Summon Devil   作:ばーれい

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第103話 Sons of SPARDA

 昼時を過ぎた時刻、「Devil May Cry」の中では双子の兄弟が視線を交錯させていた。

 

 その片方の兄バージルは閻魔刀を左手に持ったまま、ダンテの胸元に光るアミュレットとその背後の壁に飾られたフォースエッジを確認した。その二つを手に入れるのが彼の目的なのである。

 

 対して弟ダンテは机に上げていた足を降ろし、机に立てかけられたリベリオンを背負って立ち上がった。次いでいつものように無造作に置かれていたエボニーとアイボリーを机の上から取って腰のホルダーに納めて、自身の机の前に歩み出た。

 

「――で、どんな話を持ってきたんだ? まさかあんたに限って仲直りに来たとか言わないよな」

 

 ダンテは肩を竦めながらバージルに尋ねる。飄々とした態度こそ崩していないが、戦闘を始める準備は整っているようだ。

 

「フォースエッジとアミュレット。その二つをよこせ」

 

 バージルは短く用件だけを伝えた。それを聞いたダンテはぴくりと眉を一瞬動かすと、珍しく真面目な顔で口を開いた。

 

「まさかまだ親父の力を求めてるのか? 前も言っただろう。力を手に入れても親父にはなれないってな」

 

「俺は貴様の説教を聞きに来たわけじゃない。フォースエッジとアミュレットを渡せ、三度は言わん」

 

「……で、あの力を手に入れて何をするつもりなんだ? まさか額に入れて飾るつもりか?」

 

 バージルの言葉を聞いて、ダンテは兄が昔のような理由で両親の形見を取りに来たわけではないということを悟った。だがそれでも、はいそうですかと渡すわけにはいかなかった。その二つはダンテにとっても大切な物なのだ。何に使うのかもわからず委ねることはできないのだ。

 

「貴様に話すことはない」

 

「そうかい……」

 

 ダンテが背中のリベリオンに手をかける。

 

 それはバージルが閻魔刀に手をかけたのは全くの同時だった。

 

 その一瞬後、最強の双子は己の得物を十字に交差させていた。振り下ろされたリベリオンと横一文字に振るわれた閻魔刀がちょうど二人の中間でぶつかりあったのだ。

 

 だが二人とも決して本気だったわけではない。まずは小手調べの意味も兼ねた一撃だったのだ。

 

 おかげで周囲への被害もほとんどない。精々二人の周囲の床に亀裂が入った程度で済んだようだ。

 

「随分と強くなってんな、遊んでたわけじゃなさそうだ」

 

「貴様もな。魔帝を封じただけのことはあるようだ」

 

「はあ?」

 

 貶すことは多々あれど、他人を褒めることはまずなかったバージルの言葉にダンテは怪訝な表情を浮かべる。

 

 その瞬間、バージルは閻魔刀と拮抗していたリベリオンを弾き上げた。思いがけない動きだったとはいえ、ダンテはリベリオンと共に飛び上がると、そのまま机の後方に着地した。ちょうどバージルが入ってきた時と同じ状況になった。

 

 一方バージルは閻魔刀を鞘に納めていた。もう一度抜刀による攻撃をしようとしているのではなく、これ以上戦いを続けるつもりはないようだった。それはダンテも分かっているのか、得物を背に戻してやれやれと肩を竦める。

 

「なんだよ、仲直りしようってか?」

 

 そう言った時、入り口のドアが開いた。そこから二人の女性が顔を覗かせていた。アティとポムニットだ。

 

「あ、あの……」

 

「悪いが取り込み中だ。仕事の話なら後で――」

 

 ダンテがそう答えたのも当然だ。ひとまず戦いに発展する恐れはなくなったとはいえ、バージルとの話は何も解決していないのだ。おまけにこれは家族の問題。無関係の者に立ち入らせるつもりはなかった。

 

「じきに話も終わる。そこで待っていろ」

 

「は……?」

 

 ダンテは思わず素っ頓狂な声を上げた。あの不愛想で冷酷で容赦の欠片もない実の兄が親し気に二人に話しかけているのだ。驚かないわけにはいかなかった。

 

「え? で、でもなんかすごい音がしたんですけど」

 

「長らく会っていなかった。再会の挨拶が少々派手になっただけだ」

 

