Summon Devil   作:ばーれい

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第105話 フォルトゥナ観光旅行 後編

 フォルトゥナ城を出た四人は、来た道を戻ってネロの事務所で遅めの昼食を食べることになった。そしてその四人に作ったキリエも加え、五人での食事となったわけだが、やはり最初はほとんど初対面ということもあり、なかなか会話が続かなかった。

 

「それでね、パパが一気にやっつけちゃったの!」

 

「本当? 相変わらず無茶するのね、ネロ」

 

 それでもすぐに心を開いたミルリーフが共通の話題であるネロのことを話すと、食事が終わるころには少しずつ会話も進むようになってきた。そして食後にクッキーを茶菓子に紅茶を飲むころにはだいぶ打ち解けてきたのだった。

 

「別に無茶なんかしてねえって。むしろこいつらの方がよほどだよ」

 

 話のだしに使われるネロは少し口を尖らせていたが、何の会話もないよりはマシだと思ったのかその立場を甘受することにしたようだ。それでもフェアとエニシアを巻き込むあたり意地が悪いが。

 

「え、えぇ!?」

 

「わ、私はそんなことしてないでしょ!」

 

 エニシアはいきなり言われて驚いたらしく素っ頓狂な声を上げ、フェアはすぐさま否定した。もっともフェアの言い方から彼女自身何らかの心当たりはあるようで、ネロはすぐさまそれを指摘した。

 

「へえ、最初におっさんに喧嘩を売ったのは誰だったかな」

 

「むぅ……、でもエニシアは無茶なんてしてないじゃん!」

 

 図星を突かれたフェアは一瞬黙り込むが、今度は自分のことは棚に上げてエニシアのことを口にした。見た目も態度もお姫様然としたエニシアが無茶などするはずもないと思ったようだ。

 

「いや、バージル(あいつ)と一緒に来ただけで充分無茶だろ、こいつの場合」

 

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 いくらアティやポムニットも一緒だったとはいえ、華奢で控えめなエニシアがバージルとともに行動するなど無茶以外のなにものでもない。それはフェアも同感だったようだ。

 

「そ、そんなことないですよ!」

 

「あれって見ようによっては脅してるように見えるかも。『私に逆らったらどうなるかわかりますよね』とか見たいな」

 

 エニシアの抗議も虚しく、フェアが想像を口にする。バージルの力を背景にして戦いの中止を求めることは一種の脅迫ともとられかねない。フェア達は最初から戦いを望んでいたのではないためそうとることはなかったが、ギアン辺りは脅迫されていると思ってもおかしくはない。

 

「何だ、意外と腹黒だな」

 

「も、もうネロさん! やめてください」

 

 にやりと笑いながらネロが口を開くと、からかわれているのが分かったエニシアは顔を赤くして口を尖らせた。

 

「そうしてると兄妹みたいね」

 

 その様子を見たキリエが微笑みながら言った。気難しいネロがからかうようなことを言っているのだから彼女達とは結構親しい間柄だということがわかっての言葉だった。キリエとしてもネロにはもう少し気心のしれた友人がいた方がいいと思っていたため、フェア達の存在は歓迎すべきことだった。

 

「ネロが……?」

 

 そんなことを言われたフェアは無意識のうちにネロを見た。彼女にとって兄の人物と言えば色々と世話を焼いてくれるグラッドが思い浮かぶ。ネロも頼もしいが率先して世話焼くタイプではなく、むしろ放任するほうであるため、グラッドとはある意味反対に思えた。

 

 それでもネロを兄のように思うこともあるのだが、それを素直に言えるほどフェアは齢を重ねていなかった。

 

「うーん、どうせならもうちょっと優しいお兄ちゃんのほうがいいなあ」

 

「そう言うけどお前だって妹っていうより姉っぽいぞ」

 

 フェアの言葉にネロが返す。肝が据わっており生活力もある彼女にふさわしいのはどちらかと言えば姉だろう。

 

「むぅ、そりゃあ確かにエニシアと比べればそうかもしれないけど……」

 

 自分を姉にたとえられたことにそこはかとなく不満げなフェアだったが、さすがにエニシアと比べられれば納得せざるを得ないところだった。

 

「そ、そうなのかな……?」

 

