のんべんだらり狩猟紀行   作:手巻きおにぎり

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その裏へと至る道

──竜は空を飛ぶ。

 

それは何のためか。

 

力を示すためか。

 

世界を見るためか。

 

或いはもっと、崇高な何かのためか。

 

 

 

──龍は空を飛ぶ。

 

なんてことはない。

 

ただ、自分を取り返すために。

 

ただそれだけのために飛ぶ。

 

 

 

反逆者を従え

 

雨の主をも退け

 

 

 

──彼の者は、空を駆ける。

 

さあ、決戦の地は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨、強いなぁ」

 

 

 

誰もいない部屋のなかでポツリと呟く。外は滝のような雨、傘もかっぱも役不足、水の張った桶を数百数千ひっくり返したようなどしゃ降り。

そして現在、その雨に入り口を塞がれて外に出られない。軟禁ではなく監禁になってしまったわけだ。見張りがいないのは少しいただけない。

 

 

 

「えーっと薬と飯と砥石とーっと。火薬類は・・・多分湿気ってるな、今度作り直さないと」

 

 

 

というわけで暇をしていた俺は、道具の点検とポーチの整理を始めたというわけである。

別に今から狩りに出掛けようと、そういうわけではない。しかし常日頃からこうして狩りを意識していれば気が引き締まる。なによりいざというときにすぐに出られるというのは、とても安心だ。向かうも迎えるも自由自在なのだから。

 

一通り整理を終えて、一息。ズトン、と誰かが入ってくる音がした。

 

 

 

「居るか!?居るか!よしすぐついてこい!」

 

「落ち着けや。何があった?」

 

 

 

息を切らして入ってきたのは師匠。雨具をろくに使っていないのか、或いは使っても本当に意味がなかったのかわからないが、ずぶ濡れである。老人が無茶するから──ってああ!待って待ってベット濡らさないで!俺が寝れなくなるから!

 

 

 

「敵襲、モンスターの襲撃だ!タイミングの悪いことに殆どのハンターが外に出ていて手が足りない!お前も手伝ってくれ!」

 

「わかった!どうする、前に出る人間は他にいそう?」

 

「・・・正直言うと居ない、皆無だ。出てもらえるか?」

 

 

 

言われて、外を見る。このどしゃ降りの内だ、そうとう見通しが悪いだろう。そんな中で攻撃の矢面に立てばどうなるか。

どれだけ良く考えても狩りにならない、おろか普通に考えれば自殺のようなものだ。どんなハンターでも死にには行きたくない。

 

 

 

「・・・わかった。どれだけ役に立てるかわからないが、俺も出よう」

 

「助かる。ここのハンターが帰って来次第そちらに向かうよう伝える」

 

「あぁ、んなら一つ伝言を頼まれてくれ。『死にに行く訳じゃないから安心しろ』ってな」

 

「・・・確かに、承った。確実に伝えよう」

 

「頼むぜ?アン子のやつ、十中八九またキレるからなぁ」

 

 

 

ポーチを着け、準備完了。一応防水性ありな筈だが、それもどれだけの力を発揮してくれることか。

 

 

 

「今回、お主がすることは『時間を稼ぐ』こと。ここのハンターや、他の手練れが到着するまでの、だ。出過ぎたことをして命を散らしてくれるなよ?」

 

 

 

もちろん、そんなことは分かっている。けれど、それで納得できるわけがない。

だから言ってやるのだ。自信満々に、ドヤ顔で。

 

 

 

「まあそうは言うが・・・、倒してしまっても良いのだろう?」

 

 

 

師匠の呆れ果てた顔は最高に見ものだった。

 

 

 

 

 

ザァザァダァダァと豪雨は降り続く。ともすれば陸上で溺れかねない程の水量、それが空から降っているのだ。

 

ドンドルマという街は、どちらかと言えば乾燥している地域だと思う。山から流れてくる水が街を潤しているとはいえ、雨が降る回数自体はそんなに多くないはずだ。多分。

 

なので勿論、こんな天気は紛うことなき異常気象であり。

そしてこの世界、異常気象とは何も天候だけが原因になるとは限らない。というかそちらのほうが若干珍しかったりする。

 

古龍の存在だ。

 

遥か昔より存在しているとされる、常識をうち壊す超自然的な能力をもつ彼らは、存在するだけで周辺の環境を壊していく。

 

つまり何が言いたいかと言えば。

 

 

 

 

「古龍相手だって、んなの聞いてないんですけどォォォォ!?」

 

 

 

俺渾身の叫びは周囲を覆う水の壁がブロックしてくれた。はっとなって遠目に見える龍に目を向けるが、幸いこちらに気づいた様子はない。ありがとう大雨、でもなんにせよ俺の命は消えそうだ。

 

 

圧倒的威圧感を携え暴れまわるそいつこそ、今回の豪雨の原因、『鋼龍』クシャルダオラ。以前ドンドルマ付近にも現れた、それの同種である。

しかしただの鋼龍ではない。遠目にだがはっきりと見えた、そいつの外殻は鈍色。噂で聞いた、錆びた鋼龍は危険だと。なんでだか忘れたが通常時より凶暴化しているらしい。

 

