のんべんだらり狩猟紀行 作:手巻きおにぎり
ガァアアァァァァァァ!!
「オオォァァアアアアアア!!!!」
その
萎えた気を奮い起たせ、自らが信ずる武器を握りしめ。
さぁ、本日の最終戦へと向かうとしよう。
すっ、と意識が晴れた。なんだろうか、今まで、暗い道をひたすら走っていたような、そんな夢を見ていたような感じだ。
ここは何処だろうか。左右を見渡してもただ白が広がるばかり。上下を見てみてもただ黒が広がるばかり。遮るものもなにもないこの場所は、俺に宙に浮いているかのような錯覚を与える。浮遊感だ、足はしっかりとつけている筈なのに。
──長かったぞ、人の者──
この声は!? ・・・誰だろうか。子供とも若人とも老人とも男とも女とも区別のつかぬ、どこにでもありそうな声。頑張って聞き取らなければ聞き逃してしまいそうなその声が、すぅと頭のなかに流れ込んでくる。
──俺が生まれて幾星霜か。ずっとこの時を待っていた──
しゃがれた声が厳かに
──もう、ついぞ。夢は叶わないと思っていたのだけれど──
悲哀に満ちた声が細々と
──しかしお前は現れた。半ばほど正気が消えかけていたが、はっきりと分かった──
力強い声が雄々しく
──後は、俺がお前の存在を喰らうだけ。そうすれば、悲願は達成される──
快活な声が朗々と
──しからば、闘え──
凛々しい声がはっきりと
──闘え!──
雄々しく
──闘え!──
朗々と
──魂を狩れ!──
はっきりと
──持てる全ての力を使え!──
厳かに
──自分の中にあるもの全てを燃やすのです──
細々と
──龍の器は決闘により産み出される!──
豪胆な声が猛々しく
目の前に、龍がいる。何処か俺と似た、歪で不自然な生き物が。
闘え、闘え、闘え、闘え!
そうだ、俺は──
──ま、なんにせよ勝つのは俺だけどね──
慣れ親しんだ声が淡々と。
響き渡る咆哮を無視して突っ込む。早々に耳がつぶれるがそんなものは必要ない。
股下を切り裂きながら通り抜け、後ろ足を越えて後ろへ出る。
勢い乗りきらぬ尻尾で叩かれた。腰をしっかり据え盾を挟んで耐える。こんな程度どうってことない。
後ろからぶつかってきた何かに思いっきり吹き飛ばされる。
振り抜かれたのは翼腕だ。ブレスが飛んできたので転がって避ける。
そのまま急接近して頭に一撃、これは硬い翼腕に防がれる。構わない、そのまま骨に切り込みを入れてやる。
跳ね返されてたたらを踏む、なんてことはせずそのまま一旦後ろへ。前をブビュンと翼腕が掠めていった。あれに当たったらちょっと痛かったかもしれない。
連続で放たれるブレスを回るように走って避けていく。そのまま後ろに回り込んでまずは左の足を狙った。飛んで避けられる。
そのまま数秒滑空した後、視覚外からの急降下。お前の気配ぐらい耳が潰れていても感じ取れるわ馬鹿者が。右に跳ぶ、相手は決定的な隙を晒した。
近寄って斬りつけてやろうと意気込んだところで、誰かに道を遮られる。
アーリィンだ。何を言っているのかは全く聞き取れないが、制止を促しているということは近づかない方がいいのかもしれない。一先ず落ち着いて経過を見る。
地面から爆発が起きた。奴の周囲にのみ、地面が抉れるほどの。これはさすがに当たったら不味かったな、アーリィンには感謝せねば。
アー、リィン?アー・・・、まあいいか。
そこから助走も程々に跳躍、背中めがけて落下。体重を思いっきりのせて背中部位の甲殻に大きい切れ目を入れる。先程のわき腹同様、この傷は確実に目標の命を削っていくだろう。
振り落とされる前に武器を回収、地面に降り立った。
足に振動が伝わる。何事かとそちらの方を向けば、何やら上手く体が動かせぬ様子でもがいていた。
瞬間、なにか背筋にぞわりと悪寒が走った。分からない、分からないが、何かヤバイ。俺は兎も角として、アン子にはどうにかしてこれを伝えなければ。
離れろ、そう言った気がする。耳が聞こえないからいまいち自信がない。早く治らないかなぁ。
ん?アン子?・・・ううむ、なんか変だ。
伝えたあとに俺も逃れようとするが、運悪くぬかるんだ地面に足をとられてしまう。もう間に合わない、身を固めて備える。
爆発。文字通り体が弾け飛ぶような衝撃。来ると分かっていても意識が飛びそうになる。
しかし俺は死んでいない。体もまだ動く。ならば大丈夫だ。ほっとけばそのうち治る。
アーリィンが駆け寄ってきた。とても心配そうな顔でなにかを言っているが、案の定全く分からない。
俺は大丈夫、気にするな。そう言ったつもりだが、上手く伝わっただろうか。
困惑した顔で、でも頷いてきた。どうやら伝わったらしいな、安心だ。体の節々を確認、どうやら問題はないみたいだ。
今度は足を取られることなく、しっかりと地面を蹴って。
翼腕が唸る。 避ける。
剣が煌めく。 外れる。
ブレスが炸裂する。 もう範囲内にはいない。
鎚が振るわれる。 痛撃が確かに入った。
ガアァァァアアアアアア!!!
