スーパーストリートファイターCROSS:StrikerS EDITION 作:拳を極めし者
[夜 機動六課隊舎 ホール]
「それでは初任務成功を祝して!乾杯!!」
はやての音頭で始まったパーティ。それぞれのメンバーが思い思いのグループを作って互いに祝い合い、笑い合っている。
「お疲れさん。なのはちゃん、フェイトちゃん」
「はやてちゃんこそお疲れ様だよ。ついさっきまで別の仕事と任務の報告で忙しかったんでしょ?」
「それなのにこんなパーティを準備しておいてくれてありがとう、はやて」
「いやー、現場よりは楽なもんやよ。でも、ありがとうな」
見目麗しい若き女性隊長達のグループ。
「あたし達、なんもしてねえけどいてもいいのか?」
「それは私も思ったが主はやてが呼んで下さったのだ。断るのは逆に礼を失するだろう」
「私は裏方だから六課の医務室で待機してたけどね」
「私も盾の守護獣として、手薄になる六課を護るべく待機していたぞ」
「リインはフォワードといっしょに大活躍ですー!」
「あたしとシグナムは本局に呼ばれて特別任務の真っ最中だったんだよ!わりいかよ!」
「ひぃっ!ご、ごめんなさいです…」
「あ、わりいリイン」
主と仲間を護る守護騎士達のグループ。
「ぷはー!仕事の後の一杯は格別だねぇ!」
「スバル、中年くさいわよ」
「あ、やっぱり?父さんのマネしてみたんだ♪一度やってみたかったんだよねー♪ティアもやらない?」
「やらないわよバカスバル!」
「人がいっぱいいて賑やかだけど…みんな笑顔で楽しそうだね、キャロ」
「うん。わたしたち、この笑顔を…みんなの居場所を守れたんだよね?エリオくん」
「そうだよ。しかも君は僕の命まで守ってくれたんだ。だから自信を持っていいと思うよ」
「ありがとう…エリオくん…」
まだ初々しさが残る新人フォワード達のグループ。
「でな、ボロボロになってたリュウの旦那を見たなのはさんがよ、『いつものことなんでしょ?』って真顔でバッサリと切ったんだよ!ハッハッハッハ!」
「さすが鬼教官!怖いねえ!クックックッ!」
「ちょっとヴァイスもあんたも!なのはさんに聞こえるでしょ!声下げなって!」
「あんまり調子に乗るとなのはさんにお仕置きされちゃうよー?」
「せっかくの祝いの席で硬い事言うなよアルト!シャーリー!気楽に行こうぜ!」
既に一部がいい感じに出来上がっているパイロット&メカニック&オペレーターグループ。
「皆さん、出動の直後なのに元気ですね」
「そういられるように皆さんの帰る場所を用意するのが私達の仕事ですからね」
そして隊員全てを日常生活の面で支えるバックヤードスタッフ。
そんな中で比較的騒がしいグループがあった。それは格闘家達が集まっているグループだ。
「俺と飲み比べで勝負しろ…!」
「いいだろう」
「あらら、大丈夫かしら」
ガイルの挑発から始まり、それを受けたリュウが意地を張ってガイルに勝負を挑んだ形である。
「さあ遂に始まるビッグマッチ!リュウさんVSガイル少佐の飲み比べ対決です!司会はわたくしアルト・クラエッタと解説のナッシュ中尉でお送りします!
