Fate / Hybrid Stories 作:さんくてるるるく
時間がやばめなので、また何かをあとがきに書き加えるかもしれせん。
1話 襲撃
自分は今どこにいるのか。どこを見ても暗闇が広がるばかりで、わかることと言えば、ひどく寒いことと床が固く冷たいことだ。ごつごつとした石造りのこの部屋は牢獄を思い起こさせる。
コツコツと靴が地面をける音が響いてくる。その音は徐々に自分に迫り、目の前までくると、余韻を響かせつつ止まった。
「よぉ、気分はどうだい?」
「最高とは言えないが、この環境にもだいぶ慣れてきた。君が言っていたほど悪くないな」
「ハッ、そうかよ」
この場所に閉じ込められてより一週間。両手足を鎖で繋がれ、暗闇のなか一人放置されていたが、彼はさほど堪えてはいなかった。普通の人間であれば一日ともたないであろうが、人ならざる者ならそれもまた別の話だ。もっとも、彼の精神力の強さも関係がないわけではなかったが。
「それよりこの鎖をどうにかしてくれないか?いつまでもこの状態ではさすがに疲れる。それに、これいじょう鍛錬をさぼるわけにいかない」
そう言って、彼が手首につながれた鎖をジャラジャラと鳴らしてみせる。
「剣のか?」
「剣も、だ」
「ふぅん」
「無論、弓が最優先ではあるがね」
しばし沈黙。
彼は夜目がきいた。相手は何するでもなく自分を見下ろしている。何をどう言うべきか、それを考えあぐねているようだ。
「今日の夜」
どうやら言うことが決まったらしい。
「と言っても、こんな場所じゃ今の時間もわかんないか。そうだな、今からだいたい3時間くらいかな。アタシ達はアンタのマスターに夜襲をかける」
「...ほう」
予想していた通りだ。
「相手はセイバーただ一人。それに前回もアタシ一人で追い詰めてる。問題なくあの娘は始末できるだろうさ」
それも分かりきっていることだ。だがしかし、二つわからないことがある。
「質問しても?」
「なんだよ?『見逃してくれー』なんて言うつもりか?」
「ふっ、私がそんな愚かに見えるかね?もっとも、実際見逃してもらえるというのなら、それ越したことはないが」
「なわけねーだろ。で?なんなんだよ、聞きたいことって」
「そうだな。あの襲撃の日から、体力が戻るのを待ったとしても、今日までチャンスがいくらでもあったはずだ。なぜ今日まで待った?他と同盟を組む恐れもあったはずだ。なんといっても君達の戦い方や、さらに真名まで知られているのだからな。相手、もとい我々に反撃の機会を与えているようなものではないのか」
「まぁたしかにな」
またしばらく沈黙。相手は頬を人差し指でぽりぽりと掻きつつ、やはり考えあぐねていた。言うか言うまいか、今度はそこで悩んでいるようだ。
「まぁ、隠すほどのことでもねーか」
その言い方は軽く、確かに大したことではないように思われる。
「マスターの方針だよ」
「マスター、私のマスターの予想では葛木宗一郎であったはずだが」
「ご明察。まぁ魔術師じゃねーんだけどな」
「ほぼ一般人のマスターか。満足に魔力供給が行われているとは思えんな。ゆえに今日まで襲撃は先延ばしにされた、というわけか?」
「たしかに、満足とは言えねーな。ただまぁ宝具を一回使える程度には足りてるよ」
「別に理由が?」
「さすがにもう言わねーよ。と言いたいとこだが、アタシにもそこんとこが分かんねえ。なんでアイツがあんなに襲撃を拒んだのか。『まだその時ではない』それしか言ってなかったしな」
(よくもまぁぺらぺらと喋るものだ。魔力供給が満足に行われておらず、かつマスターの考えをサーヴァントが把握していない。それだけでもそれなりの情報足り得るとは気づかないか。もしくは私がここから逃げられるとは思っていないか)
「では次に、なぜ私を今日まで生かした?私が寝返るとでも思ったのか?」
「それもマスターの方針さ」
「...」
「さて、もういいだろ。アタシはもう行くぜ。じゃあなアーチャー」
「ああ、せいぜいお手柔らかに頼むよ。ランサー」
「ははは」
笑い声とともに足音が遠ざかっていき、扉の閉まる音を最後に、あたりは静まり返った。再び訪れた静寂。
(さて、どうしたものかな)
ここから自力で逃げ出すのは不可能だろう。アーチャーにできるのは、ただ策を練ることだけだ。幸い、凛の令呪はまだ残っている。今ある程度対応策を考えておけば、呼ばれたときにその場でそれなりの対処ができるかもしれない。
思考の海に沈みこみ、あたりに浮かぶ可能性を手繰り寄せる。そして一つの結論を紡いでいく。提案と反論によって束ねられた可能性は少しずつ千切り捨てられ、結論はよりはっきり、シンプルなものになっていく。
しかし突然、すべてが揺らぎ、崩れ去っていった。根本的に何かが間違っている。
(葛木宗一郎がマスター...?)
