Summon Devil   作:ばーれい

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第09話 無色の派閥

 じきに夕焼けが訪れるだろう時刻、バージルは暁の丘に佇んでいた。ある人物と会う約束をしていたのだ。

 

「こんなところに呼び出して一体何の用だい? こっちは大人しくしてるって言うのに」

 

 現れたのはイスラだった。バージルは彼を呼び出して聞きたいことがあったのだ。

 

 わざわざ人気のない暁の丘に呼び出したのは、他の者に話を聞かたくなかったためだ。彼が普段いるリペアセンターでは、常時バイタルチェックをしているため、話をしてもまクノンやアルディラに知られてしまうおそれがある。

 

 以前彼と会った砂浜も、夜ならばともかく昼に会うのはカイルの船が近くにあることもあって不適格だ。

 

「貴様の体には何かあるのか?」

 

「……言ってる意味が分からないんだけど」

 

「呼吸も心拍も一定の周期で停止寸前に陥るそうだ。……もっともその状態はごく一瞬だがな」

 

 それは少し前にキュウマ達との稽古の後、アティと共にリペアセンターに行った際にアルディラから聞かされたことだった。

 

 バージルの言葉通りにイスラが外出を控えていたために、それを不審に思ったクノンが過去のデータを調べていたら、このことを発見しアルディラに報告したのが発端だった。

 

「……そんなことを聞いてどうするのさ」

 

「貴様に答える必要はない」

 

 イスラの質問はばっさり切り捨てる。

 

「……僕の体がこうなっているのは呪いのせいだよ……」

 

 イスラは以前の、バージルとの出会いから彼に逆らうことの愚を嫌と言うほど理解していた。またあんな恐怖を味わうくらいだったら全部喋った方が遥かにマシだ。

 

「僕の父は召喚術を利用した破壊活動を取り締まるのが仕事で、無色の派閥とも敵対しててさ。それで奴らの恨みを買って、報復として僕にかけたのが召喚呪詛、病魔の呪いなんだよ」

 

「…………」

 

 バージルは無言で続きを促した

 

「この病魔の呪いは僕に苦しみを与え続けるんだ。でも死ねない、死ぬ寸前で蘇ってしまうんだ。自分で死のうとしても同じこと。僕は死ねないんだよ……」

 

 自嘲気味にイスラは言う。病魔の呪いは命を触媒に災厄をもたらす召喚獣を憑依させ、相手を呪う召喚術の一種だ。その効力は儀式の規模や生贄の有無によって決まるのだ。

 

「……その割に平気そうだが」

 

「召喚呪詛っていうのはすごく古い召喚術の一種で、それに関する知識も一般には失われているんだ。……古い知識を持った無色の派閥を除いてね……」

 

「……なるほどな」

 

 バージルはイスラの言わんとしていることが理解できた。

 

「無色の派閥なら病魔の呪いを鎮めることができたんだ」

 

「以前貴様が連絡していたのも無色の派閥か?」

 

 イスラが無色の派閥の側にいることを確信したバージルは尋ねた。彼は少し前、ペンダント型の通信機を使って連絡取っていたことがある。てっきり帝国軍かと考えていたが、どうやら違うようだ。

 

「無色の派閥についた僕が与えられた役目は、帝国軍の機密を探ることだった。そのために僕は帝国軍の特務軍人になったんだ。そして帝国軍が魔剣を護送するという情報を得た無色の派閥はそれを奪回しようとした。僕はそれに志願したんだ」

 

「そして魔剣を手に入れたから連絡をしたというわけか」

 

 魔剣を手に入れたイスラは目的を達成したといえる。だからこそ連絡をとって、目的達成の報告と迎えを呼んだのだろうとバージルは考えた。

 

「そのとおり。でも派閥の目的はそれだけじゃない、一度は破棄したこの島を再び手に入れるつもりなんだよ。もうじき到着する船には多くの兵士が乗ってるはずだからね」

 

「そうか」

 

 バージルは全く興味がないとばかりに返事をした。

 

「いくら君が強くても今度は相手が悪いと思うよ。派閥は姉さんみたいに甘くないからね」

 

 イスラの予想ではバージルは個々の力で勝っていても、最終的に数と召喚術で押し切られるだろうと予想していたのだ。

 

