颯爽と脱出する理子を恨めしげに見送った後先ほどまでの個室に戻っていた。
(しかし何で土屋さんはあんな命令を出したんだ?)
悠斗は2回程ではあるが土屋防衛大臣に会った事がある。と言うのは義父の宗一と防衛大での同期の桜、所謂同期だったらしく二人が会う時の付添として行った事がある。その時の印象としては穏健派というものでありとてもこんな事を命じるような人には思えなかった。
(それにしても皮肉なもんだな)
防衛大の同期でありながらかたや大臣、かたや裏仕事の指揮官。どちらも大変という事に変わりないが。
そんな事を考えながら壁の液晶テレビを見ていると現在の旅客機の軌跡を指し示している。
「ん?」
気になった事がありリモコンを操作し軌跡を拡大する。
(空地島に向かってないか?)
東京武偵高校の位置する人口浮島と同じく空地島も元は空港に利用する計画があったので細長の形をしておりそれだけ見ると飛行機の着陸は可能である。アリアとキンジのどちらが考えたのか知らないが素直に感心する。
しかし空地等には大量の風力発電用の風車が設置されている上に時刻は夜、天候も恵まれているとは言えない。それに自衛隊機に撃墜されるかもしれない。
「…そこはパイロットの良心を信じるしかないか」
そもそも都内で旅客機を撃墜することはないだろう、いやそう信じたい。いずれにしろじたばたした所でどうかなるわけでもない。そう考えるとソファに身を沈めた所で衛星携帯が鳴った。
「悠斗か、今のそちらの状況は?」
保安課課長の宗一であった。心なしか声が疲れているように感じられる。悠斗は安全の確保と機体が空港予定地であった空島に向かっているらしい事を伝えた。
「…とりあえず今は羽田に戻るな。自衛隊による封鎖が始まっている、短SAMが配置された。近づいたら墜とされるぞ」
「土屋大臣と連絡は?」
頼みの綱について尋ねる。土屋防衛大臣に直に問い合わせればこの命令の真意を知る事や撤回を期待できる。
「…奴とは先ほどから連絡が取れん」
「わかりました。…!どうやら着陸するようです」
機体が徐々に高度を落としていくのがわかる。
「自分はこれで失礼します」
「……ああ、幸運を祈る」
それを最後に電話が切れた。悠斗は席に着きシートベルトを締めた。
(…こんなアホな事で死にたくねぇ)
切実な願いである。金髪アホの勘違い先祖越えに巻き込まれて死ぬなど死んでも死にきれない。
「…何とか助かったか」
発電用の風車をいくつもなぎ倒し、機体を大きくひしゃげさせながらも車輌科の協力もあり何とかこの硬着陸を成功させていた。結局自衛隊機も空地島に対する着陸を妨げることなく引き上げていった。
(キンジとアリア様々だな)
機体の完全な停止を確認し安堵のため息をついた途端携帯の呼び出し音が再度鳴りそれに応じる。
「…移動ですか?」
電話の先の宗一の命令に思わず首を傾げた。内容はすぐに指定された地点へ来いという物であった。
強硬着陸から20分後乗客の避難誘導をキンジ達に押し付けるといち早く機体から降り適当な顔見知りの車輌科の生徒を捕まえるとモーターボートで空地島を出た。武偵校の敷地内の埠頭に行くと迎えの車が来ていた。
中に入ると後部座席に高嶋、運転席には大輝が着いている。
「お疲れさん」
高嶋がニヤニヤと笑いながら言う。
「笑い事じゃないッスよ。本当に洒落にならない事態だったんすよ」
「自衛隊機による旅客機命令なんて10年ぐらい前の日本ではとても考えられんことだったな」
大輝が視線を移さずに言う。
「この国もとうとうテロとの戦いに突入ですかねぇ?」
「…それならよかったんだがな」
高嶋の声が重くなる。
「そういえば宗一課長から呼ばれてきたんですが用は何なんですか?」
「それについて指示を受けてる。今回の一件の説明も含めて俺らの仕事を説明する」
高嶋がそう言い居住まいを直した。
「…およそ30分前の話だ。前後不覚の状態に陥った土屋防衛大臣が男子トイレの個室に押し込められているのが発見された」
「その土屋大臣が今回の作戦の指揮を執っていたのではないのですか?」
「俄かに信じがたい話ではあるが偽物が入り込んでいた、という事らしい」
「…んなバカな話が…」
「俺も同じ気分だが『有り得ない』を排除して行った結果だ、そう考える他あるまい」
2,3年前ならスパイ映画の中の話だと笑っただろうしかし超能力(ステルス)という物の存在を知った以上それを笑い飛ばすことはできない。
「…それで俺達は今からそいつを確保しに行く。幸いにも今回の事件で防衛省付近で出張っていた保安課職員がそれっぽい不審者を見つけた」
「しかし何で俺待ちなんですか?」
「超能力者の可能性があるからな。お前の他にもヨアヒムとか辰云が来て周囲を封鎖している」
保安課のエース格の名前を挙げる。
「わかりました。……9㎜弾ありますか?残弾あまりないんですよ」
悠斗はホルダーから空弾倉を取り出した。
郊外のパーキングに一台の白いセダンが停められている。車内には60代の男が後方支援要員と連絡を取るために携帯を取り出した。
(クソッ!やはり無理があったかッ!)
