3日後、武偵校のC棟の一室に開かれたバスジャック事件捜査本部に悠斗はいた。 辺りには早朝にも関わらず多くの生徒が動き回っている。同じ武偵がやられたという事もあり皆非常にやる気がある。
その片隅でテンションが低い悠斗が鑑識科が徹夜で作り上げた調査報告書を読んでいた。ペットボトルのお茶を一口飲むが何の味もしない。日によっては五感の調子が狂う事があり特に味覚が顕著である。
今朝は特に酷く朝食を食べても消しゴムを食べているような気しかしなかった。おかげで朝っぱらからローテンションであった。
「…これは無理じゃないかなぁ」
調査書を呼んで呟く。犯行に使われた車は全て1,2年前の盗難車、パソコンは昨年群馬県の家電会社の倉庫からの盗品、銃に至っては出所が掴めない有様であった。これでは遺留品から犯人の手掛かりを掴むのは難しいだろう。
気になるのは使われた銃のラインナップである。イスラエルのIMI社の傑作であるUZI短機関銃、67式軽機関銃、RPD、PKM。そして各銃の弾薬が数百発。今の日本では拳銃程度なら簡単に買えるが機関銃類は非合法に手に入れるしかない。
今の東京というより日本全域では暴力団同士の取り決めにより非合法に武器を買える所は限られている。その協定を破って武器を売ろうものなら即怖いお兄さんたちが大挙して押しかけて来ることになる。
(…ならダメもとで当たってみるか)
普段銃器を入手している貿易会社に電話を掛けた。
「…確かに我々は銃を売った。だが車とパソコンは別の調達屋だろう」
佐山が言葉も重く口を開く。
「依頼者は誰です?」
「それは言えんよ、銃の事を認めたのも君が宗一さんの息子さんだからだという事を忘れないでほしい」
最もである。口が軽かったら問題である。
「って言ってもそちらで売った商品が武偵相手のテロに使われたのはマズイっすよ。皆、血眼になってます」
「…注文主は昔からの付き合いの顧客でこんな事に使うような奴ではない。」
「……注文って直に会ってしました?」
屋上への階段を上がる。
「いや、電話だ。だが声も口癖も確かに彼であった」
佐山はその顧客と私的な付き合いがあるのか言葉に熱が入る。
「……その人に本当に注文したか確認してみてください」
そう言い電話を切る。悠斗は昨年ある事件で自由に顔や声を変え他人に化ける事の出来る奴と関わった事があり今回はそいつのような技能を持つ奴が関わっているのではないかと考えた。
普段なら武偵高の事件にあまりかかわる事がないのだが知り合いが多数関わっているので少し調べようという気になってきた。
「そろそろ時間か」
腕時計を見て呟く。アリアがイギリスに一度帰ると言うので送迎を買って出ていた。
(…社用車借りてこないとな)
自分の車が昨年廃車になってしまったので自前の足がない。
「というかキンジに何も言わなかったのか」
羽田空港の出発ロビーにて悠斗が呆れたようにアリアに言う。かなりご執心だったにも拘らずキンジには何も言わずに来たらしい。
「アイツはもういいのよ!」
怒ったようにアリアが言い悠斗からスーツケースをひったくる。
「なら良いんだけど」
アリアがずかずかと足音を鳴らし進んでいく後を追う。
「…ここまででいいわ」
アリアがロビーの半ばで足を止める。
「あなたと会えたのは本当に嬉しかった。できれば一緒にチームを組んでみたかった」
アリアが手を差し出してくる。握手なのだろう。
「…それはこっちも同じだ真面目にやって攻めきれなかったのは初めてだった」
握手に応じようとするが身長差が激しく少し屈まねばならなかった。それに気づいたアリアが顔を引き攣らせたがそれをスルーし握手に応じた。
「…じゃあね」
アリアがそう言うとキャスター付きのスーツケースを転がし搭乗口に向かっていった。
「にんむかんりょー」
気を抜きアリアに背を向ける。アリアの乗る機体が爆弾で吹き飛ばされない限りアリアが国内で死ぬことはないだろう。よって課長からの任務は達成したも同然である。
「…本当に残念ね」
アリアは搭乗口で後ろを振り返り遠ざかりつつある大きな戦果を見て呟いた。能力は今まで見てきた武偵や軍人の中でも群を抜いていた。できるならイギリスにも着いてきて欲しかった。しかし日本政府の回し者という可能性が捨てきれない以上それは躊躇われた。
(バカキンジはなんで…)
アリアはこの国で出会ったもう一人のチーム候補を一瞬だけ思い出したが振り切るように首を振ると搭乗口に入って行った。
悠斗は足取り軽く帰路についていた。アリアとの決着を付けられなかったのは心残りではあるが護衛と言う性に合わない任務から解放されたのは中々に嬉しい。
そんな事を考えていると遠くから武偵校の制服を着た男が走ってくるのが見えた。
(ウチの生徒か?)