「よろしく」
二人がヒートアップしている内に何故かアルトが勝負の取り仕切りを申し出た上にナッシュを司会に呼んで、更には舞台まで設置するという手際で会場はさながらライブイベントの如く盛り上がっていた。
「俺が勝ったら…」
「勝ったら?」
「納豆を食って貰うぞ!」
「!?」
互いに勝利報酬を決め、ガイルは「リュウを自分の飲みに付き合わせる」、リュウは「ガイルに納豆を食って貰う」という報酬を設定した。それを聞いた春麗は…
「(リュウのって自分に全く利益の無い報酬ねぇ。完全にただの嫌がらせじゃない。ガイルもだけど)」
…と思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
「さあ張った張った!」
一方では会場の一画で威勢のいい男の声が鳴り響く。どうやら飲み比べでどちらが勝つかを男達だけで賭けているらしい。
「締め切りはナッシュの旦那の話が終わるまで!張るなら急げよー!」
大部分が舞台に目を向けている今の内に、と急いで取りまとめているのは、お分かりの通り勿論ヴァイスだ。
いつ出動があるか分からない職務上興じられる娯楽が限られており、短時間で終わりそうな勝負事が始まると何でも賭け事にしてしまうというのが機動六課の男共の専らの娯楽になっているのだ。
胴元は多くの場合がヴァイスになっており、ヴァイスは元武装隊のスナイパーとして培った経験と勘を活かして(?)勝者を見切り、口八丁で賭けの参加者を誘導し、高確率で大金をせしめる事から男性職員からは(主に侮蔑の意味で)「
「では解説のナッシュ中尉、勝負の見所についてお願いします!」
そんなこんなでナッシュの解説が始まった。
「そうだな…。さっき見た限りではリュウは小さいジョッキを飲み切るのでさえ2分程掛かっていた事から、残念ながら極めて不利であると言わざるを得ないだろう」
「2分!?それじゃあいくらハンデがあっても勝負にならないんじゃ…」
「いや、勝機はある。リュウは不利を承知で勝負を挑んだだけあって覚悟が違う。これなら恐らく先程よりペースは格段に上がるだろう」
「でも気持ちだけじゃそれほどの差は埋まらないと思いますが…」
「無論それだけじゃない。実はガイルも飲む量以外にもハンディキャップを背負っているんだ」
「他にもハンデが?それってなんですか?」
「リュウが苦しんでいる間にガイルもかなり飲んでいたんだ。始終見ていたわけではないので正確な量は分からないが、これは確実に有利に働くな。これがまず一つ」
「まず…と言うとまだあるって事ですね」
「その通り。そしてもう一つのハンディキャップは『時間』だ」
「時間、ですか…。具体的には?」
「答えの前にガイルが自分に課したハンディキャップを思い出してくれ」
「えーと…リュウさんの二倍飲まなくちゃいけない、ですね」
「そうだ。二倍という事は一杯分を飲み干すのにもかなりの時間が掛かる。いくらリュウが遅いと言っても序盤ならリュウの方が早いだろう。という事はその序盤の内に一杯差を付けさえすれば、後はガイルのペースに合わせて飲めば最小限の負担で勝利出来る」
「なるほど…」
「早急に差を付ければガイルにも焦りが生まれ、勝率が更に高くなる可能性もある。逆を言えば差を付けられなければ常に早く飲まねばというストレスに晒され続ける事になり、途中でリュウの心が折れてもおかしくない。つまりリュウが勝利出来るかどうかは序盤のペース次第という事だ」
「へえー。飲み比べってそこまでの駆け引きが生まれるものなんですねー」
そしてとうとう勝負の時がやってきた。
『それでは制限時間10分一本勝負!READY……FIGHT!!』
[10分後]
「み、水……」
「Easy Operation.」
TIME OVER!! GUILE WIN!!
