ちょっと詰め過ぎました……
一夏は、千冬姉の電話の日から5日後に帰国した。千冬姉は、一夏発見に協力してくれたドイツ軍に借りを返すべく、そのままドイツに残り軍の教官を一年間務めるらしい。寂しくなるが、そうも言ってられない。
「……はい、お茶」
「……あぁ、ありがとう」
一夏の前に今淹れたばかりのお茶を置く。
ソファに浅く腰掛け、背筋も丸めており、目も虚ろだ。さっきの返事も、まるで生を感じられない。
誘拐された恐怖からか、はたまた自分を救出するため姉が決勝を辞退したことに責任を感じているのか、一夏の落ち込みようは凄まじい。流石にこんな状態の一夏を一人にしておく訳にもいかないので、俺は珍しくリビングに居る。いつもは俺が一夏に心配されるのだが、今回は逆だ。皮肉とも言えよう。
俺は一夏の向かえのソファに腰掛ける。
「……なぁ、春助」
「…ん?」
一夏は俺の方を向く事はなく、明後日の方向を向いた状態で口を開いた。
「俺さ……千冬姉に迷惑掛けちまった……。なんであの時……あいつらについて行っちまったんだろ」
「一夏……」
俺は一夏の名前しか言えない。俯いたまま一夏は続ける。
「なんか……何もかも嫌になったよ。お前に散々出てこいって言ってたけど…お前の気持ちがようやく分かった」
そこで一夏はお茶を一口啜り、ゆっくりと、またテーブルの上に置く。部屋は、さっきのテーブルにお茶を置く音と、冷蔵庫の稼動音しか聞こえない。
(……いいや、一夏は分かってない)
一夏は分かった風にしているが、俺の気持ちなんて俺しか分からない。というか、誰も分からなくていい。
「……ごめんな。俺、もう無理かもしれん」
「……何言ってんだよ」
俺の声はか細く、恐らく一夏には聞こえていない。それで良かった。もし聞かれていて、次の言葉を求められても俺は何も言えなかった。
「一夏……千冬姉に迷惑掛けたのを……その、申し訳なく思ってるの?」
「……あぁ」
俺の問いに答えるその声は、やはり気力がない。まるで死人だ。死人は声を出さないが、今の一夏の目、それは死人の目としか表現の仕方がなかった。
俺がこれから言うことは綺麗事だ。そのただの綺麗言が一夏の心に響く自信は全くなかったが、空気だけでも変えなければならない。
このままいくと、一夏は俺と同じ引きこもりになりかねない。
「……一夏は今さっき、『お前の気持ちがようやく分かった』って言ったけどさ、全然違うよ。一夏は、俺の気持ちなんて分かってない」
俺は静かでありながら力強い声を一夏に向けた。
「……どういうことだ?」
「一夏は千冬姉のことを想ってそんな落ち込んでいるんだろ?俺はそんな綺麗じゃないよ」
一夏は納得がいかないと言いたげな顔だ。眉間に皺を寄せ、俺の方をじっと見つめている。しかし、さっきまでの死人の目は、相変わらずだった。
「確かに俺も千冬姉…そしてお前にも負い目を感じてる。だけど、それは結局、最初から最後まで自分のことだけしか考えてなかったからこうなったんだ。だけど、一夏は違う。お前も、最初は自分のことしか考えてなかったかもしれない。だが、今は千冬姉のことを想ってる。いいかい?そこには大きな差があるんだ。」
これは絶対に超えられない壁。俺は醜く堕ち、一夏は美しく落ちている。俺にとって一夏は眩し過ぎる存在だ。手を伸ばそうとも、決して届かない程に。
だが、俺は過去に悔いがあろうとも、この怠惰生活は捨てきれない。知ってしまったのだ。楽をすること。外敵ばかりの生活とは打って変わって、誰も俺を虐めないこのユートピアを。
「千冬姉に詫びたいなら切り替えろよ。お前まで堕ちたら千冬姉はどうなるんだ?」
その言葉により、一夏は目を覚ます。
「織斑家に穀潰しは二人もいらない」
しばらくの間一夏は考え込み、そして数分が過ぎた頃にようやく口を開いた。
「……そうだよな。こうクヨクヨしていても千冬姉が悲しむだけだな……。」
一夏は一気にお茶を飲み干し立ち上がる。こんなに上手くいくとは思ってなかったため、脇汗がシャツに滲んでくる。
俺もぬるくなったお茶を口に含む。
今さっきの一夏とのやり取りを思い出してみると、俺の言葉は偽りだらけだ。しかも、他人事の説教のようで、俺自身が言えたことではなく、今になって顔が赤くなる思いだ。
俺の偽りの言葉。適当ではないが、それでも上辺だけの説教であんな早く立ち直るのは、一夏の傷が重かった証拠だ。