どこかで見た顔だと思ったらキンジである。あの何時ものやる気のなさがどこかに行ったかのように切羽詰った顔をしている。
「…!悠斗か、何で…いや、それより来い!」
キンジが袖を引っ張るが事情が読み込めない。
「アリアの見送りなら俺はもう行ったよ。急いで行って来い」
「違ぇよ!アリアの飛行機が武偵殺しの標的にッ!」
それを聞くなり悠斗は踵を返し先ほどの搭乗口向けて駆け出し、キンジもその後に続いた。
「…不審物というのはどれです?」
空のスイートクラスの個室でスカイマーシャル(航空機警乗警察官)が荷物棚を覗きこみながら怪訝そうに言う。
添乗員に扮した峰理子は消音器を取り付けたコルト・ウッズマンを取り出し警察官の足の右膝裏に向け弾倉の中身を全弾撃ち込む。
「ヅアッ!」
防弾スーツだったのか流血は見られない。しかし防弾装備越しとは言え関節部を撃たれ痛みで立ち上がるどころの話ではない。それにも関わらず体勢を整えようとしている辺り流石は精鋭といった所だろう。
相手が立ち直る前にジャンプし両足を首に絡めて足の力をフル活用し首を絞める。傍から見ると現役女子高生の腿で首を絞められるというのは幸せそうに見えるが腕力の三倍の脚力での首絞めは脱出不可だろう。その証拠にスカイマーシャルの顔が赤黒く染まりもがいているが徐々に力を失っていく。
警官が意識を失ったのを確認すると耳を澄ませ乗務員や乗客が異変に気付いたか探るがその様子は見られない。念を入れてサブソニック弾を使ったのが良かったのだろう。
「らっきー」
スカイマーシャルの懐から最後まで取り出そうとしていたSIGP229が転がり落ちる。それを拾い上げ弾倉を改めるとフランジブル弾(紛体金属を押し固めた弾丸。硬い物質に当たると砕け散るので室内や航空機内で使われる)が装填されている。
「それにしてもゆーゆーも来ちゃうとはなー」
先ほど制止を振り切り機内に入ってきたキンジと悠斗を思い出した。悠斗はこういった事に首を突っ込むタイプではないと思っていた。
「…でも何だかんだ言ってゆーゆーは優しいからしょうがないか」
そういえば彼はそうだった。昨年何の見返りもないのに危険を試みずに私を助けてくれた。
「使うつもりはなかったんだけどな…」
スーツケースを引っ張り出し開けるとチェコ製のVz25SMGを引っ張り出した。
「いくら悠斗でもこればっかりは邪魔させないよ」
添乗員に武偵手帳を見せ無理やり旅客機に押し入り捜索を始めたがこの機に乗っているはずのスカイマーシャルが見当たらない。小柄な添乗員に聞いたが少し前から姿が見えないとの事であった。
(もしかしてもう武偵殺しによって排除されたか?)
そんな事を考えた矢先に仕事用の携帯が鳴った。
「俺だ。依頼人に注文を確認したんだが覚えがないとのことだ」
武器商の佐山であった。ということは声帯模写をできる奴が知己を装って佐山に武器を注文したのだろう。
「…依頼人は?あと注文内容を」
「代理人を複数人通してるらしく誰かは分からん。品は先日使われたもの以外にチェコ製のVz25、シュタイヤーSSG69スナイパーライフル、AAM52機関銃。その他にも軍用プラスチック爆薬3キロ、弾薬。いや、それ以外にも2個分隊編成できるだけの銃火器だ」
思わず唾を呑む。武偵殺しが単独か複数なのかもわからないが最悪空飛ぶ精密機械の中で重武装したテロリストと銃撃戦を繰り広げる羽目になる。
「…ありがとうございます。では、また後で」
「詳しくはわからんが幸運を祈るよ」
こちらの声から緊迫した状況を察したのか佐山はそう言い電話を切った。
「あの、武偵さん!」
電話をしまい後ろを振り向くと先ほどの小柄な添乗員がいた。
「警察官の方が…動かなくて…」
どうやら武偵殺しの方が一足早かったようだ。
「…気絶してるだけか」
首に圧迫痕が残っている所から首を絞められたのだろう。しかし何で絞められたのか見当がつかない。
「最初に見つけ…」
その時後頭部を針に突かれたような痛みに襲われた。
瞬間的にリミッターを解除し跳躍し壁を蹴り部屋の奥に着地する。室内での無理な動きにより体のあちこちをぶつけた。
その瞬間先ほどまで悠斗がいた所に銃弾が突き刺さった。発砲音は拍手程度の物であった。
(22口径?)
