のんべんだらり狩猟紀行   作:手巻きおにぎり

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嫌な風

バァン、とはたく音。次いでドタン、と何かが倒れる音。

部屋の中に居るのは、一組の父娘。

 

父は、手に持った瓢箪をぐいと煽り、火のついた暴言を吐き出す。

 

 

 

『クッソォ!!あの役立たずがァ!!だから女子は駄目なのだ!やはり役立たずの子供は役立たずだったか!オラ、なんとか言ってみろゴミがぁ!!』

 

 

 

ボゴ、とくぐもった音。頬を打たれ床で踞っていた娘は、父の足蹴りによって吹き飛ばされた。壁にぶち当たり、また倒れる。

娘は動かなくなり、ただただ嗚咽を漏らすだけ。

 

父はもう一口瓢箪を煽り、そこで中身がなくなったのに気がついた。

チッ、と舌打ち一つ、瓢箪を床に投げ捨てて部屋の奥へと歩いていった。

 

人が居なくなった部屋で娘は泣く。父に気づかれないように声を圧し殺して。

 

 

 

『──おかぁちゃん。助けてよ、おかぁちゃん──』

 

 

 

 

見るにも耐えぬ、日常の風景である。

 

 

 

 

 

 

アーリィンの故郷、つまり鍛治一族の集落は、火山の麓にある。周辺の地下には大量の金属や石炭が眠っている、好立地だ。

 

火山は活火山、四六時中噴煙を噴き上げているがここ百年近くは噴火していない。

といってもこの一族、この場所に定住したのは数百年前とも千年前とも言われており、常に噴火と隣り合わせで暮らしていたのだが。恐らく、村が噴煙に埋まったり火砕流で潰されたりしたのも、一度や二度ではないだろう。

 

はるか昔からの技術を継承する、鍛治の聖地でもある。昔から鍛治を極めに村の門を叩く者は、後を絶たない。

 

 

 

・・・というのは、表から見た村。裏から覗いてみると、もうちょっと酷い。

 

 

 

裏から覗くとは、例えるならばそこにある程度定住してみる、といった行為。何事にも表と裏は存在するものであり、立ち止まってしっかり見つめてみると、表からは見えない裏が見えてくるのだ。

 

そういう場合、まず目につくのが、酒。この一族、それはもう酒好きの飲兵衛ばかり。しかもその大半が酒癖が悪いときている。村の中での絡み喧嘩なんて四六時中であり、さらには喧嘩する者同士が屈強な鍛治職人共。手もつけられない。

しかしこれならば、影響は本人同士だけであるからまだいい。問題は、これと村の古くからの風習(・・)が合わさってしまった時。

 

 

古来、鍛治師とは男性の仕事である。勿論そうだろう、火を扱うという危険もさることながら、肉体的にも女性にはきつい仕事であるから。

それでも世間一般には、女性は『次代を育てる揺りかご』として一定の待遇を与えられている。それもその筈、男性だけでは子孫は作れないからだ。勿論一般以上の力を得ている女性も、この世界には数多い。女性ハンターなどそれの最たる例だろう。

 

しかしここでは、それがない。ここでは、女性とは奴隷の様な扱いを受けている。

存在価値は子供と飯を作ることのみ。まるで使い物にならない、貧弱な生き物。体のいいサンドバッグ、などなど。評は人それぞれだが、概ね酷評。

こんなだからか、出生率はすこぶる悪い。酷いときは数年間誰も産まれなかったなんて時もあった。昔から、女性やごく一部の例外な夫婦の夜逃げや出産後の自殺、そういった事件は後を絶たない。これでよく数百年も生き延びてきたものである。

 

 

そんな村落、ある時、族長に子供が産まれた。産まれたのは、かわいい女の子(・・・)。母親は出産の三日後に蒸発した。

赤ちゃんの母親は、未来の自分に降りかかる理不尽を理解したのだろう。彼女は二度と、この村を訪れることは無かった。

 

かくして、哀れな赤ちゃんは庇護者も居ないまま、地獄の環境に取り残された。

 

 

 

 

 

 

