見渡す限り果てしなく続く、透き通った青空と地平線まで続く緑豊かな大地。どこまでも自然の力を感じさせる世界。それが最初に見た幻獣界メイトルパの光景だった。
「わぁ、すごい……」
城の空中庭園でネロやレンドラー達と共に感慨の声を上げているのはエニシアだ。今は彼女ではなくフェアが舵取りを行っているため、ここで母親の故郷をいち早く見ることができたのである。
「何だろう、あれ……?」
ネロの隣で同じように景色を眺めていたミルリーフが空の一点を指さしながら呟いた。その方向に目をやると黒い点が少しずつ大きくなっている。何かが近づいているようだ。
「あれは、竜か……?」
レンドラーがシルエットから読み取ったのは竜だった。そしてその数秒後にはその見立ては誤っていなかったことが証明された。そんな竜がラウスブルグに向かって来ているのだ。
もし何かしてくるなら迎撃しようかと思っていたネロだったが、竜は攻撃など一切せずにゆっくりと羽ばたきながら目の前に降りて来る。そしてネロ達の方へ顔を向けながら口を開いた。人語を解する竜であるらしい。
「あなたがバージル?」
「そうだが、わざわざ何の用だ?」
一瞬、自分に向けて言われた言葉かと思ったネロは怪訝な顔を浮かべたが、すぐ後方から当の本人の声が聞こえたので振り向いてみると、アティを連れたバージルの姿があった。
目的の人物の姿を見つけた竜は、今の姿のままだと少し話にくいとでも思ったのか人の姿へと変じた。それは一見するとミルリーフと変わりないくらいの幼子だった。
(こいつと変わりないな、見かけと実年齢は違うってことか)
ネロが胸中でぼやいて自分の背に隠れながら顔だけを出しているミルリーフと見比べた。彼女と比べると竜から変じた幼子は中性的な顔立ちをしていて、表情の変化もほとんどないが、全体的な印象としては家族や同族と言っても十分通じるほどだ。
「
まず名乗り上げたコーラルは、次いでバージルに忠告する。メイトルパを訪れた目的はバージルから直接誰かに話したわけではないが、名前も知っているところを見ると
人語を解することや立場、
「なぜだ?」
「この世界にも悪魔が現れている。みんなそのせいで警戒心が増しているから、人間が来たと知ったら争いにもなりかねない」
ある程度組織化されたリィンバウムでも悪魔による被害は大きかったのだ。メイトルパのような国家体制が構築されていない世界ではより大きな被害が出ていたと考えられる。
そしてそうした被害は自らの安全を脅かす存在への警戒心や敵対心を高める結果となった。悪魔でないとはいえ、召喚術で多くの同胞を攫った人間を発見したとなれば武器を向けることもありえるだろう。
それを恐れたコーラルは今のうちにバージルに接触し、人間はここに留まるよう忠告したのである。
「……貴様は妖精がどこにいるか知っているか?」
しかしバージルは問いには答えず、メイトルパへ来ることを願った少女に視線を送りながら尋ねる。
「その娘の血縁ならどこにいるか分かる。案内もできる。……どう?」
コーラルはバージルの視線の先にいた彼女の魔力から古き妖精に近しい者だと見極めると同時に、バージルが尋ねた意味も分かった。要はコーラルの忠告を受け入れる条件としてエニシアを母親と会わせろというのだ。
「いいだろう。……さっさと行ってこい」
「は、はいっ」
急かされたエニシアは、バージルの言葉を聞いて竜の姿に戻ったコーラルのもとへ歩く。しかし、彼女はその途中、何度か申し訳なさそうにこちらを振り返った。どうも、一人で行くことに不安があるようだ。
「姫様! せめて我輩をお供に……」
「貴様は人間だ。ここで大人しくしていろ」
さすがに放っておけなかったレンドラーは同行を申し出るが、バージルにばっさりと否定されてしまった。
「それじゃあミルリーフなら大丈夫だよね。おじいちゃん!」
「……ああ、そうだな」
至竜であるミルリーフなら同行するのは問題ないだろう。ただし、性格を考慮しなければの話だ。バージルが一瞬考え込むように黙ったのもこの点が気になったからだろう。
それでも同行の許可を得たミルリーフはコーラルと同じように竜の姿になった。
「乗って、エニシア!」
そうエニシアに声をかけている時、ネロはポムニットから声を投げかけられていた。