「アアアァァァァァァッ!!!」
「ぅらぁぁぁぁぁぁ!!」
もうこの場には理性で動いている生き物はいない。皆が皆本能の感じるままに敵に向かい、挑み、圧し潰そうと全力を向けている。
武器を振るえば、龍は受け止め跳ね返す。
腕が振るわれれば、狩人は避ける。
お互いが逃げなど欠片も意にも留めない、まさにインファイト。その力量差は龍が一、人が二の比率でほぼ完全に釣り合っている。
世間一般でよく聞かれる古龍討伐の英雄譚は、殆どが『ある一人のハンターが古龍に立ち向かう』ないし『多数のハンターが古龍を圧倒する』、あるいは英雄になることなく骸となるか、である。
どちらかにパワーバランスが傾くのが世の常である。いくら途中でひっくり返ろうとも、いずれにせよ傾く。
今このようにどちらに傾くともなく平衡を保っているのは、最も夢に溢れ最も愚かしい、文字通りの非現実なのである。
人は龍を狩る決定打に乏しく、龍は人を滅する機会に乏しい。お互いボロボロの筈なのに、執念のみがその体を突き動かす。
力量の似通った一対が、片や数を質で、片や質を数で補い、互いが命を顧みず力と力をぶつけ合う。
さて、この状況。戦況が覆されるとしたら、切っ掛けは何になるだろうか。
どちらかに援軍か来る、という考えたかもある。しかし、連続して超強力なモンスターが襲来したことで付近のモンスターはドンドルマ周囲に近寄らず、またここで行われている戦闘の前には、バリスタや大砲による援護も却ってハンター達の邪魔になるだけである。
ならばなんだというのだ。簡単な話である。
異種生物として覆しがたい、種族間の地力の差。これに尽きる。
「ぐっ!?う、うぅ・・・」
今まで勇猛果敢に攻め込んでいたアーリィンが、突如膝を折り地に屈する。運動量が許容量を超えたのだ。
その隙を狡猾な龍が見逃すはずもなく、もう一人から邪魔が入る前に的確に尻尾を打ちすえ、吹き飛ばした。
ろくな受け身も取れずゴロゴロと地面をバウンドしていくアーリィン。トウマはあえて見ないフリをして龍を攻め続けた。
守勢に入っては勝機は無くなる、ということを判断しての行動だった。非情かもしれないが、現状唯一彼女の命を守る方法。
しかし二人で拮抗を作っていた相手に一人で立ち向かったところで、じわじわと嬲られるのが関の山。
案の定トウマは攻撃をまともに受ける回数が多くなり、嫌でも守勢に入らざるを得なくなった。
どこに逃れようとも予知していたかのように先回り攻撃をしかけ、どこに攻撃されようともそれを許さず外させていく。
この龍は、『戦闘』という観点からトウマを追いつめ、潰そうとしている。
それの異常性はまぁさておき、それがハンター側にとってどれだけやり辛いことか。
戦術的な戦闘という、人間側絶対の優位性の一つが崩れてしまったわけだ。
数分の戦いの後、やはり集中が切れていたのか僅かな隙を見せたトウマに向かって、拳を握り固められた翼腕が振り抜かれる。
明らかな殺意を見せるそれに、小盾を構えてせめてもの防御姿勢をとるが、そんなものは無力。
盾と右腕を粉砕して、トウマを吹き飛ばしてしまった。
立っている者は居ない。これにて戦闘は終了だ──
──と、誰もがそのように思っていた矢先。ドスリ、と龍の右脇腹に何かが突き刺さった。
そこからは、止むことのない槍の雨。大半は外れたり硬い部位に弾かれたりと大した意味は果たさないが、数打ちゃ当たると言わんばかりの弾幕は確実に龍にダメージを与えていく。
「おらもっとバリスタ持ってこいやぁ!さっさとしねぇと玉切れちまうぞぉ!!」
「はいぃ、ただいまぁ!!」
「当てるより時間を稼ぐことを重視してください!なんとしても、この街の英雄を守るのです!!」
「そうは言うがよぉ、別に当ててしまってもいいんだろぉ!?」
「お、親方ぁ!!住民が手伝えることはないかと、沢山押し掛けて来ましたぁ!!」
「何ぃ!?よっしゃ丁度いい!少しでも多くストック持って来させろ!どんどんばら蒔くぞ!」
「こちら中央、準備完了しました!」
「おう、ならどんどん撃てや!残り全部使い果たす気でなぁ!!」
「トウマ君に手ェ出すなァァァァァァ!!!!!」
弾幕の正体はバリスタだ。戦闘が終結し、誤射の心配なく使えるようになった発射台約10機から、溜めに溜めたバリスタが放たれたのだ。
因みに、発射担当は主に工房の職人たち。ドンドルマはよく古龍の襲撃があるので、全員バリスタの使用はお手のものだ。
これには龍も驚き、一度空に逃げて仕切り直そうと翼を広げた。
しかし飛び上がるすんでのところで、何かに強く体を引かれバランスを崩してしまう。
なんてことはない、簡単な話。バリスタの拘束弾を何十本と体に撃ち込まれたのだ。
本来は四方八方から撃ち込んで体の自由を奪うのが拘束弾の役割だが、今回はそれがバリスタ発射台の方に向けていた右半身に集中している。
ガァアアアアァァァァァァ!!!
