のんべんだらり狩猟紀行 作:手巻きおにぎり
「いてっ、っとぉ。えっ、えぇ?」
空だ。雨が目に染みる。痛いが、今はそれを判断する時間ではない。
クシャルダオラの圧縮空気、俺は確かにそれをくらって、控えめにいって死ぬ程の大ケガを負った、筈だ。
確かに感じた、俺はその、死にそうな程の──?
「いや、でも。痛く・・・ねぇぞ?」
体のどこを動かしても正常、全くもって痛みなど感じない。夢か?幻か?
「いや、でも。確かに俺は吹き飛ばされて、全身がバラバラになにそうな程の──?」
──何を感じた?痛みでないとするならば。
わからない。頭に靄がかかったように、上手く記憶を引き出せない。
「っ、そうだ!クシャルダオラは?そんなことを考えてる暇は──」
──そうだ、そんな程度のことを考えてる余裕は俺にはない。
俺は、今
クシャルダオラと一対一の接戦を繰り広げているアーリィンの元へと向かった。
「だらぁぁぁぁぁぁ!!!」
超重量の鈍器が錆鉄の頭部に吸い込まれ、ガアァンと激しい音が響く。その重い一撃鋼龍は僅かに体勢を崩すが、直ぐ様反撃。鞭のようにしなる尻尾を標的目掛けて打ち付ける。
アーリィンは慌てずに体勢を低くしてそれを回避、弱まった風に飛ばされないように一旦後ろへと下がった。
鋼龍と呼ばれるほどだ、彼の龍の全身はくまなく鋼と同等かそれ以上に固い。
しかし古龍とて生物、表皮や外殻がいくら固くとも中身はそれ相応に柔らかい。よって、外の固さを無視して伝わる衝撃にはそこまで強いわけではない。
この『衝撃を与える』方法は、人を生き物とも見なさない程の超大型生物でもない限り全てのモンスターに有効とされており、事実モンスターを狩る際の効果的な攻撃方法として定着している。
しかし古龍という総称は。そういった生物として不可避の欠点すら大した意味をなさない程の、理不尽にのみ名付けられる物なのだ。
地を走る圧縮空気のブレスを見切って躱し、数瞬のみ完全な無防備になる頭に一撃をぶち当てる。またしても岩と岩がぶつかるような固い音が響き、クシャルダオラは僅かに怯む。
その隙にもう一撃軽いのを叩き込み、下がる。そんな彼女を見る龍の目は確かな怒りに染まっており、完全に一人の人間を敵だと認識しているようだ。
その怒り狂った眼、その少し上。よく見れば、小さくも雄々しかった角が半ばからポキリと折れている。自らの力の象徴を壊した敵に、激しい憎悪を滾らせているのだ。
古龍とは超常で理不尽な力を操る絶対的生物である。
しかしその超常を時にいなし時に倒してきたハンター達は、理不尽に打ち勝つにあたり様々な方法で向こうの力を弱め、こちらに有利な状況を作ろうと試行錯誤をしてきた。
その結果、一部の古龍は『角』を基点として力を制御している、という事が発見された。
事実よく狩り場に表れる比較的小柄な古龍は、角を破壊されるとある程度力が弱まる。
しかし古龍の攻撃を避けつつ頭の角を破壊できるような人間は数少ない。
そしてその数少ないハンター達は超常を覆し理不尽を圧倒し、その強力な力を我が物とするのだ。
「おーい、アーリィン!悪いな、俺も手伝うぜ!」
ふと、彼女は名を呼ばれた。その呼び方にどこか違和感を覚え、彼女は直ぐに返事が出来ない。
「─・・・トウマん、か?無事やったか、・・・?」
駆け寄ってきたのは、彼女の相棒。世界で一番信頼をしている、
しかし、やはり何かがおかしい。上手く言葉に表せない、本当に漠然とした違和感を感じる。
しっかりとトウマを見てみる。
装備はレギオスS一式。いつもと違う装備ではあるがアーリィンが作らせた物だから、違和感は感じない。むしろ嬉しくもある。
腰にはいつもの剣を薙いで、左手には小盾。いつも通りの武器である。
こちらをみる眼もいつもと変わらぬ
「トウマん?どうしたんや、その、眼は・・・?」
「はぁ?眼?・・・なんかおかしいか?」
「おかしいも何も、お前。両方とも黒やったやろ・・・?」
「・・・何言ってんだか。とりあえず、前を見ようぜ?」
その言葉と流れの変わった風が、今が戦闘時だということを思い出させる。
こちらに向けて放たれたブレスをそれぞれ別の方向に避けて、二人は自らの得物に手をかける。
「おらトウマん!こいつ狩り終わったら何があったんか全部吐いてもらうで!」
「何も起きてねぇから!町に被害出る前にさっさと狩っちまうぞ!」
そう言って獰猛な笑みを浮かべる彼を見て、言い知れぬ恐怖を感じた。そんな考えを振り払うように、ハンマーの柄を強く握りしめ、
