Summon Devil   作:ばーれい

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第102話 故郷

 メイトルパから人間界への道のりは特に問題もなく順調に進むことができた。その結果、ちょうど今しがたラウスブルグはとうとう目的地へと到達したのである。

 

「城はこのままだ。この空間から出すな」

 

「え? どうして?」

 

 城を操作していたフェアはバージルから掛けられた言葉に目を丸くして聞き返した。ラウスブルグの移動中は結界を越えるために常時ラウスの命樹が作り出す異空間に城を置いていたのだが、メイトルパに着いた時は当たり前のように城をその空間から出したのだから、彼女の疑問ももっともと言えた。

 

「こっちじゃレーダーとかいろいろあるからな。お前だっていきなり襲われたくないだろう?」

 

 ネロが苦笑しつつ答えた。人間界では世界各地にレーダーサイトが設置され周囲に目を光らせている。おまけに軌道上には数多くの人工衛星が周回している。そんな中でラウスブルグのような巨大な建造物がいきなり空中に現れたらどうなるか、ネロにはわかっているようだ。

 

「こんなデカイのが現れたりしたらさすがに気付かれるだろうし、しょうがないな」

 

 この世界で生まれ育ったハヤトもバージルの判断に賛成の様子だ。さすがにこんなことで無用の混乱は招きたくはないらしい。

 

「何か……ちょっと窮屈ですね」

 

 自由に太陽の光を浴びることも制限されることに居心地の悪さを感じたポムニットが言った。少し前まで平然と空に浮かんでいられたメイトルパにいたせいで余計にそう感じるのかもしれない。

 

「どうせすぐ出かける。それまで我慢しろ」

 

「はーい」

 

 バージルが答えるとポムニットは素直に返事をした。

 

「いいなあ……」

 

 どうやらエニシアも異世界に興味があったらしく、バージルと一緒に出掛けることが確定しているポムニットに羨望の視線を送っていた。そしてそんな彼女を見ていたネロが口を開いた。

 

「ま、俺の所でいいなら観光案内くらいはしてやるよ」

 

 フォルトゥナは今でこそ多少マシになったとはいえ、少し前までは排他的で観光客も少なかった。それでも数少ない観光客が必ずと言っていいほど足を運ぶのがフォルトゥナ城だ。伝説の魔剣士スパーダがフォルトゥナの領主を務めていた時、居城にしていたと伝えられる歴史的、宗教的にも重要な場所なのだ。

 

 そうしたところを案内してやれば、暇つぶしにはなるだろうと思い提案したのだ。

 

「あ、エニシアばっかりずるーい! パパ、ミルリーフも連れていって!」

 

「わかったわかった。連れてってやるよ。……それとフェア、お前もな」

 

 ミルリーフがそう言うことはネロも想定していたようで、一緒に連れて行くことには問題ない。そしてミルリーフを連れて行くのだからフェアも一緒なのはもはやネロにとって当たり前のことだった。

 

「あ、ありがとう、ネロ」

 

 まるで心の中を見透かしていたかのようなタイミングで言われたのだからフェアは顔を赤くした。

 

「……で、どこから行くんだ?」

 

 そんな彼女のことなどたいして気にも留めなかったネロはバージルに尋ねた。

 

 ラウスブルグは人間界にある間は常時異空間にその姿を隠す都合上、外界との行き来は基本的に城に備え付けられた転移の門(ゲート)を介して行うことになる。だが、それを用いたところで人間界のどこにでも行けるわけではない。移動できる距離には制限があるため、異空間内を移動し目的地に近付く必要があるのだ。

 

「フォルトゥナからだ。貴様もその方がいいだろう」

 

 最初から決めていたようにバージルが口を開いた。ハヤト、レナード、ネロ、バージルの中で一刻も早く目的地に着きたいのはネロである。というより、レナードはともかく他の二人はさほど急ぎではないため、最初にフォルトゥナに寄るのはほぼ規定路線だったのだ。

 

「ネロ君少し前からずっとそわそわしてるもんね」

 

 アティが苦笑しながらネロに声をかける。人間界に入ったのはついさっきではあるが、ネロはそれよりも前から何もすることがないのにもかかわらず、この制御室にいたのだ。ハヤトやレナードが大人しく待っているのとは対照的だった。

