のんべんだらり狩猟紀行 作:手巻きおにぎり
「よし、お前、武器変えろ」
「いきなり何を言いやがりますかねあなたは」
『試験』と称して連れてこられたベルキュロス狩猟、一時間近く時間をかけて漸く終わったすぐのことである。俺は切り立った谷や崖の多いここ『渓谷』にて、師匠たるブローダさんと話をしている。
開口一番に「武器変えろ」ってのは、いくら温厚な俺でもちょっとムカッてきちまうぜ?まぁ確かに俺の腕はまだまだだろうけど、だからっていくらなんでも「武器変えろ」は無いだろー。
「使っててわかんねェのか?お前に太刀は合わん。双剣、いや片手剣がいいだろう」
「片手剣、ですか・・・?」
これまたどうして、片手剣なんだ。片手剣と太刀は働きは似てないとも言えんが、動きは全くもって違う。その前の候補に双剣が入るってことは、『もっと軽く動け』ってことなんだろうか?理由がしりたい。
「それまた、どうして?」
「言わなきゃわかんねェようなら辞めちまえ」
ぐふっ、手痛いカウンターを食らっちまったぜ。まぁだけど一理あるかな。人にばっか頼ってちゃいけないしな、考えてみるとしよう。
・・・。
「太刀の長い刃渡りが邪魔、といえば邪魔になってます。取り回しが悪い。半年使ってきて恥ずかしい限りですが」
「合わねェもんは何年使っても合わねェもんだ、気にすんな。そーゆーときはサッと見切りつけて乗り換えりゃァいいんだよ。っつー訳で次は片手剣使ってみろや」
「えー・・・、いやわかりましたよ、使ってみればいいんでしょう使ってみれば。そんなに凄まないで下さいよ怖いです」
「ゴチャゴチャ言わずにそうやっときゃいいんだよ」
そう諦めて、フッと地面に影が差した。雲でもかかったかと上を見れば、そうではなくて、丁度太陽が上ってる位置に光を遮るものが現れた。ゆっくりと高度を下げてくる。
尖ったシルエット、大きな翼、それからのびる細長いもの。間違いない、さっき俺が必死の思いで狩ったベルキュロスと同種個体だ。それがまたこの場所に飛来してきやがったのだ。
「ど、どうしましょうかブローダさん。逃げた方がいいんじゃないですかコレ」
「てめェなにこんなザコにびびってんだよ。まァいいや、向こうから来てくれたってんなら丁度いい。片手剣の戦い方のお手本ってもンを見してやろうじゃねェか」
そう言ってブローダさんは左腰にぶら下げている小太刀をシャラリと引き抜いた。そして今まさに地面に降り立ったベルキュロスへと一瞬で距離を詰めたのである。
そっから先はまさに蹂躙。鞭のようにしなる副尾をわずかな動きで避け、雷撃を浴びせられる前に懐に潜りベルキュロスの視界から消え、握る小太刀で一閃するとベルキュロスの体はくの字に曲がる。
堪らずベルキュロスは後ろに下がるが、ブローダさんは近寄ってきた首に小太刀を差し込む。瞬間、ベルキュロスの首から血が吹き出た。刺さった小太刀を上に振り上げ、首の血管を引き裂いたのであろう。その後、ベルキュロスはろくな反撃を出来ぬまま死んでいった。
虐殺を終えたブローダさんがこちらに戻ってくる。その姿に出発する前との差異は全くない。返り血すら浴びなかったのだ。
「ほらよ、ざっとこんなもんだ。簡単だろ?」
「ちょっと何言ってんのか良くわかりませんね」
副尾をわずかな動きで避ける?あの一般人の目にはぶれて見えるほどの速さのをどうやって。
雷撃を浴びせられる前に懐に潜り込む?あれは人間が初動を確認して一歩踏み出すまでには受けられる攻撃なんだが。
小太刀の一撃でモンスターの体を僅かでも浮かび上がらせる?モンスター、それも大型の体重なんて軽くても百は超えるレベルなんですがそれは。
刺し込んだ武器を振り上げて首を一閃?そんなことが出来るやつはもう駆け出しじゃないだろう。
ほら、どこにも簡単な所なんてないじゃないか。冗談にしてもきつい、とんだブラックジョークだ。ハハハ、笑えねぇ。
「は?お前こんなんも出来ねェのか?狩りテクのイロハのイ、基本のきじゃねぇか。お前よく今まで生き残ってこれたなァ?」
「世紀末の基本を現世に持ち込むの止めてくれませんかねぇ!?」
ここは地獄じゃねぇんだよぉ!!