 もっともバージルにとって彼の予測はどうでもいいことだった。そもそも伝説の魔剣士スパーダの血を受け継ぐ己が、たかが人間如きに遅れをとるわけがないのだ。

 

だがそんなことよりも気になる言葉があった。

 

「……姉さん? あのアズリアとかいう女のことか?」

 

 彼の姉に該当するような人間は一人しか思い浮かばなかったが、確認するように聞いた。

 

「ああ、この島の帝国軍を率いているアズリアは僕の姉なんだよ。……それで、もう帰っていいかい? 僕の体のことは全部話したんだけど」

 

「……貴様の目的は何だ?」

 

 話が少し逸れてしまったが、今確かめたいのはイスラの目的だ。彼の話を聞く限りでは魔剣を手に入れることが目的だと考えられるが、バージルにはどうにも腑に落ちなかった。

 

 それは一種の勘のようなものだった。悪魔としての勘が違うと感じたのだ。だが、そんなもので物事を判断するほど彼は適当ではない。

 

「…………」

 

 イスラが無言で俯く。どうやらあまり言いたいことでないらしい。

 

「目的は何だ。……三度は言わん」

 

 言いたくないことだからといって見逃すほどバージルは甘くない。最後の言葉に殺気を込め、イスラに投げかけた。

 

 言葉を受けた彼は一瞬、体をビクつかせた。そして諦めの混じった声で話した。

 

「僕はずっと死ぬことだけを考えていた。呪いでみんなに迷惑をかけるくらいのが嫌だったし、無色の派閥の手先となった後もばれてしまうかことが怖かった。だから、死んで楽になりたかった……」

 

 それを聞いてバージルは彼が剣の奪回に志願した理由がわかった。

 

「そのための方法が魔剣か?」

 

 イスラは無言で頷いた。

 

「そのつもりで襲撃の隙をついて剣を手に入れたけど、上手くはいかなかった。剣は意志を持っていて使い手の命を守ろうとしたんだ。おかげで僕はさらに死ねなくなってしまったというわけさ」

 

 皮肉なものだった。イスラが死ぬために求めた力は、彼を死から遠ざけてしまったのだ。

 

 しかしバージルにとって彼の境遇より、気になる言葉があった

 

(使い手を守ろうとする、か……)

 

 魔剣にそういう力があるとは初耳だった。護人達からはそんなことは聞いていないし、アティがそんな力を使ったところも見たことはない。

 

 しかしイスラはアティと同じく剣に選ばれた適格者だ。バージルが知らないことでも彼なら知っている可能性はある。

 

「だからまた僕は必死で考えたさ。どうすれば剣の守りを打ち破って死ぬことができるかを。……そして、アティに会ってその答えが見つかったんだ。剣と剣の戦いなら適格者の命を奪ってしまうことも不可能じゃないんだ」

 

「ならさっさと死ねばいいだろう」

 

 突き放すようなバージルの言葉。

 

「き、君のせいじゃないか! 君と会ったあの時から僕は死ぬのが怖くなってしまったんだ! 死にたいのに、死ななければならないのに、死ぬのが怖いんだよ!」

 

 ついに我慢していた本心をさらけ出した。

 

 イスラは自分のせいで姉や家族に辛い目にあわせていることに負い目を感じていた。アズリアも自分がまともなら軍人なんてならずにもっと別な道を進めたはずなのだ。

 

 自分がまともに生まれていれば、出来損ないじゃなければ、そんな想いをイスラはずっと抱えてきたのだ。

 

「そんなに死にたいなら――」

 

 バージルは閻魔刀を抜き放った。

 

 折角手に入れた力を使わぬ手はない。魔剣という大きな力をもってすれば、呪いを抑え込むなど容易いことだろう。

 

 既に、自分を苦しめている呪いから助かる力を手にしているのに、それでも死を望むイスラをバージルは全く理解できなかった。そもそも呪い掛けられた原因は、彼にあるわけではないのでイスラ自身が負い目を感じる必要はないのだ。

 

 にもかかわらず、死ななければならないと思っているイスラは見るに堪えなかった。

 

「――死ぬがいい」

 

 言葉と同時にイスラの腹に閻魔刀を突き刺した。彼の顔が恐怖と苦痛に歪む。

 

 口から血を吐き出し、四肢からは次第に力が抜けていく。

 

 イスラはそれ以上立っていることができず、後ろに倒れ込んだ。そして腹に突き刺さった閻魔刀も抜け、それによって蓋をされていた傷口から血が吹き出た。

 

