のんべんだらり狩猟紀行   作:手巻きおにぎり

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そして時は動き出す

ブロロロロロ、ブウゥゥゥン──

 

 

パッポー、パッポー、パッポー──

 

 

ガトンゴトォン、ガタンゴトォン──

 

 

ざわざわ、ざわざわ──

 

 

 

 

 

 

 

「全く、なんだってんだよ。どこなんだここは。空気悪いし、五月蝿いし。出口も何も見つかりやしねぇ」

 

 

 

ひどい頭痛で意識が飛んだ後、気がつけば俺はここにいた。

黒々とした地面の上を大きい変な物体がかなりの速さで駆け抜け、ゴミのようにいる人間が絶え間無く歩き続ける。なんとも奇妙な場所。

 

空気が汚れている。人が密集している性か、はたまた別な原因なのかは知らんが、とにかく息苦しい。自然も全く見当たらないし、よくこんなところでここの人間は生きていけるもんだ。

人間といえば、そいつらが着ている服も特異だ。全身キッチリと黒い服を着ていたり、妙にテカテカ光っているものを着ていたり。荷物も背負ったり肩に掛けたり手で持ったり引き摺ったりと統一感がない。

 

 

 

特徴を挙げれば挙げるほど不可解なこの場所だが、何故だろう。酷く懐かしい感じがする。

 

 

 

当てはある。俺の全く失われてしまった、この『人格』の記憶。所謂前世というもの。

今も昔も思い出したことなんてからっきしだが、どうしてか、それが理由なのだろうという確固たる自信が俺にはあった。

 

 

 

 

 

色々考えながらぶらぶら歩いていると、比較的静かな場所に出た。三角屋根の建物がびっしりと数十数百建並んでいる。恐らく、居住エリア。

 

そこにはまだ少しだけだが自然が残っており、ぽつりぽつりと木が頭を覗かせている。どれもサイズの小さいものばかりであるが。

その中の、少し開けた場所に腰を下ろす。この場所には砂利が平らに、そこそこ広く広がっている。多分、ここらの住人が体を動かすために開けられているのだと思う。現に今も、子供たちがボールを蹴って遊んでいる。

 

 

木陰の据え付けの椅子に座って考えを巡らす。どうしてこんなところに来てしまったのか。あの時の強烈な頭痛はなんだったのか。なぜ俺はあの狩りの時あそこまで体を自在に動かせたのか。

そもそもなぜ途中の記憶がない?あの謎の夢はなんだ?龍の器って?

 

 

 

「・・・わっからんなぁ。推測をしようにも、情報が無さすぎる」

 

 

 

数分考えるが、手掛かりが全くない以上何も結論がでるはずもなく。にっちもさっちもいかない現状に苛立って、頭をボリボリと手で掻く。

 

トン、と脚に何かが当たった。見てみると、そこにはボールが。遠くで子供が何か喋っているので、多分間違ってこっちに飛ばしてしまったのだろう。手で持って投げて返してやる。

 

 

 

「へー。君って、怖そうな見た目して案外優しいんだ」

 

「恩を売っときゃ何かしらで返ってくるからなぁ。そんな理屈なしにも、頼られたら応えてやるってのが当たり前だろう」

 

「うんうん。なんか良いよねー、そういうの。現代じゃ無くなっちゃった、横の繋がりって言うの?今は恩を売っても返ってこないのがザラ、下手すりゃ仇で返ってくるから」

 

「殺伐だなオイ。・・・・ん?」

 

 

 

ふと、右隣を見る。そこにはニコニコとこちらを見る青年の姿が。確かに今座っている椅子は横長で、隣に座るスペースは十分あったが。

いやそこは大して問題じゃない。こいつ、今流れるように俺に会話を振ってきたぞ。全く気がつかなかった。・・・この頭に直接響いてくるような不思議な感覚、どこかで。

 

歳は同じくらい、16歳ほど。黒髪で、俺がこの辺で見てきた人間達と同じく、どこかパッとしない風貌。

しかしそれでもなお強く存在を示すものが、眼。左が黒、右が赤。それぞれ別の色の輝きがこちらを覗いている。

肌は色白。朗らかな表情をしているが、どこか儚げな印象を受けた。

なんとなく、どこかで見たことがあるような顔。何時だったかなぁ。

 

 

 

「ん?どうかした?」

 

「いや、どうしたもこうしたも・・・。お前、誰だよ」

 

「えっ、俺?俺はー・・・。ま、まぁそんなこといいじゃん別に!」

 

「いやいや、良かねぇよ。自己紹介はコミュニケーションの基本だろ?俺はトウマだ。お前は?」

 

「えー・・・。んじゃあ、『立枯(たちがれ)』。今はそう名乗っておくよ」

 

「名乗るって・・・。んま、いっか。宜しくな、タチガレ」

 

 

 

そんな感じで無理矢理自己紹介をさせてると、向こうからボールがまた飛んできた。今度は山なり、アーチを描いてタチガレの方へとまっすぐに。

しかしタチガレに動じた様子はない。気がついて無視してるならいいけど、もし気かついてないとしたら・・・っ!

