エニシアが母キティシスとの再会を果たし帰路についた頃、ラウスブルグでも里の者達を地上に送る作業もひと段落していた。メイトルパの召喚獣と一口に言っても様々な種族がいる。歴史が長くリィンバウムでもよく知られる種族だけでも五つあるのだ。当然住んでいる場所も平原や森など多岐に渡るのだが、里の者達はみなこのラウスブルグの直下に降ろすことになった。
後はそれぞれの仲間のもとに帰るなり自由にすればいい、というのがバージルの考えだったからだ。とはいえ、戦う力を持たない者も多い彼らをそのままにするのも忍びなかったため、獣皇カサスがそれぞれの種族の下まで送り届けることになったのである。
「獣皇から預かった物は失くしていないだろうな?」
「心配せんでもここにある。そう神経質になるな」
当然カサスは今この場にはいない。できるなら彼もエニシアに別れの言葉を告げたかっただろうが、自分と同じく召喚術で呼ばれた同胞のことがどうしても心配だったのである。
その代わりカサスは手紙を書いたのだ。拙い字ではあるがエニシアへの感謝を綴った手紙。それに子供たちが作ったお守りと一緒に、レンドラーとゲックに託したのである。
二人にとってもカサスは戦友のようなものだ。そんな彼の頼みとあれば確実にエニシアに届けようと思うのは当たり前のことだった。
「教授、全ての作業完了しました」
「もう人っ子一人いないよー!」
二人とは別な場所で誘導などを行っていたローレット達が姿を見せた。姉妹三人揃って来ていることからそれぞれの持ち場もやるべきことは終わったということだろう。ミリネージの言葉もそれを裏付けていた。
「うむ、ご苦労じゃった。……して、グランバルドは?」
三体の機械人形を労ったゲックは彼女達の弟にあたる機械兵士グランバルドの所在を尋ねた。末っ子である彼もローレットの指示の下、里の者達の誘導をしていたはずだ。
「ほんとだ。どこいったんだろう? ミリィ見てないや」
「確かに不明。BUT、先ほどまで下に……」
今回の作業が始まってからミリネージは一度もグランバルドの姿を見ていなかったが、アプセットは里の者達が降り立つ場所にいるのを見ていたのだ。
「ええ、確かに私は下のこちらの作業が完了するまで安全確保を命じましたが、まさかまだ戻って来ていないなんてバッテン三個です!」
グランバルドは思考回路に少々の破損があるせいか、言動は幼くドジばかりしているため、臨機応変な対応が求められる誘導役は難しいとローレットは判断し、機械兵士の戦闘能力を生かした護衛役に回したのだ。
「あれにそこまで期待してはいかん。とにかく、行ってくるのじゃ」
グランバルドのポンコツっぷりはゲックも認識しているため、溜息を一つ吐くだけで考えを切り替え、三人にグランバルドを回収するよう命じた。
「手のかかる子供を持ったな、教授よ!」
「全くじゃ、これではおちおち隠居もしてられん」
走って行く機械人形の姉妹達を見送りながら笑うレンドラーに、ゲックも冗談めかして答える。もちろん内心では彼女達を疎んでいるなんてことはなく、自らの手で再生させた彼女やグランバルドのことは実の子のように思っているのだ。
そうして、城に戻る道を歩いていると、不意に二人を影が覆った。
「おお、戻ってきたか。我らも早く行って獣皇のことを伝えねば」
レンドラーが空を仰ぐと竜が城へ飛んでいくのが見えた。ミルリーフとネロがエニシアを連れて帰って来たに違いない。
「うむ……」
「どうした? 覇気がないではないか」
「少し考えごとをしていただけじゃ。何もしなくとも目的は達成できたというのに、何故ギアンはあそこまで竜の子にこだわったのか、と」
もう過ぎ去った竜がそこにいるかのように空を見上げたまま、ゲックは言った。