これはどうあがいても俺の手に余る。討伐は諦め、アン子の到着を待とう。あいつでも厳しいかもしれんが、二人になれば生存率は劇的に上がる。それでも極々僅かな望みだが、あるならそれを手繰り寄せるだけだし。

 

問題は、この雨のせいで火薬類が全く使えないことか。閃光玉等は勿論、この調子だとバリスタや撃龍槍が使えるかも怪しい。どちらも火薬の力を借りている。対古龍決戦兵器が軒並み潰された。

 

 

 

「さて、どうやって生き抜こうかね、っと!」

 

 

 

ポーチから小瓶を引き抜き、眼前に持ってくる。中身は光蟲と爆薬、閃光玉だ。

爆薬は湿気ったが虫はそうではない。弱々しくだが生きている。まぁこれから潰す訳だが。

 

さて、ここで閃光玉の原理を思い浮かべる。簡単な話だ、死んだら光る虫を爆死させるだけ。時間差を着けるために爆薬を使うのだが、勿論殺せればなんだってよいのだ。

モンスターの攻撃に当てても、地面で踏み潰したって。通常の狩猟場で自然発生する、光蟲の死亡に目を眩ますハンターやモンスターだって少なくはない。

なので。

 

 

すぅと上に静かに投げ上げ、もう片手で握った剣の腹で思いっきり叩く!

 

 

確かな手応えを感じたので、その勢いで下を向き目を閉じる。瞬間、瞼の裏まで白く塗りつぶす閃光が宙を焼いた。

 

 

─ゴオォアァァィァァ!!─

 

 

辺りに咆哮が響き渡る。上手く気を引けたようで何より。若干痛む耳を無視して走り出す。向きは横。

 

ゴォ、と巻き散らせれた圧縮空気が地をかける。煽られそうになる体を必死に踏ん張り、また更に駆け出す。止まっていたらぶち抜かれる、そうなる前に逃げないといけない。

 

 

暴風に晒されながら、ごそごそとポーチを探る。こちらは愛着のある自分のポーチではなく、支給品と一緒に渡されたもの。中には、この戦いにおけるキーアイテムがしまってある。

仕舞われてあるそれを抜き取り、パチリとケースを外す。そのまま風にさらわれるケースを横目に、握ったそれをぶんと投げ飛ばした。

 

それは真っ直ぐに投擲。雨を突き抜け風を切り裂き、真っ直ぐに標的へと迫る。だがしかし到達することは叶わない。

クシャルダオラの周囲は、辺り一帯のそれよりも更に激しい風が渦巻いている。それはさながら小型竜巻の様、勿論人が入れば吹き飛ばされる。恐らく防具の重量などものともしないだろう。

 

 

 

「だよなぁ、普通届かないよなぁ・・・!」

 

 

 

今投げたのは、刃にたっぷりと毒が塗られた『毒投げナイフ』。最初のケースは刃を毒に漬け込む為の物だったのだ。

 

クシャルダオラ。操る暴風豪雨は強力無比だが、それでも生物である以上何かしら弱点は存在する。毒がそれの一つ。

クシャルダオラが毒に陥ると、天候を司る力が弱体化する、というのはわりと知られている話だ。勿論ただそれだけなのだが、

 

 

たったそれだけが、古龍を古龍足らしめる絶対的な力なのだ。

 

 

とはいっても竜巻が暴風に、暴風が普通の風になる程度の弱体化なのだが。

だからクシャルダオラや、それと同じような弱点を持つ他の古龍の討伐に向かうときは、必ず四人の中に一人は毒武器持ちがいる。

それとは別に、ハンターズギルドからこうした使い捨ての毒道具を受けとることもあるのだが、どうにも体裁を整える為だけのものなような気がして仕方ない。だってこんな小道具簡単に踏み潰してくるんだもん!

 

 

と、ここまで姉弟子の談。聞いた情報だけはしっかりと覚えている。

 

とにかく、当たらないのならどうしようもない。何とかして当てるか、逃げ切るかしないとな。

 

 

 

 

 

「ちっ、なんやのもう!どしゃ降りは降るわモンスターは襲撃してくるわトウマんはまた一人で無茶しおるわなんなんや!あぁもう腹立つ!!」

 

「ほらそんな事で悪態付いてないで!私は撃龍槍のメンテの手伝いに行くから、トウマ君は任せたよ!」

 

「当たり前や、任しとき!あんの馬鹿、狩り終わったらぶん殴ったる!」

 

 

 

滝のように流れ落ちてくる雨、そのなかを二人の人影が走り抜けていく。

 

片や怒りを振り撒き荒れ狂う者。

片や急ぎながらも落ち着き払う者。

 

こんな状態なのにぶちギレてる方が二、三年が上だと言うのだから人間よくわからない。

 

 