 

 舵取り役のフェアと指揮を執るバージルに、そろそろ交代時間が近いエニシア、ゲルニカの万が一の代役のミルリーフ、そして彼女達とバージルの間を取り持つクッション役としてアティとポムニットとこの場にいる者は何らかの役割を持っているのだが、ネロはそうではない。

 

 決して本人は口に出しはしないだろうが、それだけ人間界への帰還が待ち遠しかったということだろう。

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 エニシアは得心が言ったとばかりに呟いた。先ほどまでのネロの様子はさほど付き合いが長くないエニシアでも気付くほどのものだったようだ。

 

「あ、エニシアも気付いてた? ネロってば結構分かりやすいよね」

 

 そんな彼女にフェアが小さな声で言う。部屋自体あまり大きな音もしていないため、その言葉は本人にも聞こえていそうだが、当のネロは鼻を鳴らしただけで完全に無視を決め込んでいる。

 

 ここで何か言っても逆効果だということくらい分かっているらしい。

 

「ねえ、パパ。パパの住んでたフォルトゥナってどんなところ?」

 

 そこにミルリーフが首を傾げながら声を上げた。近いうちに行くことになる場所であるからか、あるいは父の生まれ故郷であるためか、フォルトゥナという都市について興味が沸いたらしい。

 

「堅苦しい街さ。排他的だしな」

 

 そう言うがネロの口元は笑っている。心の底からそう思っているわけではなく、むしろその逆のようだ。

 

「それで魔剣教団ってのがあって、俺は昔そこの騎士をやってたんだ」

 

 フォルトゥナを語る上で外せないのがネロの言葉に出てきた魔剣教団だ。魔剣士スパーダを神として崇める宗教の総本山みたいなもので、フォルトゥナの統治と防衛も行っている組織だ。言ってしまえばフォルトゥナは一種の宗教国家なのである。

 

「魔剣教団か……」

 

 バージルが過去を思い出すように呟いた。まだバージルが父の足跡を追って世界各地を放浪していた時、スパーダが領主をしていたという伝説があるフォルトゥナを訪れたことがあった。

 

 もっともその時はスパーダが居城としていたフォルトゥナ城の私室まで赴いたが、一人の老いた人間に会っただけでスパーダにまつわるような目ぼしいものはなにもなかったが。

 

「そういや、あんたは来たことがあるんだな」

 

 バージルの呟きを耳にしたネロが頷く。どういう経緯は知らないが、自分がフォルトゥナの孤児院に捨てられていたのだからバージルがフォルトゥナを訪れた際に自身の母親と出会ったと考えるのが自然だろう。

 

「ああ、そうだ」

 

「……まあ、今じゃあんたの来た頃とはだいぶ違うかもしれないぜ。数年前の事件で結構被害があったからな」

 

 ネロはあえて、バージルが訪れた時のことには深く触れなかった。変に突っ込んで痴話喧嘩に巻き込まれるなど御免なのだ。

 

「事件?」

 

「教皇が自分の目的のために悪魔を呼び出したんだ」

 

 オウム返しに尋ねたミルリーフにネロは簡単に説明する。彼は事件の経緯こそ知っているが、現れた悪魔によって多くの人が殺されたことなどはまだ幼いミルリーフには話すつもりはなかった。

 

「その手合いはどこにでもいるようだな」

 

 かつて一時的にとはいえバージルと協力関係にあった男のことを思い出した。その男も自らの野望の為に悪魔やバージルすら利用したのだ。

 

「違いねえ。だが、どいつもこいつもロクでもない死に方をするがな」

 

 ネロがデビルハンターとして活動する中でも悪魔を利用しようとする人間は少なからず存在した。だが、そうした者はまるで示し合わせたかのように無惨な最期を迎えるのだ。

 

「そういえば……あっちでもそんなことをする人がいましたね」

 

「愚かなことだ。悪魔は人に御せる存在ではない」

 

 アティが口にした悪魔を召喚する技術を用いる者のことをバージルは一言で切って捨てた。その技術を開発したと思しきオルドレイク・セルボルトは自らが召喚した悪魔に殺されるという自業自得の末路を辿ったのだ。愚かと言われても仕方ないだろう。

 