 

バムン、とゲリョスの皮に弾かれるような弾力のある音と共に、飛んできたボールが明後日の方向に飛んでいった。

結局俺が左腕を出して守るまで、タチガレはボールの存在に気がついていなかった。

 

 

 

「あっ、と。なんか助けられたみたい?ありがと」

 

「いやそれは構わんが。ボール、気がつかなかったのか?ボーッとしてたわけでもあるまいし」

 

「あー、うん。これ、この右目ね。実は全く視力が無いんだ。右耳もそう。殆ど音が聞き取れない。だから俺、右側に滅法弱いんだ」

 

 

 

見れば見るほど澄んだ赤色の右目を手で押さえながら、タチガレはおどけたように告げる。しかし予想外に重たい事実に、かける言葉を失ってしまった。

視力が無く、聴力もない。ならば、さっきのに気がつかなかったのにも説明がつく。あれは確かにこいつから見て右側から迫ってきた。

 

 

 

「ま、俺のことは気にしないでよ。それより、君も日本人とは若干違って見えるけど、どこの国出身?東アジアの方だよね?」

 

「東アジア?・・・よく分からんが、少なくともこの辺の出じゃあないな。俺のいた所はこんなへんちくりんな場所じゃない」

 

「へぇ。君のいたところってよっぽど田舎だったんだね。凄いってならともかく、へんちくりん、か。っはは」

 

「田舎?まぁ、確かに森に囲まれちゃいたが。いや、そう考えると全然田舎だな」

 

「マジでどこ住んでたのさ君」

 

 

 

今はもう懐かしい、故郷の村を思い出す。・・・あれからまだ、一年も経っていない。昔はあんなにもすぐに時間が過ぎていったのに。

 

・・・親との思い出なんざ殆どないけど、今度一回墓参りにでも行こうかな。

 

 

 

 

 

「そうだね、へんちくりんだ。今の世の中は、この世界は」

 

 

 

 

 

 

ぞわっ、と。背筋に悪寒が走った。気が付いたら、子供が居ない。いや、それだけなら良かった。子供だけなら、どうとでも説明がつく。

 

 

 

 

 

しかし、回りを遠巻きに取り囲んでいた家々が消えていたとしたら。

 

 

 

 

 

疎らにだが生えていた小さな木が消えていたとしたら。

 

 

 

 

 

白い砂利の地面が消えていたらとしたら。

 

 

 

 

 

まさに異常。気が付いたら俺は椅子に座って、白い空間に浮いている状況に陥ってしまった。

 

 

 

上は全てをあまねく照らす闇の如く輝き、

 

下は全てを呑み込み葬る光の如く其処にある。

 

 

 

 

言いようもない既視感。ここは、確か。まさか──

 

 

 

 

「お前は、まさか・・・!?」

 

「遅いね。まるでカメの駆け足だ。ウサギが寝てしまうのも分かる」

 

 

 

 

俺の真正面から、タチガレはこちらを見る。その眼にはなんの感情も籠っていない。無機質、とでも表せるような、まるで石のような眼。

 

 

 

 

「そうさ、ようやく気がついたかな?龍の器よ」

 

「・・・ああ!勝ったぜ、俺は!お前の目的はなんだ!一体ここは何処なんだ、俺に何をした!」

 

「まあまあ、落ち着いてくれよ。もう俺が君にどうこうするつもりはない。というか、出来ない。そんな力は残っていないからね」

 

 

 

 

いまいち噛み合わない会話。こうなったらもう洗いざらい吐いてもらおうと決めて、まずは耳を傾けることにした。

 

ところで、これは紛れもない真実なのだが。そう話を切り出した。

 

 

 

 

「君と俺は、いや、正しくは君の外身と俺の中身になるか。この二つは、元々一人の人間のものだった」

 

「──・・・はぁ?」

 

 

 

