Summon Devil   作:ばーれい

1 / 130
第1章 忘れられた島
プロローグ


 血を分けた弟、ダンテとの壮絶な殺し合いの末、敗れたバージルはその身を自ら魔界に投げた。だが、彼は魔界に落ちることはなかった。

 

 一瞬の内に周りの景色、空気が変わったことをバージルは感じ取った。真下に見えるのは自然が多くある島の浜辺であり、空気は魔界ほど魔力に満ちてはいないものの、瘴気があるわけではなかった。

 

(ここはどこだ……?)

 

 およそ五十メートルの高さから着地したバージルは思った。魔界のような莫大な魔力や瘴気があるわけでも、人間界のようにほとんど魔力がないわけでもない。いわば魔力に満ちた人間界、あるいは魔界と人間界の中間のような場所、それがバージルのいるこの場であった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 唐突に後ろから声をかけられた。バージルが振り返ると、そこには赤い髪に白い帽子かぶった妙齢の女性がいた。

 

 現在のバージルの姿は、ダンテとの戦いで負った傷自体はほとんど治ってはいるものの、唯一最後に受けた一撃だけは、未だに塞がっておらず血が流れ続けており、足元にも血だまりができていた。そんな様子を見れば誰でも声をかけたくなるだろう。

 

「誰だ、貴様は?」

 

 相手からは殺気は感じられず、たいした魔力を持っていなかったため、バージルは危険はないと判断した。

 

 そして身につけているものを確認する。父の形見であり、バージル自身の愛刀である閻魔刀も、母の形見である金のアミュレットも失くしてはいなかった。

 

「え、わ、私はアティと……」

 

 バージルに声をかけた女性はアティという名のようだ。

 

アティは自分の言葉の途中で、背後から殺気を感じ思い出した。今ははぐれ召喚獣との戦闘中だったということを。

 

 とりあえずはぐれ召喚獣をなんとかしようと剣を構えつつ振り返った。しかし彼女に襲いかかろうとしていた召喚獣は既に両断され見るも無残な死体となっていた。

 

 背後で剣を鞘にしまったような金属音が聞こえた。

 

「…………」

 

 アティが振り向いた先には、バージルが鞘に収まった閻魔刀を左手に持ちながら無言で立っていた。

 

 そしてそのまま歩いてアティを追い越し、はぐれ召喚獣へ近付いていく。ただそれだけではぐれ召喚獣は、悲鳴ともとれるような鳴き声を上げ、逃げ出していた。

 

「……フン、つまらん」

 

 バージルがつまらなそうに吐き捨てる。その横をアティが走って行った。

 

 どうやら前方にいる人間の子供へ駆け寄っていたようだった。バージルはとりあえずあの女から話を聞こうと、アティ達の方へ近付いていった。

 

「おい」

 

 声をかけられたアティは、胸に抱いている少女の背中を撫でながら、まだ助けてもらったお礼を言っていなかったこと思い出した。

 

「あ、さっきはありがとうございました!」

 

 もっともバージルは自分に敵意を向ける相手を追い払っただけであり、彼女達を助たつもりはなかった。そのため礼を言われるより、ここのことが知りたかった。

 

「そんなことはどうでもいい。……ここはどこだ? 人間界なのか?」

 

「え、人間界? いえ、ここはリィンバウムですけど……」

 

 アティの言葉を聞いてバージルは表情に出さないまでも内心驚いていた。

 

 同時に、人間界でも魔界でもない世界であると納得していた。最初にここに来た時からこの世界の空気を感じ取っていたので、うすうす気づいていたのかもしれない。

 

「……リィンバウムとはなんだ?」

 

「えっと……あなたは召喚獣ですか?」

 

 再びバージルにとって意味のわからない言葉が出てきた。半人半魔であるバージルだが、少なくとも見た目だけは、魔人化しない限り普通の人間と変わらない。

 

 そのバージルを見て召喚「獣」という言葉を使ったのはなぜなのか。

 

「召喚獣? なんだ、それは?」

 

「えっと……まずこのリィンバウムと、それを取り巻く四つの世界について説明しますね」

 

 バージルの疑問にアティはどう答えるべきか悩んだ末に、一から説明することにした。その前に胸に抱いた少女を横にする。バージルによって作り出された、召喚獣の無残な死体を見てショックを受けたのか、それとも助かったという安心感から眠ってしまったのかは分からない。

 

「このリィンバウムの周りには『機界ロレイラル』『鬼妖界シルターン』『霊界サプレス』『幻獣界メイトルパ』の四つの世界があります。そうした世界からこの世界に召喚する方法を『召喚術』、召喚される者を『召喚獣』と呼ぶんです」

 

 アティのまるで教師のような説明を、バージルは真剣な表情で聞いていた。

 

「この『召喚術』は元々『送還術』と言って、リィンバウムに攻めてきた者を、元の世界に送り還すだけの技術だったんですが、それを研究し応用することで生まれたのが『召喚術』で、いろいろなところで使われています」

 

「……少なくとも、その四つの世界から来たわけではないようだが」

 

 バージルのいた人間界は他の世界の存在などは、一切認知されていない。魔界の存在でさえごく一部の物にしか知られていないのだ。もし、アティの話すように召喚術によって大量に人や物がなくなれば、問題になることは明らかだ。

 

「一応、最初に言った四つ以外にも『名もなき世界』というのがあるんですが、これについては詳しく分かってないんです」

 