二人ともギアンとはドラバスの砦跡で実質的な意味でも袂を分かったが、その後マナ枯らしを使って再度ミルリーフを手中にするべく挑み、敗北して帝国軍に引き渡されたという顛末はエニシアから聞き及んでいる。
だからこそゲックは気になったのだ。そうまでして竜の子を手に入れる意味などバージルにラウスブルグを奪われた時点で失せている。大人しく彼に従うことこそが最善の道だということはギアンも分かっていたはずなのに、なぜそうしなかったのか。
「我輩にそんなことが分かるはずがないだろう。そもそも、あやつも我らを信用していなかったからな」
憤りを隠せない様子でレンドラーが答えた。今でこそ、バージルが城を動かすあてがあったということは知っているが、当時は何も知らなかった。ギアンにしてみれば、竜の子を手に入れるという目的に協力させるためにあえて伝えなかったのだろうが、正しい情報が隠されたまま戦わされたレンドラーにとっては許し難い暴挙だったのだ。
指揮官として長く戦場に身を置いたレンドラーは、正確な情報こそ命を左右する重要なものであると身を以って知っていた。もしもギアンがバージルの言葉を伝えていれば、自分も部下もあの戦いには参加させなかっただろうし、ゲックも同じ判断をしていただろう。
「それはワシらも同様じゃろう。ギアンを信用していなかったのは。……こんな有様では城を奪われていなくとも勝てはしなかったじゃろうな」
「……ふん」
ゲックの言葉にレンドラーは鼻を鳴らすことで、暗にそれを認めた。形式上は二人ともギアンに従ってはいたが、内心では思うところがあったということだろう。なにしろギアンは無色の派閥の召喚師なのだ。バージルに殲滅されたとはいえ、かつては紅き手袋の暗殺者を従えていたのだ。
今でこそ国家に属してない二人だが、レンドラーは旧王国の鋼壁都市バラムで騎士団を率いており、ゲックは帝国の学究都市ベルゼンで軍の研究者をしていた身だ。無色の派閥や紅き手袋のことは忌むべき敵だと教えられてきたのである。
いくら自分達がそういった組織から離れたとはいえ、すぐに悪名高き組織の人間を信用できるわけがなかったのだ。
「それで教授よ、何がいいたいのだ? まさか奴と仲直りしろとでも言うのか?」
「そうではない。せめてもう一度話をしてみたいと思っただけじゃよ。一度は姫様のもとに集った身、それくらいはよかろう?」
「……姫様が望むならな」
ゲックの提案にレンドラーは条件付きで答えた。実際のところはエニシアがそれを望むのは分かりきっているため、実質的には無条件で受け入れたのと同義だった。彼もただ意固地というわけではないのだ。
「うむ。それでよい。きっと姫様もそれを望んでいるはずじゃからな」
ゲックが顔を緩めて言いながら、揃って城へと戻って行った。
ラウスブルグでの食事は厨房に併設されている食堂で取るのが基本となっている。それはただ単純に料理を運ぶポムニットやフェアの負担軽減の意味もあるだろうが、それ以上に「みんなと話す場を作りたい」というアティの願いがあったからだ。
だから城にいる者は食事の時間になると食堂に集まる。さすがに魔力を供給しているゲルニカこそ来ないが、舵取りをするエニシアやフェアもこの時ばかりは食事を優先していた。純粋な古妖精ならともかく彼女達は半妖精であり、食事も必要であるためだった。
「明朝にはここを発つ。次の目的地は人間界だ」
全員集まったところでバージルが宣言する。大まかな行程はあらかじめ聞いているとはいえ、具体的な日程は全てバージルが状況に応じて決めているため、こうして直接告げることは珍しいことではなかった。
とはいえ、それを聞いてもほとんどの者は何もする必要はない。城を動かすのに必要なのはゲルニカやミルリーフなどの至竜と舵取り役であるエニシアとフェアだけである。実質的には、今のバージルの言葉も彼女達に向けられたものといって差し支えなかった。