見落としていた。知っていたはずなのに、気づけなかった。
(葛木宗一郎から、微弱ではあるが魔力供給が行われている...?)
アーチャーの額を冷や汗が伝う。
「なぜ、魔術回路を持たない葛木に魔力供給が行える... ?」
謎は謎を呼び、アーチャーの中でより大きな黒い塊となっていく。
(もし仮に魔力供給が行えるとするなら、街で起こった一般人の昏睡事件の犯人は誰だ?魔力の足らないキャスター、いやランサーの仕業ではなかったのか?別に犯人がいるというのか?そもそも魔力供給可能なことがランサーの嘘...?それならこの長い期間を置いたことも頷ける。一般人の魔力を回収する時間が必要だったからだ。いや、それは違う。ランサーの気配はずっとすぐ近くにあった。やつは移動していない。この一週間ずっとだ。セイバーとの戦闘では宝具の解放も行っている。それから今日までなにもせず過ごすことが可能か?葛木からの魔力供給がないなら不可能なことだ。そもそも、彼女は人に仇なす魔術師を憎んで死んだ英霊だ。その意思に反して、まして魔力も足りているというのに一般人の襲撃などするわけがない。とすると...)
アーチャーは一つの結論、新たなる謎へ迫っていく。
(残るサーヴァントはキャスターとアサシン。アサシンはランサーの支配下だ。やはりアサシンが犯人とは考えづらい。とするとキャスターか)
もう答えが見えてきた。いや、遠ざかったというべきだろうか。
(この聖杯戦争で暗躍するものがいる...?)
「ふっ、さすがにそれは考えすぎか。陰謀論もいいところだな」
一般人であるはずの葛木宗一郎。さらに昏睡事件の新犯人。すべてが振り出しに戻ってしまった。
午後9時頃。衛宮邸の木からひとひらの葉が落ちる。音なく地面に落ち、夜風に揺れる芝生に重なり同化した。
「時間だ」
静寂した空気に、少女の声が波紋を浮かべる。
一瞬の間の後、まるで鋭利な刃物にでも切られたように、庭に面したガラス戸が横一線真っ二つになった。吹き荒れる風が唸り声をあげ、バラバラになったガラス戸を吹き散らす。
「
確かな手応えを感じ、木の上から男が降り立つ。
「...ああ?」
しかしそれは間違いであった。放たれた剣閃は目標を切り裂くことなく、セイバーの黒鉄の大剣によって阻まれていた。
「十戒、第七の剣『
異常に重く、異様に固い大剣。振るうこともままならないが、守りとして使えば鉄壁の盾となる。
「気づいてやがったか」
「この家にはちゃんと防犯設備があるのよ。あなたが入った時点でお見通し。未熟ね、アサシン」
セイバーの後ろから声が響く。
「アーチャーのマスターか。どうやら奇襲は失敗したようだな」
アサシンが後ろの暗闇へ話しかける。
「別に奇襲するつもりなんか端からねーよ。正々堂々、真っ正面から叩き潰してやるさ」
声とともに姿を現したのは、赤い衣装に身をつつんだ赤毛の少女、ランサーであった。
右手に槍を携え、もう片方の手には囓りかけのリンゴが握られている。
「ランサーにアサシン。俺に勝てるって言いたいのか?」
ランサーは、手に持ったリンゴを口元に運び、歯形のついたほうと反対側を囓りとり、ニヤリと笑った。
「ハッ。ったりめーだろ」
そしてリンゴを置くと、ランサーは槍を構えた。
「即攻即殺だ。ロッソ・ファンタズマ」
ランサーの槍から目も眩むような光が放たれ、30人の分身が姿を現した。
即攻即殺。言葉通り、30人全員が一斉にセイバーに斬りかかる。柳洞寺の時と同じ、無数の刃がセイバーに迫りくる。
「ぅぐあッ!!」
しかし、セイバーに刃が届くその瞬間、ランサー達は後方へ吹き飛ばされ、各々地面へと叩きつけられた。
全員がオリジナルと同じ戦闘力を持っている。それにもかかわらず、セイバーは彼女らの攻撃を躱し、反撃を入れ、さらにそのうち5人を引き裂いた。
「二度も同じ手は通じねえか。第九の剣『
「...」
「あら、よくわかってるじゃない。アナタじゃセイバーには勝てないわ」
「かもな」
無心に、目に映る敵すべてを切り裂いていくセイバー。すでにランサーの分身は半数以下にまで減らされている。
「さぁどうする?このまま返り討ちかしら?」