「ネロ君もついて行った方がいいと思いますよ。ミルリーフちゃんはまだ子供ですし……」
「は?」
何で自分が行かねばならないのかと思わず聞き返しそうになったとき、レンドラーやゲックも自身を見ていることに気付いた。その視線から嫌というほど「自分達の代わりにエニシアについて行ってくれ」と言っているのを感じ取った。
「……俺も行ってこいだとよ。どうすんだ?」
確かに彼らの気持ちも分からないでもない。しかし、先ほどのコーラルが言ったように人間はここを離れるべきではないのもまた事実だ。それを確かめるようにバージルに尋ねた。
「構わん、好きにしろ」
「……了解了解、そうさせてもらうか」
即答されたネロはそう言い残すと地面を蹴って、既にエニシアが乗っているミルリーフの背中まで跳んだ。
「そういうわけだ。よろしく頼むぜ、エニシア、ミルリーフ」
「うん!」
「はい、よろしくお願いします」
元気よく返事するミルリーフとほっとしたように安堵の表情を見せるエニシア。どちらもネロが同行することを歓迎しているようだった。
「ついてきて」
それでこちらの準備が整ったと見たコーラルはミルリーフに声をかけると力強く羽ばたき庭園から飛び立つ。そしてミルリーフもそれを追いかけるように空へと舞い上がって行った。
それから数分としない内に、二体の至竜はラウスブルグからでは豆粒くらいにしか見えない程に離れて行った。
コーラルからの忠告で人間はラウスブルグから出ないことに決まったとはいえ、残された者達は何もすることないというわけではなかった。
「あいつらが戻って来るまでに里の奴らは降ろす」
ネロ達が出て行って早々にバージルはそう宣言した。元々メイトルパへの寄り道は彼の目的には関係ないことである。そのため、立ち寄っている時間を必要以上に伸ばすつもりはなかったのである。
これに駆り出されたのはまず里の者と付き合いの長い御使いと、ギアンに与していたとはいえ、同じメイトルパから召喚されたカサスであり、次いで先代守護竜に反旗を翻した時に、一時的にとはいえ共闘したレンドラーやゲック達である。逆に他の者に関しては無用な混乱を避けるため、城で待機することとした。
ただ、ずっと待ってるだけというのは退屈なので、バージルを含めた待機組は自由行動とすることにした。ハヤトとクラレットはメイトルパに来るまでの間、ずっと魔力を供給し続けたゲルニカのもとへ行っており、レナードは外へ煙草を吸いに行っている。
先ほどまで舵取りをしていたフェアはバージル達と共に空中庭園にいた。せっかくの機会であるため、異界の空気を存分に味わっておこうということだった。
「それにしてもよくネロ君が一緒に行くことを許しましたね」
「あの腕では人間とは思われんだろう。それに至竜もいる。大事にはなるまい」
アティにしてみればネロは人間に分類されているのだが、バージルは悪魔である自分の息子ということで人間には分類していなかったし、何かあってもコーラルがいる以上、問題ないだろうという思惑もあったらしい。
「あーあ、どうせなら私も一緒に行きたかったなあ……」
「ダメですよ、フェアさん。さっきまでお城を操縦していたんですから疲れてるでしょう?」
残念そうに息を吐いたフェアにポムニットが注意する。ラウスブルグを操れる素養はあるとは言っても、疲労しないわけではない。むしろここにいる多くの人達の命を預かっているんだと思うと必要以上に神経を使ってしまいがちだった。
それはエニシアにも言えることで、二人は自分の番が終わるとよく休むのが常なのである。
「まあでも、こんなところに来るなんてまずないからね。一緒に行きたいっていう気持ちはわかるなあ……」
アティとて許されるなら自分もメイトルパを見て回りたいという思いはあった。さすがに状況が状況であるためそんな我儘を言おうとは思わなかったが。
「いずれまた来ればいい」
「そうですね。まだメイトルパに帰りたいって子はいますし」
バージルのしれっとした答えにアティは苦笑した。バージルがメイトルパに行くことを決めたのがラウスブルグを手に入れた後であることからも分かるように、アティとポムニットは名もなき世界に行くとしか聞かされていなかった。
