随分と暗くなった空を尻目に男子寮に入りエレベーターで上がる。少しずれたリュックを直し降り角を曲がると武偵高の生徒が扉の前で途方に暮れていた。
「キンジか?」
位置的に考えると悠斗の部屋の二つ隣、背丈的にも考えると恐らくそうであるはずだ。
「悠斗か…」
夕闇の中から歩み寄りそう答えたキンジの顔はひどく疲れていた。
「飯食った?」
悠斗が冷蔵庫を漁りながらキンジに聞く。
「あ、ああ。俺はもう済ませた」
キンジが居間のソファに腰掛けた。
「それじゃ何があったのか聞かせてくれないか。部屋に帰れないってどういう事だよ?」
キンジにコーラのボトルを渡し、悠斗は解凍した炒飯をぱくつき始めた。そしてキンジは語り始めた。
「朝はUZI載せたセグウェイに追っかけ回され、放課後は転校生に押しかけられる、か。去年から思ってたんだがお前ってトラブルメーカーだよな」
悠斗が空になった皿をテーブルの上に置いた。
「待て、言うほどそんなにトラブルなんてなかっただろ」
キンジがコーラを呷り言う。
「いやいや、去年の8月だったか? 強襲科の強化合宿に行った時パンダ見つけただろ」
「ああ、あれか。密貿易検挙の増援に行った時の話か」
キンジも懐かしそうな顔をする。合宿の途中で大規模な密貿易のタレコミがあり増援として近くに来ていた武偵校の生徒の中から二十数人が選抜されその摘発に向かった。その結果幸いにも負傷者は出たものの死者は0人。密貿易に関わっていた者は全員逮捕された。そこまではよかった。
「あの後はホント大変だった。あの後、しばらく合宿所に軟禁状態だったな」
「外務省から来た役人に何やら色々書かされて何もかもが終わったら夏休みも殆ど終わりだったな」
しかし密輸品の中にジャイアントパンダの子供が発見されてしまった。厳重に保護されているパンダが密輸されていたという事で上へ下への大騒ぎになり情報統制が敷かれ悠斗たちはこの事を言外しないという誓約書を書かされ解放されることになった。
後で風の噂で聞いた所、金持ちに売るためにパンダを輸入したとの事であった。
「夏はパンダ事件。秋はダンプ。あと入学したての頃、蘭豹を煽ってたろ。あと他にも色々あったよな、あの手のトラブルお前といる時だけ起きるんだが」
「蘭豹の事は悪かったと思ってる、てかダンプってなんだ?」
キンジが首を傾げた。
「暴力団の事務所の手入れの報復でダンプにカマ掘られたの忘れたか、車の長さが半分になったんだぞ」
「…………そんなのもあったな」
キンジがどことなくばつの悪い顔をする。
「今までのと比べれば女子と同棲するくらいどうってことねぇだろ、2,3か月もすれば向こうも飽きて出ていくさ」
「まぁ、そんなもんか。とりあえずは様子を見てみるよ」
そう言うと深くため息をついた。
それから新しいクラスの編成や春休みにあった事を話している内に一時間ほど過ぎた。
「……そういえばこうやって話すのは久しぶりだな」
キンジがポツリと言う。
「お前の兄さんが亡くなってから引き籠もってたよなお前」
キンジは昨年兄である遠山金一をシージャックで亡くしている。金一さんは昨年の冬シージャックから乗客を救おうと奮闘し、その挙句殉職した。
「そう言うお前も殆ど見かけなかったが何があったんだ?ほとんど学校にも行ってなかったらしいが」
「2,3月は仕事がめちゃくちゃ入ってたんだよ」
「前言ってた会社からのか……何にせよ話せてよかったよ。またな」
キンジがそう言い部屋を出た。
キンジが出て行ったのを見届け鍵を閉めるとリュックを拾い上げ中から書類を取り出す。量にして20枚ほどだろうか、最初の一枚を手に取って見る。
―神崎・H・アリア
専攻は強襲科、ランクはS、若干14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパを中心に活動している。狙った相手は武偵法の範囲内で99回連続で逮捕、今まで逃げ切れた犯罪者はいないと言われている。二つ名は『双剣双銃のアリア(カドラのアリア)』、また彼女自身はハーフである上に武偵の始祖と謳われるシャーロックホームズ曾孫であるらしい。なお他のホームズ家の人間とは疎遠であるらしい。
