極黒のブリュンヒルデsidestory   作:apride

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第四話 九 千怜

男の名は『九 千怜(いちじく ちさと)

高次生命体研究機構【ヴィンガルフ】所長である。

彼は今、自己所有する別荘の地下に居る。既に天井・壁部は大きく崩れており、眼前には星空を仰ぐ夜景が広がっている。

 

つい今し方、1107番【鷹取小鳥】(妹の怜那を宿すグラーネ)と藤崎真子【ヴァルキュリア】の両方を失い、自身は追手である高千穂の渡瀬【神祇官 大副】に情けをかけられて生き長らえている。

 

 

 

「さて、こいつはどうするよ? 」

 

床に座り込み茫然自失の九にSMG(短機関銃)の銃口を向け見下ろす丸眼鏡神父が美樹に問いかけた。

 

「そうね‥ !? ねぇ、あんた腕ふっ飛んだんじゃ? 」

 

ヴァルキュリアに腕を吹き飛ばされ…てない?

 

「はぁ? 夢でも見てんじゃね?」

 

「うぅ‥? 渡瀬め…生きてたと思ったら、化け物になったか! 」

美樹・ノイマイヤーは曾て伴に行動していた頃の渡瀬啓介を脳裏に浮かべ… 否定するかのように首を振り苦々しい面持ちで吐き捨てる。

 

「なあ、さっきの男は何者なんだ? ヴァルキュリアをあっさり連れ去った手際… あいつも魔法使いなのか? 」

その場で一部始終を目撃した村上良太が美樹達に問い掛けた。最強の魔法使いというヴァルキュリアを子供扱いで小脇に抱え拐った姿に驚きを隠せない村上であったが、不思議と恐怖感はなかったことが疑問なのだろうか… 問い掛けの表情は落ち着いていた。

 

「あんたには‥」

美樹が言いかけると同時に遮るように九千怜が口を開いた。

「奴はイニシャライザーだ。…そこにいる擬物とは違う」

 

「イニシャライザー!? それで魔法を封じ込めていたのか! でも、擬物って? 何処が違うんだ? 」

イニシャライザーと聞いて納得したが、更なる疑問を投げる良太だ…が、相変わらずこの少年は年長者にも何故かタメ口である。

 

「私は擬物じゃない! 」

レンが怒ってる…が、九は構わず話す。

「そこにいるのはイニシャライザーの初号でな‥ 未完成品だ。魔法の中和能力は僅かに数秒間でしかない。しかし、奴は存在するだけで魔法中和が可能なのだよ。オリジナルだからな」

 

「オリジナル? イニシャライザーの… じゃあ、制約無く能力が発動するのか? 」

 

「オリジナルに制約などない。完全に魔法を封じ込めるし、自身の魔法も使い放題だ」

 

「反則みたいな存在だな…… 圧倒的じゃないか! いや‥そもそも、何故魔女に対してイニシャライザーが存在するんだ? 」

 

「ヴァルキュリアの破壊力は見ただろう? あの能力を未熟な個人が持つことが齎す結果があれだ… 制御出来ない力は破滅を招くのだ」

九は自嘲気味に喋り続ける。

「奴の存在無くして、ヴァルキュリアの創造は不可能だったのだ。…グラーネを失った今となってはどうでも良いがな。……殺せ」

 

「お前にはまだまだ聞きたいことがある!! そうでないと…… 死んでいった小鳥達が不憫だ。お前達から逃げ出してやっとこれから幸せになれるかも…しれなかったのに」

 

九の顔色が変わる!?

「逃げ出して‥だと? やはりお前達は偶然に運良く逃げ出せたと思っているのだな? …くっくっく 」

 

呆れたように向ける目線は村上ではなく、ヘクセンヤクトらを捉えている。

 

「えっ?…それ、どういう? あれはイレギュラーで… 」

 

「ノイマイヤー! お前達は廃棄処分の車列を襲撃した目的は何だった? 研究室から持ち出した【胚】の確保ではなかったか? 出来損ないの廃棄物では無かったな? 」

 

「そう… 茜が持ち出したシリンダーを襲撃の混乱に乗じて回収するのが目的だった。ところが、牽制のはずのRPGが装甲車に命中してしまった。茜は死に、予定外の廃棄魔女の逃亡が発生した… と、こんな流れよ? 」

 

美樹は思い起こすように事件当時の概要を語るが…

 

「おかしいと思わないのか? 何故その中に1107番が含まれていたのかと? グラーネを廃棄する筈がない!!」

 

ヴィンガルフ側から見るとグラーネを廃棄するなどあり得ないことである。さらには壊れたとは言え(元ヴァルキュリア)の黒羽寧子まで含まれていたのは偶然にしては都合が良い…

 

「九所長‥いえ、元所長かしら? あなたには協力していただくわ。強制的にね! 」

「そういうことで‥ 来てもらおう! 立て! 」

眼鏡神父が銃口を向け促す。九は大人しく従い立ち上がった…

「ま、待ってくれ! 俺もそいつには聞きたいことが‥ 」

「村上くん! 和美ちゃんが! 」

美樹に詰め寄る良太の背後で寧子が叫ぶ声に… 和美がこちらに向かって走ってきていた!