 血に濡れた閻魔刀の刀身にはイスラの血と、何か黒い液体のようなものがついていた。

 

 バージルはそれを地面に突き刺すと黒い物体は、閻魔刀から逃れようと蠢きながらおぞましい悲鳴のような声を上げていた。それもすこしすると絶命したのかピクリとも動かなくなり、声も上げなくなった。

 

 バージルは閻魔刀を振って血を飛ばすと、それを鞘へ納めた。

 

 その時イスラの体が光に包まれた。

 

 そして次の瞬間には彼の体は変化していた。髪と肌の色が白くなり、その手には紅い剣が握られていた。

 

 それはアティが抜剣した時と同じ変化だった。唯一の違いは手にしている剣が碧の賢帝(シャルトス)ではないことだ。おそらくイスラの手にしている剣こそが、もう一つの魔剣紅の暴君(キルスレス)なのだろう。

 

 その姿になると同時に腹からの出血も止まり、傷自体もどんどん治っているようだった。

 

 これがイスラの言っていた剣の使い手を守ろうとする機能だろう。その能力はバージルが思っていたより強力なものであるようだ。

 

(まるで魔人化だな)

 

 この効果を見たバージルはそう評価した。魔剣を抜剣すると、身体が強化され強大な魔力の行使が可能のなる。それだけでなく、今のイスラのように再生能力も備わるようだ。

 

 これらはバージルが内に眠る力の解放し魔人化した時に見られる特徴とほぼ一致する。

 

 いわば魔剣は、持ち主に悪魔の引鉄(デビルトリガー)を付与する装置でもあるのだ。

 

「ぐ……う……」

 

 傷が癒えたためかイスラが体を起こした。

 

「これが病魔の呪いの正体か?」

 

 閻魔刀の先で動かなくなっている黒い物体を示した。

 

「な、なんで……?」

 

 呆然と呟いた。どんなに手を尽くしてもどうすることのできなかった呪いを、目の前の男はあっけなく解いたというのか。

 

 病魔の呪いも大別すれば憑依召喚という召喚術の一種だ。それ故、その呪いを引き起こしている召喚獣を殺せば呪いが解けるのも当然のことだ。

 

 もっとも、通常の憑依召喚であっても取り憑いた召喚獣を殺すことは不可能に近い。バージルがそれをできたのは閻魔刀があったからだ。

 

 閻魔刀には人と魔を分かつ力がある。その力によってイスラと彼に憑依していた召喚獣を分断したのだ。

 

「その剣に感謝することだな」

 

 バージルはイスラは殺すつもりでいた。実際、彼の閻魔刀による刺突は常人ならあっけなく死んでいたであろう一撃だった。

 

 しかし紅の暴君(キルスレス)による回復能力が予想以上に優れていたため、生き延びることができたのだ。

 

 夕焼けが暁の丘を照らす。空は赤く染まっていた。いつの間にか夕暮れになっていたようだ。

 

 バージルは踵を返す。もうイスラに聞くことはないのでこれ以上ここにいる意味はない。

 

「……ほう」

 

 何気なく後ろを見るとバージルの視界に二隻の船が目に映った。大きさはカイル達の船と同じくらいだが、これまで見たことのない船だった。地図にも載っていないこの島に偶然辿り着いたとは考えにくい。おそらくイスラが呼んだ船で間違いないだろう。

 

「貴様の言っていた無色の派閥が到着したようだな」

 

 彼の口元には珍しく笑みが浮かんでいた。それは自分の思い通りに事が進んだことを喜んでいるような笑みだった。

 

 その船に向かって歩き出す。方角は暁の丘から北西だ。距離は大したことはない。バージルなら十分とかからず辿り着くだろう。

 

 そしていまだ座り込んでいるイスラの横を通り過ぎるとき彼に声をかけた。

 

「そのままでいいと思うなら、いつまでもそうしているがいい」

 

 バージルは自分でもイスラにそう言ったことに驚いていた。

 

 常の己なら何も声をかけずに立ち去るだろう。思い通りに事が進んで気分が高揚していたからか、あるいは無意識の内にそうした方がいいと思ったのかはわからない。

 

 だがバージルの発した言葉は間違いなく、彼の本心だった。

 

 

 

 

 