『試合終了~~~!ガイル少佐、二倍というハンデを物ともせず余裕の勝利です!!』
『想定よりリュウが伸びなかったな。アルコール対策だけでなく苦味対策もしなかったのが敗因か』
『やはり年季の壁は厚かった!…てゆーかリュウさん、ぐったりしてますけど大丈夫でしょうか!?』
舞台に近い観客はリュウの容体を見て騒ついているが、その後ろでは…
「くそっ!またヴァイスにやられた!」
「次こそヴァイスの話は聞かないって決めてたのに…!」
「ちくしょう!ウォレットスナイパーめ!」
「ニヒヒッ♪毎度ありー♪」
顔に青筋やら涙やら鼻水やらを浮かべて悔しがる男共を前に、喜色満面のヴァイスが両手で紙幣を扇状に広げていた。
「ガイル、復讐の為とはいえお前らしくなく随分と周到な攻めだったな」
「発端は子供の喧嘩と変わらなかったけどね」
舞台から降りたガイルに二人が話し掛ける。
「フン、俺がそんなくだらん事の為だけにあいつに飲ませたと本気で思っていたのか?」
「…どういう事?」
「まるで別の意図があるかのような言い方だな」
ガイルの意外な返答に目を丸くする二人。ガイルは続けて答える。
「春麗、今日あいつはくだらん責任感で思い悩んでいたと言っていたな」
「くだらないってのは言い過ぎだと思うけど…確かに悩んではいたわね。一時は機動六課を抜けるとまで言い出す始末だったわ」
「そうなってしまうのはあいつがストレスの発散方法を知らんからだ」
「ストレス発散…。するとお前がリュウに飲ませた理由は…」
「察しの通りだ」
「へえ、なるほどね」
「ストレスの発散にはこれが一番手っ取り早いと思ってな、何とかして無理矢理飲ませようと考えていたんだ。
そして案の定『修行』というキーワードを使って成功した訳だ。まさかそれが勝負に発展するとは思わなかったがな」
「ガイル、あなたって意外といい所あるじゃない。見直したわ。…結果が成功かどうかは別にしてね」
「お前が人にそんな気を回せる男だとはな。私も読み違えてしまったようだ」
「まあ、正直なところナットウの恨みもあったんだがな」
「……前言撤回」
「……正直過ぎるのは悪印象を招くぞ」
一方リュウとガイルの勝負を見ていたなのは達はと言うと……
「リュウさん、大丈夫かな…」
なのはは心配そうにリュウを見つめている。
「苦しそうだね…。部屋まで誰か付き添った方がよさそう」
フェイトも同じくリュウの身を案じている。しかしはやては……
「そうやね。誰か連れてってあげ……そうや!」
何かいい事を思い付いたと言わんばかりに怪しさ満点の笑みを湛える。これが漫画なら目が光って「キュピーン」という擬音でも見えそうだ。
「い、いきなりどうしたの?はやてちゃん」
「なのはちゃんが行けばええやんか!」
「ええええ!?」
突然のはやての提案になのはは顔を真っ赤に染めて狼狽えるが、はやての攻勢は止まらない。
「わ、私じゃなくても春麗さんとかガイル少佐が…」
「人間、辛い時に優しくしてくれた異性には好印象を受けるもんやで?」
「好印象…!」
「その辛さが精神的なもんだったらなおさらや」
「そういえばリュウさんは今日…」
「…そういうこっちゃ。それにリュウさんは酔っ払っとるからお酒によるドキドキを別のドキドキと錯覚してくれるかもしれへんしな!」
「…!!」
「千載一遇のチャンスやで!」
「チャンス……」
「できるうちにやっとかんと後悔するで?それに時間が経ちすぎたら今の気持ちだって冷めるかもしれへんよ?」
「!!(春麗さんと同じことを…!!)」
「(はやての話術、すごい…。なのはが揺さぶられてる…!)」
湯気が見えそうな程に赤くなって俯いていたなのはだったが、はやての力説に押され、遂に顔を上げて決心を固める。
「…行ってくるよ!」
「うん!がんばって、なのは!」
「よっしゃ!その意気や!」
…とは言ったものの語気の割には足取りが重く、早く行かなければ他の誰かが先に付いてしまいそうだ。するとはやてが間髪入れずサポートに入る。
「なのはちゃん!これで景気つけーや!」
はやてがなのはに手渡したのは大きいカップに入った透明な飲み物だった。
「う、うん。ありがとう、はやてちゃん………!?」
表情が硬く言葉もたどたどしいなのはだったが、素直に飲み物を受け取って一気飲みしようと喉を一つ鳴らす。すると…
「げほげほっ!こ、これお酒じゃない!」
「そらそうや!景気付けやからな!」