 

いきなりメルヘンチックな話題から話を切り出した。なんだか突っ込むのも癪なので、出来うる限りのノーリアクションで聞きに徹する。

 

そこから、俺の預かり知らぬ裏の話が始まった。

 

 

 

 

 

 

「その、君と俺のベースとなった人間は一度死んだ。死とは終わりじゃないだとかほざくやつらはいるけど、個人単位で見れば死とは終わりだ。その人の人生の終焉だ」

 

 

「けどね。運が良いのか悪いのか、その人間は次なる生涯を手にすることに成功したんだ。しかしなんということか、次なる生涯は人ではなかった」

 

 

「その人間は龍として産まれた。前の人生という、ともすれば呪縛になりうるものを持ったその龍は、しかし出来うる範囲のことをしつつ生きていった」

 

 

「けどその龍に──ああもうめんどくさいや。一人称俺でいいよね。何百年か生きた俺は唐突に、変な虚無感に苛まれた」

 

 

「心当たりは無いこともなかった。だから探した。多分、俺と同じようにこの世に落ちた俺の外身を」

 

 

「暫く探して、ようやく見つけた君は、確か十歳位だったかな?遠目でよく見えなかったけど、君だと言うことは分かった。まぁ、そこで色々あったんだけども」

 

 

「龍達の間で古い言い伝えがあってね。龍と対等な力を持ち、契りを結べる程に絆が強い人と龍が、人の死の間際に龍の魂と溶け合って一つの超生物的存在()になったという言い伝えさ」

 

 

「生き物を越えるつもりは更々なかったんだけど、上手くいけばまた俺が『俺』として生きていけれるかも。そう思って俺は待った。君が俺と対等な存在に成長するまで」

 

 

「少し経って、予想通り君は強くなった。もう後一、二年待ったら十分に対等に成るだろうと俺に思わせる程度には。けど、次は俺の方の事情が悪くなってしまったんだ」

 

 

「体調の変化、力の変質。意識も薄ボンヤリとしてはっきりものが考えられない。列挙すれば切りがないが、とにかく予定が大幅に狂ったのは事実だった。いつの間にか君が居なくなっていたのもその時期だね」

 

 

「その後意識を時たま飛ばしつつまた君を探した。見つけたのは半年と少し程後だったか。この頃になると力の調節が利かなくなってきてね、周りのモンスター達には迷惑をかけた」

 

 

「けれどあそこには凄腕のハンターが沢山いたから、下手に手を出せなかった。だから、君が移動した後を狙ったんだ。俺は君に『変化の種』を植え付けた」

 

 

「最初の接触のあと、君の体に変調が続いたよね?あれは俺に生物としての『格』を近づけるために、君の体を改造していたからなんだ。身も蓋もない言い方で悪いけども」

 

 

「でもそれと同時に俺の体もどんどん狂わされていってね・・・。こちらの限界まで君の体を変質させて、今回君に決闘を挑んだわけさ」

 

 

「最後の仕上げ、生き物としての『格』を上げる最後の試練は、『臨死』。君はそれをもって、龍の器となった。・・・まあ、負けちゃったから、意味ないことになったけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・幾つか、質問させてもらってもいいよな?」

 

「どーぞどーぞ」

 

 

 

話が終わった。それは、この男が死を体験してから今までに至る人生、正しくは龍生の物語。そのなかでいくらか、俺の記憶にも引っ掛かるものがあった。

 

 

 

 

「まず確認だが。俺が『前世』というものを漠然と認識しながらその頃の記憶が全くないのは、中身であるお前が外に出ていたから。それでいいんだな?」

 

「そうだね。事実、俺は前の『俺』のことをしっかりと覚えている」

 

 

 

次だ。

 

 

 

「俺が十歳ぐらいのころ、お前は『色々あった』と言った。そのことについて、何か覚えているか?」

 

「勿論。確かあれは、そう。ハンターが来たんだ。近くにいたモンスター狩猟の行きか帰りか、偶々俺を見つけたらしくてね。生かしておく義理もないし、勢いそのまま潰しちゃったんだ」

 

「・・・それは、男女のペア、だったか?」

 

「うん?・・・多分。あの辺で会ったのは男女ペアだけだったと思う」

 

 

 

・・・次。

 

 

 

「俺が故郷を出るしばらく前に、モンスターに襲われた。そいつは本来種としてあり得ないほどの攻撃性を示していた、と、そいつを狩ったハンターに聞いた。今思うに、それは狂竜ウィルスの仕業だったのだろうが、お前の仕業か?」