「その割にあんたは手綱握られてねえか?」

 

「…………」

 

 ネロの投じた爆弾発言に場の空気が凍った。ネロとしてはバージルとアティを茶化す程度の意味で口にしたのだが、見るからに冗談など通じるようには思えないバージルは表情一つ変えないままだ。

 

 フェアもエニシアも表情を凍らせたまま場の成り行きを見守っている。幸いポムニットは口元を抑えてクスクスと笑っており、アティもまた少し照れた笑いを浮かべているが、それでも言葉を誤ったのは明らかだった。

 

「……さて、そろそろ着きそうだから帰る準備してくるか」

 

 そしてネロは、そう言うとそそくさとこの場を離脱していった。

 

 

 

 

 

 それから少ししてネロはフォルトゥナに帰ってきた。とはいえ、ラウスブルグとフォルトゥナを繋ぐ転移の門(ゲート)を街中に出現させるわけにはいかない。できるだけ人目のつかないところである方が望ましい。

 

 そうした理由もあり、転移の門(ゲート)を背にネロがいたのはフェルムの丘と呼ばれる元は鉄の採掘場だった場所だ。採掘に使われた空間が洞窟となり、それはフォルトゥナ城があるラーミナ山に続いているが、ネロがいたのはそうした洞窟ではなく、麓にある鉱夫達の集落、先の事件においては彼が炎獄の覇者と戦った場所であった。

 

「…………」

 

 しかし故郷に帰ってきたというのにネロの顔はどうにも晴れやかではなかった。むしろまだ不安が残されているような、そんな顔だった。

 

 ネロは足早にそこを去ると自分の事務所に向かう。やはり彼にとってはキリエと会わなければ、真に帰って来たとは言えないのである。

 

 フェルムの丘からカエルラ港を抜けて、居住区を歩いている。ネロの事務所があるのは商業区の端であり、フェルムの丘からそこまで行くには居住区を抜けるのが早いのである。

 

(半年も離れていないはずなのに随分と変わってるな)

 

 ネロがフォルトゥナを離れていたのは、召喚される前に日本に滞在していた期間を含めても半年にも満たない。にもかかわらず居住区の街並みは確かに変わっていた。ネロが日本に向けて発つ前はまだ建築途中だった住宅は既に完成しており、新たにいくつかの住居も建築され始めていた。とはいえ住居の建築様式は、歴史と伝統を後世に残すべきと考えているフォルトゥナの人々らしく以前のものとかわりないが。

 

(こっちは変わりないな……俺の事務所も)

 

 そんな過去の事件からようやく復興が始まった居住区を抜けたネロは商業区に入った。商業区は事件によって大きな被害を受けたのだが、経済に直結する部分もあるせいか比較的早い段階で再建された建物が多く、出発前とはほとんど変化はない。

 

 そして視界の端にはネロの事務所が映る。まだだいぶ距離はあるが、少なくとも遠目には変わってないように思えた。少しずつ事務所に近付いていくにつれ、それは確信に変わった。

 

 たとえば事務所の前だ。ゴミ一つ落ちていない。ここはお客さんを迎えるのだからいつも綺麗にしていなくちゃ、とキリエが毎日掃除していたところだ。

 

「…………」

 

 ネロは大きく深呼吸してドアを開ける。それほど大きくない事務所、ドアを開けた正面に見えるのは事務所の主が座るはずのデスクだ。

 

 しかしネロの視界に飛び込んできたのは、空席のデスクよりも中で箒を持ったまま視線を向けているキリエの姿だった。

 

「キリエ……!」

 

 名前を呼ばれたキリエはネロの姿を認め、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに微笑みながら駆け寄ってきた。

 

「ネロ……おかえりなさい」

 

 傍に来たキリエの目尻には涙が浮かんでいる。やはり心配していたようだ。

 

「ただいま、キリエ。心配かけて悪かったな」

 

 そう言ったネロはキリエを優しく抱き留めた。

 

「いいの、ネロがちゃんと帰ってきてくれただけで十分だから」

 

「悪い、いろいろあって……。どこから話せばいいか……」

 

 異世界に飛ばされたことだけでも十分なのに、そこで厄介な事件に巻き込まれたこと、挙句に自分の父親と会うことになったのだから正直ネロはリィンバウムでのことをどこから話すか決められないでいた。