「頭領はこれまた、めっぽうな酒乱でなぁ?あいつ、毎晩酒を浴びるようにのんじゃあうちを殴りよった蹴りよった。うちの体からアザが消える日は無かった」

 

 

 

嫌な顔一つせずとうとうと話していく。中身はまるで普通の内容ではないのだが。

 

 

 

「・・・さっきは、たまに殴られた、っていってなかったっけ。アザが消えないってことは、そんなにしょっちゅうだったの?」

 

「む?・・・あぁ、そういや言ったな。スマンな、分かりづらくて。あれは『周りから』ってこと、頭領からはほぼほぼ毎日や」

 

 

 

ペイファはうわぁ、と顔をしかめ、師範も、こればかりは眉をひそめて不快を露にする。

これはもう虐待なんてレベルではない。もっと狂気的な、殺人的な鬼畜の所業であろう。

 

 

なにせ、その時彼女はまだ5歳にも満たない幼児であったのだから。

 

 

 

「そ、それって・・・。それっていくらなんでも、あんまりじゃないか!周りの人は気がついてくれなかったの!?」

 

「アホ、んなのあり得るかい。周りはどいつもこいつも白い目さ」

 

 

 

言い切った。ペイファは些か、衝撃の真実に失望を禁じ得ない様子である。恐らく彼女の頭の中では、『誇りある故郷』像が音を立てて崩れていることであろう。

 

アーリィンは会話を一度切り、空を見上げた。

彼女が見ているものはなんなのか、それは思いを知らぬ二人には皆目見当もつかない。

 

 

 

「・・・いや、多分。覚えとらんだけで居たんかもしれへんけど、それでもどうにかできるわけが無かった。なんつったって、鍛治の腕が全てのあの場所で、あいつは一番の腕やったんやから」

 

「どうあがいても絶望、というわけであったのか。・・・確かに、あの頃のお前は暗い目をしていた」

 

「あの時・・・?師範さんは彼女と昔からの知り合いなの?」

 

 

 

うむ、と頷き返し、語りだす。

 

 

 

「俺がこいつと出会ったのは、そう、ちょうどこいつが村から逃げ出してきた頃だった。当時はまだ、俺は現役でな。こいつを拾った商隊の護衛をしておったのだ──」

 

 

 

 

 

 

天気は悪くない日。湿度は低く、日は陰り、涼しい風が爽やかに流れる日のこと。

 

ある火山国から珍しい鉱石を運ぶ商隊に、現役時代の師範は居た。

ドンドルマから火山国までの行きと、その帰りの間の護衛が仕事だった。隊長や隊員は誰も彼も人が良く、本来ならば雇われ護衛で他人である師範を、まるで新しい家族のようにもてなした。

あるいは仲良くなって繋がりを作りあわよくば、という算段だったのかもしれない。ともかく、何事もなく無事に仕事を完遂できそうであった。

 

しかし帰りの最中、火山を遠目に見る草原にて、あるものを一行は発見した。

 

 

地面に倒れ伏す人間。しかもまだ10も年をとっていないような童。

 

 

その子供──パッと見では分からなかったが、後に少女であると分かった──は商隊によって保護され、看病された。倒れていた理由は空腹と、貧血によるものとされた。

隊員のうちの一人が「名前は」と聞けば、彼女は死んだような目を向けて「アーリィン」と、一言だけ答えた。

 

 

 

 

 

「それから先は関係ないので省略するが、まあ元気を取り戻すまでそう時間はかからなかったとだけ言っておこう。当時は辛い記憶を忘れてしまったのではと考えていたが、こうして話を聞くにただ精神力が並外れていただけであったのだな」

 

「並外れていただけってなんや。まー簡単に言ってくれよって」

 

「それで、その後師範さんはどうしたの?結局そのまま商隊に残ったの?」

 

「そうだな、一年ほど厄介になった。その後は引退をして気儘に一人旅を決め込んでいたのだがな、ある時寄った村でばったりと旧友と会ったのだ。まあそれが団長な訳なのだが、そのままずるずると引きずられて我らの団に技術指南として入った。7、8年ほど前の話だ」

 

「そんで、ドンドルマから来たうちと再会したんよな。いやぁ、ありゃ驚いたわ」

 

