Fate / Hybrid Stories 作:さんくてるるるく
内容的にはUBWの1話あたりです。
「先輩、朝ですよ、起きてください」
まだぼやけた視界にうつる少女の姿。少し愁いを帯びたその瞳が少年を見下ろしていた。
「ああ」
短く言葉を返し、土蔵の石造りの戸の間から漏れる陽に視線を移す。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、桜」
桜と呼ばれた少女は満足したように微笑み、出ていった。
「結局、そのまま寝ちゃったみたいだな」
そばに転がっている鉄パイプに視線を落とし、呟いた。
昨日の夜、少年はこの土蔵で魔術の鍛錬をしていた。鉄パイプを強化する、というものだったのだがなかなかどうして上手くいかなかった。そして没頭してしまっているうちに寝てしまい、今に至るというわけだ。
「桜も待ってるし、早いとこシャワー浴びて行くか」
そして少年は立ち上がり、土蔵を後にした。
顔良し、スタイル良し、器量良し、世の男性の理想を体現したかのような少女は、よく少年の家に食事を作りに来ていた。今日の朝食はそういうわけで桜によるものであった。
「うまい、また上手になったんじゃないか?桜」
「本当ですか?うれしいです」
まるで夫婦のような雰囲気に包まれる食卓。そんな平和極まりない理想郷に例の猛獣が飛び込んできた。
「おっはよーう!私にもちょーだい!」
「おはようございます、藤村先生」
「お、おいしそうじゃない!士郎のもーらい!」
「あ、こら、藤ねえ」
目にもとまらぬ速さ、風を切る音が聞こえたと思った時には少年の皿から卵焼きは姿を消していた。慈悲など無い、無情にも卵焼きは猛獣、藤村大河によってその生涯に幕を閉じたのだ。
「先生の分もありますから」
桜が少し慌てたような調子で大河の分の食事を運ぶ。
「あ!俺の卵焼きが...」
「隙だらけよ、士郎。あ、桜ちゃんありがとー」
このようにして衛宮家の一日は始まるのだ。
通学路、士郎は左手のあざについて思案していた。
(痣、にしては形が整ってるというか。いつこんなものができたんだ?)
朝食が終わり、桜とともに皿洗いをしていた時に気付いたものだ。刺すような痛みが士郎の左手の甲に走ったかと思えば、そこには赤い痣のようなものができていた。
(記憶にないんだよな...)
いくら考えても答えは出ない。そうこうしているうちに学校についたようだ。
「よ、衛宮、悩み事?」
「うわ!なんだ美綴か」
突然話しかけた少女は名を美綴といった。弓道部の部長であり、士郎の気心知れた友人の一人だ。
「なんだ、とはご挨拶だね」
「悪い、ちょっと考え事しててさ」
「ふーん、なにかあるなら相談ぐらい乗るけど」
「大丈夫だ、ありがとな美綴」
やさしい友人に手を振り後にする。
(そんな深刻そうな顔してたかな)
痣のことは少し忘れることにした。
何事もなく流れる時間、平和であり少し退屈な、いつも通りの時間。一成と昼食をし、備品の修理を任され、放課後に慎二に道場の清掃を押し付けられた。細部は異なるだろうが普段通りのシナリオを進めていく。
「ふー、こんなもんでいいかな」
道場の清掃を終え時計を確認すると既に7時をまわっていた。外は暗くなっており、生徒の気配もない。
「近頃物騒らしいし、そろそろ帰ったほうがいいな」
そうして荷物を整え道場を出ようとしたとき、大きな爆発音が空に響いた。
「なんだ今の」
慌てて飛び出し周囲に目を向ける。その異常な光景を目の当たりにするのに5秒とかからなかった。深くえぐられた無数の穴、激しくぶつかり合う二つの人影、しかし人にしては動きが異常に早すぎる。なんども響き渡る鉄の音にいやでも認識させられる「戦い」、それも生半可なものではなく命の取り合い。
そのうち動きが止まり、片方が強烈なオーラを放ち始めた。素人に見てもわかる。ここにいてはいけない、危険だ。
逃げようとするが体がうまく動かない。
「あ」
軽い段差につまづいたことで足音がたつ。士郎の存在が静寂とした空気に響く。
「誰だ」
気付かれた。すぐに逃げなくては。どこへ?校舎へ。士郎は震える足に鞭をうち駆け出した。
誰もいない校舎の中に響きわたる足音と息遣い、後ろを振り返る余裕もない、奴はすでに来ているのか、もうすぐそこまで、逃げなくては、逃げるんだ、速く、逃げろ、逃げろ、まだ、まだ、行け、まだ。
誰もいない校舎の中に響きわたる足音と息遣い、後ろを振り返ってみる、奴の気配を感じない、逃げ切ったのか。
「悪いね、にーさん」
はっとして振り返ると目の前には赤い少女が立っていた。その目にはただ憐れみだけが写っていた。ふと目を落とすと自分の胸に何かが刺さっている。これは槍だろうか。思考が追いつくより先に床に流れ伝う血。状態を確認するより先に崩れ落ちる身体。意識が遠くなり、この世から離れていく。たった一つ、死のみを感じながら。