「そ、それならいいんですけど。……とにかく、あまり手荒なことはしちゃダメですからね」

 

 そう言って二人はドアを閉めた。

 

「随分と仲が良いじゃねえか。女ができて少しは丸くなったってところか?」

 

 彼らのやりとりを見たダンテはにやにやしながら口を開いた。さながら兄の弱みを握ってやったと言わんばかりの得意顔だ。それに対し、バージルはフンと鼻を鳴らして答える。

 

「いい年していまだふらふらしている貴様よりはマシだろう」

 

 人間界に来たばかりのバージルにダンテの普段の行動など知るはずもないが、二十年以上前に別れた時から大して変わっていない弟の言動から、彼が身を固めていないことは明らかだし、普段の様子も容易に想像できたのだ。

 

「はっ、説教とはさすがガキも作ってる奴は違うねえ!」

 

「……貴様、ネロに会ったのか」

 

 ダンテの次の言葉を聞いてバージルは少し頭が痛くなったような気がした。ネロはフォルトゥナで生まれ育ったわりに少々言動が過激だと思っていたが、もしかしたらこの愚弟の影響があったのかもしれない。

 

「ああ、数年前にな。言っとくがあいつはフォルトゥナにはいねえぞ」

 

「いらぬ心配だ。つい先ほど送り届けた」

 

「へえ、意外とあんたも父親しているんだな」

 

 バージルの言葉を聞いたダンテは一転して感心したように頷いた。これまで行方不明だったネロのことも気にならないわけではなかったが、バージルがついていたのだからさほど心配することもないだろう。気に食わないが、兄の力は自分にも勝るとも劣らないのだから当然だ。

 

「……話を戻させてもらおう。渡すか否か、今決めろ」

 

 ついダンテの言葉に釣られて、らしくなく言葉の応酬をしてしまったバージルだったが、一度言葉を切ってあらためて尋ねた。

 

「…………」

 

 それに対しダンテは無言を保ったままだ。ただ、彼の心境としてはバージルに渡すことには抵抗はなかった。むしろ今になって来たのだから、兄はこの父と母の形見を必要としているのかもしれないとさえ思っているほどだ。

 

「答えろ、ダンテ」

 

「……おいおい、こいつは俺にとっても形見なんだぜ。少しくらい考える時間をくれたっていいだろ?」

 

 にやけた笑いを浮かべながらダンテは口を開いた。そう、別に今のバージルに形見を渡すことに文句はない。しかし最初は渡すつもりはなかったのに、今になって渡そうとしたのでは、兄にいいように言いくるめられたようで気に食わなかったのだ。

 

 言ってしまえば子供染みた対抗心でしかないのだが、それを燃やす相手がいなかったダンテは、あえてその心に従って、ちょっとした抵抗をしてみる気になったようだ。

 

「……いいだろう」

 

 そんなダンテの心の中を読んだのか、あるいは彼の言葉に納得できるものがあったのかは不明だが、バージルは弟の提案を受け入れることにしたようだ。そして「近い内にまた来る」と言い残すと踵を返した。

 

「おい、バージル!」

 

 だが、バージルがドアに手を掛けたところで、ひと悶着が起こる前のように机に足を乗せたダンテが彼の名前を呼んだ。

 

「どうせ暇だろ。嫁さん達をどっかに連れて行ってやったらどうだ?」

 

 バージルがそこまで気が回るとは思えないと考えたのか、それとも多少なりとも待たせる詫びのつもりか、至極真っ当なアドバイスをダンテは口にした。

 

「貴様に言われずともそのつもりだ」

 

 弟にそんなことまで気を回されたくないとばかりに、バージルは振り返りもせずドアから出て行った。だがそのドアが閉まる寸前に、さらにダンテは言葉を放った。

 

「ついでに坊やに弟か妹でも作ってやれよ!」

 

 その言葉から、実のところダンテがまともなアドバイスをしたのも、ただ単に堅物の兄の恋路という面白いものに口出ししてみたかっただけ、という理由が思い浮かぶ。結局はダンテの心の中だが、これがもっとも正解に近いと考えるのは間違いではないだろう。

 

 ちなみにダンテはこの直後、天井から降ってきた幻影剣に串刺しにされるのだが、それはまた別の話だった。

 

 

 

 

 

