のんべんだらり狩猟紀行   作:手巻きおにぎり

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ようやくここまで

闇が、あった。

 

 

その中を、白い人形(ひとがた)が落ちていた。

 

 

いや、正しくは落ちていなかったのかもしれない。

 

 

ふいに、人形(ひとがた)から、白いもやもやが飛び出した。

 

 

そして二つに別れたまま、それらは落ちていった。

 

 

──再び混ざること無く、闇に消えていった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

───ん?

 

 

 

ふっと、意識が急浮上した。

 

背中に当たる感覚は、ざらざらとしたもの。

そして、熱い。焼けるように、熱い。体が内側から焼かれている様である。

 

 

「・・・・ウ、ッ・・・ァア・・・・・ッ!」

 

 

激痛が走った。胸部。

痛みに身を捩れば、また激痛。全身、隈無く。

 

しかし、俺は何故か生きていたらしい。その事にまず安堵。

そして今俺がどこに居るのかが気になった。首を巡らせたらまた激痛が走るのだろうが、確認しておかなければならない。

気が狂うほどの痛みに耐えつつ、薄ら目を開けてゆっくりと周りを見る。

 

 

 

まず目についたのは布。幾度と無く目にした、黄色の布。ベースキャンプの、ベッドの、砂に汚れた布である。

しかしベッドに寝てるわけではないので、俺は外側を見ていることになる。

 

ぐるりと顔を反対側に向けてみれば、そこにはただ暗闇が広がるばかり。・・・夜、か?

確か俺が、気絶する前は遅くて昼頃だったはず。ということはそれから日が落ちるまで寝ていた、ということになる。

 

移動しているということは、誰かが俺を運んだと言うこと。

・・・アン子は、逃げられただろうか。

 

 

「・・・トウマん?良かった、起きたんか・・・」

 

 

草臥れたような、掠れた声が聞こえた。

 

 

アン子か。・・・良かった、生きていたのか。

 

 

口に出したい思いは、しかし痛みによって唸り声に変えられてしまい、表にでない。

 

 

「あぁ、いや何も言わんでええ。心配要らん、うちは五体満足や」

 

 

そうか、そりゃ安心した・・・。

 

 

仰向けに持っていった顔を、アン子が覗きこんでくる。

 

 

・・・顔の半分、どうしたんだよ。血で真っ赤じゃねぇか。

目が開いていて無事ということは、頭でも切ったか?

 

 

「んお?これか?これはー、まぁ。ちょっとへまこいてな。こんなもん掠り傷や。それよりも、ちょいと待っといてな。今グレート(回復薬グレート)作っとるもんで・・・」

 

 

ハチミツの甘い香りがした。成る程、言ってることは確かなようである。

 

 

「悪いなぁ、トウマんが持ってきたグレートも、全部使(つこ)うてもーて。帰ったら、ちゃんと使うた分は返すで・・・」

 

 

なんだ、そんな事か。

 

別に回復薬なんざ、使うためにあるんだ。それで命が救われたのなら、それは寧ろ喜ばしいことだろう。

 

だから、さ──

 

 

「ごめんな、トウマん。うちが変なことに気をとられとったばっかりに、あんたをそんなボロボロにしてもーた」

 

 

──そんなに泣くなよ、な?

 

 

ぽろぽろと涙をこぼし、泣き続けるアン子。

そんな、俺が死んだわけでもあるまいし・・・。というか身体中が痛いんだが。息をするたびグリグリと抉るような痛みが走るんだが。

 

 

だから、出来れば早くグレートを作って欲しいかなーなんて。

 

 

「ェグッ、ヒック。グズ・・・。ごめんな、変なことに時間とらせて。待っとってや、直ぐに楽にさせてやるで・・・!」

 

 

まて、まさかとは思うが、止めは刺すなよ?

 

 

最近女を泣かせてばっかだとか、そんな陰気な考えは粉微塵に吹き飛んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

砂漠に余多存在する、小さな洞穴。

その中には入り口が小さく、モンスターが入ってこれないようなものも多く存在する。

そういったものはハンター達にとって格好の避難場所として重宝され、様々手を加えられつつ昔から使われてきた。

 

洞穴を整備し、緊急時に必要な道具や、場所によってはベッドまで持ち込まれた洞穴は、簡易的なベースキャンプとしての役割を果たし、今まで沢山のハンター達の命を救ってきた。

 

 