しかもまとも味など殆ど感じず、恐らくは非常にアルコール度数の高い酒であろう事が分かった。
この時なのはは咳き込みながら考えていた。「知識としては知っていたお酒だったけど、実際に飲んでみるとその恐ろしさがよく分かった」と。「リュウさんがあんな風になるのも仕方ない」と。
同時になのはは誓った。「これ以上は成人になるまで勧められても絶対に飲まない」と。「はやてちゃん、後でお仕置きだよ?」と。
「私達まだ未成年だよ!?」
「硬いこと言いなや!ミッドチルダではもう飲める歳やで!それにこんな時くらい無礼講や!」
「でも…」
「それにな、飲んどけばどんなことやってもお酒のせいにできるやろ?」
「!?はやてちゃん…」
「たまには自分に素直になりや」
「…!!」
「ウチもフェイトちゃんも応援しとるんやで?大船に乗ったつもりで行ってきいや!」
「………」
はやての熱の入った説得を聞いたなのはは、はやてを一瞥すると無言でカップを口元へ運び……
「げほげほっ!…じゃあ…行くね…」
酒を飲み干すと先程より確かな足取りで急いでリュウの元へ向かっていった。
「はあ~~~。しんど~~~」
「はやて、お疲れさま」
「慣れないこと言うと肩凝るわ~」
「でもこれで一歩くらいは前進しそうだね」
「二歩以上は進んでくれへんと割に合わんよ~」
「ふふっ、そうだね。でもこういう時は本気になったはやてって頼りになるよ」
「でもとにかくこれでなのはちゃんをからかうネタも増えるっちゅうもんや!あっはっはっは!!」
「(せっかくいい事したのにこういうこと言うから本気か冗談かわからなくなるんだよ、はやて…)」
[機動六課隊舎 廊下]
「うう…」
「落ち着いて。それからゆっくり深呼吸して。もう少しで部屋だよ」
「す…すまんな…」
虚ろな目で呻き声を上げながら引きずるように歩くリュウを支えるなのはは、何度もリュウを励まして気を持たせて吐き気を抑えており、リュウも
しかし、平静を装いながらも「抑えようとしている」のはなのはも同じだった。
リュウに密着している。その事実がなのはを極度の興奮状態に導き、全身を茹で蛸のように紅潮させ、外に漏れているのではないかと錯覚する程に心音を高鳴らせる。
なのははそれをリュウに悟らせまいとリュウに前を向かせ、なるべく自分の心臓からリュウの身体を遠ざけて沈黙しないよう励まし続けた。
[10分後 リュウの部屋]
「顔を上げて。着いたよ」
「おお…。遂に…辿り着いた…!」
「そ、そんなに感動しなくても…」
なのはは相変わらず平成を装っているが、「男性の部屋に入るのは初めてだ」と更に緊張しながらドアをくぐって行った。
部屋へ入って中を一瞥するとベッドを発見。他には目もくれずに一直線にベッドへ向かった。
「よいしょっと。具合はどう?まだ吐き気はする?」
そしてリュウをベッドへ下ろしながら体調の確認を行う。
「まだ…目が回って…力が入らんが…吐き気はほぼ無い…。ありがとう…なのは…」
「こ、これくらい…気にしなくても…いいよ…」
普段リュウはなのはに謝る事は度々あるが礼を言う事は少ない。特に「ありがとう」という言葉はこれまでの付き合いの中でも数える程しか聞いた事が無く、しかも今回は状況が状況だけに妙に気恥ずかしくて声も身体も萎縮してしまう。しかしいつまでもそうしてはいられない。
単なる偶然から長年をリュウと共に過ごす事となったなのはだったが、その年月は二人の関係に変化をもたらすには至らなかった。
だがなのははそれでもいいと思っていた。淡い思いを抱いた相手が近くにいるという思いだけで満たされていたからだ。だが、理由はそれだけではない。
なのはは今まで恋愛経験が無い。従って交際経験も無い。つまりは恋愛に対する免疫も全く無い。
恋愛に関して無い無い尽くしのなのはは恋愛に臆病な側面があり、それ故に「今の関係を壊したくない」と無意識の内に心のブレーキを踏んでいたのだ。
しかし、遂にそうも言っていられない事態に直面してしまった。
”仕事に忙しくなってからはすっかりその気持ちも冷めちゃったのよ”
”その気があるなら早めの方がいいわよ”
この時なのはは初めて異性として意識した男に対する気持ちが時間の流れによって薄れ続け、このままでは春麗のようにいずれ消え去ってしまうと危惧したのだ。
この思いを幻のまま終わらせたくない…。その強い気持ちがなのはに決意の炎を宿し、一世一代と言っても過言ではないアグレッシヴな行動を起こさせた!