 ダンテの事務所から出たバージルはアティとポムニットを連れ、とりあえず近くにあった「Freddie」という名の喫茶店に入っていた。現金はここに来る前にリィンバウムで手に入れた貴金属を売り払って手に入れていたため結構余裕があったのである。

 

「それにしてもさっきは驚きました。まさか兄弟で斬り合っているなんて……」

 

「お互い本気ではなかった」

 

 テーブル席で一息吐いたところでアティが先ほどのバージルとダンテのことを言うと、バージルは心外だとばかりに言葉を返した。

 

「それは分かりますけど……、心配するこっちの身にもなってくださいよ。先生なんて気が気じゃなかったんですから」

 

 それに対して今度はポムニットが言う。バージルが少し本気を出せばどうなるかくらい容易に想像できるため、彼ら兄弟が本気で互いを殺そうとしていたのではないことは分かるが、それでもやはり武器を振るう以上は心配しないわけにはいかなかったらしい。

 

「……以後、気を付けるとしよう」

 

 あまり悪びれずにバージルは言う。そもそも二人がバージルの言う通り、終わるまで事務所の外で待っていれば知らずに済んだことなのだが、知られてしまった以上は仕方がなかった。

 

 そうしていると、席に着いてすぐ注文したコーヒーが出された。三人はそのコーヒーと適当に甘い物を注文していたのである。

 

「うぅ、にが……」

 

 初めて飲んだコーヒーにポムニットは顔を顰めて舌をちろりと出した。一応砂糖もミルクも入っているはずなのだが、それでも彼女には少し苦かったようだ。その証拠にバージルもアティも特に気にしている様子はなかった。

 

「もうすぐ甘い物も来ると思うから、それと一緒に飲んだら?」

 

「はい……そうします……」

 

 アティのアドバイスを聞き入れて、ポムニットはカップをテーブルに置いた。甘い物と一緒であれば苦みも中和されて飲みやすくなるだろうから、妥当な判断だろう。

 

「バージルさんが注文したのは正解でしたね」

 

「そのようだな」

 

 実のところ、甘い物を注文したのはバージルだった。食べる物の好みは年を取っても変わらないようで、リィンバウムにいた頃から菓子の類を好んでいたのだ。そのためポムニットはケーキなどをよく作っていたものだった。

 

 ただ今回注文したのは、向こうでは手作りするのは難しいアイスクリームを使ったデザートだった。

 

 そうこうしているうちにウエイトレスがトレーに注文したデザートを載せてやってきた。

 

「ストロベリーサンデー三つ、おまちどおさま」

 

 注文したものはダンテの好物であるストロベリーサンデーだった。リィンバウムでアイスクリームを使うようなデザートは、材料となるアイスクリームがまず売られていないため、作ることは難しい。飲食店であればそうした類のデザートを置いているところもあるが、バージルはここ数年食べていなかったのだ。そうした背景もあり、ストロベリーサンデーを注文したのだろう。

 

「おいしい……」

 

 ポムニットは目を輝かせながらストロベリーサンデーを口に運んでいる。彼女の好みに合ったようだ。これで口の中に残るコーヒーの苦みも消え去ったことだろう。

 

 バージルとアティの二人も揃ってスプーンを口に運ぶ。甘さ控えめの生クリームにイチゴの果汁が合わさり絶妙な味を作り出していた。

 

「まあ、悪くない」

 

「ええ、甘くておいしいです」

 

 二人ともこのストロベリーサンデーは口に合ったようだ。特にバージルに至っては既に二口目を口に運んでいる。このペースではアティとポムニットが食べ終わる前に二つ目を注文しているかもしれない。

 

「ところで、これからどうします? 目当ての物はまた日を改めるんですよね?」

 

 ダンテの事務所であったことは既に彼女達には粗方の説明をしていた。もし当初の予定通りフォースエッジとアミュレットを手に入れていたのであれば、一旦ラウスブルグに戻るつもりでいたのだが、もうその必要はなくなったのだ。

 

「他にも行かなければならないところがある。そこに行く」

 

「どこなんですか、そこ?」

 

 首を傾げるポムニットにバージルは「行けばわかる」と答えた。随分と辛辣な言葉だが、バージルとの付き合いが長いアティもポムニットも全く気にした様子なく頷いた。

 