圧倒的な力を前に、二人は不自然なまでに狩人であった。
鋭い爪の生え揃った前足が振るわれる。横凪ぎの一撃を飛び上がって避けて、落ちる勢いを乗せた重い一撃を加える。
視界がクリアになる。効率の良い体の動かし方を理解する。
対象は飛び上がって上からのブレスを何度も放つが、そんな生ぬるい攻撃は通用しない。勿論全部避ける。
遠く離れた場所に着地した対象に近づいて、速さを乗せた一撃。風であおられて少し狙いがずれたが、翼膜に穴を開けられた。
視界がクリアになる。相手の動き方や考えが手に取るように分かり、攻撃に対する対処・反撃が格段に楽になる。もう攻撃の手が止むことはない。
ナニかの一撃で対象の体勢が崩れたので、その逆側から剣を叩き込む。僅かにだが骨が砕ける感触が剣伝いにわかった。
視界がクリアになる。どこを斬るべきか、どこを穿つべきか、どこを潰すべきか。対象の体内構造と肉質を感覚で理解する。
・・・対象の動きが鈍くなっていく。丁度いい、愉しくなってきたところだ。どんどん動かなくなっていく対象に向けて剣を振るい続ける。
視界が
ナニかのコエがキこえてきた。うるさいなぁ、もう。オレはイマタノしんでいるところなのに。ジャマしないでよ。
視界が
おかしい。
なんとなくそう思ったのは最初っからであったが、今のこれは明らかにおかしい。
アーリィンの目の前では、一方的な虐殺が行われていた。
トウマが、クシャルダオラと付かず離れずの距離を維持しながら連撃を決めていく。クシャルダオラの攻撃は尽く先読みし上下前後左右にすり抜けて、こちらの攻撃は全てクシャルダオラに何かしらのダメージを与えていく。
時に跳んで、時に足元を抜け、時に踏みつけながら、三次元的な戦闘を行っている。そして段々と動きは大胆に、精密に、機敏になっていっている。
勿論ハンターとして彼女も手を出しているのだが、ほとんどはもう一人の彼が行ったもの。
いくら弱くなっても、クシャルダオラ本体の周りは踏ん張らなければ飛ばされてしまう程度には強い風が吹いている。
尋常の人間ならばその暴風と言って差し支えない風の中三次元機動なんてのは出来ない。
それ以前に、冷静に考えて三次元機動なんてできる奴は人間を半分以上辞めている。
「ま、うちなら出来るかもしれへんがな、っと」
つまるところ、彼女もまた、人間を半分近く辞めているということだ。
古龍を征した者は、その力を取り込んで人間であることを辞めるという。
これはハンターやギルドの中でまことしやかに囁かれる伝説というか噂話なのだが、その信憑性は思いの外高い。
アーリィンも最初は眉唾物だと気にも留めなかった。しかし狩りが終わった後に、自身の心に形容しがたい、全能感のようなものが芽生えたのだ。
それからというものの、身体能力が異様に高くなったり強敵を前に胸がざわついたり圧倒し勝利することに快感を感じたり、それに呼応してかやたらと強いモンスターばかり集まってきたり。
ものがものなので周りにも相談が出来ず、その上自分とは異なる感情に揺り動かされて団員の皆との仲もぎこちなくなってしまった。
自分でも分からないことだらけだが、ただはっきりとした事実がある。
古龍を狩る前までは分からなかった感覚が分かるようになったこと、自信の心身が何かの外的要因により変化していっていること、そして聞いた限りこの変化は周りに害を及ぼしうるということ。
ハンマーの柄を握る力を一層強くして、一気にクシャルダオラに駆け寄る。向こうの顔の左側に向かって、思いっきり力を込めた一撃をフルスイング。一際大きい衝突音を響かせ、綺麗に横っ面に吸い込まれた。
丁度反対側に居たトウマもタイミングを合わせて、彼の愛剣で一閃。両側から押し潰すような形での攻撃になった。
「っしゃクリーンヒットや!なぁ、トウマん?」
努めて明るく振る舞うが、トウマとの意志疎通は叶わなかった。ただただどこか虚ろな目で、フラフラと
「───」
アーリィンは絶句する。是非もない、彼女はトウマのこのような表情を見たことがないのだから。
彼はそのまま、今までにない程のスピードで反撃の気力すら削がれたクシャルダオラへとぶつかり、古龍の稀少な血液を惜しげもなく撒き散らせる。いつの間にか風も雨も止み、付近を紅く染めるそれはまるで噴水のよう。
それがトドメとなったのか、つい先ほどまで暴威を振るっていた古龍は力なく、紅い大地に倒れ伏した。
しかし異常はそれだけでは収束がしない。古龍にトドメを刺したトウマ本人は、最早命も魂も抜けた殻に向かって永遠得物を降り続けていた。