「あ、あの!リュウさ…」
「では悪いが…このまま…寝させて貰うぞ…」
「え?あ…」
………が、その炎はリュウの者のとは思えない弱々しく今にも消え入りそうな小さい声で吹き消されてしまった。
「…どうした…?」
「……ううん、なんでもない。気にしないで」
先程とは打って変わりいつもの明るい顔に戻ったなのはだったが、その瞳には儚さが宿っている。
「そうか…。ではお前は…会場に戻れ…。これ以上遅くなっては…心配を掛けてしまうだろう…」
「わ、私のことは考えなくていいの。あなたの体調がいきなり悪くなったら困るからあなたが眠るまではここにいるよ」
「何から何まで…世話になるな…」
「ふふっ…どういたしまして!」
なのはは精一杯の笑顔で答えた。そう、今はこれが「今の自分」に出来る精一杯だったのだ。
「では…寝る…」
「おやすみなさい、リュウさん…」
苦しそうに息を切らし、まるで病床に伏すかのように眠るリュウを見つめながらなのはは考えていた。
今のリュウは弱っている。今なら恐らくフォワードの子供達と一対一で戦っても負けてしまう姿が容易に目に浮かぶ程だ。
しかもそれだけではない。同様に心も非常に弱々しくなっているのだ。
普段なら自分で出来る事は全て自分でやろうとするリュウが微塵の躊躇も無くなのはの肩を借り、普段なら嫌がるであろう同じような話の繰り返しに頻りに感謝し、普段なら言う筈の無い「ありがとう」を言った。それらの連続が如何に珍しい…というか有り得ない事であるかを考えれば彼の心の弱り具合が分かるだろう。
そんな弱り切ったリュウが彼とは思えない程に弱々しい声を出した時、なのはの頭に浮かんだのは「卑怯」という言葉だった。
恋愛に於ける勝利とは恋愛対象が自分の気持ちを受け入れてくれる事。ストリートファイトに例えれば相手をK.O.する事だ。
なのはも当然それは意識していたが、前述通り恋愛に臆病な為に殆ど手を出せずに現在に至る。これをストリートファイトに例えれば待ちが強い訳でもないのに牽制にもならない意味不明な素振りをしながら待ちに徹するなのはに対し、リュウはなのはの行動が理解できずに棒立ちしているせいで互いに無意味な膠着状態へ陥り、最近になって思い出したようになのはが飛び道具で牽制を始めたと言ったところである。
ところがその最中、不慮の事故でリュウの体力が3割未満まで減った上に
当然なのはもその勝機を逃さず最大の
ここで先程なのはが頭に浮かべた言葉を思い出して貰いたい。
なのはは何故「卑怯」だと感じたのか?答えは簡単だ。
”公平じゃない”
これに尽きる。
なのはは困難に立ち向かう時、何時でもどんな時でも愚直な迄に全力全開・正面突破を貫く強靭な精神力の持ち主で、それを実行するだけの実力も有している。
これはなのはが考え無しの猪突猛進だからではなく、
言葉にしなければ伝わらず、言葉では伝わらない事がある。だけどどうしても分かり合いたい。そんな相手には、目を逸らさずに言葉と気持ちの両方で伝える。
悪い事だと分かっていても止まらない・止められない。愛する者の為に悲しみの闇へ落ちようとする者達には、その悲しみの闇を撃ち抜く。
しかしその中で一度たりとも卑怯な手段を行った事は無い。それどころか考えた事すら無い。
だから「これ」もそうだった。
”リュウさんは酔っ払っとるからお酒によるドキドキを別のドキドキと錯覚してくれるかもしれへんしな!”