「それじゃあ、やっぱり一度戻ります?」

 

 次の目的地がどこにあるのかわからなかったアティは、やはり城に戻った方がいいのではないかと思ったようだ。ラウスブルグなら多少遠くてもたいして時間はかからない。

 

 世界間での戦いの火種にもなりかねないラウスブルグだが、もはや便利な乗り物と化しているようだった。

 

「いや、ここからなら大して距離はない。戻らずこのまま行く」

 

 バージルが行こうとしている場所はダンテの事務所があるこの街からさほど離れてはいない。もっとも「さほど」とは言っても徒歩では半日以上かかる距離なのだが、公共交通機関が発展しているこの世界ではせいぜい二、三時間と言ったところだろう。そのためわざわざ戻る必要はないと思ったのである。

 

「わかりました。それじゃあこれを食べてから出発ですね」

 

「別に急いではいない。ゆっくりで構わない」

 

 珍しく優しい言葉をかけるバージルに訝し気な視線を向ける二人だったが、彼がそう言った裏には、もう一つストロベリーサンデーを食べる心算があることを知るのはもう少し後だった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして三人は電車に乗り、ボックスシートに腰かけていた。

 

「あまり使っている人がいないんですか? 他の人が見えませんけど」

 

 アティがそう尋ねたのも無理はない。三人が乗っている車両には他の乗客は誰もいない。さらに同じ駅から乗ったのも彼女達だけだったし、それからいくつかの駅を経ても一向に乗客は現れなかったのだ。

 

「これから向かう所もあまり大きなところではない。それに車を使っている者も多いはずだ」

 

 バージルはちらりと窓から外を眺める。少し離れたところに見えるのは真新しい舗装が施された道路だ。そこでは渋滞はしていないまでも多くの車が走行していた。この道路はまだバージルが人間界にいた時にはなかったものだ。彼がリィンバウムにいた間に整備されものらしい。

 

 もともとこの国は人の移動には車が多く使われている。列車の路線も各地に張り巡らされているが、どちらかといえば人の移動ではなく、物資の輸送手段として使われることのほうが多いのだ。おそらくこの電車の利用者もあの新しい道路に流れてしまったのだろう。

 

 それにバージル達が乗る電車の路線は近くの地方都市の中枢から周辺の街々を通っているのだが、あいにくその地方都市に向かう方向とは逆で、むしろ郊外の方に向かっていることも乗客の少なさに関係しているかもしれない。

 

「こっちは便利なんですねえ……」

 

 バージルが見ていた道路を走る自動車を見ながらポムニットは呟いた。リィンバウムでは移動手段としては主に徒歩がメインで、それに次いで馬車が出て来るくらいだ。一応、召喚獣を活用した鉄道の話もないわけではないが、一般的なものとは言い難い。事実、彼女がバージルと共に各地を旅した時も、最も使った移動手段は徒歩だったのだ。

 

 それに比べこっちの世界は、今乗っている電車に道路を走っている車だけを見ても、どちらも馬車よりも速く、数も多かった。

 

「別に向こうでも同じことができないわけではないと思うがな。ロレイラルあたりなら似たようなものもあるだろう」

 

 電車も車もこの世界独自のものではあるが、その発想自体は独自のものではない。科学技術が発達した機界ロレイラルであれば、同様の用途に用いるものを見つけるのは決して難しくないだろう。

 

 そうしていると電車は街を抜けた。まだ周囲には住宅こそ並んでいるが、先ほどまでとは打って変わって自然も多く見かけるようになってきた。

 

「あ、結構自然もあるんですね。建物ばっかりだったから、てっきりないものだとばかり思ってました」

 

 そんな景色を見ながらアティは呟いた。確かに彼女がこの世界で初めて訪れたのは、先ほどまでいたダンテが事務所を構える街だった。そこでも公園など緑がある場所こそ存在したが、今、窓から見える景色のように生きた自然は全くといっていいほどなかったのだ。

 

「当たり前だ。むしろこれから行くところも似たようなところだ」

 

 世界でも有数の国家であるこの国でも自然が全く存在しないなどありえない。よほど国土が小さくない限り、どんな国家でも山や森があるのが普通なのだ。先ほどの街のように人が集まるところこそ自然は少なくなっているが、それ以外は道路や線路が整備されているだけで自然豊かな場所は存在しているのである。ただ、そうしたところも田畑や牧草地になっていたり、あるいは行政組織が管理を行っていたりするため、全く人の手が及んでいない所は存在しないのだが。