「驚いたのはこちらの方だぞ。まさか生きている内に二度も出会うとは思わなかった。出会ったときは背丈が腰ぐらいまでだった童が、次会ったら立派な一人の娘っ子になっているのだからな」

 

「それまでに過ぎてった年月計算してから物言えや。5、6年も経ちゃそら成長もするわ」

 

 

 

 

 

二人が仲良く昔話に花を咲かせている時、ペイファは一人であることを考えていた。

即ち、これからの身の振り方である。

 

長年燃やし続けていた怒りは火種ごと消え去り、残るはどうしようもないやるせなさと将来に対する不安のみ。

現在彼女はギルドの工房のほんの一部を間借りしており、それを使って生計を立てている。

しかし仕事があったとしても、炉を借りてる以上お金を払わないといけない。中々馬鹿にできない額なので、彼女も少々困り気味だ。今でこそ出ていく物と入ってくる物が釣り合っているからこそ良いものの、一旦その均衡が崩れてしまえば、後は想像に容易い。

 

もうドンドルマに留まる意味は無いため、どこか別の場所へと向かっても構わない。いっそ山奥の村にでも行ってしまおうか。たしか雪山深くにある村は、確か竜人族の伝説の技術を再現したらしい。非常に興味深い。

 

しかし何にしても──

 

 

 

「──先立つものがないとなぁ」

 

「なんや、金の心配か?どうしたん」

 

 

 

しまった、と口を塞ぐがもう遅い。ついポロリと出てしまった独り言であったが、耳聡く聞きつけた二人が何事かと顔を向けてきた。

 

あー、と少し考えて、止めた。どうせ誤魔化しても無駄だろうし、このキャラバンに手伝ってもらえばわりと楽に行くであろう具体的な計画も見えている。

 

 

 

「そうだねぇ、ものは相談なんだけども──」

 

 

 

彼女は考えていたことを話す。

 

これからの生活に漠然と危機感を感じたこと。どこか別の場所に移ろうと思ったこと。山奥のある村に行こうと考えたこと。しかし移動費食料費諸々含めて現在手持ちが全く足りないと気がついたこと。

 

 

 

「──という訳なんだ。そんで、どうしようかなぁ、って・・・」

 

「ほうほう、成る程成る程。そういう事ならうちに任せときぃ!師範!」

 

「分かっている、後で団長に打診してみよう。恐らくお前の推薦なら、何かしら策を打ってくれるはずだ」

 

「・・・あー、えーっと。その、ありがと。そんで・・・、ごめん」

 

「なーに陰気な顔しとんねん!昔の事はもう水に流して、もっと笑いや!笑う門には福来るってなぁ!アッハハハハハ!」

 

「・・・はぁ、いいよねぇバカは。笑ってりゃ幸せなんだから」

 

「ンだとゴルァ!?」

 

 

 

やいのやいのと騒ぎ出す二人。それを師範は微笑ましい目で見ていた。

 

あれだけ死にそうな目をしていた彼女でも、月日が経てばあれだけしっかりと笑うことができる。

家族と故郷を失った悲しみも、知られざる事実に対する怒りも。時間が経てば忘れることができよう。

 

 

窓から外を見る。どんよりとした雲が空を覆っていた。雨粒がぽつりぽつりと窓を叩き、自らの存在を示す。

 

 

 

「・・・ふむ、嵐が来るやもしれんな」

 

 

 

彼方に見える、今よりもさらに分厚い雲。目に見える速さで迫ってくるそれを見て、師範は早めの帰宅を促すために、騒がしい二人を止めに入った。

 

 

 

 

 

 

「はぁ?俺の防具を作った、って。どうした行きなり」

 

「素材も費用もお嬢のおごりだそうだ。装備は『レギオスS』、ギルドの工房に置いてあった試作を改良して、急遽作った」

 

「いやだから、そんなこと俺は一言も聞いて」

 

「寸法は聞いた通りに作ったから、恐らく合っているはず。念のため試着をしておいてくれ」

 

「なあ言葉のキャッチボールって知ってる」

 