「まァ、冗談はさておきだ。せめて相手の懐に潜り込むまでは出来るようにならねェと、この先マジで生きてけねぇから。その辺、ビシバシ鍛えてくから、そん気でなァ」
「うっそだろぉ・・・」
「安心しろ、本気だ。んじゃあ先ずはレッスン1、次に来るモンスターの攻撃を掻い潜り、三十分間ずっと敵の間合いの中にいろ」
「えっ、ちょ、それきつ」
「ほら、ゴチャゴチャ言ってる暇ねェぞ。お客さんの登場だ、拍手で迎えてやれ」
瞬間、足元にズゥンと震動が伝わる。何が来たんだろうか、
「金っ・・・!?」
「ほぉ、こいつァ珍しい。金色のラージャンなんてここら辺にもいたんだなァ。ほら小僧なにぼさっとしてんだよ、早く始めろ」
「ら、ララ、ラージャンって!あ、あのラージャンですよね!?いやいやちょっと待って俺まだ死にたく」
「うっせェ。さっさと始めろ」
「くそぅこうなったらやけだッ・・・!」
伝わる相手のいない悲壮感を撒き散らしつつ太刀に手をかける。
「ええぃ死なば諸とも・・・!」
「あ、武器で攻撃するの禁止な」
救いは無かった。
始まってからどれくらいたっただろうか。俺は未だにラージャンの致死攻撃を避けきっている。奴はイラつき怒り浸透で、その無尽蔵なスタミナをフル活用して俺を殺しにかかってきてる。
思考を放棄して、勘と本能を使って避けていく。相手の動きを予測して、安全であろう場所へと移動する。しかし相手もそれを見て学んでいくわけで。こちらの動きを逆に予測されるのも近いと思う。
さてどうしようかと考えて、ラージャンの右フックをしゃがんで避ける。そのまま体の下を潜って後ろに回り込んだところで、ラージャンは俺から大きく距離をとった。
「うっし、三十分終了な。おい小僧、武器貸してやるからこいつに止めを刺してみろ」
そう言って出されたのはブローダさんの小太刀。確かにこれなら甲殻を持たないラージャンを切ることは十分可能だろう。けども──
「こういうのって有りなんですかね?上級者が武器を下に渡す、とか」
「ばれなきゃいいんだよばれなきゃ。それに貸すだけだ、後でしっかりと返させてもらうぞ?」
合法ならそれでいい。もう開き直った、やるならとことんやってやる。受け取った小太刀をぎこちなく構えてラージャンへ向けて走り出した。
避ける要領は今まで通り、そこに『隙をついて攻撃』ってのが追加されただけだ。三十分体を慣らした今なら出来なくはないだろう。
パンチを避けて浅く一閃。のしかかりを避けて大きく一撃、震動をジャンプで避けるのも忘れてはいけない。ブレスは体の横側へずれて腕に一閃。
一閃、一閃、一閃・・・。
ドスリ、と一際大きな衝撃が伝わる。次いでラージャンの崩れ落ちる音と震動、息絶えるラージャンの姿を確認した。
「え。って、え、ちょ、あれ?」
どことなく現実味を欠いた光景だ。ありのまま言葉にするのなら、必死に攻撃を避けながらちまちま切ってたら相手が死んでいた、って感じだ。時間跳躍とか、超スピードとか、そんな感じの何かを受けたような気分だ。
「んだよ、湿気た顔してんじゃねェぞ。初めての討伐だろ、嬉しくねぇのか?」
「え?あ、・・・いえ。嬉しい、嬉しくないというか・・・、本当に、これを、俺が?」
改めて死骸を確認してみる。腕や足、体のいたるところには小太刀の仕業と思しき裂傷があり、死して尚血を垂れ流し続けている。一際大きい傷は首もと。そこから流れる血は顔の周りに血溜まりを作っている。
そう、これは小太刀の過剰火力によるもの。純度十割俺の力ではない。なら、大きく喜ぶというのは間違っているのではないか?そんなことを考え始めると、きりがなくなってくる。
「殺ったのはおめェだ、間違いなくな。誇りやがれ、いくら武器が武器でもそん年で狩ったのは快挙だ」
「そりゃこんな年でラージャンに喧嘩売る自殺志願者なんていないでしょうしね!」
とんだドS師匠もいたもんだ、くそっ!