 

「あ、そうなんですか。……それにしてもこういうのを見てると、やっぱり私は島みたいに自然に囲まれている方が好きだなって思います」

 

「確かにそうですね。私もなんだかさっきは少し気後れしちゃっていましたし、自然がある方が落ち着きます」

 

 アティの言葉にポムニットが頷いた。バージルもそうだが、彼女達が普段暮らしているのはかつて無色の派閥の実験施設だった島だ。そこには四界の召喚獣も住んでいるためそれぞれの集落には各々の世界の特徴が表われているが、それでも島での生活は自然と共生するようなものなのだ。

 

 そんなところからいきなり異世界の、それも見慣れたものが存在しない街に来たのだ。気負ってしまったり緊張してしまったりするのは仕方のないことだろう。

 

「……気持ちは理解できる」

 

 バージルも二人と同じ気持ちだったようだ。そもそもバージルはこの人間界で生まれ育ったが、住んでいた時間で考えればリィンバウムのあの島が最も長いのである。彼にとって島は第二の故郷とも言える場所なのだ。

 

 そうして三人が景色を眺めている間にも電車は目的まで進んで行く。少しして駅を一つ越えたあたりで、バージルが口を開いた。

 

「この次で降りる」

 

「わかりました。……でも、結局どこに行くんですか?」

 

 バージルは行けばわかると言っていたが、ポムニットにはいまだ見当もついていなかったため、あらためて尋ねたのだ。

 

「……家だ。昔家族で住んでいた、な」

 

 少しの沈黙の後、バージルは答えた。

 

 悪魔が母と弟と共に暮らしていた屋敷を襲い、母が殺された日からバージルは一度としてそこに行ったことはない。母が死んだのは己の無力さのせいだと考えていたバージルにしてみれば、屋敷を訪れることはその事実を突き付けてくるような気がして無意識のうちに避けていたのかもしれない。

 

 だが、あの日から三十年以上が経ち、バージルも変わった。だからこそ自分を変えたアティとポムニットとともに、この場を訪れようと考えたのである。

 

 

 

 電車から降り、駅から出た三人はバージルの案内で歩いて移動していた。レッドグレイブという市に属しており、降りた駅の周辺には住宅街や商店街も見かけたし、道路もよく舗装されていたのだが、今は見渡す限り草原が広がっており、周囲から人の生活感を感じ取れるものは何もなかった。

 

「もう道らしい道もないんですね」

 

 アティは周囲を見回しながら前を歩くバージルに話しかけた。既に彼らが歩いているところも舗装された道路どころか道らしい道もなく、ただ草原の中を歩いているだけだった。

 

「もともとここには俺が住んでいた家しかなかった。……もっとも今は廃墟同然で誰も住んでいないがな」

 

 かつてバージルが父母や弟とともに住んでいたのが、人里離れたこの草原に建てられた一軒の屋敷だった。しかし、母が悪魔に殺されたことをきっかけとして、バージルもダンテも家を出たのだ。

 

 その後、バージルは今に至るまで一度も帰っていない。ダンテであれば、あるいは何回か訪れている可能性もあるのかもしれないが、それだけでは道もかつての形を留めておけなかっただろう。

 

「ここに……」

 

 かつてバージルが住んでいたと聞かされたポムニットは周囲に目を向けた。人との関わりはなかっただろうが、自然に囲まれた穏やかな場所だ。そんな環境で育って、どうして今のバージルのような性格になったのか、とバージルに視線を向けつつ心の中で思っていた。

 

「どうした?」

 

「い、いえ、なんでもありません!」

 

 そんなことを考えていたタイミングで声をかけられたため、ポムニットは焦ったように過剰に反応した。これではむしろ逆効果でしかないだろうが、バージルは特にそれ以上、追及しなかった。それは、ようやく目的の場所が見えてきたからだった。

 

「……あそこだ」

 

 バージルの前方に見える大きな屋敷を指し示した。あちこちに焦げ跡のようなものが見えるし、あれから何十年と経った今ではあちこち経年劣化しているだろうが、少なくとも住居としての形は保っていた。

 