最初の一枚は本人のプロフィールが記されておりそれを大雑把に要約して頭に叩き込む。2枚目からは本人が今まで参加した作戦や賞罰などが延々と続いていた。
「すげぇSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)とSBS(英国王室海軍海兵隊特殊船艇部隊)での研修経験アリかよ」
A4用紙を捲っていくとベルファストで起きたIRAによる爆破テロやオマーンでのイギリス軍兵士殺害といった目を引く事件に関わっていたことを示していた。にわかに信じ難い。疑うわけではないが誇張が入っているんではないかと思ってしまう。
「……ん?」
捲っていくと延々と続いていた神崎アリアの事件簿が終わると内容が変わった。アリアの母親に関する物であった。
―日本での武偵殺しを始めとした世界各国で起きた有名な事件の容疑をかけられて逮捕。現在は裁判で争っているとの事だった。
先を読み進めると悠斗でも知っているような事件が羅列しており、それらに神崎アリアの母が深く関与しているという事をプリントが述べていた。
それを読んで疑問に思ったのは悠斗は神崎かなえなる人物の逮捕を聞いたことがないということである。これでも一応は裏社会に片足突っ込んでる身としては伝わってきてもおかしくないものであり、それ以前にマスコミが大騒ぎしていてもおかしくない事柄である。
「知る必要はない、か…」
立ち上がり十代の男子の部屋には不釣り合いな最新式のシュレッダーのスィッチを入れると神崎アリアに関する調査書類を突っ込んだ。
「どう接触した物かなぁ」
そう呟くとシャワーを浴びるべく浴室の方向に足を向けた。
神崎アリアは自室でパソコンのモニターと手元の書類を交互に眺めていた。遠山キンジと体育館で接触した後にS、Aランクの武偵科、諜報科の武偵に遠山キンジの武偵活動に対する調査を命じ、その結果夜までには成果が届けられていた。
依頼したのは遠山キンジの武偵活動についてだがついでに遠山キンジが一年の頃、主に一緒になって活動していた武偵に対しての調査も頼んでいた。
達成した任務、手に入るだけの戦闘記録映像、そう言った物を金に糸目をつけず集めるように依頼しただけあって質と量を兼ね揃えた情報がすぐに集まっていた。
一年の頃共に活動していた武藤剛気、不知火亮。確かに彼らは同世代の中でも一つ頭が飛び抜けている。しかし強襲科の高津悠斗、色々な面でおかしい所がある。
まずは任務達成歴、これが学園の公式記録にほとんど残っておらずSランク諜報科が集めてきた細切れの情報を見ると政府や警察に特別な関係を持っていなければ受ける事が出来ないものであった。
そして今、モニターに映し出されている監視カメラの物と思しき解像度の低い動画。時間にして20秒に満たない物であるがアリアを驚愕させるのは十分であった。
背景から察するにどこかにクラブなのだろうか?黒っぽいTシャツに過多なアクセサリーを着けた男が疾いジャブから鋭いフックを対面している男に叩き込む。
しかし対面にいたジャケットを着た男はジャブを軽くいなした後突如として消えた。
否、消えたように見えただけであってジャケット男は蛇のように懐に入り込み顎に掌底を叩き込み相手をふらつかせると十分な溜めの入った右上段蹴りで相手をずしりと沈めていた。
「すごい…」
巨体にも関わらず目にも止まらぬ俊敏さを見せつけたジャケット男―高木悠斗―の技術もさる事ながら、相手の黒Tシャツ男は数年前、暴力沙汰で引退に追い込まれるまでボクシングのヘビー級のチャンピオン候補とまで謳われた男であった。
高い戦闘能力と政府に対する特別な人脈。この国において彼らと戦うには有用な人材ではないだろうか。
(…自分で確かめる必要がありそうね)
そう心中で呟くとノートパソコンを閉じると席を立った。