三日月に恋心を抱く女さにわちゃんが一方的にときめくお話です。
心の中には大嵐が巻き起こり、甘い感情に翻弄されるさにわちゃん。そして無自覚な三日月。そんな二人のまだ初々しいやり取りをお楽しみください!
平安生まれの宝刀は今日も桜をじっと眺めている。こうして見ると本当にじじくさい。少々猫背のようにも思える。眠っているのだろうか。十鯨尺ほどの距離があるので表情は鮮明に認識できない。しかしここからでもはっきり目鼻の区別がつく。息を呑むような美形なのだ。
すっと通る形のよい鼻筋。黒目がちであり切れ長な、蔭る瞳。そよ風に撫ぜられてなびく黒髪。このようなに比喩してしまうのは失礼に値するのかもしれないが、まるで乙女のようなまつげと薄き鴇色の頬が人形のような顔に生命を宿している。少しだけ歩み寄り、変わらずに桜を見上げて微笑する様は甘痒い情念を呼んだ。
人間の美意識とは時代、流行・・・等の一口に言えば環境によって大きく左右される物だ。果たしてかつての平安人が今この美男子と相対したとき、彼らはどのような感情抱くのだろうか。もしジェネレーションギャップなどによりこの美しさを理解できないようならば、全財産を投げ打ってタイムマシーンでも買おうか。そのあたりの覚悟はもう出来ている。
そんなひとり芸を心の中で繰り広げていたら思わず笑いがこぼれた。
するとこちらに気が付いた三日月は柔らかに微笑した。不純な一笑はしゅんとしぼんだ。肋の臓がきゅっと萎縮して次の一秒で血が勢い良く押し流された。軽く出会いの挨拶を交わした。不整脈なのは早死にの種だ。
「触ってよし」
と手招かれた。縁側に並ぶように腰を下ろした。桜が妖精のように吹雪き、舞っている。蜜の甘い香りが無数の妖精たちの足跡から薫って、体を取り巻く。春を迎えた高い空。そよそよと流れる春の風は心地よい音を孕んでいた。爺さんがずずっとお茶を啜った。不思議にも耳障りだとは思わなかった。
隣を垣間見ると、相変わらず微笑を湛えながら桜色の空を仰いでいるだけだった。私は少しふてくらされたように、行き場が見当たらない両の手をもじもじと絡ませたり、爪をもてあそんだりした。寄りかかれば爺さんの体温を感じることが出来るのだろうか。などという邪心すら沸いた。
たまに色々なことが心配になる。
一つに、起きているのかも寝ているのかも判断が容易でない。もしくは息をしているのかどうかも。老衰の場合、眠っている間に逝ってしまうという。そんな生死を彷徨っている刀剣を私はいかにして管理すればよいのだろうか。徘徊などはもう日常日課と成り果て、朝飯を摂ったかどうかの是非の認識もあやしい。
もう一つに、自分に対する感情についてだ。私は一体どんな存在なのだろう。位置づけの詳細が知りたいのだ。私は「主君」なのか、「仕事仲間」なのか、ただ利用するだけの女中か。それとも「特別」な意味を持つ代えの無いものなのか・・。
我ながら中坊的で安易な思考回路に失笑する。だがこれがまさしく本心なのである。シンプルだが難解な感情が渦巻く。ふと目を上げると花びらが目に飛び込んできた。儚い舞は柔らかな水色に浮かんでいる。せわしない脳内を帰りみるとひとつの疑問が浮かんだ。
「何を考えているんですか。今日も・・・いつもお花見をしているでしょう。」
天下五剣は小首を傾げて眉の尻をすこし持ち上げる。口元の笑みが突然のことによって一瞬薄れたが、すぐに元通りになった。
「何を・・・とな」
すると交わらなかった目線がぱちっと合致した。口に焦燥が走り抜けた。
手が触れ合ったのだ。否、子供のような手の甲にごつごつとした骨ばった男の手がかぶさったのだ。まるで包み込まれているかのようであった。桜の色に寄っていた神経回路が悪さをしでかす。何拍かのち、自分の今置かれている状況を察知し、駆け上るかのように耳のかしらまで勢いよく真っ赤に茹だった。
「主のことばかり、かのぅ。」
思わず口から笑みがこぼれかける。図々しくて見苦しい悦びが湧き上がった。悟られぬように、溢れてしまわぬようにときつくきつく唇を結んで、唾と一緒に震える口中から感覚が沸かぬ食道へと、ひと思いに押し流した。
はっとした。考えてみれば額と額の距離は三寸ばかりしか離れていない。一瞬だけ三日月の様子を伺おうと前髪の隙間から覗くと、こちらを余裕綽々のようすで見つめている微笑んだーーというよりかにやついた目と眼光が絡んだ。・・・余裕がないのは私だけだ。そう思うととたんに疑いという名の恥ずかしさがせりあがり、耐え切れずに視線を切った。目が行き場を失い泳いでいる。重なる手の平の下でひじの辺りから震撼する。とまらない。なぜか泣きたくなった。
したたる感情に名を付けることが出来れば、どれほど楽なのだろうか。羞恥と愉悦と罪科。潤沢な蜜が震えながら零れ落ちる。意地の悪い果実だ。弄んでいるようにも思えるのは自分がひねくれているからなのか、かの爺の策略か。そうだ。ただの果実なのだ。究極に珍しいわけでも高価なわけでもない。だが自分にとっては特別な果実。まだ距離がある。届かない。しかし辛抱のできない愚かな私はその上皮に触れたくてふれたくて、しょうがなくなった。めいいっぱい背伸びをしてみると、その果実の上皮に指先が掠った。そのとき味わったことの無い欲望が潤った。果肉を頬張ったわけでも蜜を吸ったわけでもない。それでも口の中に甘い味が広がったような木がするのだ。ただ触れただけ・・・、たったそれだけでこんなにも心が満たされる。心臓の周りの筋肉が縮み、相反して心筋が大きく波打った。赤く黒く、血に満たされて、普段よりも格段に激しく身体を打ち付ける。打つ。からだを、しんたいを・・・打って・・・・。早く、速く、吐やく・・・・・・・。
まぶたを開けようとするがいかんせん鉛のように重たい。少し呻くと枕元で呼ぶ声が聞こえたような気がした。近いのにまるでフィルター越しのようにくぐもった声だ。目をこすると光忠と薬研と三日月の横顔が写った。だんだん思い出した。・・・思い出したよ、ああ、良い所だったのになんでこうなっているんだ、と困惑しながらもため息をついた。
「おっ、大将、目は覚めたか。三日月のじいさ・・・、ん?寝てんのか」
「心配したよ。随分と起きないんだからさ」
心配かけてごめんなさい、と診ていてくれたらしい二人に礼を言った。
「結構な熱が出てたんだぜ。・・・ん、ふわぁ。さてと、朝飯片付けないといけないなあ」
・・・・・ん?あさめし・・?朝飯と!?
はじけとぶように起き上がったが頭が内部で分裂したようにぐらんと揺れてまた卒倒した。
私はショックでまた深い眠りについたらしい。もう色々な記憶が薄らいだ。遠のく意識の中、かすかに聞こえた声。
「おっ、なんだ爺さん起きてたのかよ。大将、また気絶しちまった・・・・・」
詳細は思い出せない。もう一生、夢の中で・・・。
ここからお二人方の関係がどう発展してゆくのでしょうか・・・!?
今後に乞うご期待ください!