 この屋敷をどういった経緯で両親が手にしたかは分からないが、バージルとダンテが生を受けた頃には父も母もこの屋敷で住んでおり、双子の幼少期もまたこの屋敷とともにあったのである。あの悪魔が襲来した日までは。

 

 そんなあの日のことを思い出しながらバージルは、正面の扉を開く。するとエントランスのような広場になっており、正面には肖像画が飾られていた。

 

「…………」

 

 一言も発せずバージルはただその絵を見つめた。父と母、それに双子が描かれた在りし日の家族の絵だった。もっとも、絵は焦げ跡や汚れで傷んでおり、父の絵などは顔が分からないほどだったが。

 

 果たしてバージルはそれを見て何を考えているのだろうか。少なくとも傍から見ただけでは全くわからないだろう。それでも傍にいる二人には、それが彼なりに家族へ想いを馳せているのだと分かった。

 

「先生……」

 

「……うん」

 

 そこに視線を交わして頷き合ったアティとポムニットが揃ってバージルの両隣に立ち、手を合わせて祈りを捧げた。

 

 別にこの場所が墓というわけではないが、それでも母の墓が存在しないため、この場所が故人への祈りを捧げる場所としては最適なのかもしれない。

 

 ちなみにリィンバウムでは特段墓参りの作法などはないが、二人はミスミから教わっていたシルターンの墓参りの方法を踏襲したようだ。手を合わせて故人への感謝などの自分の気持ちを伝えるという意味を持っているらしく、そうした考え方は彼女達にも合っていたのである。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人は同じように口を閉ざして、心の中で亡きバージルの母に自分の気持ちを伝えた。

 

 ひとしきりそうしていると、バージルは僅かに目を閉じて、大きく息を吐く。それが区切りとなったのか、彼はアティとポムニットに口を開いた。

 

「そろそろ帰るぞ」

 

「あ、はい」

 

 その言葉で二人も閉じていた目を開き、既に踵を返していたバージルの後を追って行く。

 

「結構遅くなっちゃいましたし、夕食に間に合わないかもしれませんね」

 

 ここからラウスブルグに戻るためには、また先ほどの街に戻る必要があるのだ。しかし往路にかかった時間を考えれば、城に戻るのは夜になるのは間違いなかった。

 

「もともと夕食は必要ないと伝えてある。帰りにどこかで食って行くぞ」

 

 もともとバージルはダンテからフォースエッジとアミュレットを回収し一旦ラウスブルグに戻ることになったとしても、今日中にここに来ると決めていたのだ。そのため最初に街に降りる前に、フェアに伝えていたのだ。

 

「本当ですか!? 楽しみです!」

 

 それを聞いたポムニットが目を輝かせた。ここに来る前に食べたストロベリーサンデーはとてもおいしく感じた。そのせいか、彼女のこの世界の食事に対する期待値は思いのほか高くなっているようだ。

 

「とはいえ、まずは駅に行ってからだ」

 

 食事をとるにしてもこの周辺に飲食店など一軒もない。少なくともレッドグレイブ市の市街地まで戻らなければ食事もままならないのだ。

 

 そうして二人を連れながら歩いていたバージルは、歩みこそ止めなかったまでも、屋敷が見えなくなる寸前に一度振り返った。

 

「…………」

 

 幸福な家族との生活の終わりと悪魔との戦いの始まりの舞台となった場所。バージルはここから始まった戦いを終わらせようとしているのだ。だからこそ彼は、その発端となった屋敷を訪れたに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 




兄弟の久しぶりの再会(第一部)と、欲しいものが手に入らなかった兄鬼による弟への当てつけという名のリア充アピールでした。



さて3月8日発売されたDMC5は控えめに言って最高でした。
ちょうど欲しかった情報も明らかにされたので、早速この話に取り込んでみました。

なお、本作においてはいくつか公式とは異なる設定があります。

一例として挙げると、
フォルトゥナの事件で魔剣スパーダの代わりにフォースエッジが使われたため神の性能が相当落ちており、割とあっけなくダンテに鎮圧された。
その結果、孤児院も被害を免れており、キリエはその手伝いをしている。

などです。
その他にも何点かありますが、あとはその都度描写できればと考えています。

さて次回は3月23日か24日に投稿を予定しています。

ご意見ご感想等お待ちしております。

ありがとうございました。

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