昔テレビで見た事があった「吊り橋理論」とかいう恋愛感情関連の学説。揺れる吊り橋の上で異性が会話をすると、揺れる吊り橋によって生まれる緊張感が恋愛感情に発展する事があるというものだ。今の状況はそれに似ている。
リュウは飲酒によって心拍数が上がり、子供のように弱気になり、気持ちを素直に出すようになっている。
これは今告白する事によって「心拍数上昇が異性と認識した故にもたらされたものと錯覚→弱気になって情が移りやすくなる事による恋愛感情への発展→告白の許諾」となる可能性が高くなる。
焦りの余り、最初はそれを自分にとってのチャンスだとしか思っていなかった。そう思って実際に告白の直前まではそのまま告白しようとしていた。
しかしなのははある考えに至ってしまった。いや、なのはの立場では「気付いてしまった」と言うべきか。
”それは本当の感情じゃない”
恋愛には明確な答えなど存在しない。定められたルールも存在しない。
十人十色・千差万別。告白の仕方一つを取ってもやり方は数限り無く、どれを選ぼうとも正解も不正解も無い。
即ち告白の為にどんな手段を用いようが、倫理や法に反していない限りは本来は責められるものではない。
しかしなのははある一つの概念に関して明確な線引きをしており、結果的にそれが告白を思いとどまらせる事となってしまったのだ。
なのはが幼い頃から決めていた事がある。
”悪い事は絶対にしない”
これは戒めであり、誓いであった。
なのはの基準で言う「悪い事」とは大別すると以下の通り。
○誰かを困らせる・悲しませる
○卑怯な手段を使う
…と見事に「卑怯」に当て嵌まってしまった訳だ。では何故この状況での告白が卑怯なのか?
なのははこう考えたからだ。
”もしここで告白して、仮にいい返事をもらって付き合う事になったとしても、それはシチュエーションを作って相手を騙しているだけ”
なのはの基準での卑怯な手段の一つに「騙す」というものがある。もっと分かり易い言葉で言えば「詐欺」だ。
なのははこれを「成果に対して不当に大きい利益を得る行為」と認識している。
今回のケースに当て嵌めれば「普通に告白しても断られてしまうので、断られにくい状況で告白して楽に成功させてしまう」となる。なのははこれに罪悪感を感じてしまったのだ。
仮に百歩譲ってこれが自ら画策し用意したものだとしても、傍目から見れば馬鹿馬鹿しいと取られてもおかしくない程に問題の無い行為に見えるだろう。しかしなのはは愚直な迄に悪事を憎む性分故にこの程度でも卑怯と断じてしまう人間であり、一度悪事と認識した事は決して行わない・行えないのである。
なのはは以前友達に「真面目過ぎて損をする性格だ」と言われた事があるが、当の本人は一度たりともそれで損をしたと思った事は無い。どれだけ風当たりが強かろうが、どれだけ傷付こうが、それが正しい事ならば必ず結果は付いてくると思っていたし、実際にそうなっていたからだ。
しかしこの時だけは違った。なのはは生まれて初めて自分のその行いに疑問を持ったのだ。
この先何度訪れるか分からない成功率の高い告白タイム…。それを卑怯として自らを戒めるのは決して悪い事ではない。
しかし、こんな自分の性格で今を逃したら、今後これ以上の進展は有るのだろうか?