「ああ、確かにそうだな。エニシアは妹っぽい感じがする」

 

 頼りなさげに尋ねたエニシアにネロが答えた。どうやらそうした態度が彼女を妹っぽくさせていることに自覚はないらしい。

 

 それを聞いたエニシアは少しばかり首を振って逡巡した様子を見せた後、意を決したように目を瞑って、白い肌を紅潮させながら口を開いた。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

「お、おう。何だよ、いきなりどうした?」

 

 まさかいきなりそんなことを言うとは思わなかったネロは、少したじろぎながら言葉を返した。とはいえ、どちらかといえば大人しいエニシアが何の考えもなしに言うとは思えないため、その理由を尋ねた。

 

「え、えっと、あの……、私、ネロさんみたいなお兄さんが欲しくて……」

 

「…………」

 

 口では無言のままだったがネロは、エニシアの境遇について考えていた。メイトルパで母に会ったこと、父の存在が感じられないことからリィンバウムでは肉親など存在しなかったのだろう。

 

 奇しくもそれは自身に似ているとネロは感じていた。彼も少し前までは両親の顔すら知らず、もういないものだと思っていたのだ。ただ、エニシアとは逆にリィンバウムに召喚されることで、実の父と会うことになったのだが。

 

「ネロ、黙ってないで何か言ってあげたら?」

 

 そこにキリエが声をかけてきた。優しい彼女のことだからエニシアの言葉から何かを感じ取ったのかもしれない。

 

「……まあ、そう呼んでもいいぞ」

 

「は、はい……!」

 

 少し投げやりな感じの言葉であったが、エニシアは嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。

 

「あ、で、でも恥ずかしいから今すぐには……」

 

 とはいえ、やはりすぐにでもネロを兄と呼ぶのは難しいようで、彼女は申し訳なさそうに俯くと、ネロは軽く笑いながら答えた。

 

「さっきの見りゃわかるさ。まあ、好きにすればいいさ」

 

 さきほどネロのことを呼んだ時には、相当な決心があってのことだったということはネロも気付いている。というより、あんな必死な顔をしていたのだから気付かない方がおかしいかもしれない。

 

 ともかく、ネロ自身が何か変えなければいけないわけではないため、正直なところいつから呼ばれてもよかった。要はエニシア次第なのだ。

 

「いいなあ、エニシア。……ねえ、パパ。ミルリーフもお兄ちゃん欲しい」

 

 その話をずっと聞いていたミルリーフは、嬉しそうなエニシアを見て、自分も兄が欲しくなったようだ。

 

「そいつは、なかなか難しいな」

 

 ネロは苦笑しつつ答えた。仮にこれからネロに子供ができたとしても、ミルリーフにとっては弟か妹にしかなりえない。そのためエニシアにとってのネロのような意味での兄になるのだが、そんな存在が都合よく存在するわけがなかった。

 

「えー!?」

 

 もちろんそれはミルリーフも分かっていたことだが、それでも羨ましいという気持ちがなくなるわけではなかった。

 

「ほらほらミルリーフ、無茶言わないの」

 

 そこへフェアが声を掛けてミルリーフを宥める。もともと自分が無茶なことを言っているという自覚はあったうえに、彼女に構ってもらえたせいか、ミルリーフはすぐに機嫌を直して大人しくなった。

 

 そんな二人を見ながらネロは手元の紅茶を一口飲んだ。その温さから意外と時間が経っていることに気付き、そろそろ出かけようと口を開いた。

 

「もう少しゆっくりしていたいかも知れないが、出かけるぞ」

 

「あ、うん、わかった」

 

 元々昼食を食べ始めたのも遅かったのだ。いくら楽しいからといって、これ以上時間を費やせば日が暮れてしまうだろう。

 

 フェアは少し残った紅茶を一口で飲み干すと、それを片付けようと椅子から立ち上がろうとした時、キリエに留められた。

 

「私がやっておくからそのままで大丈夫よ。それより早く行った方がいいんじゃない、帰りの時間も決まっているんでしょう?」

 

「面倒な保護者からな。そうは言っても正確な時間までは言われてなかったけどよ」

 

 キリエが言ったことはネロが簡潔に伝えていたことだった。心配性なレンドラーやゲックから言われたエニシアの門限は日没までだったが、ネロとしては口には出さないまでも、多少遅くなったところで問題ないだろうという認識のようである。