 バージルがイスラと話している頃、アティはカイルや護人達と共に帝国軍と戦っていた。

 

 この戦いの少し前、アズリアの副官であるギャレオが宣戦を布告しに来た。バージルが船を出て行った直後であったため、アティ達はバージル抜きで帝国軍と戦うことになったのだ。

 

 それが単なる偶然か、あるいはイスラが姉アズリアにバージルと会うことを話したためか、真実はわからない。

 

 アティはもう剣は壊れたことを伝えたが、それはアズリアを怒らせるだけだった。剣の護衛に失敗した彼女は剣を取り戻すか、失態を補いうる結果を出さない限り帝国に戻れないのだ。

 

 だが、ただでさえバージルとの圧倒的な力の差を思い知らされた兵士達の士気は沈滞している。補給はおろか、外部との連絡をとる手段がない現状では、これ以上の継戦は不可能だった。だからこそ帝国軍はこの一戦に全てをかけた。これで決着をつけるつもりだったのだ。

 

 その結果、兵士達は戦闘能力を喪失し、ギャレオは肩を息をしながら膝をついている。アズリアも剣を失った。それに対してアティ達は多少傷を負ってはいるが、全員まだ力を残していた。もはや誰の目にも帝国軍の敗北は明らかだった。

 

「結局、私はお前に勝てなかったな……」

 

「アズリア……、もうやめましょう?」

 

 そもそもアティが望んでいたのは和平だ。そのために剣すら破壊したのだ。そんな彼女にとってこの戦いは当然望んでいたことではない。

 

「お前は我らにみっともなく生き恥を晒せというのか!?」

 

「生きることはみっともないことじゃありません! それさえできず消えていく命もあるのに、生き恥なんて言葉なんて使わないで!」

 

 アズリアの言葉は命を人一倍大切にするアティにとって許せない言葉だった。

 

「……っ」

 

「私達が力を合わせれば、きっとお互いの望みを叶える方法を見つけられるはずです」

 

「そんな方法が本当にあると思っているのか?」

 

「私は、信じています」

 

 以前アズリアと約束した誰もが笑顔でいられる道、それはきっと彼女との和解の先にあるとアティは確信していた。

 

 そんなかつての友の言葉を聞いてアズリアを諦めるように言った。

 

「かなわんな……」

 

 その顔はどことなくすっきりとしていた。

 

「それじゃ……」

 

「勝者からの和平だ。無碍にするわけにもいくまい」

 

 アズリアが答えたとき、帝国軍の背後から大勢の兵士が現れた。その姿は兵士というより暗殺者然としていた。

 

 既に疲労しているアティ達にこれほどの数を抑える力は残っていない。それを理解してか、ギャレオはもう一度戦うべきだと進言した。

 

「隊長! これならまだ、戦えます!」

 

「違うぞ……」

 

 誰もが現れた者達を帝国の増援だと思っているなか、アズリアだけは違った。

 

「そいつらは帝国の兵士じゃない!?」

 

 彼女の言葉と同時に、ぶかぶかのマフラーを巻いた指揮官らしき女の一言で暗殺者達が動き出した。彼らは獣のような声を上げながらも連携の取れた動きで、帝国軍の兵士達に襲いかかった。

 

 断末魔とともに血飛沫があがる。そのたびに血だまりとそれに沈む死体の数は増えていく。

 

 既に戦闘力を喪失した帝国軍は抵抗すらできず一方的に殺されていった。

 

 なかには辛うじて死に至らなかった者達もいたが、後方にいたシスターのような格好をした女の召喚術によってまとめて殺された。

 

 あまりに凄惨な光景にアリーゼは目を瞑り、アティはその光景の見せないように抱きしめた。

 

 そこへさらに着物を着て、刀を持った壮年の男も加わり殺戮はさらに加速していった。

 

「くそっ! 帝国軍人を舐めるなっ!」

 

 部下への残酷な仕打ちに怒りを募らせたギャレオが一番近くにいた壮年の男に殴りかかる。

 

「待て、ギャレオ!」

 

 二人の実力差を感じたアズリアが止めようと後を追うが、間に合わなかった。一撃で戦闘不能にさせられた。

 

「己の技量を恥じて出直すがいい!」

 

 男の慈悲か、殺すまでもないと思ったのかギャレオは致命傷は負っていなかった。

 