「何故だ?」

 

「召喚術は四つの世界のものを呼び出すのが基本なんです。それに「名もなき世界」から召喚されるもののほとんどが道具だという話ですし、そうしたことが原因だと思いますけど……」

 

 これまでとは異なり、曖昧な言い方になったのは、アティ自身も研究が進まない明白な理由は分からなかったからだろう。彼女は召喚術の専門家ではないのだから仕方のないことだろう。

 

「……話を聞く限り、俺はその『名もなき世界』から召喚された、というわけか」

 

 説明を聞き終えたバージルが確認するように言った。四つの世界のいずれかが、彼の生まれた人間界である可能性は限りなく低い。しかし「名もなき世界」は、リィンバウムでもよく知られていないことから分かるように、最も関係が希薄なのだ。さらに召喚されるほとんどのものが道具という話であるため、リィンバウムに召喚されても大きな問題にはなりにくいだろう。

 

 したがって、バージルが「名もなき世界」から召喚されたと考えたのは当然の帰結なのだ。

 

「たぶん、そうだと思います」

 

 バージルの考えについては、アティも異論を挟む余地はない。そもそも四つの世界のいずれかから召喚されたなら、こんな説明など不必要なはずなのだ。

 

「ならば早く俺を帰せ」

 

「わ、私じゃ無理です。召喚した人でないと、元の世界には戻せないんです」

 

「……貴様が召喚したのではないのか?」

 

 バージルはてっきり、彼女が自分を召喚したものとばかり思っていた。なにしろバージルがこの世界に来た際に、近くにいたのがアティだけだったからだ。

 

「いえ、私はしていません」

 

 アティはそう断言した。嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をついたとして得をするとは思えない。そのためバージルはアティの言葉を信じることにした。

 

「他に帰る方法は?」

 

「……少なくとも私は知りません」

 

 二度と故郷に帰ることのできないバージルの心の内を考えてか、アティは若干俯きながら言った。バージルにとっては人間界に戻れないことは、大して問題ではないが、こんなわけのわからない世界にいるつもりもなかった。

 

「……ここから出ていく方法は?」

 

 少し考え聞いた。アティが知らなくとも、召喚術を研究しているような人物や施設であれば、何か帰るための手段か情報があるだろうと思い至り、とりあえずこの島を出なければ、と思ったのだ。

 

「私もつい先ほど目が覚めたので……」

 

「……この島に住んでいるわけではないのか?」

 

「は、はい。……実は私とこの子が乗っていた船が、海賊に襲われた上に、嵐に巻き込まれまして」

 

「海賊、か……」

 

 やはりどこの世界にもそうした輩はいるんだな、と図らずも明らかになった、人間界との共通点をバージルは呟いた。

 

「それで、海に落ちたこの子を助けるために海に飛び込んで、気付いたらここにいたというわけでして……」

 

「…………」

 

 なんとも愚かで悪運の強い奴だ、と呆れが混じった視線を向けたバージルに、アティが提案した。

 

「あの……もしよかったら私達と一緒に行動しませんか? 一人でいるよりはいいと思いますよ?」

 

「……いいだろう」

 

 バージルは少し考えてから答えた。この世界について何も知らず、あてもなく動き回るよりこの世界の人間と共に行動した方が、結果的に早く元の世界に帰ることができると考えたためだった。

 

 

 

 

 

 話がまとまるとアティは火を起こし、その横に先ほどから寝ている少女を横にした。少女はアリーゼというらしく、家庭教師をしているアティの生徒だという。

 

 バージルはそこから少し離れたところで座りながら瞑想していた。

 

 そこへアティが近付いてきた。バージルは振り向きもせず、そのままの姿勢で言った。

 

「何の用だ」

 

「えっと……まだ名前を聞いてなかったので……」

 

「バージル」

 

 そこで話は途切れた。アティは気まずそうにあたりを見回した。すると少し離れたところに赤黒い水たまりがあるのが見え、思い出した。

 

 最初に会った時バージルは腹から血を流していたことを。これまで彼が平然としていたので忘れていたのだ。

 

「あのっ、バージルさん、お腹の傷はいいんですか!?」

 

「もう塞がっている」

 

「でも、あんな傷を負ってるならどんな人でも安静にするべきです!」

 

 血だまりができるほどの量の血を流して無事でいるはずはない。人間の常識で判断したアティの言葉を、バージルは有無言わせず否定した。

 

「……二度と俺を人間と呼ぶな」

 

 半分は人間の血を引いているとは言えバージルは、上級悪魔であるベオウルフすら、一瞬の内に斬殺できる程の力を持つ上に、並外れた怪力と魔力を持ち生半可な攻撃では傷にすらならない強靭な体を持っているのだ。人間の常識が通じる存在ではない。

 

 それに彼は人間であることを捨て、悪魔として生きることを選んだのだ。人間と呼ばれることは不愉快だった。

 

「っ……、それじゃあ、あなたは何者なんですか……?」

 

「悪魔」

 

 正確に言えば純粋な悪魔ではなく、半分は人間の血を引いている半魔だが、バージルは人間としてではなく悪魔として生きることを選んだため、そう答えたのだ。

 

「ええええ!?」

 

 アティはよっぽど驚いたのか、素っ頓狂な声を上げた。それほど驚くことか、とバージルは呆れるのと同時に、この先が思いやられた。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。