト……アルフはどうした?」

「リンディさんと一緒に色々手続き。連絡もしているんだけど念話が繋がらなくて」

「あの蟲のせいかな……魔力が全然通る気配が無いし、もしかしてこの建物を取り囲んでいるのかな? こう、壁という壁に引っ付いて隙間も無い感じで」

「ユーノ、それグロすぎる」

 

 だが、アクアの考えもそれだった。というより、他の可能性を思いつかなかったというべきか。

 壁に引っ付いているじゃないにしても、自分達は囲まれていると考えた方がいいだろう。

 あとは……そう、蟲であるからには何かしらの習性――生物としての本能、行動原理――さえわかればいいのだ。そこから打開策、もしくは建物から逃げ出す隙を作れる。

 上手くいけば細胞を入手してサイコフルードで殲滅も出来る。

 

「そういえば、アクアの魔法でなんとかならないの?」

「簡単な魔力放出は意味がないし、召喚も無理だな……あの蟲達に妨害されているから召喚するための通路が開けない」

 

 アクアの魔法は儀式魔法が主体である。悪魔の力を借りているのも、儀式魔法により限定的な召喚として成立させている。

 召喚でもある以上、魔力のトンネルのようなものを展開しなくてはいけない。蟲たちはそれを妨害しているのだ。ハッキリ言って、儀式魔法には時間と魔力もかかるため現在の状況では使用できない。

 

「となると、どうにかして蟲の細胞を入手して、脱出。そしてアクアの能力でアポトーシス状態にするしかないわけだね」

「そうなるな……問題は、こっちにそれをやるだけの戦力が無いことだ。ここもいつまでもつか分からない以上、長居は出来ない」

 

 使用できる魔法に制限があり、魔力も無駄に出来ない。それに加え、装備も殆ど無いこの状況。打開策を導き出さないとこのまま言葉に表せない状態になってしまうかもしれないのだ。

 そもそも魔力で構成されたモノでは相性が悪すぎる。魔道師殺しの蟲たちの移動スピードは人間が走ったときよりは遅いのだが、それでも彼らには脅威だ。なにせ、9歳の身体ではどうしてもスピードが落ちる。魔法のサポートがあるからこそ平気だが、魔力を温存しなくてはならない今、頼れるのは自分の脚だけなのだ。

 

「はぁ……もっと簡単に、それこそ蟲の脳内をハッキングするみたいに騙せたらいいんだけどな」

「そんな簡単にはいかないよ……アルフ、今頃心配しているだろうなぁ」

「……ハッキング、アルフ…………いや、何とかなるかもしれない」

「ユーノ、何か思いついたのか?」

「うん。ちょっと賭けになるけど、もしかしたら上手くいくかもしれない」

 

 ◆◆◆

 

 彼らがその場にいた頃より、十数分が過ぎた。すでに蟲は三人がいた場所までやってきていた。何を目印にしてここまで来たのかは分からないが、蟲たちは先ほどまで三人が座っていた場所まで這いずってきた。そのチューブのような体をゆっくりと、ゆっくりと……

 

 

 

 だが、それもすぐに終わった。蟲はまるでナニカから逃げ出すように身を翻した。危険だ、ここは危険なのだと感じるように。

 その隙を逃さず、水と電気が襲い掛かった。

 

 

 ◆◆◆

 

「まさか、こんなにアッサリ上手くいくなんて」

「変身魔法の応用とかよく思いついたねユーノ」

 

 ユーノが思いついたのは変身魔法を応用した幻術魔法。変身魔法の術式の中には、変身後の生体情報を入力することが殆どだ。具体的には、大きさや骨格、匂いや発する電磁波などを変換するためのものだ。

 また、普段の自分の動きにあわせて対応した動きに変換するなど、様々な応用性もある。

 そこで、ユーノはそういったデータを多数用意したのだ。あるものの情報を多数引き出し、周囲のものを使って再現したのだ。

 そう……食虫植物を。

 

「自分でもビックリだよ。本当に上手くいってよかった」

「ユーノが魔法学校を卒業していて助かったな。ホント、色々なこと知ってる」

 

 今回は、ユーノ自身が変身魔法に詳しかったのと、魔法学校を卒業しており考古学だけでなくスクライアの民として色々な世界へ行く関係上、植物などの知識も豊富だったことが成功の理由である。

 食虫植物の中には特殊な匂いなどを放つものがある。蟲を使った生体兵器は古代より研究されていたのだが、その中の弱点の一つに食虫植物があった。古典的ではあるが、場合によっては蟲の命令系統に支障をきたすため、可能性として食虫植物を避ける可能性が高かった。下手に手を出して被害や証拠を残すと厄介だと思う、ユーノはそちらの可能性のほうが高いと読んだのだ。

 

「隠匿性が高い蟲、なら余計なものには手を出さないようにしていると思ってね」

「ってことで、この色々な食虫植物の幻影か……いや、ここまでくると幻覚だぞ。マジで感覚として捉えるって意味で」

「でも、ちょっと臭いね……」

「ま、まあそれは勘弁してよ。実際にはもっと凄いのを頑張って人には被害が無いようにしたんだから」

「これ以上なのかよ……まあ、とにかくサンプルも手に入ったし、物陰に隠れる必要も無さそうだし、一気に解析するぞ」

 

 蟲の死骸を手に持ち、空いている手でアクアの実を食べる。いきなり完全変身してはフェイトとユーノの二人に被害が出るため、少しずつ部分的に変身する。解析のために、喉の辺りにエラのような部位を先に作り、蟲を入れる。

 こうして細胞を調べ上げ、専用のアポトーシスウイルスを作るのだ。

 

「よし、解析完了。一気に脱出するから二人とも全力でバリア張っとけよ。あと、息は今のうちにな」

「う、うん」

「あんまりやり過ぎないようにしてよね、回りに被害が出たら元も子もないから」

「ああ……じゃあ、行くぞ!」

 

 ◆◆◆

 

 そのとき、外からこの光景を見ていたものはどれだけ驚いたことだろうか。突然、管理局の建物の一つから大量の水が噴き出したのだ。その中には、蟲、蟲、蟲。大量の蟲の死骸がまぎれていて、黒々とした点も空に噴き出した。

 そして、建物を割るようにやねから魚のような、竜のような、巨大なエイ型の影が飛び出した。近くには二つの光の球があり、それと共に少しはなれたところへと飛んでいった。その後、巨大な影は抜け殻のようになってから崩れ、近くには二人の少年と一人の少女が倒れていたという。

 ただ、そのときの水の音だけはとても綺麗で、まるで子守唄のようだった。

 




というわけで、段々とヤバ気になる蟲騒動に一区切りうちました。
コイツラ、色々と危ないのでようやく展開も進めやすくなりましたよ。

魔法の設定とかはツッコミ勘弁。


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