 

「うーーん?俺も見たこと聞いたことしか知らないから、全知全能じゃないから分からないけどさ。その時近くにいた同種は俺だけだったっぽいっし、意識飛んでる間になんかやらかしたのかもしれないね。少なくとも記憶はない」

 

 

 

そうか、次だ。

 

 

 

「なんだか狩りの途中の記憶が曖昧だ。てめぇなんかしたな?」

 

「そんなガン飛ばさないでよ。まあなんかしたんだけど。さっき言っただろう?『生き物としての格を上げた』って。多分それで、何かリミッター的なのが外れて暴走したんじゃないかな。後遺症は心配ないよ。それと、俺のと記憶の混濁もあったみたいだね。まぁ気にしなくていいと思う」

 

 

 

そういう問題じゃないんだが、まあいい。

 

 

 

「これがラストだ。・・・これから、俺とお前はどうなる?」

 

「どうにでもしたらいい。君は龍の呪縛から解かれ、真の自由を手にいれた。これから先は、君の人生だ」

 

「それじゃあお前は?龍は絶命した。その中身である、お前は?」

 

「さあ、どうなるだろう。俺にも分からない。君を喰えば俺は『俺』として完成されたと思うけど、君が俺を喰えるとは思えないしなぁ・・・。そこで、君にはある重大な決断をしてもらわなければならない」

 

「決断って?」

 

「ああ!」

 

 

 

 

タチガレ──龍は右の人差し指を立てて、俺に提案をした。

 

 

 

 

「簡単な話。俺の記憶と力を引き継ぐか、君のままで生きていくか、だ」

 

「記憶と、力?なんだ、俺は神にでもなるのか?」

 

「いやいや、人は龍を取り込みきれない。だから神になるのは土台無理な話なんだ。けど、それでも『俺』としてある程度の完成を目指すことが出来る」

 

 

 

 

龍は哀愁の籠った眼で見つめてくる。

 

 

 

 

「俺という意識は消えても、外身と記憶が揃っていれば八割がた完成と捉えることも出来なくない。そうは思わない?」

 

「ねぇな。完成ってのは、『完全に成る』ってことだ。十割未満は、未完成だ」

 

「ありゃ、手厳しい。なら、なんにせよ未完成だ。どうにでもするがいい。俺は敗者だ、勝者の意見に従おう」

 

 

 

 

決断を丸投げされた。まぁなんというか、適当な奴である。

どうしてこうなったかな。俺はただハンターとして生きてきただけだというのに。その実、この目の前の奴に言いように生かされていただけだったとは。

 

だけれど、生きていた意味、生きる意味を知れたことを大きい。これから先、俺が生きていくためにも。

 

そう、これからも俺は生きていくのだ。

 

 

 

 

「・・・・記憶と、力は貰おう」

 

「そう、かい。安心した。これで──」

 

「だが、生きていくのは俺としてだ。『俺達』でも『お前』でもなく、『俺』として。勝って取ったもん全部背負って、生き抜いてやる」

 

「・・・強いね、君は」

 

「ったりめーよ。お前に勝った(お前を狩った)んだから」

 

「うん、そうか。そりゃそうだ、なら強いのも分かる」

 

 

 

 

龍は穏やかな顔で、苦笑した。今まで身の丈に合わない程の重荷を背負ってきた青年は、今この時をもってその呪縛から解き放たれたのだ。

そう考えると、こいつもまた被害者だったのかもしれない。自らをなげうって過去の自分を目指した男は、死の間際に救われた。

 

 

そう思うと、まぁ。悪くない。

 

 

 

 

 

「──君は決断を下した。問いの答えは是。よって只今から、君は力あるものとして生きていくことになる。本当にいいんだね?これに答えればもう後戻りは出来ないよ?」

 

「何度も言わせんな。お前の分まで、俺は生きる」

 

「その決意、しかと見届けた。・・・もう君の夢は終わりだ、現し世でも元気でね。それと、─────。」

 

 

 

 

俺の後ろからここにある紛い物ではない、本当の光が差し込んできた。

 

足元に真っ直ぐ伸びて、まるで道のように振る舞う。俺はそれを無言で歩き出した。

 

向かう先はこことは違う、現実。夢にも幻にも背を向けて。

 

 

 

 

 

 

それを引き止める声は、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分を思ってくれてる人は、大事にね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケッ、んなこたぁ分かってるよ・・・」

 

 

 

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