薄れていく意識の中で、誰かを見た気がした。
-----生きている。
士郎は自分の体が動いているのを認めた。
(俺は、死んだはずじゃ)
血だまりも何もない、傷跡もない。ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す、特に変わった様子もない。
しばらく茫然とした後、立ち上がりとりあえず家に帰ることにした。
行きと同じ、考え事をしながら通る通学路。なにも答えの出ぬまま家についてしまった。
電気もつけずに座敷に倒れこむ。
(なんだったんだ...いったい)
カチコチと時計の音だけが暗い部屋のなかで存在を示す。
(やっぱり、助けられたんだよな)
少しずつ眠りに落ちていく士郎。しかし、それは唐突に覚まされた。全身に怖気が走る。静かな部屋を切り裂く槍。それは天井を突き破って士郎のいた場所を貫いた。
「今のを躱すかよ、やるじゃん」
反射的に躱した士郎にケラケラと笑って見せたのは、先刻士郎を殺した赤い少女であった。
学校では咄嗟のことであまり見ることはできなかったが、少女は赤い髪をポニーテールにし、同じく赤くシンプルなデザインのドレスに身を包み、胸元にはやはり赤く輝く宝石がつけられていた。
(やっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだッ)
全身に入る力。しっかりと相手を見据え転がっていた筒状のポスターを手に取った。
「一夜で二度も同じ奴を殺すなんて後味が悪いよな、ホント」
精神を統一し、手に取った獲物に強化の魔術を施す。
「というわけでさ、悪いけど死んでもらうよ、にーさん」
突き出された槍、それは正確に士郎の心臓に向かってきた。
「あぁ?」
成功だ、魔術で強化されたそれは槍をいなすことを可能にした。
「面白いことするじゃん」
しかし、こんなものは序の口だろう。
「もっと楽しませてよ」
次は相手も容赦はしない。
「にーさん」
振り下ろされた槍、間一髪でかわし、硝子戸のほうへ士郎は駆け出した。
「そらそらそら、もっと躱せよ!!」
迫り来る連撃を躱しつつ、ガラスを突き破り中庭に出る。(とりあえずは逃げるんだ。奴と距離を取らなくては)
「うぐっ!?」
いつの間に迫っていたのか。槍使いは士郎の腹部に蹴りをめり込ませた。揺れる視界、内臓と脳がシェイクされる感覚。前後不覚の状態で庭先の土蔵の石壁にたたきつけられる。
「ぅごぇえッ」
うなだれる士郎に槍使いが近づく。
「もうおしまいかよ?つまんねーの」
「まだだ」
「あ?」
「助けられたんだ、だから、死ぬわけにはいかない!」
「ハッそうかよ!」
もう一撃蹴りが打ち込まれた。士郎は体を丸めるようにしてひしゃげ、今度は土蔵の中に叩き込まれた。
「はー、もういいや。元々いたぶんのは趣味じゃねー」
「殺されて...やるもんか...」
「頑張ったご褒美に楽に殺してやるからさ」
「人の命を...簡単に奪うお前らなんかに...」
「じゃーな、にーさん」
「殺されてやるわけにはいかないんだ!!!」
土蔵の中を吹き荒れる風、嵐のようであり、それでいてどこか温かい春のような風に士郎は包まれた。
「なに!?」
荒れ狂う風の間に見えたその姿は銀色に輝いており、士郎はその姿に安堵した。そこに理由などなかった。
「ちいっ」
身の危険を感じ土蔵から槍使いが飛び出す。
「テメェ...セイバーのサーヴァントか」
悪態をついてにらみつける槍使いを無視して、銀の剣士は士郎に向き直る。
「俺はセイバーのサーヴァント」
セイバーと名乗った彼は、茫然とへたり込む士郎に声をかけた。
「アンタが俺のマスターか?」
マスターとは何のことか。士郎は何も答えられず、ただ呆然とセイバーを見上げるだけだった。
「...」
「いや、まずはコイツやっつけてからにするか」
そう言ってセイバーは士郎にニカッと笑いかけ、ランサーに向き直った。
「今やらなきゃならないことをしなさいって」
背中に背負っていた大剣を軽々と右手のみで振り上げ、ランサーに切っ先をむけた。
「姉ちゃんが言ってたからな!」
ランサーが舌打ちをし、よりいっそう殺気のこもった目でセイバーを睨み付ける。
「チッ、んだよシスコンが相手かよ、やる気でねーよなー」
そして一瞬時が止まった。いや、正確には止まっていない。しかし士郎にはまるでそのように感じられたのだ。
初手の踏み込み。セイバーが相手の懐に刃を入れるその瞬間のため、ランサーが必殺の間合いに全神経を走らせるその瞬間のため。両者ともに呼吸を止め、髪の毛の先から足の爪まで力を込める。そして静寂が訪れ、風船が割れるように闘気の風が吹き荒れる。
ランサーから二歩の位置、セイバーの右足は踏み込む。脳天から風を切り両断。ランサーは左足を軸に回避、体を回しながらセイバーの眉間を貫く。まるで小枝でも振るように大剣で槍をはたき逸らす。