そんなアーリィンとペイファは全力で急いでいた。傘もささずカッパも羽織らず、全身ずぶ濡れになりながら。

とはいってもアーリィンは狩猟用の防具であるし、ペイファの服は鍛冶用に作られた厚手の防火服。双方濡れたところで大した問題はない。

 

 

 

「ようやっとキャンプに着いたか!ならうちは降りてトウマんと合流する。撃龍槍の方は頼んだで」

 

「まぁ、一応頼まれた。整備が完了したら何かしらの合図は送ると思うから、その時は誘導よろしく!」

 

 

 

あいよー、と気の抜けた返事を返す。そのまま二人は別れ、片方は暴風渦巻く戦場に、片方は熱気荒れ狂う戦場へと向かっていった。

 

 

 

そのまま数分駆け、迎撃地へとたどり着いたアーリィン。遠く、風を暴れさす鋼龍が見えた。そして、それの気を必死に繋ぎ止める人影の姿も。

 

 

 

「あいっつ、ホンマに一人で・・・!後で折檻やなぁ!!」

 

 

 

防具の調子を軽く確かめ、腰に愛用のハンマーを差してあることを確かめ。アーリィンは龍と人の元へと走り出す。

 

彼女の腰に差してあるハンマー、それはもう以前までの純白ではない。黒く補強がなされ、混沌たる力を照らし出している。

それはあたかも、彼女らに迫る厄災を暗示しているかのようで──

 

 

 

 

 

竜巻の範囲外から、瞬間で近付いて一撃、その後下からの暴風に身を任せて(吹き飛ばされて)の離脱。こんな馬鹿みたいな戦法をとっているのには、訳がある。

 

 

最初は真っ当に戦闘をしようとしたのだ。しかし奴には絶対的な防御手段が存在するので、俺が引っ付くことは不可能。

引っ付くことが無理ならば、片手剣のリーチではまず手が届かない。遠距離攻撃の手段がない現状、それでは狩りそのものの継続が危うい状況だった。

 

クシャルダオラもそれに感づいたのか、少しずつ俺を無視して辺りを見回し始めたのだ。今思えば、その時しきりにある方向の空を見ていたが、そちらになにかあるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

それに焦った俺は、少ない脳みそをフル稼働させて考えた。そして考えついた『気を引く』行動の一つ、それがこの奇行なのである。

 

しかしそれは思ったより効果が高く、突っ込むときの勢いも手伝って浅いながらも傷を付けることに成功している。或いは外皮が少しずつ捲れていってるだけの事なのかもしれないが、まぁ結果が同じならなんでもいい。

 

 

着地して、再突撃をしようとした時にクシャルダオラがこちらを見ているのに気がついた。俺は慌てずに気を尖らせる。さぁ、敵はここにいるぞ。よそ見してると怪我をするぞ。

 

しかし効果は薄く、またもや空を仰いでしまった。先程の同じ方向。古龍が気を揉むほどの事柄が、その方向に?

それにやけに大人しい。俺がここに来る前まではあんなに怒り猛っていたのに、今はまるで凪のよう。あれか、嵐の前のなんとやらというやつか?

 

まあいい、クシャルダオラの落ち着きに合わせて、風も先程よりも弱まってきている。・・・そろそろ、動くか。

臨時ポーチより毒ナイフを取り出して、ケースを外す。ぐっと後ろに振りかぶって、ナイフの向きとフォームが崩れないように、投擲!

 

すうと風を切ったナイフは今度こそ風の防壁を突き抜け、胴の部分に深く突き刺さる。突然の衝撃に動揺し、ゴウッと風が一気に強くなる。吹き飛ばされそうになった体を押さえようとして、一瞬だけ意識をそちらに傾けてしまう。

 

 

それが命取りだった。

 

 

その一瞬で、体がぶっ飛んだ。体に走る痛み、まるで超重量の岩か金属でもぶち当てられたような衝撃。全身の骨がベキベキとへし折れていく、言葉にできない不快感。そして自身の、声にならない悲鳴、絶望。

一瞬、ほんの一瞬。普段なら知覚もしないであろう、本当にそんな刹那の間。たったそれだけで、すべてがひっくり返ってしまった。辛うじて此方に寄っていた優位性も、自らが考えた余りに稚拙な策のようななにかも、死なず生きて帰るという確固たる意志も。

 

 

頭がグワングワングルグルゴロゴロとひっきりなしに警報を放っている。そんなこ言われなくても分かる。

 

意識が暗く混濁し、痛みで白濁とし、明滅を繰り返し。最後に赤く染まったそれは、もう自らの意思を離れてしまう。

 

折れた骨が筋肉や肺、心臓といった体内組織をズタズタに引き裂いていく。ああ、どうにもダメくさいなこれは。

 

 

どうしようもなく停止しそうな俺の思考は、しかし最期の最後まで冷たく現実を見る。

 

 

 

 

 

どうやら、二度目の死はしっかりと覚えていられそうだ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────まだ、死なれては困る────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開いた眼に雨水が飛び込んできた。痛い。

 

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