かまってちゃんや、軽い気持ちであの説教を受けても、聞いている途中ですぐに冷静になり、すぐさま『人のこと言えないだろ!』などと反論するのだが、実際に重いモノを抱え込んでいる人は、あんな説教でも鵜呑みにしやすい。心が弱い状態で綺麗事を聞くと、まるでそれが神の言葉にでも聞こえてくるのだ。
一夏を騙したようで心苦しいが、仕方あるまい。しかし、あの説教の中でも、俺の本心と言うのは混ざるものだ。
織斑家に穀潰しは二人もいらない。
その言葉は、紛れもなく俺自身の叫びでもあった。
流石に兄弟でニートなんて避けたい。それに一夏は主人公だ。俺はその弟であって、物語には関係ない。
(ニートは……俺一人でいい)
さっきまでの一夏が嘘のように、今の一夏は明るくなっている。明るく食器を片付ける一夏を尻目に、俺は二階の自室へと向かうため立ち上がるのだった。
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一夏誘拐事件から一年と少しが過ぎた。
一夏があれから落ち込むことはなくなり、よくスポーツジムに行ったりトレーニングをするようになった。受験勉強の片手間に、よくダンベルを持ち上げたりしている。千冬姉は、ドイツでの任期を終えたが何故か家には戻らず、たまに帰って来ては俺達が居ることを確認するようになった。そして俺は相変わらずの生活だ。
「んじゃ、行ってくるよ」
扉越しに一夏の声が伝わる。
今日は一夏の受験の日である。私立の割には学費が安く将来の選択肢も多い学園らしい。もちろん俺は中学の出席日数が足りず、受験を受けても結果は目に見えている。故の自宅待機。いくら皆が学校に行ってる間、サボって優越感に浸っていても、流石に受験の日は優越感ではなく劣等感だ。いつまでもこんな生活を送るわけにはいかない。危機感はある。しかし、外は怖く女性も怖い。家族や親しい人間以外には通用しないコミュニケーション能力。もう手遅れだった。
ピコッと、携帯ゲーム機の電源を入れる。
『シグナル・プリンセス』
よくあるハーレム物のギャルゲーだが、キャラが可愛く、俺の嫁が生まれた作品でもある。しかも、タイトルの割に泣きゲーという俺得コンボ。もう発売されたのは2年前にもなるが、今でも熱は冷めず、今期からはアニメ化もしている。
上・中・下、というふうに三部作となっていて、今から俺がプレイするのはその第三部だ。
「渚さん〜やっぱり可愛いな〜」
画面に映る女性の名を呼ぶ。もちろん応えはないが、彼女の顔を見れる、それだけで満足だった。
風岡渚。
主人公が勤めるバイト先の先輩でお姉さんキャラだ。メインヒロインではないものの、その人気はメインヒロインの追随を許さない。千冬姉が凛としたクールな女性だとしたら、渚さんは怠けるところは怠け、それでもちゃんと主人公のことを想い、尽くす大人の女性だ。千冬姉とは違ったベクトルの姉であり……俺の嫁だ。
不思議なことに、織斑家の子供達は何故かシスコン、ブラコンだ。特に一夏は千冬姉を親代わりとして育ち、一夏程ではないにしろ、俺も十分なシスコンだ。偶に千冬姉をオカズにしたりする。
『……やっぱり、君のこと……忘れるなんてできないよ‼︎』
「……渚さああああああああんっ‼︎」
誰も居ない家に俺の叫びが木霊する。
神作の泣きギャルゲーとして有名なこの作品。どのルートも感動するのだが、そのなかでもこの渚ルートは次元が違う。どんなに想い、尽くしてもメインヒロインに走ってしまう主人公をそれでも想う健気な女性。このルート以外では全部のルートでフルボッコにされ、他のエンディングで流れる挿入歌が処刑用BGMになる程。溢れる涙が止まらず、胃が痛くなってくる。だが、それでも渚ENDは最終的に報われ結婚する。あの時の感動は他のゲームでは再現できないだろう。
「……ふぅ、もうこんな時間か」
気がつくともう昼過ぎになっていた。
昼飯を食べるため、一階のリビングへ移動する。適当にラーメンでも作り、その後はのんびりしようかな。
とりあえず、リビングのテレビの電源を入れる。旅番組が流れるのを背景に、カップの蓋を外す。
プツン、とテレビが急に切り替わる。
テレビを見ていたわけではないが、急な音だったため、俺はとても驚いた。
『緊急速報です!たった今、ISを動かした男性が見つかったとの事です‼︎繰り返します!たった今、ISを動かした男性が見つかったとの事です‼︎』
カップ麺が両手から零れ落ちる。
世界で初めての男性操縦者。そう緊急速報で紹介された男性の写真。
その写真には、俺の双子の兄が写っていた。
春助っ!外に出ろ!
作者のために、物語のために、織斑家のために‼︎
次回からは原作開始ですね。