 

「そんなのいいのよ。ネロが帰って来てくれただけで十分」

 

「いや、でもな……」

 

「それならご飯食べてるときに聞かせて。そろそろお昼だから」

 

 勝手に長期間不在にして何の説明もなしというのはさすがに気が引けるネロの言葉にキリエが提案する。

 

「ああ、そうする。久しぶりにキリエの料理が食べたいし」

 

 フェアの作る料理は美味かったが、それでもやはりキリエの料理は特別だ。母親がいないネロにとってはある意味でお袋の味と言えるからかもしれない。

 

「ならすぐ作るわね。少しだけ待ってて」

 

 それを聞いたキリエが目を細めてくすりと笑う。そのまま厨房に行こうと踵を返したところでネロが口を開いた。

 

「キリエ」

 

「どうしたの?」

 

 首をかしげるキリエにネロは言葉ではなく行動で答えた。

 

 キリエの腰に右腕を回し抱き寄せる。左手は彼女の顔に添えた。

 

「ネロ……」

 

 キリエはゆっくりと目を閉じた。

 

 そしてネロは真の意味でフォルトゥナに、自分の居場所に帰ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ラウスブルグは日本近海上空にいた。ネロをフォルトゥナに送り届けた後の目的地はハヤトの生まれ故郷である日本の那岐宮市だったからだ。それぞれの事情だけで考えれば、次に向かうのはレナードの故郷なのだが、最後に向かうバージルの目的地の近くに位置した関係で先にハヤト達を降ろすことにしたのだ。

 

 そしてハヤトとクラレットはその那岐宮市の郊外にいた。ネロをフォルトゥナに送った時と同じように人が少ない場所を選び、二人をそこに送ったのである。

 

「やっぱりここからじゃあ遠いなあ。別な場所にしとけばよかった」

 

「仕方ありませんよ。見られるわけにはいきませんから」

 

 溜息を吐いたハヤトにクラレットが苦笑する。二人の目的地であるハヤトの実家はここからかなり距離がある。できるならそこの近くに送って欲しかったのだが、あいにく実家は住宅街にあり付近に転移の門(ゲート)を出現させられる場所はなかったのである。

 

「まあ、急ぎでもないしゆっくり行くか」

 

 ハヤトはもう一つ大きく息を吐いた。

 

 現在地は郊外の山の麓にある寂れた神社だ。そこから家までは最短経路の市街地中心部を通り、徒歩でおよそ二時間弱だ。那岐宮市にはバスも通っているのだが、周囲には住宅街も観光できるようなところもないせいかバス停はなかった。

 

 サイジェントにいた頃であれば二時間程度歩くのは珍しいことではなかったが、移動手段が豊富なこの世界において徒歩で移動をしなければならないためハヤトは少し落胆しつつも、諦めて歩くことにした。

 

「あの、ハヤト。何か買って行った方がいいでしょうか?」

 

「え? 何もいらないと思うけど。……あ、でもいきなり行くことになるから何か買って行こうかな」

 

 前回実家に帰った時は、行方不明だった息子が帰ってきたということでハヤトの家族は大騒ぎだった。その後、事情を説明し、ハヤトがリィンバウムに戻ることを認めてもらったのだ。それ以来会っていないため、久しぶりの再会に手ぶらというのはどうかと思ったのだろう。

 

「どこかにお店とかはあります?」

 

「この辺にはないから、商店街の方にいってからかな。どうせ近くは通るし」

 

 頭の中で周辺の地図を思い描きながら答える。手土産に何を買うかは思いついていないが、とりあえず店が多い商店街に行こうと思ったのだ。ちなみにハヤトは日本円も多少ながら持っているため、それを軍資金として手土産を買うつもりでいた。

 

 

 

 そのまま一時間ほど歩いてようやく市街地に入ったあたりでハヤトは口を開いた。

 

「クラレット、ちょっとコンビニ行かない? 何か飲み物でも買おうぜ」

 

「そうですね。少し蒸し暑いですし」

 

 クラレットが額に張り付いた汗を拭く。

 

 今日の天候は快晴だ。さらに少し前に雨でも降ったのか、湿気もあるように感じる。夏である以上仕方がないとはいえ、こうしたじっとりとした暑さは中々に堪えるものだ。

 