だからハヤトやレナードのように名もなき世界に行きたい人だけを受け入れたのだ。そのためアティは、次があるならメイトルパに帰りたい者達も一緒に連れて行きたいと思っているようだった。
ちょうどその時、クラレットを伴ったハヤトがやってきた。
「よかった、ここにいたんだ。さっき言われた通りゲルニカは休ませてるよ」
「ああ、わかった」
ハヤトの報告を聞いて頷く。ここまでほぼ一体でラウスブルグに魔力を供給し続けたゲルニカを休ませるようハヤトに言ったのはバージルだった。何しろ名もなき世界、バージルやハヤト、レナードの故郷でもある人間界は世界中にレーダー網が張り巡らされ、軌道上には人工衛星が飛びかっているのだ。
そんな中で巨大なラウスブルグをそのまま浮遊させているわけにはいかない。とはいえ、まさか偶然に巨大な積乱雲でも発生するのも考えにくいので、実質的にとれる手段は、常時ラウスの命樹が作り出した異空間にいることだけである。ゲルニカにはそのために必要な魔力を供給してもらわなければならないのだ。
とはいえ、いくら至竜でも無制限に魔力を供給できるわけではない。いずれは休息をとらなければならなくなるのだ。だから今のうちに休ませて人間界では常に異空間を維持してもらおうと考えていたのである。
「そういえば、ポムニットさん。さっきこの世界でも悪魔が出たって言ってたけど本当なのか?」
「ええ、確かにコーラルさんはそう言っていましたよ。それがどうかしたんですか?」
コーラルがバージルに忠告した時、ハヤトもクラレットもその場にはいなかったためポムニットが教えていたのだが、ハヤトはどうもその事実が信じられないようだった。
「いや、俺はてっきりリィンバウムだけの問題だと思ってたからさ……」
ハヤトも悪魔との戦いの経験はかなり積んでいるが、それは全てリィンバウムでのことだ。そのせいか無意識の内に悪魔はリィンバウムにしか現れないものと決めつけてしまっていたようだ。
「悪魔は貴様の故郷でも現れている。歴史的に言えばむしろあちらが本場だ」
「嘘だろ、そんなの全然聞いたことないぞ……」
人間界では悪魔の存在は一般的ではない。だから向こうでは一般人に過ぎなかったハヤトが知っていなくともバージルは驚きはしなかった。
「最後の本格的な侵攻は二千年前、記録がなくて当然だ。今も時折現れているが、向こうでそんな話をしても鼻で笑われるのがほとんどだろう」
二千年前に魔帝ムンドゥスがスパーダに封印されて以降、本格的な攻撃が行われたことは一度としてない。それゆえ、人々の記憶から忌々しい悪魔の記憶は徐々に薄れていき、現代ではおとぎ話の類になってしまっていた。事実ハヤトが自分の故郷でも悪魔が現れていると知って驚いたことが何よりの証拠だろう。
「でも、あちらでも知っている人がいるんですよね」
「ああ、悪魔の存在を肯定しようする者はフォルトゥナ以外ではまずいないがな」
バージルが挙げた例外は城塞都市フォルトゥナだ。ここはかつてスパーダが領主をしていたという伝説もあるほど悪魔と関係が深く、かつてバージルも訪れたことのある場所だった。対悪魔の戦闘集団を抱える唯一の存在なのだ。
「フォルトゥナって確かネロの故郷だよな?」
「そうだ。詳しく知りたいならは本人から聞け」
バージルがフォルトゥナを訪れたのは二十年どころか三十年近く前だ。そんな古い情報より、少し前まで実際にフォルトゥナに住んでいたネロから聞いた方がいいと考えるのは当たり前だった。
「うわ……、私は悪魔なんてほとんど見たことないけど、そんなことになってたんだ……」
思った以上に悪魔の影響があると知りフェアが顔を歪める。彼女が悪魔と関わったのはネロやリシェル達とシルターン自治区へ行った時の一度きりだ。あの時は全てネロが始末したため、彼女自身が悪魔と戦ったわけではないが、それでもその脅威は今も記憶に新しい。
「中には悪魔を利用しようとしている人間もいますからね、話の通じる相手ではないでしょうに」
「クラレットの言う通りだ。ほんと救いようがないよ、そういう奴らは」
ハヤトもクラレットも何度か人間が呼び出した悪魔と戦ったことがある。そして戦えば戦うほど悪魔という存在は、まともに話ができる相手ではないということを思い知らされたのだ。もっとも、より理解できないのはそういう存在を呼び出す人間であるが。