「はっはっはぁ!!まあそうとも言うがなァ!ま、てめェの命だけはしっかり守ってやっから、安心しろや」
「つまりそれは命以外のすべてを賭けろってことですかァーー!!」
俺の絶叫が渓谷を木霊した。その後、俺の声に呼ばれた大型モンスターと連戦したのは、どうでもいい話かな。
それから暫くは地獄の特訓が続いた。
「おら速く走んねェと食われちまうぜぇ!!」
「おぉぉぉぉぉぉぅあぁぁぁぁぁぁ!!!」
ある日は砂漠でティガレックスと命がけの徒競走をしたり、
「ぬおぅわ!っ、やっぱこれは無理ですって!なんかもーちょい安全なのお願いしますよぉ!」
「甘っちょろれェぞぬるまがァ!男なら命懸けで戦えェ!!」
ディアブロスの突進を避けながら一撃決める練習をしたり、
「おぅ、前からも後ろからも来るぞ、気をつけなァ」
「一対二とか卑怯でしょこれェ!?」
オルガロン夫妻やゴウガルフペア相手に挟み撃ち対処の練習なんてものもした。どれもこれも比喩じゃなく死にかける程のものだったが、なんとか俺は生き延びた。よくやったよ、俺は。
そんなこんなで一ヶ月、個人的には命がけな、しかし全体的には平和に時は過ぎていった。いや、もしかしたらその平和のなかを猛毒が人知れず巡っていたのかもしれない。
とにかく、俺達が平和の中の異常に気がついたのは、今まで変わりなく続いてきた、とりとめのない日々の中なのであった。
その日は確か、例の回避練習をギザミでやるために沼地に行ったときだった。
ベースキャンプに着いたとき、辺りは妙に静かだった。いや、その時はその違和感に俺は気がつかなかったのだが、ベースキャンプでブローダさんが言ったことだけははっきりと覚えている。
「いいか、念のため確認しておく。もしお前が手に負えない奴が出てきたら俺に投げろ。俺が『逃げろ』といったら一も二もなく逃げろ、いいな?」
その時はしっかりと理解して頷いたのだが、俺はやはり心のどこかで慢心していたのだろう。そんなこと起きるわけがない、と。なんのかんの言って俺は悪運は強いんだ、と。
狩猟の地では何が起きるかなんて、分かる訳ないのに。
始まってすぐに変に思ったのは、小型モンスターがあまりにも少ない、ということ。縄張りを主張するイーオス、キノコ廻りをするコンガ、ブルファンゴやガミザミ、ランゴスタですら見当たらなかった。これはどういうことだ。
それから次第に、空気の悪さが気になり始めた。沼地はいつもどんよりと曇っているが、その日は輪をかけて濁っていた。別に普段はおかしいと思う程のものではなかったのだが、ここまでおかしいことづくめだと気になってしまうということだ。
そして最後、明らかな異変を示唆する跡が存在していた。
「なんだァ?こりゃ。何かの跡か?」
「なんでしょう、重いものを引きずった跡、のような?見た感じ、出来てから時間は経ってませんよ」
「でけェな。何かのモンスターかもしれん。辺りをしっかり警戒しとけよ」
「はいよ・・・っと、ブローダさん、見つけました。ギザミです」
「おうよ。お前は何時ものノルマをきっちりこなすこと。俺は周りを警戒しておく」
「了解しました」
遠くに見えてきたギザミに向けて歩き出す。本来ならここで、相手から見つからないように後ろ側に回り込むことを忘れてはいけないのだが、今回はただの避け戦なので堂々と前からいく。後ろから奇襲する必要はないのだよ。
しかし俺が目の前にいるのに、ギザミは全く頓着せずに足元の餌を食べている。何時もならそろそろ気づく頃なのに、だ。そして俺がギザミの射程まで入った辺りで・・・。
俺が横に飛び退くのに数瞬遅れて、紫色の毒液が俺のいた辺りの地面を砕いていた。やろう、やっぱり俺を狙ってやがったか。お膳立ては完璧、あとは思う存分避けるだけ・・・、と身構えてギザミを見ると、またしてもぽけーっと虚空を見つめていた。
「なんだ、こいつ。腹でも壊したのか?特異個体みたいだが、話にならんなぁ」
思わず口に出してしまったが、許して欲しい。だってこいつ俺が見つけてからまだ一歩も動いてないんだもん!
もん、じゃねえよと一人漫才をしつつ足を前に出すと、顔のすぐ前をギザミの鎌が一瞬で通りすぎていった。
「・・・ぇ」
それがギザミの鎌だと直ぐに分かったのは、今まで動かなかったギザミがこちらを血走ったような目で見ていたから。口からは、弱っているときとはまた異なる黒紫の泡を絶えず産み出している。外骨格はどういうわけか黒ずみ、異様な雰囲気に拍車をかけている。
狂っている、明らかに。
「ブローダさん、これまず──」
ドゴガァァァァッ!!!
衝撃、地鳴り。振り向いた先にはブローダさんと、見上げるほどの全高を持つ
「小僧ッ!逃げろォ!!」
短い命令だった。だけど俺はそれを聞いて、迷い無く懐のモドリ玉を地面に投げつけた。ドキドキノコが生み出す摩訶不思議な緑色の煙が俺を包み、数瞬を置いてここではないどこかへと俺を運ぶ。
モンスターの包囲網から脱出した。
その後、モドリ玉の副作用である強烈な吐き気と倦怠感に耐えつつ、御者アイルーに馬車──今更だが、正式名称は竜車と言うらしい──を走らせメゼポルタへと戻った。
ギルドマスター曰く、こういった事例が今日だけでも各地から報告されているらしい。そして、古龍観測所が緊急発表を行った。
『別地方よりもたらされた病原菌《狂竜ウィルス》の伝来、及びメゼポルタ管轄区域内のモンスター間での流行』
これを受けて、メゼポルタギルドは所属の全ハンターに通達を行った。
『ハンターランク200未満のハンターの狩猟の一時禁止』
『感染した狂竜化モンスター並びに感染元の《極限化》モンスターの殲滅』
メゼポルタは、これからどうなってしまうのだろうか。