「よし決まり。そこのコンビニに寄って行こう」

 

 ハヤトが指し示したコンビニに駆け込むように入った二人は、よく効いた冷房にほっとしたように息を漏らして飲み物が置いてあるコーナーに向かう。

 

「これにしよっと」

 

 ハヤトは目に付いたスポーツドリンクを手に取った。炭酸飲料も捨てがたいが、やはり汗をかいた後ならこうした物が飲みたくなったのだ。

 

「えーと……」

 

 それに対してクラレットは中々買うものを決められないでいた。コンビニとはいえ品揃えは豊富だ。置いてある飲み物の種類は二十を超えている。普段はそもそも飲み物を選ぶ機会すらないクラレットは真面目な顔でラックを見ていた。

 

「ゆっくり選んでていいよ。俺はあっちで漫画でも読んでるから決まったら教えて」

 

「わかりました」

 

 クラレットの返事を聞いたハヤトは、苦笑しながらコンビニの入り口側にある漫画や雑誌の置かれたコーナーに歩く。

 

(神隠しの街、ねえ……ネロも調べに来てたって話だけど……)

 

 そんな中、多種多様な雑誌に紛れて那岐宮の名前が表紙に載った雑誌を見つけた。「神隠しの街・那岐宮市に迫る」とセンセーショナルに描かれた表紙を見てハヤトは呆れたようにその雑誌を手に取ると、中をぱらぱらとめくっただけですぐ元の場所に戻した。当然、何の文章も目に入っていない。那岐宮市の名前が見えたから手に取ったものの、大した興味は湧かなかったようだ。

 

「お、いつの間にかこんなに出てるんだ」

 

 今度は単行本が置かれたラックで、週刊詩で連載している漫画を見つけた。ハヤトが学校に通っていた頃はよく級友と回し読みしていた漫画だ。それが自分がリィンバウムに行っている間にだいぶ話が進んでいるようだ。

 

「ハヤト、決まりました」

 

 懐かしいな、とそれを眺めていると横合いからクラレットに声をかけられた。手にはペットボトルのお茶を持っている。中々渋いチョイスだった。

 

「そういえばさっきのコンビニでさ。那岐宮のことが神隠しの街って書いてあったよ」

 

 会計を済ませた二人はそれぞれが選んだ物を飲みながら再び歩き始めると、ハヤトが先ほどコンビニで見た雑誌のことを話した。

 

「カミカクシ……?」

 

「えっと、そうだな……。人が急にいなくなることのことかな。ほら俺が向こうに召喚されたときみたいにさ」

 

 クラレットとハヤトはそれぞれ異なる世界の出身だが、言葉を交わすことは可能だ。しかし神隠しのような独自の単語までは意味が通じないらしい。

 

 それに気付いたハヤトが言葉の意味を簡単に説明するとクラレットが言った。

 

「なるほど。……そうなるとまたこの街の誰かが召喚されたということでしょうか?」

 

「どうだろう。もしかしたら別の事件に巻き込まれたってこともあり得るし」

 

 可能性で言えば自分と同じようにリィンバウムに召喚されたとも考えるよりも、別な事件に巻き込まれたと考えた方が自然のようにハヤトは思えた。

 

「確かにその通りです。特定の個人を召喚するには誓約を結ばなければなりませんからね」

 

 言いつつ二人は商店街の入り口を通る。そこには商店街のイベント情報のチラシが貼られた掲示板があった。

 

「ん……? これって……樋口?」

 

 ハヤトは何の気なしにそれを見た時、見知った顔が印刷され、一際大きな目立つ字で「探しています」と書かれたチラシが三枚ほど横に並んで貼ってあるのに気付いた。そしてその中の一人は、同じ高校に通っていたクラスメイトの樋口綾だったのだ。

 

 彼女とは特別親しい間柄ではないが、何度かは言葉を交わしたことがあるおとなしい少女である。そんな彼女も今では神隠しにあった一人だった。

 

「その人……お知り合いですか?」

 

 呆然と掲示板を眺めていたハヤトにクラレットが尋ねると、はっとした様子で答える。

 