「……もしかして、あの時の悪魔も?」
「あの時の? 何か心当たりでもあるの?」
フェアの呟きが耳に入ったアティはさすがに捨て置くことができず尋ねた。
「あ、えっと……、実は、悪魔を見た時に怪しい人がいたから……」
あの時のことはネロから口止めされていたが、悪魔について詳しいバージル達なら隠しても仕方がないと思い、正直に話した。
「悪魔とはどこで見た? ウルゴーラか?」
フェアが悪魔を見たと言った時点で帝都だとは予想していた。その件はアズリアから仔細を聞いていたし、悪魔の被害が僅少となっている昨今で最大の被害でもあったため気になっていたからだ。
「う、うんネロと一緒にだけど……」
「もしかしてそれって帝国の偉い人達が殺されたって言うやつか?」
「そうだけど……、知ってるの?」
あの事件のことはトレイユでも話題にこそなっていたが、その時点では原因が悪魔と言うことまでは明言されていなかったはずだ。軍の高官であるアズリアと知り合いらしいバージルはともかく、いくら
「まあね、色々と知り合いも多いからさ」
聖王国のサイジェントに住むハヤト自身はあまりサイジェントから出ないが、各地を旅する彼の仲間からは様々な情報が届いているのである。そしてウルゴーラの一件が彼の耳に入ったのは事件が公表される前の段階であり、「帝国貴族の不審死が相次いでおり、悪魔の関与の可能性がある」というものだった。
ちょうどその頃には、バージル達と合流するために出発する直前だったため、場合によっては彼にも協力を求めて対応するつもりでいたのだが、二人がラウスブルグについた時点で事件は解決され、公表もされたため出る幕はなかったのだった。
「……バージルさん? どうしたんですか?」
フェアとハヤトの会話をよそに、考え込んでいるようなバージルにアティが声をかけた。
「……いや、何でもない」
アティにはそう言うが、バージルはフェアが言った人間のことが気になっていたのだ。
今のリィンバウムでは既に悪魔を呼ぶための技術が完成している。今のところ使用されたのは無色の派閥に絡む一件であるため、今回フェアが見たのも無色の派閥の構成員と見るのが自然だが、それではどうにも腑に落ちないのだ。
なにしろ帝国における無色の派閥はアズリアの実行した作戦によって大幅に弱体化している。それによる報復という見方もできなくはないが、帝国における拠点は壊滅状態なのだ。その上、アズリアの一連の作戦は一応の終了を見たとはいえ、追及の手は緩めていない。もはや今の帝国で無色の派閥がまともな活動を行うのは極めて厳しいのが現実なのだ。
(そういえばネロもいたらしいな。聞くならあいつだな)
気になることはあるがこれ以上、フェアに尋ねても成果は望めないのは目に見えている。それよりもネロが一緒にいたという話だったため、詳しく聞くなら悪魔と戦った経験も豊富なネロの方が彼女よりも適任だろう。
そう判断したバージルはネロがさっさと戻ってくるのを待つことにした。
一方その頃、ネロは案内された古妖精が暮らす妖精郷からだいぶ離れた場所でミルリーフとコーラルと共に待っていた。
「こうもあっけなくいくと拍子抜けするな」
ネロは適当な木に背中を預けながら言った。コーラルの口利きによって彼女の母、
「でも……」
「文句言うなって、ミルリーフ。元から感動の再会の場面にいようなんざ無粋な真似なんてするつもりなかったんだからよ」
「むー、そうかもしれないけど……」
口を尖らせるミルリーフをネロが宥める。
エニシア達母娘が会う場にネロが同席することは認められなかった。理由は彼に脈々と受け継がれている悪魔の力だ。それを忌避した妖精達の意思がコーラルを介して伝えられると、ネロもミルリーフに言ったように同席するつもりはなかったため大人しく少し離れたこの場で待つことにしたのである。
「彼らにとって悪魔は忌むべき存在、仕方ない」
天使の系譜に連なる妖精は正の感情を好む。しかし魔界の悪魔にあるのはそんなものとは正反対の負の感情だけなのだ。彼ら妖精がネロから悪魔の力を感じ取り忌避したのはこういう理由からであった。