今、アーリィンとトウマが避難しているのも、その中の一つ。入り込んだ場所にあるため長い間使用されてこなかったのか少々備品の劣化が激しいが、その分安全性は高い。

グレートを飲ませ、トウマが寝たのを確認したアーリィンは、岩に腰を下ろして一息ついた。

 

トウマ程ではないものの、アーリィンもかなり大きな怪我を負っている。

頭が切れて顔が血だらけになった。途中捻った右腕の痛みは動かせなくなるレベルまで悪化してしまった。

防具はひしゃげ、体はボロボロ。武器は逃げる際にぶん投げたので、手元にはない。

 

そして体を包む虚脱感。貧血だからというのもあるが、これは間違いなく狂竜症の症状である。

一時間ほど前から、この洞穴に充満している。内にいる獲物を炙り出そうという魂胆なのか、本体による襲撃は今のところない。

 

 

そもそも人間における狂竜症とは、狂竜ウィルスが人間の体内で増殖して発生する症状のことを差す。

主なものは虚脱感。体に力が入りにくくなり、動きづらくなる。

といっても軽いものではあるのだが、それが戦闘中に起きると思うとぞっとしない。

 

そして、長い間狂竜症に苛まれた人間がどうなるのかも、未だはっきりとはしていない。

 

そのまま衰弱死するのか、はたまたモンスターのように発狂してしまうのか。

 

発狂すんのは嫌だなー、と頭では思うのだが、体が言うことを聞いてくれない。一足先に体だけ死んでしまったかのようである。

 

いっそ、このまま眠りこけてしまおうか。そうすればきっと、楽になる。

気が滅入りそうだ。狂竜症以前に、人として狂ってしまいそう。

 

力無く開けた眼に、スゥスゥと寝息を立てて眠るトウマが写った。

 

 

 

トウマ。

 

ひょんなことから知り合った、同じハンター駆け出しだった男の子。

 

大人びているのに子供っぽい。悟ったような目をしていて、その実なにも知らない。

そんな矛盾だらけの存在を面白いと思って、暫く引っ付いていたのが始まりだった。

 

半年間一緒に狩りに行って、彼の良いところも悪いところも知って。少しずつ惹かれていった。

しかしそれはまだ淡い恋心──柄ではないが──のようなものであった、と今になっては思う。

 

それが変わったのはトウマと別れる日の事。正体不明のモンスターに襲撃され、今のように絶体絶命になったときだ。

彼は、トウマは助けに来てくれた。自身の身の危険を省みずに。

 

あの時、死の淵から救ってくれた彼。目が覚めて彼の顔をいの一番に見たとき、彼に対する思いは小さく、だが確かに変わった。

 

具体的に言葉にするのは難しい。けれどあえて表現するならば。

 

 

恋から愛へと、変わったのだと思う。

 

 

 

ここでのんびりしていては、彼まで死んでしまうだろう。それだけは、起きてはいけない。

 

──まだ立てるだろう。決意したじゃないか、あいつを守る、と──

 

彼の元を去るときにした決意。時間は経っても決して揺らぎはしない、信念。

思い出したら気力が満ちてきた。

 

状況は最悪。下手をしなくても死ねるだろう、この状況。

 

 

しかし、だからと言って死を受け入れるわけにはいかない。今自分の命は、自分だけのものでは無いのだから。

 

狂竜ウィルスだ、狂竜症だ、そんなものは知らない。

沸きだした力は体を蝕む病魔を一蹴し、立ち上がる強さを与えてくれた。

 

 

もう心配はいらない。さぁ、ここから逃げよう。

 

しっかりとおぶった背中に、命の重さを感じた。

 

 

 

 

時は夕暮れ時。その日の仕事終わりに、太陽が力を籠めて派手に輝く時。

外に出ると、ただひたすら真っ直ぐな殺意がアーリィンを包んだ。

恐れてはいけない。そう自分に言い聞かせても、やはり純粋な殺気というのは人を本能的に怖じ気づかせる。

 

しかしハンターにとっては、恐怖とは昔なじみの隣人のようなものだと教えられた。切っても切れぬような間柄である、と。

そしてこうも教わった。

 

『殺気は、怯えて三流。耐えて二流。一流とは殺気を仲間とし、自らの力とする者である』

『三流は逃げ得る者。二流は攻め得る者。一流は守り得る者』

 

 

足元に転がしたビンを踏み抜いて気合いを入れ直すと、アーリィンはトウマを背負って猛然と走り出した。

 

アーリィン個人ではまだ一流にはなれない。しかしこの状況下において、守りながら逃げるという不可能を可能なことに出来るアイテムを、彼女は持っていた。

 