「エニシア、明日はお前の番なんだって? 再会できたばっかで大変だろうが頑張れよ」
ネロが自分の分の食事を持ってエニシアの向かいに座る。
今日の献立はコロッケがメインとしたものだった。イモと野菜がたっぷり入ったコロッケが三つに、付け合わせとしてこれまた野菜炒めがついていて、主食はパンではなく米だった。
実のところ、今日の献立は傷んでいる野菜が多かったために作られたものだ。だから、主菜も副菜も野菜をふんだんに使った料理になったのである。そのせいか、一応味噌汁もついているだが、具材はやはり野菜が主であった。
「うん、大丈夫。任せて」
これまでの彼女とは正反対に自信をもってエニシアは答えた。これまで問題なくラウスブルグを動かしてきた実績があるし、自身の望みである母親と会えたことで精神的に成長したのかもしれない。
「いつの間にか随分と頼もしくなったもんだ」
笑いながら言ったネロはそのまま料理に手を付ける。主食が米だからか、スプーンやフォークではなく箸がついているが、ネロは慣れたようにそれを使いこなしている。
「そういえばネロって箸の使い方上手いよね。私も父さんに教わったけどすぐにはできなかったのに」
「うー、ミルリーフは苦手だなあ、それ……」
それを見たフェアが自分の料理を持ちながらエニシアの隣に座る。一緒に来たミルリーフもネロの隣に腰かけた。父から教わっていたフェアはともかく、ミルリーフはまだ箸を使いこなすのはできないようで、スプーンとフォークで代用していた。
「そういやそうだな。あんまり気にしなかったけど、気付いたらできるようになってたっけ」
「ふーん、羨ましいなあ……。故郷でも使ってた?」
「いや、俺の住んでたところじゃ使ってなかったよ。こっちに来た時にいたところじゃメインで使ってるみたいだけどな」
ネロの住んでいるフォルトゥナは英語圏であり、食文化も欧州の影響が強く食事に使うのはフォーク、ナイフ、スプーンだった。
「住んでるところで使ったり使わなかったりするの?」
「まあな。あっちは国も多いし、それぞれで歴史があるんだろ」
ネロはエニシアの疑問に答えた。リィンバウムは基本的にフォルトゥナと同じようにフォークやスプーン等を使う食文化だ。最近はシルターンの文化の影響もあって米食も広まっているが、食器としての箸は広まっていない。
これはかつてリィンバウムに初代エルゴの王が打ち立てた統一国家の影響によるものだろう。その時に主流となっていた食文化が、年月が経ち国家が分裂した現在でも色濃く残っているのだ。
対して人間界では、一度も統一国家などできた例はなく、そのため食文化もそれぞれの国や地域で独自に発展していったのだ。現在では大別してナイフやフォーク、スプーンを使う者、箸を使う者、手を使う者の三つに分かれているのだ。
「なあ、こっちに来た時にいたところって、日本だったりするのか?」
そこにハヤトが声をかけた。先ほどのネロの話を聞いて興味を持ったらしい。
「ああ、そうだ。そのニッポンのナギミヤってところで仕事が入ったんだ」
「那岐宮……」
那岐宮市、言うまでもなくハヤトの生まれ故郷だ。ネロもかつてのハヤトのようにそこからリィンバウムに召喚されたのだ。
「何だ、知ってるのか?」
「え、ええ、そこはハヤトの故郷ですから。……あの、ところで仕事って悪魔絡みの、ですか?」
クラレットはハヤトに代わりネロの問いに答え、次いで逆に「仕事」という単語を聞いて尋ねる。ネロがデビルハンターという悪魔退治の仕事をしているというのは既に知っていた。だから彼が那岐宮市を訪れたのは悪魔による事件があったからではないかと思ったのだ。
