悠斗は開けた金庫から札束を取り出し適当にリュックに放り込んだ。
HR終了後、悲嘆に暮れているキンジを放置し部屋に戻っていた。悠斗は学校から4LDKの物件を与えられていた。本来ならば複数人で使うのだが尞に空きがある事で自由に使うのを許されていた。その物件の中の部屋の内の一つに悠斗はいた。
金を詰めると部屋の中にある幾つかのクローゼットの一つを開けると防弾繊維で編まれたスーツを取り出し着替え始めた。ちなみにこのスーツ一式、数年前まで100万近くしたらしい。今は武偵校や警察などからの需要が増え、それに伴い値段も落ちてきている。なお性能としては武偵高のブレザーと同じくらいで拳銃弾を止めるぐらいが関の山である。
着替え終ると脇の拳銃を確かめるとリュックを背負い部屋を出た。
ある貿易会社の応接室の一室で悠斗はソファに腰掛け人を待っていた。待つこと20分は経っている。普段は時間を厳守する人であるのだが何か立て込んでいるらしい。
この会社は表向きは海外から雑貨や家具を輸入しているが裏では銃器密輸や盗品の売買を扱っている。また金さえ積めば大抵の物は手に入れられる会社でありAS(アルス・セキュリティー)社とも秘密裏に提携している。
「いや、申し訳ない。少し前に飛び込みで軽機を欲しいって注文が来てね、しかも急ぎと来ている」
そう言い作業着を着た40代ほどの男が腰かける。名前は知らないが佐山と呼ばれており銃器の販売を担当しているらしくいつも顔を合わせる。
「いやいや、気にしないでください。それより注文の品は?」
悠斗がリュックから万札の詰まった封筒を取り出した。
「それについては勿論」
そう言い携えていた小さいアタッシュケースを取り出し、開いて中身を見せた。
「…手に入れるのが難しかったが他の奴と組んでギリシア警察の採用試験用に、ってことで上手く輸出証明書を分捕った」
ケースの中の硬質緩衝剤の中には二丁の黒の遊底と白銀のフレームが特徴的な拳銃と8つの弾倉が収められていた。
「それを聞く限りかなり金がかかったんじゃなですか?これだけでいいんすか?」
悠斗は封筒を差し出す。
「仕入れた数十挺の内のニ挺だ。それに君の注文はちょうどうちの会社の方針と合っていたからちょうどよかったから気にするな」
佐山が金を数えながら言う。
「方針?」
「方針ってのは、あー、ヤクザがロシアのマカロフや中国のトカレフみたいな安物を振り回す時代ってのはもう終わってるらしく高品質で弾数の多いヤツが欲しいって注文が来てるんだよね。だからウチの会社でもFNブローニングやH&Kを仕入れようって感じになってるんだよ」
確かにこの会社のラインナップは主に中国やロシアといった東側製や米軍の横流し品が主であった。
「それにしてもよく警察用なんて偽れましたね。どうやったんですか?」
「簡単だ、適当な仲介人見つけて警察幹部に金を掴ませてサインを貰う。俺が今回担当したのはスイス製の銃だったんだが全部ギリシア警察向けで買ったよ」
佐山が万札を数える手を止めた。
「しかし売る方も不審に思わないんですかね? それに企業から買うよりも中古を集めた方がいいんじゃ?」
「今は銃の需要が落ち着いちまってるからな、企業側としては少しでも売りたいから少しの事には目を瞑るさ。あと中古品の方がリスクは低いが流通量が少ない奴は自分で買い付けた方がいい」
「なるほど。……料金に問題は?」
「いや、ない。宗一さんによろしくな」
それを聞くと悠斗は席を立った。
「ああ、そうだ。今回SIGシリーズのライフルも仕入れたんだ、機会があったら買ってみてくれ」
その言葉に送られ外を出る。外に出るとフォークリフトやコンテナ車、人が慌ただしく動き回っている。ふと歩きながら倉庫の中を見るとで場違いな高級セダンの周りで防護面をつけた作業員が何やら作業をしている。職業柄ナンバープレートを眺めるとその場を去った。
AS(アルス・セキュリティー)社の本社ビルに入ると通常のエレベーターホールを通り過ぎ少し離れた所にある金属製のドアを開け中に入りエレベーターの前に立つ。見た感じ作業用、整備関係のエレベーターでないかと思わせるが階の表示や昇り降りのボタンといったあるべきものがない。
懐から社員証を取り出し壁に埋め込まれている読み取り機に翳すと中に埋め込まれているICチップが反応してエレベーターが降りてくる。
エレベーターに乗り込むと自動的に5階に向かい上がる。5階は悠斗の所属している3課のオフィスがありそこに行くにはこのエレベーターと厳重に施錠され監視されている非常階段しかない。
エレベーターが止まると防弾ガラスの向こう側にいる警備員に会釈するとオフィスに入った。磨りガラス越しにある目的の個人オフィスを見るも取り込み中らしく人影が見える。誰も使っていないデスクにリュックを置くと中から先ほど受け取ったアタッシュケースを取り出し開けた。
「次はどんな仕事かねぇ」
アタッシュケースから拳銃を取る。スイス製のスフィンクスAT2000s、9㎜弾を最大16発装填可能、チェコのCZ75を発展改良したものだ。スイス製らしい高い工作精度、堅牢さを誇っているとの評判だ。