彼が自分の気持ちに気付く可能性は皆無に近く、もし仮に奇跡的に万が一気付いたとしても、あんな格闘一筋の堅物が素直に受け入れてくれるとは考えられない。
今思えば
それから更に月日が経ち、自分自身千載一遇の好機と思うこの状況がやって来た。ところがそれを自ら潰してしまった。
この時なのはは初めて自らの行いに後悔したのだ。
しかし何を思おうが後の祭り、後悔先に立たず、覆水盆に返らず。「今」という好機は二度と帰って来ない。
そんな風に普段のなのはに似合わぬ後ろ向きな事ばかり考えていると、ふと自分の制服の胸が濡れている事に気付く。
何気無く近くの窓を覗くと、そこには先程の笑顔を見せた人物とは思えない程に顔を歪ませて二筋の雫を零す自分の姿が映っていた。
それに気付いたなのはは次第に息が荒くなり、雫は量を増やし、顔が紅潮していった。
やがて嗚咽まで漏らし始め、リュウに聞かれまいと無意識に口を手で押さえるが当然それだけで収まる筈も無く、更に嗚咽が強くなる前に慌てて洗面所へ駆け込んだ。
数分後には落ち着きを取り戻したものの、これからの事を考えるとやはり泣きたくなる。
だがなのはは強い女性だった。どんな困難な道も自分で切り開いて来た彼女はここでもその強さを発揮する。
一般にも顔と名前が知れ渡っているなのはは、本人が思っている以上に時空管理局の看板と言っていい存在だ。
それ故に本局からは看板として恥ずかしくないような立ち振る舞いを求められており、本人もそれを意識して生活していた。
魔導師としての実力は勿論のこと、容姿も上中下の三段階で言えば上に入る美人であった事もあり、管理局内外で男女問わず多数のファンがいるのは当然の結果と言える。
加えて言えば誰に対しても距離を取らずに真摯に接してくるその性格も人気の秘密の一つであり、そんななのはが僅かでも勇気を出して誰かに告白すれば大抵の男は一も二もなく落ちるだろう。本人は意識していないがそれ程なのはは魅力的な女性なのだ。
しかしながらあまりにも仕事熱心で他の事は二の次な性格の為に彼女を恋愛対象として見る者は少なく、彼女自らアプローチしなければ恋愛成就は極めて難しいと言えるだろう。それは相手が闘い一筋の朴念仁であれば尚更だ。尤も、その相手も多少変わりつつあるので、微粒子レベルで希望が見えている訳ではあるが。
ともあれなのはがこのまま何もしなければ、二人の関係が発展する可能性は極めて低い。それを改めて認識したなのはは鏡の中の自分を見つめながら決意を固めた。
「私が…変わらなくちゃ…!」
新たな誓いを胸に秘め、再びベッドへ戻るなのは。
「リュウさん、起きてる?」
「………」
呼んでも返事は無い。
「これなら…どう?」
「………」
今度は丸太のように太い左腕をつついてみるが、反応は無い。
「じゃ、じゃあ…」
「………」
続いてリュウの寝ているベッドへ腰を下ろし、道着の隙間から覗かせる類人猿の如く分厚い胸板に手を置くが、やはり目を閉じたままだ。
「リュウさん」
リュウが目を覚まさない事を確認したなのはは、少しだけ笑顔を見せつつリュウへ話し掛けた。
「私ね、今はあなたに直接気持ちを伝えられる勇気はないの」
自分もベッドに横たわり、上を向いて寝ているリュウへ顔を向ける。身体を半回転させれば重なり合ってしまう程の近距離だ。
自分でも信じられないような大胆な行為に心臓はエンジンさながらに拍動し、顔だけでなく全身が赤みを帯びていく。しかし今はそんな些細な事を気にしている余裕は無い。
「だから……」
再び上半身を起こしてリュウの身体を腕で跨ぎ、顔の両側に両手を突いて覆いかぶさる。
「ほんの少しでいいから……」
顔を近付けると互いの息遣いが聞こえ、吐き出す息が頬を擽る。
なのはは一旦顔を離して一回だけ深い吸気をおこなってから息を止め、再び顔を近付け……
「私に…勇気を分けて…」
今の自分に出せる精一杯の気持ちを込め、唇を重ね合わせた。
【アナザーside…TO BE CONTINUED】
…という訳で今のなのはさんの全力全開でした。…とは言ってもまだ続くんですがね!
書き直してたら思った以上に長くなってしまったので分割してみました。