なんとか抜け出そうと足掻くが、体に深々突き刺さったバリスタは、返しが肉や甲殻に引っ掛かるせいで上手く抜けない。そのまま少しずつだが、発射台の方へ引き摺られていく。
そしてその先にあるのは、人類側の対古龍最強兵器。その名も撃龍槍。その中でもドンドルマの撃龍槍は、数多の古龍の血を吸ったまさに『古龍殺し』。
ならば吹き飛ばしてやろうと爆発の為に力を溜めるのだが、そうは問屋が卸さない。龍の背中に激痛が走る。
「っへへ。俺を忘れるなんてそんな薄情なこと、してねぇよなぁ!?」
トウマだ。いつの間にか背中に登っていた彼は、腕が肘まで埋まるほど深々と小剣を龍の体に刺し込んでいた。砕けたはずの右腕は何故だか形は元に戻り、白く発光している。それは
ほぼ同時に、頭を大きくすさぶられる。視界がチカチカと光り、体から力が抜けて上手く動けない。
「はっはっはぁ!ウチかて忘れもらっちゃあ困るで!!」
それは
瞬く間に
「撃龍槍、発射ァァ!!!」
「撃龍槍、発射ッ!!」
ドゴォン、ズガァン、バガァン、と。三つの音が同時に轟く。燃石炭の爆発による破壊的な一撃は巨大な槍を押し出し、龍を撃つ槍は龍の胴を貫通し、それだけに飽きたらず胴を二つに穿ち断った。
「うげっ、こりゃ・・・。っ、おい、トウマん!まだ生きとるかもしれへんで、あんまり近づいちゃ──」
骸の前半分、顔の前へとトウマは近付く。その目に光が宿っていない事を確認した後、他の誰にも聞こえない小さな声で宣言した。
「悪いな、この闘い・・・。俺の、俺達の、勝ちだ」
その瞬間、死んだと思っていた龍が突如動きだし、そのアギトで目の前の男を喰らわんと飛びかかった!
トウマは僅かに瞠目したあと、すっと瞼を閉じて──
──ドサリ。
アギトの中へとトウマをおさめ、しかしそのまま閉じることなく、地へと伏す。
龍は最期の願いすら叶えることなく、その命を散らした。
「コォラァァ!!トウマん、だから近付いちゃあかんと言ったやろうがァ!!」
「いでぇ!?な、いきなり殴んなよ!ま、まって、き、傷が、開く・・・!」
「えっ、あっ。ちょ、大丈夫、じゃなさそうやんかトウマん!?ほ、ほれっ!先ずはウチのグレード飲みぃ!」
「わ、悪いな・・・?」
慌てたアーリィンから回復薬を渡され手を伸ばしたところで、ふと体がぐらつく。
咄嗟に骸の頭に手をおいて体を支える。その時だった。
「うっ、グゥ・・・!?」
突然トウマは頭を押さえて苦しみだした。ぐらりと体が傾き、地面に伸びてしまう。仰向けのまま頭を押さえ、もんどりうつ。
頭を割られるような激痛。今までの頭痛など一笑のうちに蹴散らすような、恐ろしい痛みが頭を襲う。
脳で電流が流れ回り、口は上手く動かせず、体の自由も利かない。そしてそのまま──
パタリ、と地面に腕が力無く地面に横たわる。
トウマは苦悶の表情を浮かべ───
───全ての動きを止めた。