辺りを見回すと人気はまばらである。元々三課が本拠にしているのはAC社の本社ではなく「本部」と呼ばれる郊外の施設である。本社にあるのは出先機関のようなものである。
AS(アルス・セキュリティー)社は表向きは施設警備や交通誘導を行っているが一部の警察幹部や国会議員の後押しによって設立された三課は暗殺や誘拐、恐喝といった汚れ仕事を請け負っている。
悠斗は3課に所属しておりそこから回された仕事が終わった後に上司の高津宗一に報告することになっている。
ふと目を上げると話は終わったのか人影は見当たらない。悠斗は扉をノックして入室した。
「来たか」
部屋に入ると執務机に越しに高津宗一が悠斗を迎えた。年齢は既に60に差し掛かるはずだがそれを感じさせない雰囲気を持っている。
「先日の仕事は見事だった。特に外事1課の連中が喜んでいたよ」
締まった体を紺のスーツで包み銀縁眼鏡をかけているので見た感じ銀行員にしか見えないが防衛大卒の元自衛官であり警視庁公安部にも所属していたという異色の経歴を持つ人である。
「外事1課?」
思わず声に出る。外事1課といえば「狭義のアジア」以外の国。つまりロシアや欧州、中南米、中東諸国を担当している課であり。その任務は日本で活動するスパイ組織の監視であり中でもロシア(旧ソ連)スパイの摘発を主としている。
「君が襲撃した事務所が物件を売った相手は外国マフィアではなかったという事だ。ソトイチ(外一)が今、躍起になって探しているロシア人の偽名が君の持ち帰った帳簿に載っていたらしい。やっこさんら大喜びだったよ」
宗一が満足げに鉄面皮を僅かに崩した。
「ありがとうございます」
悠斗はそう言い頭を下げた。
「さて、君には次の仕事があるがその詳細は塩原君から聞いてくれ。それとは別に頼みたいことがある」
「…頼みたいことですか?」
普段宗一から下されるのは命令であり「頼み」というのは初めてだ。
「今日、神崎アリアという生徒が東京武偵校に転入したのを知っているか?」
「ええ、同じクラスです」
「では話は簡単だ、頼みたいのは彼女の護衛だ」
「何故です?」
思わず疑問が口を飛び出す。護衛という仕事自体あまり回ってこなかった上に武偵校の生徒に護衛というのは笑うしかない。
「彼女はあるテロ組織を追って日本まで来た。彼女の一族は貴族の家系であり彼女もじきに爵位を賜ることになるだろう。そんな人物が国内で死ぬというのは例えそれが承知の上であったとしても外交上あまり好ましくない」
国外で死ぬのは何の問題もないのだが、と嘯いた。
「期間は?」
「彼女がイギリスに帰るまでだ。尚、公的機関からの支援は受けられないと考えてくれ」
「なぜです?」
命の危険のあるVIPに対して警察が動かないというのは妙な話だ。
「外務省も警視庁もボケが回ったのか護衛の必要はないとのことだ。だからこれは私個人の依頼と考えてもらってもいい」
「……受けます。しかし時間に余裕が…」
「君に回す仕事については考慮しよう。そうすれば時間は確保できるはずだ。神崎アリアについての資料は塩原君に渡してある」
そう言うと言うべきことは終わったと言わんばかりに机の上の書類を手に取った。
「…失礼します」
話が終わったと判断した悠斗は一礼して部屋を退出した。
「相変わらずだね、課長は」
「…聞いてたんですか、塩原さん」
高津宗一の補佐を務める塩原と呼ばれている男が書類ケース片手に立っていた。歳は30代半ば元は警官だったと聞く。
「聞くつもりはなかったんだが少しドアが開いててね。本当に君らは親子なのかい?」
「義理のですよ。それより次の仕事話を聞けと言われたのですが」
「ああ、それについても話そう」
そう言うと踵を返し彼自身のスペースに向かって歩き始めた。
「入ってくれ」
塩原は扉を開けると自分のオフィスへ悠斗を招き入れた。
「こいつらを見てくれ。東京武偵校所属だからお前も見たことがあるかもな」
そう言うと4枚の写真を取り出した。全員十代後半ぐらいだろうか、髪を茶髪やら金髪に染めており目つきの悪さと相まって品行方正とは言い難い。しかし確かに見た覚えがある。
「こいつらは5年前女子学生を3か月にわたり監禁した後殺害、その後死体遺棄。知らないか?当時かなり騒がれてたんだが」
「彼らを殺せばいいんですよね。基調と行確終わってます?」
「そいつは終わってるが仕事はもう少し後にした方がいい。行確やったんだが4人とも病院送りになってる。病院で殺しはマズイ」
それを聞いて思い出した。写真の4人組、よく見たら今朝叩きのめした不良だった。
「んでこれは基調の結果だ。読んだらシュレッダーにかけとけ」
「わかりました。ではこの仕事はもう少し先に行うって事で大丈夫ですか?」
悠斗が書類ケースを受け取る。
「ああ。期限が指定されてるわけでないからタイミングは君に任されてる。ただ絶対に殺してくれ、との事だ」
「……もちろんです」
そう答えると部屋を出た。
「遺族かな」
エレベーターに乗り込んだ後思わず呟く。この会社は基本は警察絡みの仕事が多いが内容によっては暴力団。仲介者を通して民間からの依頼も来ることもある。
(大切な人を失う、という事はどんな気分なんだろうか)
そんなことを考えながら1階に降りたエレベーターから外に踏み出した。