射手は悠斗を案内した添乗員であった。
「やっぱりゆーゆーにはこの手の奇襲が効かないねー」
添乗員の声が先程の凛とした物から聞き覚えのある物に替わっている。
「…理子か?」
「そーだよ。会えて嬉しい?」
添乗員が顔を弄りラバーマスクのようなものを引っぺがす。理子お得意の変装術だ。
「折角ゆーゆーと会えたんだしもっとゆっくり話したかったんだけど今日はもう退場していてね」
そう言うなりSIGP229を取り出し引き金を引く。発砲音が機内中に鳴り響く。それに呼応するかのように雷鳴が響き渡る。
(もっと弾を持ってくるんだった)
猛射で理子を個室に釘付けにしながら思う。理子が買い付けた銃器をどれほど持ち込んでいるのかは不明であるが使われたら火力負けするのは明らかである。
(あいつの超能力は問題視しなくともいいか…)
素早く弾倉を変えつつ思う。昨年のある事件で初めて超能力という物を目にし理子がその使い手という事も知ったがそこまでの脅威にはならないと感じた。というのは彼女の能力は頭髪を自在に操る能力であり不意を打つぐらいにしか使えず髪が保持できる重さというのもたかが知れていた。
(このまま時間を稼ぎキンジ達を待ち確保する)
悠斗は雷鳴をバックミュージックに射撃を再開する。発砲が起きてるにも関わらず駆けつけてこないキンジを待ちながら。
「…なーんて思ってるんだろうな。ゆーゆーは」
理子はスカイマーシャルから奪った弾の尽きた拳銃を放り捨てた。
自分の能力は髪を操る、ただそれだけである。それ故、戦闘では初見での奇襲ぐらいにしか使えない。
「前と同じとは思わないでね。くふふっ」
そう言うと同時にサイドテーブルの上に置いてあったVz25が黄金色の一房の髪によりふわりと浮きあがった。
(アリア達が来る前に終わらせないとなー)
悠斗が来るとは思っていなかったのでそこまで銃は持ち込んでいなかった。そもそもアリアが帰国するのも想定外であった。
雷鳴と発砲音が鳴り響く機内でそんな事を考えつつも髪を操作した。
(キンジは何をやってるっ!)
残りの弾倉が2つになった所で心の中で毒づいた。キンジはアリアの護衛に客室に行ったはずでありすぐ近くにいるはずにも関わらず姿が見えない。
幸いと言うべきか理子は散発的な発砲を行うぐらいで理子を部屋に釘付けにするという狙いは達成できている。そんな中ふわりと短機関銃が開け離れた入り口に浮かんでいる。
「?」
疑問に思う暇もなくVz25から9㎜弾がばら撒かれた。
階段の一階部分で悠斗は痛む身体の各部を堪え一階のバーに駆け込む。
「ああ、クソッ!」
無理な姿勢で跳んだので受け身を取りきれずあちこちを打っていた。
「おい、悠斗!何が起きてるんだ?」
「武偵殺しなの!?」
キンジとアリアがバーの反対側がやって来る。
「遅ぇよ、何やってたんだ」
「アリアが雷を怖がッ…」
悠斗の苛立ちに対しキンジが答えようとするがアリアがキンジの脛を蹴り飛ばした。
「…それよか理子は任せた。俺は操縦席を見てくる」
残弾が心もとなかったので2人と合流できたのはよかった。
「何で理子が…?」
「まさか武偵殺しって…」
2人が口々に言うがそれを遮った。
「そこらへんは本人に聞いてくれ。理子は短機関銃持ってる」
それを聞くなり二人が障害物を確保するべく駆け出した。
「ゆーゆー、どこー?」
理子がふざけた調子で呼びかけているのが聞こえる。それを尻目に悠斗はバーの反対側の入り口から出た。
(操縦席は無事であってくれ)
心の中で嘆く。さもなければ春の海で着衣水泳しなければならない、というよりコンクリートと化した海面に叩きつけられ即死すること間違いなしである。