「さあな。俺が頼まれたのは調査だ。そこじゃここ数年で何人も人が消えているらしくてな、それが悪魔の仕業じゃないかってことで俺に話が回ってきたらしい」
元々この仕事はネロに直接依頼があったものではない。知り合いのデビルハンターが仲介となって引き受けたものだった。地元では神隠しだなんだと騒ぎになっているらしいが、どうも名前も知らない依頼主は、悪魔による襲撃ではないかと考えていたらしい。
「消えてるって、もしかして俺みたいに……?」
「さあな。調べる前にこっちに飛ばされたから詳しくは知らねえ」
ネロの話を聞いたハヤトがまず考え付いたのは自分と同じようにリィンバウムに召喚されたのではないかということだったが、ネロは肯定も否定もしなかった。ただ。言葉にはしなかったが、那岐宮に来た時に悪魔の気配を感じなかったのは事実だった。悪魔とは無関係なのか、それともネロも気付かないほど気配を消しているのかは分からない。
「俺が住んでた頃も、前に帰った時もそんな話はなかったんだけど……」
「それなら、向こうに着いたら少し調べてみてはどうでしょう?」
「あ、ああ。そうしようか」
ネロが嘘を言っているとは思わないが、ハヤトは彼が言ったことが、あの平凡を絵に描いたような街で起きていることだとはどうにも信じられなかった。
「俺も調べるか。仕事を途中で放り出しちまったしな」
「それは助かる。専門家がいると心強いよ」
本来ネロのような腕利きのデビルハンターを雇い入れるには相応の金が必要だ。おまけに直接の連絡手段を持たないなら情報屋を介する必要があり、さらに仲介料も発生する。そういう意味でもネロの自発的な協力を得られたことは僥倖と言える。
「悪魔……私は見たことないけど、やっぱり怖いものなんですか?」
エニシアがぽつりと呟く。厳密に言えばこの場にはバージルとネロという悪魔の血を引く存在がいるが、彼女が言っているのはこれまで人間界でもリィンバウムでも多くの血を流してきた悪魔のことだった。
とはいえ、全ての人間が悪魔の脅威に曝されたわけではない。近年は人間界以上に悪魔が現れたリィンバウムでも、エニシアや少し前のフェアのように悪魔を一度も見たことのない人間の方が多いのだ。
「怖いって言うのもあるけど、見てて気持ち悪いというか、ぞわぞわするの」
うまく悪魔を見た時の感じを言い表せないフェアだが、それでも本能的に嫌悪感を呼び起こす悪魔の特徴をよく捉えている。
「うん、その時はパパがいてくれたよかったけど、そうじゃなかったら大変なことになってたよ」
ミルリーフもフェアの言葉に同意する。二人とも悪魔を見たのは帝都で一度きりだが、それでも十分は悪魔の恐ろしさは理解できている様子だ。これは彼女達に限らず悪魔を見た者全員に共通することだった。
「悪魔と会わずに済むならそれが一番だ。あの時だって本当なら一人で片付けるつもりだったんだがな……」
ネロはその時のことを思い出した顔を顰めた。結果的に無事だったとはいえ、二人を悪魔に合わせてしまった。フェアとミルリーフがあの場に現れたことはネロにとっては苦い思い出だったのだ。
「私もミルリーフも納得したことなんだから、そんなこと言うの禁止!」
「めっ、だよ。パパ!」
「はいはい、悪かった、悪かったよ」
二人に揃って叱られる形になったネロは、面倒なことになる前にさっさと白旗を上げた。さすがに二体一では勝ち目はないのだ。
「三人ともすごく仲が良いね。本当の家族みたい」
その様子を見たエニシアが少し羨ましそうに口を開いた。
「も、もう何言っているのよ。エニシアだってあの人達がいるじゃない」
恥ずかしそうに顔を赤くしながらもフェアは少し離れたテーブルで食事をとっていたレンドラーとゲックを示した。二人はこちらの視線には気付いていない様子でレナードも交えて酒を酌み交わしていた。