「別に気にしちゃいねえよ。どうせ今しか顔を合わせない奴らだしな。……っていうか、向こうに残ってなくてよかったのか? お前が仲介したようなものだろうし」
もう二度と会う機会はないだろう古妖精の言うことだ。気にしてもしても仕方がないと割り切っているようだ。むしろコーラルがここに残ったことの方が気にようだ。
「あなたと同じ。親子の再会に水を差すようなことはしない。……それに、一度あなたと話したかった」
「俺と? 何だよ?」
思いがけない言葉に正面に立っているコーラルに視線を向けて問い質した。
「今この世界は悪魔に狙われている。それは知っている?」
「……いや、知らねえな」
いきなりとんでもないことを言ったコーラルに色々と聞きたいこともあったが、ネロはまずは素直に答えた。
「そう。……だけど、あのバージルという人はそれに対抗するために何かをしようとしている」
「なるほどね。今回のもその一環ってわけか」
その言葉を聞いてネロはバージルがラウスブルグを使って人間界へ行こうとしているのも、それに関係していることだと本能的に悟った。
「たぶんそうだと思う。……だからあなたの力も貸して欲しい」
その言葉はネロの人とほとんど変わらない体の中に眠る力を感じ取っての言葉であった。
なお、コーラルに悪魔の侵攻が近いという情報を渡したのは
一つ目はバージルがメイトルパに来た際には便宜を図ること、そして二つ目は悪魔の襲来に備えることであった。ネロに協力を求めたのも二つ目の理由からだ。もちろんそれをしたのは、メイトルパの
そしてコーラルは既に幻獣界メイトルパに住むいくつもの部族にその話をしていた。しかし、それで対応できるのは中級の悪魔までが精々だろう。大悪魔に対抗できそうな戦力は至竜のような存在に限られ、数も極めて少ない上に、戦って必ず勝てるというほど勝算があるとは思っていなかった。
事実、炎獄の覇者ベリアルが現れたサプレスのことを考えればコーラルの予想は間違っていない。サプレスにも至竜はいくつか存在するが、結局ベリアルを止めることはできなかったのだ。
「わざわざ俺に頼まなくてもあいつに任せときゃいいじゃねえか」
「いくらあの人が強くとも、いくつもの世界を同時に守れるとは思えない。だからあなたが必要」
ラウスブルグを使っている以上、現時点でバージル単独で世界を渡る力がないことは明らかだ。それにバージルは明確に優先順位をつけている節がある。リィンバウムと他の世界、どちらかを選ぶ必要があるなら彼は躊躇いなくリィンバウムを選ぶはずだ。
それが分かっているから
「世界、ね。それにしてもあいつも大それたことを考えてるんだな」
コーラルへの返答は保留しつつも、ネロはバージルのやろうとしていることに対しては呆れたように呟いた。
(確かにそうかも……)
コーラルは胸中で同意を示した。
(でも、本当にもしもの時は他の世界を見捨てる……?)
そこまで考えて、コーラルはこれまでの己の考えに疑問を抱いた。リィンバウムを含めた五界の
「パパ……」
そこでミルリーフが不安げな顔でネロのことを見上げた。そんな彼女の頭をネロはくしゃくしゃと撫でると口を開いた。
「まあいいさ。あいつはあいつ、俺は俺だ。とりあえずさっきのは俺への依頼ってことにしておくぜ」
「感謝する。報酬は期待してくれていい」
ネロの返答を聞いたコーラルは珍しく仏頂面を崩して幾ばくか口元を緩めながら冗談めかして答えた。彼がすぐに答えなかった時はどうなるかと思ったが、結果的に協力を得られたのであればそれで問題ないという考えらしい。
「いいさ。相手は悪魔なんだ。断るつもりなんてなかった」
ネロが即答しなかったのは、話が飛躍し過ぎてそれをのみこむ時間が欲しかっただけなのだ。そもそも彼からすれば、ここまで聞いておいて知らんぷりなどできるはずもない。なにしろネロはダンテから事務所の看板を貰った時から決めているのだから。
悪魔退治は「Devil May Cry」へ、と。
DMC5の前日譚の小説がゲームより前に発売されるということでそれも非常に楽しみにしている今日この頃です。
なお、5が発売されても更新が滞ることのないようにする予定です。
さて、次回は2月9日か10日に投稿予定です。
ご意見ご感想お待ちしております。
ありがとうございました。