「村上!! 生きとったぁ!?」

 

「か、和美!? お前っ! 生きて‥ !」

傍にやって来た和美の姿に良太が驚いた! 下着しか着てない…

「和美ちゃん‥ なんで服脱いでるの? 」

その姿に寧子が何事かと心配…

「そんなんええねん! 初菜が溶けてしもたっ!」

見れば和美は背中にナニかを背負っている? 微かに動きがあり… か細い声が!?

「ぁ、ぁ… 一応生きてるよ」

「初菜! 」「初菜ちゃん! 良かった‥」

良太と寧子は二人の無事に安堵する… しかし

 

「なあ、小鳥は? …どうなったん? 」

和美の問い掛けに…良太と寧子は……

「1107番ならそこだ… 」

九が指差した先を見て愕然となる和美だった。

 

「小鳥…… 」

 

 

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「…で、これから八王子のアジトへ行くのだな? 」

ヘリに乗せられて目隠しをされた九が美樹に訊ねた。

「そうよ‥!? なっ、なん…で? 」

九に目隠しをした理由はアジトの場所を見せない配慮からだ… った。

「これだけおおっぴらに行動していてバレないと思ってたのか? 」

「… 研究所で他には? 」

「所長の私だけだ。高千穂‥ 神祇官の村上長官とノイマイヤー家との繋りを幹部職員も誰一人知らん」

 

神祇官の村上家とノイマイヤー家の関係は20世紀初めのドイツに遡る。ドレスデンの地下に宇宙人の遺跡を発見した当時、村上は友人であったノイマイヤーに協力を求めたのだ。

 

 

「もういいわ、話の続きは着いてからにしましょう… 」

そう言うと美樹は九の目隠しを外した。

 

 

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「話してもらいましょうか… 先ずは【高千穂】とは? 他の顔ぶれは私は知らないのよ… 」

 

「高千穂はヴィンガルフそのものだ」

 

「は? 」

 

美樹の問いに九が答えた台詞に唖然となる。【高千穂】とはヴィンガルフの上部組織であり、その詳細は謎とされていたのだ。…【そのもの】と云われても?

 

「言葉のとおりだ。高千穂はヴィンガルフであり、お前達が想像しているような【別の場所で別の人員】を備える組織ではない。単にヴィンガルフの幹部会のことだ」

 

「でも、それじゃ… ヴィンガルフの職員のなかに高千穂のメンバーがいると? 」

 

「その通りだ。守衛の竹中さんに、食堂の滝沢さんは会議メンバーだ。他に女子職員の何名かは神祇官の巫女だ」

美樹達ヘクセンヤクトにとって驚愕の事実が語られた。守衛の好々爺や食堂の偏屈料理人が幹部だっただけでなく、只の事務員と思っていた女の子が巫女かもしれない… 巫女?

 

「あの‥ 巫女って具体的に『ナニ』をするんすか?」

巫女と聞いて眼鏡神父が即座に反応して九に質問した。…何故か挙動不審に目が泳いでいる。

 

「… 神祇官の高位職に対しての世話係だ」

「せ、世話っ!世話っていうと… まさか‥ あれもか? 夜の… 」

「…? ふん、夜伽は主な仕事らしい。夜とは限らぬから【伽】だな」

「やっぱ‥ そうくるかよ! 巫女ってのにもしかして結菜ちゃんは…… 」

眼鏡神父はぶつぶつ呟くように女の名前を口にしながら、有り得ないとばかり首を横に振っている。

「結菜ちゃんって売店の?」

名前を聞いた美樹は顔を思い浮かべた。

「そーだよっ! フ⚫ミマヴィンガルフ店の中川結菜ちゃん! 黒髪ツインテールが眩しいロリロリガール!みんなのアイドル! ‥の結菜ちゃん18歳だっ!!」

美樹もレンもこいつが【ロリ趣向】だったことに痛く吐き気を感じた…

 

「あの女も巫女だ」

 

無慈悲に九が答えた。

 

「……神は死んだ 」

 

神父はその場に蹲り嘆きの一言を溢した……

 

 

 

 


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