 

強走薬グレート。体内の血液循環を一時的に速め、無限ともいえるスタミナを実現させる、禁止薬物一歩手前のような危ない薬。

 

止まることの知らないリノプロス状態となったアーリィンは、止めを刺そうと降り立った白骸魔にも臆さず爆走していった。

 

 

「オラオラオラァ!どかんとドタマぶち抜いたるでゴルァ!!」

 

 

町のチンピラも裸足で逃げ出すレベルの恐ろしさ。さしもの白骸魔もビビったのか、一瞬動きが止まる。

 

その隙を見逃さず脇を潜り抜け、これを突破。そのままベースキャンプへとひた走る。

 

 

そしてなんと上手くいったのはここだけではない。

突進を避け、翼腕による薙ぎ払いをかわし、ブレスの連鎖爆撃から逃げ続けた。

 

しかし最後の砂丘、ベースキャンプまであと一歩のところで、ついに白骸魔に回り込まれてしまった。

 

南無三、ここでお仕舞いなのか──

 

 

「──俺に、任せとけ」

 

 

──ッ!?

 

 

 

 

 

 

いつの間にか寝てしまったのだろうか。ふっと意識を覚醒させれば、俺は日の元にいた。

俺は今どのような状況におかれているのか。なんだか最近確認してばっかな気がするな。いつも起きてから無意識にやってることだが、意識的にやるとこうまでしつこい物だとは。

 

 

まず気になったのが姿勢。足を誰かに持ち上げられ、前にもたれ掛かるようなポーズ。・・・そう、おぶられている時の姿勢と合致するのだ。

 

そして感じる圧倒的な威圧感、殺気とも呼ぶべきそれ。

間違いない、奴がすぐそこにいる。

 

 

「──俺に、任せとけ」

「ッ!?トウマん、起きてたんか?」

「今さっき気がついたところだ。降ろしてくれ、その方が逃げやすいだろう?」

「か、体は大丈夫なんか?もう痛くないんか?」

「そんな過保護になる事のもんでもねぇよ・・・、っと。うん、問題なさそうだ」

 

 

腰から愛剣を抜き、盾を装備して油断なく構える。こうしてる内にも、白骸魔はこちらを襲うタイミングを虎視眈々と狙っていた。

 

アン子を後ろに庇うように前に出る。・・・なんで武器が無いんだよ。あの真っ白な鈍器は何処にいった。

 

 

「アン子、あいつの・・・。いや、大元のゴアなんとかやらシャガルなんたらってのは、どういう動きをする?」

「え?んーと、基本は体を使った突進や翼腕の薙ぎ払い。あとはブレスを吐くな。爆発するやつとか、曲がるやつとか」

「うわ、めんどくせぇ」

 

 

なんだよ曲がるブレスって。物理法則完全無視かよ。

っても、成体は紛いなりにも古龍だし、法則なんぞ無視してなんぼなのかもしれん。

 

 

「とりあえずお前は何処にやったのか知らんハンマーを持ってこい。それまでは俺が時間を稼いでやる」

「はぁ!?んなアホなこと出来るか!トウマんこそ、ベースキャンプ戻ってさっさと休まんと、次は本当に死ぬで!」

 

 

突如、足元に影が差した。天を仰げば、大空を覆う白と黒。

咄嗟に横に避けていなければ潰されていただろう。ズドンという音が周りに響いた。

 

俺を潰せなかったと悟ったのか、白骸魔はゆっくりとこちらに顔を向ける。

本来は右目が収まるのであろう空洞から、真っ直ぐ暴威を叩きつけられる。崩れそうになる足腰を奮い立たせ、こちらも精一杯の圧を向けた。

 

 

「トウマん!」

「アン子!良いから早く行ってこい!」

「・・・えぇい!絶対死ぬなよ!」

 

 

白骸魔を挟んで反対側にいたアン子は、そのまま坂を下って窪地の方へと走っていった。恐らく彼方から逃げてきたんだろう。

 

見送ったので、あとは白骸魔に集中するのみ。いつも通り全神経を目の前の敵に向け、出せる最高の力をもって戦いを征するのみ。

それにこいつには色々と怨みが募ってるからな、こちらの殺る気はいつも以上である。

 

といっても、それは向こうも同じであるみたいだが。

 

 

ゴォォォォォオオオオ!!!

 

 

辺りに響く咆哮がその証だろう。さらに膨れ上がった殺意がこちらに向けられる。何がなんでも殺るという気概を感じる。

 

 

面白い、そうこなくっちゃ。

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