「一式お前の部屋に運んである。・・・武器は一級品だったから新調はしなかったが、なにか手を加えたい所があったら言ってくれ。手を尽くしてみよう」

 

「話聞けよォ!!」

 

 

 

言葉のドッヂボールを一方的に切り上げ、団の加工担当は帰っていった。

現在、3時過ぎ。何処にも行くなと言われているので、仕方なく外に敷物引いてごろごろしていたのだ。すると彼が突然やって来て、今の会話。

 

 

 

「ったく、どうするつもりなんだよ。まだそんなに金貯まってないぞ・・・?」

 

 

 

まあ、防具用の素材が浮いた分、そいつをうっ払えば用意出来なくもないか。

 

そんな感じでもにょもにょと適当な事を考えつつ、宛がわれた部屋の中に入る。

装備と思しき物体は、すぐに見つかった。ベットにごろりと転がされている。俺が寝る前まで帰らなかったらどうするつもりだったんだこれ。

 

 

 

「レギオスSっつってたか?・・・と、なると。大半はあの時の奴の素材かな」

 

 

 

俺が今こうして腐っている、その原因となったとも言える、セルレギオスの狩猟クエスト。それを思いだし苦い思いをする。

こういった思い返しには、たらればが付き物。どうしても考えてしまい、憂鬱な気分になった。

 

 

 

「気にしない気にしない。それより試着ーっと」

 

 

 

さささっと五分ほどで着替える。見てくれは黄土色に光る全身装甲。中々男心をくすぐってくれる。

 

・・・てか本当にサイズぴったりなんだが。誰に聞いたんだろうか、聞きたいが怖くて聞けない。

 

 

 

「動きも悪くないな。重さは多少気になるが、じきに馴れる程度のもん。うん。やはりと言うべきか、流石に腕が良いな」

 

 

 

元々、アン子の装備をみて凄いとは感じていた。しかし実際身につけてみると、ますますその凄さがわかる。

 

まず、サイズにダボつきがない。完全な寸法通りにできている証拠だ。・・・本当に聞いたサイズだけでこれを作ったのだろうか?これからは寝るときにしっかりと周りに気を付けよう。気休め程度に。

 

次に、関節部分に違和感を感じない。肘や膝など関節部分で時たま見られるパーツ同士の引っかかりや擦れがない、ということ。サイズの話と似たり寄ったりなのだが、これらの違和感がハンターの集中を見出し、特に後者の場合だとそのまま防具の破損や命の危険に繋がる。

だからこそ使用者である我々ハンターはこれに関してネチネチ文句を言ったり言わなかったりするのだが。今回の場合は文字通り文句無し、である。

 

それに加えて、全体的に重さに偏りを感じない。鍛冶師だって人間、作るものにばらつきが出てしまうのは仕方ないこと。その重さのばらつきを感じられないということは、それだけ同じ力を出し続けられるということ。尋常の人間には到底無理な、名人芸である。

 

──と、ここまで某兄弟子の受け売り。今思えば、あの人は防具マニアだったのかもしれない。

 

 

あと、アレンジを利かせたのかオリジナルが元々なのか、頭防具がフルフェイスじゃないことが個人的にとてもお気に入り。顔まで覆ってしまうと、視野がとても狭くなってしまうのだ。

 

 

 

「・・・まぁ、貰えるというのなら貰っておこうかな。せっかく俺のために作ってくれた物を無下に出来ないし」

 

 

 

一通り確認を終えたところで、ふと空を見る。先程ここに戻る前、遠目に厚い雲が浮かんでいるのを見ていたので、気になっていたのだが──

 

 

 

「──降ってきた、か」

 

 

 

しとしとと、若干乾燥している大地を雨が濡らしていた。

雨は、個人的にあまりに好きではない。雨の中だとどうしても動きが制限されてしまうし、なにより雨具を持つ手間が増える。やはり、面倒事は嫌いだ。

 

 

 

「さっきの雲を見るに、今日はこれからどしゃ降りになるなこりゃ。はぁ、嫌だ嫌だ」

 

 

 

 

 

 

 

──カンカンカンと、けたたましく響く鐘の音。緊急事態を知らせるそれに、トウマは今だ気付いていない──

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