この間、わずか一秒にも満たない。
「なにが、どうなってるんだ」
剣道などの心得があるとはいえ、一般人に近い士郎ではこの打ち合いを見定めることはまず不可能であろう。いや、一流の魔術師や武術家であっても少し厳しいかも知れない。英霊の闘いとはそのような次元のものなのだ。
セイバーがランサーの左死角に入り込む。しかし、死角に入ろうと関係ない。ランサーの必殺の間合いは360°全方位。セイバーの躍動を空気で感じ、そこに槍を振り下ろす。
「とった!」
セイバーは防ぎきれずにその手の剣を落とした。
カラン、と音をたてて転がると同時にランサーの槍はセイバーの左胸へと突き出された。
そして地面に垂れる赤黒い血。
「テメェ」
ランサーがセイバーを見据える。
「どこにそんなもん隠してやがった」
セイバーの左手には剣が握られていた。地面にはもちろんもう一本、セイバーが落とした剣が転がっている。
どういうわけか、セイバーはもうひと振りの剣でランサーの攻撃をいなし、反撃を加えていたのだ。想定外の出来事に躱しきれなかったランサーは、緊急回避しつつも右腕に深手を負ってしまっていた。
「最速の英霊、ランサーがそんなもんか?来ないってんならこっちから行くぜ!!」
セイバーが地面に落ちた剣を拾い上げ、ランサーに容赦なく切りつける。
さすがと言うべきか、負傷してなお槍を離さないランサーは、そのまま身をかばいながら躱し続ける。
「覚悟しろランサー、この勝負俺の勝ちだ!!」
セイバーが二本を右肩に担ぐようにして振り上げる。このままならランサーは左肩口から右脇腹にかけて三つに分断されることになるだろう。しかし、ランサーは慌てず、むしろ落ち着いた様子で呼吸を整え、セイバーを見据えた。
「舐めるんじゃねー」
「うおおおおおおお」
飛び散る鮮血。セイバーの剣の能力であろう、三つに引き裂かれたランサーの体はそれぞれが炎に包まれ凍結し砕け散った。
残ったのは上半身の一部と頭部のみ。ランサーは朦朧とした表情をしながらもセイバーに話かけた。
「なあ... 教えて...くれよ。おまえ...の...その剣...宝具...だよ...な」
「ああ、
「最初は...でっけえ...剣だっただろ...どう...いうこと...だ」
「俺の剣は変幻自在なんだ 。第1の剣、
「なる... ほど...な...。て...ことは...」
ランサーがフッと微笑む。そして光の粒になって消えていった。
「そいつがあの
「ぅぐっ」
突然セイバーが血を吹き出した。なにが起こったのか、セイバーは混乱しつつも胸から突き出た槍を確認する。
「セイバー!!」
士郎にもなにが起こったのか訳がわからなかった。というのも、さっきまでセイバーと話をしていたランサーのほかにもう一人ランサーがいて、セイバーに槍を突き刺しているのだ。同じ赤い髪と装束、宝石を身に付けている。
一気にランサーが槍を引き抜く。辺りに血が飛び散り、セイバーは膝から崩れ落ちた。
「バカなやつだよな、ホント。最後まで確認しろっての」
「ちく...しょう」
「お人好しが過ぎるっての。ま、それだから英雄になれたのかも知れないけどさー」
再びひと振りの剣へと戻ったそれを支えにして、セイバーはなんとか体を立たせる。
「わりぃな、とどめだ、セイバー」
「...!」
「!、チッこの状態じゃ部が悪いか」
ランサーは塀のほうに目を向け、苦々しげに呟いた。
「今日のとこは見逃してやるよ、セイバー。次会うときまでに死なねーようにな」
そう言ってランサーは見ていた方とは逆の塀を飛び越え、夜の闇に消えていった。
「セイバー!」
士郎がセイバーに駆け寄る。すでにセイバーは半死半生の状態で、今にも倒れそうになっていた。
「悪い、油断した」
「血まみれじゃないか、今、救急車を...」
電話をかけようと屋敷に走りだす士郎を手で制し引き寄せる。
「大丈夫だ、それに、時間がない」
「大丈夫って...そんなわけないじゃないか!」
「ヤツが、もうそこに来てる」
「ヤツってなんだよ」
「敵だ」
ハッとして顔をあげる士郎。すでにその男は庭に立っていた。赤い外套に身を包み、白い髪を靡かせる大男。屈強なその体躯から溢れる威圧感はまさしく人ならざるもののソレであった。さっきのランサーと同じもの。
「なるほど、これは少し面白いことになってきたようだな。マスター」
すると暗闇から同じく赤い服に身を纏った少女が現れた。しかし、その少女の綺麗な青い瞳は困惑に揺れる。
「嘘でしょ、なんで衛宮くんが」
その少女は士郎のよく知る人物であり、また憧れの人であった。
「遠坂...凛」
この日、少年の聖杯戦争が幕を開けた。
赤髪の少女
マスター:不明
クラス:ランサー
真名:不明
宝具:不明
銀髪の剣士
マスター:衛宮士郎
クラス:セイバー
真名:不明
宝具:不明