バーサーカーとほぼ同等の力今のセイバーを前に、ランサーたちはどうすることもできない。
「はぁ、やっぱアタシじゃ荷が重い。アサシン」
「おう」
アサシンが迫りくるセイバーとランサーの間に入り、日本刀を鞘に納め、姿勢をかがめ柄に右手を添えた。
「一刀流...居合」
(!あれはアーチャーの時に見せた技。でも、彼の主であるランサーを圧倒しているセイバーをどうにかできるとは思えない)
ランサーの分身の最後の一人が消え去った。残るはランサー本人とアサシンのみ。
普通の人はその影すら追うことのできない速さ。一歩一歩が地面を割り、地割れがアサシンも足元へ走る。セイバーとアサシン、両者の顔が息のかかるほどに接近する。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!!!!!」
「
体が軽い。目の前が暗い。そうか、夜だったっけ、向こうのほうに月が見える。じゃあ自分は何をしているのか、そうだ、ランサーとアサシンが来たのだ。だから自分は『
血だまりが飛沫をあげ、セイバーが背中から落ちる。
「力も速さもお前のほうが上だ。しかも刀一本ときてる。普通なら俺はお前に勝てねえだろうな」
刀についた血をふり払い、地面にたたきつけられたセイバーを見下ろす。
「だが、ただ闘争心を剥きだしにして戦うてめぇの剣なんざ、目をつむったって躱せるぜ?」
「ぐっ、カハァ」
セイバーが血を吹き出す。
「セイバー!!」
「コイツをほめんのは癪だけどさ、アサシンは剣士としては一流。技術だけで言ったらサーヴァントでも最強クラスさ」
「刀は足りてねぇけどな」
セイバーが立ち上がり、剣を構える。すでに狂化は消え、第一の剣『
「はぁ、はぁ」
「たしか『星の加護』で傷の治りが早いらしいが、さすがに今のは堪えたか」
アーチャーを一撃で半戦闘不能に追い込んだ技。セイバーの剣はアサシンのほうに向いてはいるが、その切っ先は定まらず、今にも体が崩れ落ちそうだ。
「止めだ。覚悟しろ、セイバー」
「
セイバーが超加速し、再度アサシンに斬りかかる。
「足がおぼつかねえぜ」
一秒の間に十を超える剣閃を繰り出すセイバー。それをアサシンが最低限の動きでかわしていく。
「てめぇじゃ俺には勝てない。それにな」
「いつから敵がアサシンだけになったんだよ?あたしもいるんだけどな」
セイバーの腹部から槍が突き出される。
「わりぃな。正々堂々なんて言ってよ」
「仲間には、手ぇ...出す...な」
セイバーはアサシン一瞬つかみかかり、赤く手の跡を残し、足から崩れ落ちた。
「そういうわけにもいかねぇな」
立ち尽くす凛にランサーとアサシンが向き直る。
「悪いがマスター、俺はパスだ。女子供斬んのは趣味じゃねぇ」
「わかってるよ。後はアタシ一人で十分だ」
一歩、また一歩、凛に迫るランサー。
「黙ってやられると思わないでよ!!」
そう言って凛が無数の宝石投げ上げる。
「ああ?」
「こいつは...」
「くらええ!!」
宝石が炸裂し、強烈な音と光が放たれる。
「くそっ」
単純な魔術とはいえ、サーヴァントであるランサーも突然のことに対処できない。
ようやく収まってきたころには、すでに凛の姿はなかった。
「一本取られたな、マスター」
「ちぃっ、どうせ中に逃げたのはわかってんだ。セイバーのマスターもろとも始末するだけだ」
「じゃあ俺は外で待ってるぜ」
「勝手にしろ」
明かりのついていない、暗く静まり返った屋敷の中で、一人の足音が響き渡る。木のきしむ音、それはいかにも招かれざる来訪者の存在を示すように不気味で、その実、確かに彼女は招かれざる客であった。
ランサー、彼女の存在は屋敷の最も奥の部屋の押し入れ、士郎とイリヤの隠れている場所まで聞こえてくる。
「シロウ...」
「大丈夫だイリヤ。もしもの時は俺が守ってやる」
戦えないものは退がれ。アサシンに結界が反応した時、セイバーはイリヤと士郎を屋敷の奥へ遠ざけた。もちろん士郎は抵抗したが、必ず無事で帰ることを条件に、士郎はついにセイバーに従うことにした。
しかしその約束は守られなかった。セイバーが倒れてより半刻、二人に危機が及ぼうとしている。すでに他の部屋は調べ、破壊しつくされ、残るはこの部屋のみだ。