彼ら二人にこの場にはいないカサスを加えた三人は、ただエニシアから受けた恩に報いるためだけに彼女に仕えているわけではない。彼女の境遇を思いやり、自分のことのように考え、そして母に会いたいという願いを叶えようとしたのだ。そこまで利他的になれる行動原理など自明だろう。
「……うん。私にはみんながいるもんね」
無意識に胸元に手をやる。そこにはカサス達から贈られた手作りのお守りがあった。離れていても一緒だという絆の証。そう彼が書いた手紙にはしるされていた。
父はなく、母とも簡単に会うことはできない。それでもエニシアはもう一人ではない。たとえこの場にいなくとも強い絆によって結ばれたもう一つの家族ともいえる存在を、彼女は確かに感じていた。
それからしばらくして、空には三日月が昇っていた。それでも月から注がれる光は十分で、ネロは明かりも使わずに城の中庭でじっと夜空を眺めながら、らしくなく物思いに耽っていた。
(キリエ……、元気でいるか……)
とはいえ、ネロの思考の大部分を占めるのは恋人のキリエである。リィンバウムに来てまだ半年と経っていないとはいえ、これだけの長期間彼女に会わなかったことはこれまでなかったのだ。どうしてもキリエのことばかり考えてしまうのは仕方のないことだろう。
「お前がこんなところにいるとはな。珍しいこともあるものだ」
そこへバージルが姿を現した。振り返ってそれを認めたネロは不機嫌そうに口を尖らせた。
「何だよ、俺がどこにようといいじゃねえか」
とはいえ、このままここにいても同じようなことばかり考えていそうだったため、その意味ではバージルの登場は歓迎すべきことかもしれない。
「…………」
「…………」
だが、二人の間に流れたのは居心地の悪そうな沈黙だった。バージルの方は特段気にしていない様子だったが、ネロは意を決して少し言いにくそうにしながらも口を開いた。
「あー、今回は助かった。あんたがここの話をしてくれなかったら、帰るのにもっと時間がかかってただろうし」
「構わん。目的地は同じだ」
ネロの言葉にバージルは短くも答えた。
「……目的地、ね。何を考えてるかは知らねえけど厄介事には巻き込まないでほしいね」
皮肉を交えながら言う。ネロはバージルの計画が悪魔に関わることだということは悟っているが、それに深く関わるつもりはなかったのだ。
「元よりお前を戦いに巻き込むつもりなどない。向こうで大人しくしていればいい」
「その言い方……まるでこっちは戦場になるって言い草じゃねえか」
現在ラウスブルグはリィンバウムを離れているが、ネロの言う「こっち」が人間界ではなくリィンバウムを指していることは明らかだった。
「そうなるだろう。……人間界かリィンバウム、どちらかが戦場になることは避けられん。ならば地の利がある方に誘い込んだ方が利口だ」
来たるべき魔帝の侵攻。それは人間界あるいはリィンバウムの片方を攻め滅ぼしたところで終わりではない。際限のない欲望を持つムンドゥスのことだ。次いでもう一つの世界を狙うのは目に見えている。だからバージルは準備を整えて迎え撃とうとしているのだ。
「正気かよ。本当に悪魔を呼び込むようなものだぞ」
それは当然、ネロの言うようにリィンバウムに過去に類を見ない戦いを呼び込むことと同義である。だがそれでも、最終的な犠牲は少なくなるだろうし、なにより
「ならばどうしろと? このまま何もせず向こうが攻めてくるのを待っていろとでも言うつもりか?」
「っ……」
ネロはバージルに反論できなかった。むしろバージルの言っていることの正しさは理解していた。それでもバージルの計画に異を唱えたのは、リィンバウムで会ったフェア達のことを考えてだ。