 しかし他の者は十分と経たぬうちに殺されてしまった。帝国軍で生き残っているのはアズリアとギャレオだけだった。

 

 カイル一家や護人達は攻撃されはしたが、辛うじて撃退することができた。

 

「ゴミ共の始末、存外手間取ったようだな」

 

 最後に姿を現した者は白いマントに黒メガネをかけた男だった。

 

 男は無色の派閥の大幹部にしてセルボルト家の当主オルドレイクだった。召喚術を使い帝国軍を吹き飛ばしたのが、オルドレイクの妻のツェリーヌ、刀を持った壮年の男がウィゼル、暗殺者達の指揮を執っていたのがヘイゼルといった。

 

 彼らは魔剣と遺跡を手に入れるためにこの島へやってきたのだ。

 

「も、もう剣は壊しました。ここにはありません!」

 

 アリーゼを抱きながらアティが叫ぶ。

 

「何を言うかと思えば……。少し仕置きが必要なようだな」

 

 剣を破壊したという言葉をオルドレイクは信じなかった。それを嘘と断じ、召喚術で彼女達を吹き飛ばした。あまりの衝撃にアティはアリーゼを離してしまった。

 

「まずはその小娘を始末してやろう」

 

 オルドレイクは邪悪な笑みを浮かべアリーゼを狙う。先程のものより遥かに強力な召喚術だった。

 

「あ、アリーゼ……!」

 

 よろめきながら立ちあがり生徒のもとへ向かおうとしたが、それは許されなかった。

 

「我が夫の邪魔は許しません」

 

 ツェリーヌの召喚術によって動きを封じられたのだ。

 

「させないわ」

 

「くそっ!」

 

 他の者もヘイゼルとウィゼル、暗殺者達に阻まれてアリーゼを助けに行けない。

 

 しかし、唯一動くことのできたアズリアが剣を拾ってツェリーヌへ向かって走っていく。

 

 かつての友への想いからか、帝国軍人としての矜持からか、彼女は体の痛みを堪えて動いたのだ。

 

「そう何もかも貴様らの思い通りになると思うな!」

 

 ツェリーヌがそれに気付いて召喚術の対象をアズリアに変えた。

 

「お前は行け、ここは私が!」

 

「帝国の狗め……消えなさい!」

 

 ツェリーヌの使った召喚術は先程アティに使っていたものとは違い、対象を殺す類のものだった。

 

 その召喚術をかわすだけの力はアズリアには残されていなかった。

 

「アズリア!」

 

 彼女の体が吹き飛ばされる様を見たアティが叫ぶ。

 

 そしてアティが叫んだのとほぼ同時にオルドレイクはアリーゼに召喚術を放った。

 

「死ねっ!」

 

 人間程度なら容易く殺せる威力を持った一撃がアリーゼに迫る。

 

「キュゥゥ!」

 

 直撃する直前アリーゼの護衛獣であるキユピーが、その小さい体からは想像ができないくらい強力な魔力を放った。

 

 しかしそれをもってしても、威力を落とす以上の効果はなく、アリーゼはキユピー諸共オルドレイクの召喚術によって吹き飛ばされた。

 

「あ、あああ……」

 

 ようやくアリーゼのもとへ辿り着いたアティは、ボロボロになった生徒の体を抱きしめた。まだ辛うじて息はあるようだが、腹から流れ出ている血は一向に止まりそうにない。このままでは命を落とすのも時間の問題だった。

 

「仕留め損なったか。……まあいい、二人まとめて死ぬがいい!」

 

 これまで使ってきた霊界の召喚獣ではなく、生来得意だった鬼妖界の召喚獣を使ったのは、多少なりともキユピーの力を脅威と感じたからか。

 

「……!」

 

 山すら両断するといわれる鬼神将ゴウセツの一撃が向かってくる。食らえばただでは生きてはいられないだろう。だが、アティは逃げない。今の彼女に逃げるという選択肢はあり得なかった。

 

 無駄なことだとわかっていてもアティはアリーゼを守るように抱きしめ、ぎゅっと目を瞑った。

 

 しかし、いつまでたっても斬撃はこなかった。アティが顔を上げ、そこで目に映ったのは――。

 

 

 

「You need more training」

 

 

 

 ――鮮烈な「青」だった。

 

 

 

 

 

 

 




ご意見ご感想お待ちしております。

なお、SE発売のため次回は遅くなると思います。



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