「全く、手間取らせんなよ」
そう言ってランサーが部屋に上がった。と、その瞬間、ランサーに閃光が降り注いだ。
「ガンド!!」
大きな炸裂音とともに噴煙が上がる。
「はぁ」
しかし、それに大した効果はない。
「最後の最後でそれかよ。諦めな、楽に死なせてやる」
魔力の銃弾を打ち出す魔術『ガンド』。本来であればそのような能力は持たないが、凛の類まれなる才能によって、ガンドは攻撃魔術として完成されていた。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。ランサーには通じない。それだけのことなのだ。
「トレース・オン!!」
士郎が押し入れを飛び出し、鉄のように固くなった箒で殴りかかる。
「何回がっかりさせる気だよ。いい加減あきらめろって」
右手に携えた槍で箒をはじき、士郎の肩に刃を突き出し風穴を空ける。
「ぐああああッ!!」
士郎はそのまま後方に倒れこんだ。
「シロウ!!」
「出てくるな!!イリヤ!!」
イリヤが士郎に駆け寄る。
「なんだよ、そのガキは?」
「シロウを傷つけないで!」
包帯に覆われた両目でランサーをにらみつけ、士郎をかばうように前に出る。
「許さないんだから!」
「そういえば葛木の奴が、子供がいたら殺さず保護しろ、とか言ってたっけか」
そう言って左手でイリヤを抱え上げる。
「いや、離してッ」
「アイツもまぁ教師だからな。そういうとこまじめだよなぁ」
「イリヤを離せ!」
なおも箒を離さずランサーをにらみつける士郎を、ランサーが複雑な表情で見下ろす。
「兄さんから見れば、...人殺しの悪人で、子供を攫う最低な奴かもしれねぇな」
「?」
「全く、何してんだろうな」
「ランサー...?」
沈黙。ランサーはもの寂しい表情で凛達を交互に見据え、最後に肩に抱えるイリヤに目を向けた。
もしかしたら見逃してもらえるのではないか。凛と士郎の頭にそんなことがよぎった次の瞬間、唐突にその静寂は破られた。
「なッ!?」
ランサーが目を見開き、取り乱したように周囲を見舞わす。
「ランサーのヤツどうしたんだ?」
「さあね、ただ何かとんでもないことが起こってそうっていうのはわかるけど...」
そして、自分の来た方向に向き直り、なおも焦った様子で槍を構える。
次の瞬間、目の前に横たわっていた廊下が砕け散り、木くずと煙により視界がくらむ。そしてその煙から、ランサーの目の前にアサシンが現れた。全身血まみれで、握られた刀は根元から折れている。
「なんで、ここにいるんだよ」
「おお、マスター...わりぃな。俺はここまでだ」
「新たな敵か?クラスは?」
「そんなやつ...現れてねーよ」
「じゃあなんで」
「セイバーだ」
その言葉にランサーは背筋が凍りつく。信じたくない。もしそれが真実なら、あまりにも規格外すぎる。
「アイツは...化け物だ。撤退しろマスター」
(今度は、守り切れると思ったんだけどな。まだよえーってことか...)
アサシンがランサーにもたれかかり、そのまま光の粒となって消えていった。
「アサ、シン...」
感傷に浸っている場合ではない。セイバーがまだ現界していたなど誤算もいいところだ。アーチャーを戦闘不能にした剣技で切り裂き、腹に風穴を開けた。生き返りでもしない限り、現世にとどまれるはずがない。
しかし、現にセイバーは消えておらず、不意打ちではあろうが、アサシンを撃破した。
「セイバー!!よかった!」
粉々になった廊下の先、セイバーは立っていた。
しかし士郎は異変に気付く。いや、士郎だけではない。イリヤを除く、凛やランサーも彼の異様なたたずまいに戦慄した。
「...」
全身血にまみれ、手に持ったサクリファーも赤黒く光を放っている。
焦点が合わないのか、きょろきょろと動き回る眼球に合わせ、その体もゆらゆらと揺れる。
すると突然静止し、顔をはっきりとこっちに向けた。
「ゥゥゥ...ゥゥウウアアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!!!!!!!!」
そしてセイバーは剣を振り上げ、一直線にこちらに向かって駆け出した。
今後ともよろしくお願いします