現役の防衛大臣と成り代わるという前代未聞の任務を達成したはいいが察知されたのか脱出ルートは潰され予備プランであった某国の大使館に逃げ込むというのも完全に封じられこんな所まで逃げ込む羽目になっていた。
「チッ」
携帯を見ると圏外の表示になっている。
(これだからアジアは嫌なんだ…)
取り合えず車を出し電波の圏内に向かうべくギアをドライブに入れる。
突如、轟音と共にドアガラスが叩き割られ腕が伸びてきて首根っこを掴んだ、抵抗するも全く通じず車の外に引きずり出され近くの石段に叩きつけられ、顔面を角に叩きつけられ苦悶の叫びをあげる。そして後頭部に衝撃が走ったのを最後に彼の意識が途絶えた。
「目標を確保。回収願います」
無線でそう連絡した。雄也は足元に転がっている白人男性を蹴り転がし顔を確認した。30代半ばのアジア系、身体もなかなか締まっている。
結束バンドで男の手を拘束し再度アスファルトの上に転がす。
「うん?」
ふと顔に違和感を持ち顔を探ると顔全体と首回りまでがラバーのような質感がする。
(ラバーマスクでも被ってるのか?)
首元の留め具を外すと欧州系の顔が出てきた。年齢は40代だろうか。ふと引っぺがしたラバーマスクを見ると先ほどの東洋系の顔から無機質な質感を与える墨色に変化していた。
(…何だこれ?)
どういう原理なのかは知らないが自在に顔を変化させるマスクだろうか。驚くべき事に理子の変装術に見劣りしないものであった。
取りあえずラバーマスクをポケットにしまうと駐車場に滑り込んできたSUVに男を放り込んだ後乗り込む。
「折角一帯を封鎖したってのにあっさり終わっちまったな」
中にいた保安課員が言う。
「何もないならそれに越したことはないじゃないすか」
悠斗はそう言いつつもさっき引っぺがしたラバーマスクを取り出し被ってみる。見た目とは違い以外にも通気性が良い、それにどういう素材を使っているのか視界も明瞭であった。
「何だそれ…うぉっ!」
首元の留め具をボタン一つで絞めるマスク全体が一気に収縮する。それと同時に保安課員が奇声を上げた。
「何かありました?」
そう言い急いでマスクを取り外す。見ると先程まで墨色だったマスクが人の顔に変化している。
「…これも調べてもらった方がいいですかねぇ」
そう言いまた墨色に戻ったマスクをしげしげと眺めた。
「そう言えばこいつ何処に連れて行くんです?」
悠斗が後ろの男を指しながら言う。
「本部だよ。全く持って可哀そうな奴だ」
アルス・セキュリティー本社にある保安課はあくまで出先機関に近い物があり保安課としての本拠地が千葉の再開発の失敗した区画にある。おそらくその男は地下の窓の無い尋問部屋で72時間コースを体験することになるだろう。
「かわいそうに」
心の底からの感想であった。保安課の方針として自白薬は使わない方針なので肉体言語によるキツイ尋問が待っているのだろう。
結局尞に戻れたのは翌日の昼前であった。エレベーターが最上階に行ってしまっているので階段を使い部屋の階まで行く。非常口の扉を開けようとして手を止めた。アリアの声がする。
「…やだよ…やだよキンジ…もういない…アンタみたいな奴見つからないよ」
気配を殺し少し待っているとアリアはその場を去って行った。それを確認すると部屋に戻った。
数分後、部屋のインターフォンが鳴る。応対に出るとキンジが気だるげな雰囲気を漂わせている。
「よう」
「…まぁ、入れよ」
キンジを引き連れ居間へ行く。