「あ、ああ。高校のクラスメイトだったんだ。……でもまさか、こんなことになってるなんて……」

 

 ハヤトにとって神隠しとはついさっき知ったばかり、それも雑誌に描かれたものを見ただけであるため、それが自分の生まれ育ったこの那岐宮市で、現実に起きていることとは全く思えなかったのだ。

 

 しかし、自分の知っている人が実際に行方不明になっているのを見て、ようやくそれが自分にも関係がある問題だと気付いたのだ。

 

「なあ、クラレット……、この人たちも俺みたいに向こうに召喚されたのかな?」

 

 クラスメイトの顔に並んでいる二人を見ながら尋ねる。失踪した日付とその時の年齢を見るに、三人とも自分と同じ年齢だった。そのせいか、ハヤトは三人がかつての自分と同じようにリィンバウムに召喚されたのではないかと思ったのだ。

 

「可能性はゼロではないと思いますが……、それを確かめる術はありません」

 

「だよな。それにネロの話じゃ悪魔の可能性もあるし……」

 

 リィンバウムに召喚されたのなら、まだ生きている可能性はある。しかし、この神隠しの裏にはネロが調査に呼ばれたように、悪魔が関わっている可能性もあったのだ。そうなった場合、まず命は失われているだろう。

 

「で、でも彼も向こうに召喚されたわけですから……」

 

 クラレットがハヤトを元気づけるように言った。それに彼女の言うこともあながちまちがい間違いではない。那岐宮市に来ていたネロがリィンバウムに召喚されたのは事実なのだ。同じことが三人に起こった可能性はある。

 

「だな……。とにかく無事でいてほしいよ」

 

 何もできないもどかしさを抑えながら目を瞑ったハヤトは、大きく息を吐いて答えた。今の自分にできるのは、この三人が無事であることを祈るだけなのである。

 

 だが、那岐宮市にいる間は何もできないというわけではない。一応ラウスブルグが人間界にいる間に、ネロが請け負った仕事を果たすため再び那岐宮市を訪れることになっていたのだ。その結果、せめて悪魔の仕業ではないということだけでも分かれば生存に希望が持てる。

 

「ええ、私も同じ気持ちです」

 

クラレットがそう言うと、ハヤトはもう一度だけ掲示板に張られたチラシを見て、二人で歩き始めた。

 

 

 

 

 

 とある街にある便利屋「Devil May Cry」の事務所、そこの主であるダンテは机に足を乗せながら、コミック雑誌を再び読んでいた。つい今しがた馴染みの店にピザを注文したところだ。いつもならそうしたピザの空箱が事務所内に散乱しているところだが、昨日知り合いの少女が掃除していったため、珍しく片付いていた。

 

 そうしている時に、机に据え置かれたアンティーク感溢れる電話が鳴った。ダンテがそれを取ると、電話口から聞こえたのは今の事務所に移る前から知り合いの馴染みの情報屋の声だった。

 

「エンツォ、今は閉店中だ。また掛け直してくれ」

 

 話を半分どころか四分の一も聞かない内にダンテは電話を切って一言。

 

「ったく、くだらねえ話を持って来やがって」

 

 エンツォが持ってきた話はいわゆる裏社会の抗争に関する依頼だった。ダンテの古くからの付き合いである以上、そうした依頼を受けないことはよく知っているはずだが、彼にも付き合いがあるのだろう。もっともダンテに、そんなものに付き合う義理はなかったが。

 

 そうこうしているうちに事務所のドアが開いた。

 

 ダンテは一瞥もせずに雑誌に目を落としたまま口を開いた。

 

「あんたはつまらねえ話を持ってきたりはしないよな――」

 

 そして正面に目を向ける。

 

 ダンテには誰が入ってきたかなど目を向けずとも分かっていた。久しく会っていないとはいえ、同じ血を分けた兄弟のことを間違えるはずがない。

 

「――バージル」

 

 ダンテの正面には閻魔刀を携えたバージルが立っていた。

 

 二十年以上の時を経て、遂にスパーダの実子が相見えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




DMC5発売まで2週間をきりましたね。一応発売しても本作の投稿ペースは変わらない予定です。



さて次回は3月9日か10日に投稿を予定しています。

ご意見ご感想等お待ちしております。

ありがとうございました。

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