「もう止めや!そいつは既に死んどる、もう傷つける必要ない!」
彼は止まらない。ただひたすら猟奇的な笑みを張り付けて剣を振り続ける。全身古龍の血で真っ赤に染まっているというのに、その表情は何処か恍惚としていて──
「オラ人の話は聞かんかボケェ!!」
蹴った。足が出た。トウマの異常とか、大変な狩りの後とかそんな面倒事を一切合切無視した、素晴らしい足蹴りであった。
彼女は元々気が長い方ではない。寧ろ割りとすぐプッツンキレるタイプの人間だ。自分の気に入らないことが続くと直ぐに天誅を下すタイプの人間だ。
そんな彼女が今まで(主にトウマの前で)滅多に怒りを見せなかったのは、ぶっちゃけ言うと本人にも分かっていない。愛ゆえに、とかパートナーのダウナーぶりを無意識に感じ取って、とかじゃないかな。多分。
アーリィン渾身の足蹴りによって飛ばされたトウマは、離れた地面にベチャリと伸びる。そしてそのまま起き上がってこなかった。
蹴飛ばしたすぐはアーリィンも特に気にはしなかった。回復薬を飲んだり、砥石でハンマーの手入れをしたり、クシャルダオラから取れそうな素材を剥ぎ取ったり。他にも周りの警戒などやることは沢山あったからだ。
狩りが終わったからとて油断は出来ない。古龍の襲撃が起きた後にはモンスターの活動が活発になる。もしかしたら、別のモンスターによる襲撃があるかもしれない。
しかしそれも十分二十分動かないままだと、段々不安になっていく。まさか死んだなんてことはあるまいが、もしかしたら気絶ぐらいはしてしまったのかもしれない。顔面から思いっきりダイブしたし、そのときに頭を打ったのかも。
ぽつりと生まれた不安はたちまち思考のリソースを全て奪ってしまう。狩りの後だし、様子が明らかにおかしかったから、特に。
「お、おーい。大丈夫かー、トウマーん?」
呵責に耐えかねて声をかけた瞬間、ガバッとトウマが起き上がった。ビクリと驚きで肩が跳ねる。
「おおぅ!?び、ビックリしたー。なんや、起きとったんなら動きの一つでも──」
ガガガガガガッ!!
後方で何かが地面を抉っていく音が響いた。次はなんだと半ば呆れながら後ろを振り返れば、そこにいたのはなんと禍々しい黄色。
狂竜ウイルスに浸りきって狂った眼がこちらを睨む。変色した鱗を逆立て、タカが外れた甲高い咆哮を轟かせる。
漸く日が照ってきた空が再び薄暗くなり、辺りが瘴気によって薄紫に毒されていく。
ギギャァアアアアアアア!!!
それは限りを極めし竜。
超常の侵食を制御し、我が物とした厄災。
ギルドより『禍源』の名を付けられし諸悪の根元。
名を『千刃竜』セルレギオスという。
「よりにもよって、今こいつが来るか・・・!」
極限化モンスターは、我が身を削るその力によって異常な進化を遂げている。
その異常の一つに『肉質の硬化』が上げられる。どんな刃すら通さぬように
その状態ではろくに狩りにならないため、研究所がなにかよく分からない石を作り出したとか。狂竜ウイルスの働きを弱くする作用で一時的に極限状態を解除できる代物らしいのだが、それが今手元にない。
だからといってそれを取りに研究所へ走るなんてことをしてしまえば、後には破滅しか残らない。あるいは誰かがその石を届けてくれるか、救援に他のハンターが来てくれるかもしれない。しかしそれも何時になることやら。
古龍すら上回ると言われる極限モンスター相手に、果ての無い耐久戦を挑むことを強いられているのだ。
控えめに言って勝ち目はない。
「ああ、ほんと。なんなんやろ・・・!」
両者ともに動きはない。片や動かず片や動けず。この二つの違いはそれなり程度の差しかなさそうで、実際天と地ほどの差がある。
それはただ一点、狩る側と狩られる側の区別がはっきりとついていること。
じっとりと空気が澱んでいく。殺意と緊張と集中力が辺りをつつみ、アーリィンは背中に冷や汗が垂れていくのを感じた。
瞬間、視界の端で僅かに捉えていた程度のトウマに、動きがあった。彼は空を見上げている。
「来るっ」
トウマは短くそう叫んだ。嗚呼、確かに彼女はその動きを見ていた。しかし彼女は咄嗟に動くことが出来なかった。油断か、慢心か、集中力の途切れか、はたまた神の悪戯か。
ほんの一瞬で最高速に達した一撃が彼女の命を刈り取ろうと動き出して──
その一瞬のうちに、クシャリと、まるで枯れ葉が踏みつけられたかのように、潰れた。
そして奴は現れたのだ、満を持して。
かの禍々しき渾沌の龍が