「先程はお疲れさん。旅客機まで操縦できるとは思わんかった」
「いつものヒステリアスモードで乗り切ったんだよ」
キンジの根暗さが何時もより増している。
「何があったかは知らんが話したらどうだ?いつまでも湿気た面を見ていたくねぇよ」
「…わかった」
そう言いアリアと一回だけ武偵としての活動に付き合う事やアリアがイギリスに帰ってしまう事を話し始めた。
「俺はどうしたらいいんだろな…」
「好きにすりゃいいだろ」
悠斗が呆れたように天井を仰ぐ。
「ちょっと前のお前なら疫病神がいなくなったー、嬉しいなーとか言うだろ。それをしないって事はもう答えがでてんじゃねぇのか」
「…そうだな。その通りだな」
キンジが改めて確認するかのように言う。
「んじゃさっさと行って来いよ」
「そこで相談なんだがアリアが何処にいるか知らないか?ヘリで移動するらしいんだが…」
武偵校という土地柄ヘリポートが5か所点在している。どれかを特定しなければアリアを見つけるのは難しいだろう。
「俺が言えた口じゃないんだがお前もうちょいアンテナ高くしとけよ」
そう言い悠斗は携帯を取り出した。
「…はい、20分後の女子寮にヒューイが来る。ロンドン武偵庁の人間が満載?はい、ご苦労さん。それじゃ…ケガ?ないから切るよ」
尚もこちらの身を案じる声が聞こえてくる携帯の通話を切った。
「相手誰だよ?」
キンジが聞いてくる。
「中空知。ヘリの着陸するならまず通信科に連絡が行くと思って当たったら大当たり。20分後に女子寮のヘリポートだ」
それを聞くなりキンジは駆け出した。悠斗もそれを追おうとして足を止めた。中空知の言っていたロンドン武偵局の護衛と言うのがどうにも気になった。
悠斗はキンジに遅れて南端の女子寮の近くのビルに入って行った。本来は空港の施設の一つとして使われるはずだったのだろうがその計画が潰れてしまったのでただの廃ビルになっている。
階段を一気に駆け上がり屋上に出る。肩にかけたスポーツバックを降ろし呼吸を整え下を見下ろすと女子寮の屋上のヘリポートが見える。屋上にはホバリング中のヒューイと捻じ曲がったフェンスに倒れこむキンジとそれに圧し掛かるアリアが見えた。
それに対しアリアをロンドンに戻したがっているロンドン武偵局の武偵が数人ワイヤーを使い滑らかに降りてくる。
「無駄になんなくてよかった」
肩にかけたスポーツバックを降ろし中から6200gの鉄塊を取り出しキンジ達を追おうとする白人達に向かい引き金を引いた。
鉄塊―KBPモデル6G30リボリンググレネードランチャー―から催涙弾が射出され彼らの降下地点で炸裂する。
そのまま引金を引くとそれに連動し回転式弾倉が回転し催涙弾が吐き出される。
悠斗は6発全て打ち終わったグレネードランチャーをぶらりとぶら下げのた打ち回っている白人の武偵を眺めている。キンジ達は屋上から飛び降りたのを視界の端で確認していた。
(…大丈夫か)
一瞬屋上から飛び降りた事を心配するがどちらもSランク武偵、どうにかなるだろう。そう考え屋上を後にした。
尞へ戻り部屋に戻ると巫女装束に額金、たすき掛けという戦装束に身を固めた白雪がキンジの部屋の前で気勢を上げている。そして吉良邸に討ち入る赤穂四七士もかくやとばかりに扉を斬り飛ばし、凄まじい気勢と共に部屋に突入していった。扉の横の壁に張り付き耳を澄ますと金切り声と何かが壊れるような音が聞こえてくる。
悠斗は少しの間、開け放たれたキンジの部屋の入り口を眺めると部屋に戻っていった。