バージルのことだから、特別扱いをしているアティやポムニットの安全に関しては注意を払うことだろうが、その他大勢についてはまず気に留めることもないかもしれない。だが、その中にはフェアやミルリーフ、それにトレイユで出会った者達が含まれているのだ。
いくら彼女達が強いとは言っても危険に晒すことは、ネロとしても承服しかねるのである。
「もしあいつらを戦いに巻き込みたくというのなら、人間界に留めておけばいい」
「……あいつらがそう素直に言うこと聞くかよ」
フェアもミルリーフもリィンバウムは危険だから戻るなと言ったところで、素直に従うことはないだろう。リィンバウムには彼女達の仲間がいるのだ。そしてその仲間は、ネロにとってもまた仲間なのである。
「ならばお前が守ってやることだ」
「言われなくともそうするさ」
ネロはバージルに視線を向けてはおらず、じっと正面を見ていただけだったが、間髪入れず即座に答えた。リィンバウムとは異なる世界に戻ることになるネロだが、それでも己の力の及ぶ限りは仲間を守るつもりだった。特にそれが悪魔絡みとなれば尚更だ。
「……そうか」
ネロと同じ方向に顔を向けたまま言葉を聞いたバージルは、その答えに満足したように僅かに口角を上げた。
「バージルさーん!」
そこへ通路の方から声がかけられた。見るとポムニットが手を上げてバージルを呼んでいるようだった。隣にはアティもいる。
「ああ」
バージルは短く答えながら片手を上げて返答すると二人のもとへ歩いていった。ネロには特に言葉もなかったが、そもそもそんなことを気にする間柄でもないため、お互い気にしていなかった。
(悪魔の侵攻ね……まるでどこかの昔話みたいだ)
むしろネロはそんなことよりも、バージルが先ほど話していたことの方が気になっていた。
二千年前、魔界の悪魔は人間界に攻め寄せてきたことがある。そんな中、魔界を裏切り人間の側に立って戦った悪魔が伝説の魔剣士スパーダである。これは魔剣教団でよく語られることであるため、あまり興味がないネロでも記憶していた。
ネロはそのスパーダの血を引くと言われているが、それは父親であるバージルもまた同じなのだ。そんなバージルが悪魔の侵攻を迎え撃とうとしていることに、スパーダの伝説が被って思えたのだ。
「……あいつに任せっきりってのも気に食わねえな」
ふっと息を吐いて薄く笑みを浮かべた。リィンバウムの仲間を守るために戦うのは当然として、ネロはそれだけで終わりにするつもりはないようだ。
なにしろネロもまたデビルハンターを生業とする者だ。悪魔の殲滅を父とはいえ他者に任せるわけにはいかない。
「おーいネロ―!」
そんなことを考えていると先ほどのバージルのように、フェアがネロのことを呼びながら駆け寄ってきた。
「おう、どうした?」
ネロが片手を上げて返事をすると、フェアが彼を呼んだ理由を話した。
「うん。ハヤトさんがね、これからみんなで集まらないかって言ってて、ネロもどう?」
フェアはみんなと言ったが、実際のところ声をかけているのは比較的年齢が近いネロやフェア、エニシアだった。これからもうしばらく共同生活をすることになるのだから同世代で親交を深めようと言うのだろう。
「わかった。俺も行く」
フェアの誘いを受けたネロは踵を返した。ミルリーフあたりは既に眠っている時間だが、さすがにネロはまだ寝る気にはなれない。それにこのままここで考えを巡らせるよりも、彼女達と一緒に行った方がずっといいとも思ったのである。
「うん、それじゃ一緒に行こう」
そうして二人は連れ立って城の中に戻って行った。
DMC5の体験版プレイしました。想像以上に面白かったです。来月の製品版の発売が待ち遠しくなりました。
次回は2月23日か24日に投稿予定です。
ご意見ご感想等お待ちしております。
ありがとうございました。