魔法科高校の錬金術師   作:藤宮一樹

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第1章<四校襲撃>
プロローグ


魔法。

それが伝説やお伽噺の産物ではなく、実際に存在するとわかったのは何時のことだったのか。

確認できる最初のきろくは、西暦1999年のものだ。

人類滅亡予言を実現しようとした狂信者集団による核兵器テロを、特殊な能力を持った警察官が阻止したあの事件が、近年以降で最初に魔法の存在が確認された事例とされる。

しかし、それは確認されたに過ぎない、魔法という存在はこれよりも遥か昔から存在していた。

現代風に言えば古式魔法。

古式魔法を使う人にしてみれば自分達の魔法こそが真の魔法だと言うだろう。

現代魔法は端的に言ってしまえば、『超能力』の延長である。

『超能力』を持つ者、才能を持つ者のために技術体系化されたものが現代魔法だ。

それ故に、才能を持つ者にとっては手軽な技術であり、才能を持たない者にとっては困難な道である。

それは決して才能を持つ者が楽をしている訳ではない、才能を持つ者だって血の滲むような訓練を積んでいる。

しかし、才能を持たない者がその100倍の訓練を積んだとしても才能の壁を乗り越えられないのも事実。

その反面、古式魔法は訓練を積めば結果はついてくる。

確かに、古式魔法の世界にも才能有無はあるし、その有無の差も絶大だ。

だがそれは努力でどうにかなってしまう。

その理由は思いの強さ。現代魔法的に言うと、想子《サイオン》。

想子《サイオン》の保有量も才能の一部であり、その量は変わらないとされている。

しかしそれは現代魔法理論であり、古式魔法の理論は少し違う。

想子《サイオン》は精神から生まれるものであり、精神が枯渇しない限り想子《サイオン》を生成し続ける事が可能とされている。

現に、軽度の想子《サイオン》枯渇であれば想子《サイオン》量は元に戻る(重度の想子《サイオン》枯渇は精神その物の枯渇であり、枯渇した精神は元には戻らない)。

そう考えると思い、想子《サイオン》を扱う古式魔法は現代魔法ほどの才能差は生じない。

今上げた事例は現代魔法と古式魔法との星の数ほどある違いの一つに過ぎない。

そもそも、古式魔法と一言で言っているが、その中でもかなりの種類に分けられる。

魔術、黒魔術、神器魔法、妖術、結界術、精霊魔法、召還術、呪術、魔導等々

この他にもあるが、上げれば切りがない。

そんな多くの古式魔法の中でも特殊で異端である魔法

 

錬金術

 

錬金術はどちらかと言うと学問の性質が強い。

現代の科学や化学《ばけがく》力学などを研究していたのだから学問の性質が強いではなく、学問と割り切ってしまってもいいかもしれない。

実際に最後の錬金術師と呼ばれてる、アイザック・ニュートンが万有引力を発見してから錬金術は終わりを迎え、ニュートン力学が主流となった。

学問の性質が強い錬金術だが魔法とかなり深い関係にある。

錬金術師を中心に魔術結社が創立されるほどだ。

錬金術師達は常に最先端の科学に魔法を取り込むことによって新しい技術を編み出してきた。

しかし、錬金術が終わり、ニュートン力学が始まると同時に錬金術師達は表舞台から姿を消し、魔術師同様裏世界で動くようになった。

しかし、そうなると伝承してきた技術や伝統が闇へと消えてゆき、失われていった。

そして、数々の錬金術師の一族は途絶え、今では数えるほどしか残っていない。

 

そんな数少ない錬金術師の末裔の兄妹が現代魔法の最先端、魔法科高校に入学する。

平穏だった学びの園に二人の兄弟が入学したときから、波乱の日々の幕が開いた

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