 

「ごちそうさまでした」

 

「とってもおいしかったです。ありがとうございました」

 

 次いでミルリーフとエニシアも出かける準備は整ったようだ。それを見たネロは、ソファにかけていたコートはとらずに玄関の方まで言った。午前中はフォルトゥナ城まで行くというから着ていたのだが、この時期のフォルトゥナの街中を歩く分にはコートなど必要ないのだ。

 

 そうして事務所の扉を開く。フォルトゥナ城へ向かっていた時は曇りだったのだが、いつの間にか隅々まで晴れ渡っており、からりとした空気が四人を包んだ。どうやら絶好の観光日和になりそうだった。

 

 

 

 それから少し経った頃、ネロ達は食事を終えて商業区にいた。一通り見て回りながらおみやげでも買おうとしたのだった。

 

 そのためネロは知り合いの店までフェア達を案内し、彼女達がいろいろと物色しているのを少し離れたところから見ていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「どうしたんだよネロ? お前がこんな女の子達を連れてくるなんて珍しいじゃないか」

 

 声をかけてきたのはこの店の店主のカルスだ。キリエへのプレゼントを買った時にも相談するなどネロの古くからの知り合いと言える人物だ。

 

「さっきまで観光の案内してたんだ。で、今はみやげ買うんだとよ」

 

 最初におみやげを買いたいと言ったのはエニシアだった。城で待つレンドラーやゲック達に何か買って帰りたいということだったので、手持ちのお金を両替してここまで連れてきたのである。

 

「へえ。……しかしお前、どこで知り合ったんだよ、あんな子達と」

 

 フォルトゥナでははみ出し者とか一匹狼気取りとか言われているネロが、女の子を三人連れているというのは非常に珍しかったようで、カルスは好奇心を隠そうともせず尋ねた。

 

「……仕事で他の国に行った時に世話になったんだよ」

 

 さすがに「別の世界に召喚されてました」なんて言っても信じて貰えるわけがないので、そのあたりは当たり障りのないように説明するだけに留めた。

 

「パパ、ミルリーフこれがいい!」

 

 そう言ったミルリーフが手にしていたものは大きなクッキーの袋だった。オーソドックスな味で安価であるため、フォルトゥナでもよく売られているものだ。

 

「それってさっき食べてただろ。本当にそれでいいのか?」

 

 先ほどの食事の後に紅茶と共に出されたのがミルリーフの持っているクッキーだった。ネロにしてみれば味こそ悪くないとはいえ、日常的に食べていて、どこでも買えるようなものをお土産にするのはどうかと思ったようだ。

 

「うん! おいしかったからみんなにもあげるの!」

 

「ならいいか。……フェア、エニシア、お前達は決まったか?」

 

 当人が納得しているならそれ以上、何か言うのは無粋だと判断しミルリーフからクッキーを預かった。精算はネロが引き受けるつもりでいたため、フェアかエニシアも何か決まったものがあれば一緒にまとめようと思い声を掛けた。

 

「うーん、まだ悩んでるとこ……」

 

「私もです……」

 

 申し訳なさそうに顔をネロに向けたエニシアと、商品を手に取って眺めたまま答えるフェア。どちらもなかなか買うものが決まらない様子だ。

 

「仕方ねえ、先にこれだけ買っとくか」

 

「うん! ママたちはまだ時間がかかりそうだしね」

 

 どうしてこうさっさと決められないのかと愚痴りながらネロは、ミルリーフが選んだのと同じ物を何袋かまとめて掴んだ。

 

「え? どうしてそんなに買うの?」

 

「さすがに一つじゃ足りねえだろ。それにたいして高くもないんだ、少し多めに買ったほうがいいさ」

 

 ミルリーフが誰に渡そうとしているのが誰なのかは分からないが、さすがに一袋では足りないと考えたネロは、手にした何袋かとまとめてカルスに会計を頼んだ。

 

「いやネロ、そんなことよりお前……パパって……」

 

「言っとくがどっちとも血の繋がりはないからな。親代わりしてるのは事実だけどよ」

 

 呆れと驚きが入り混じった顔で言うカルスに、ネロは強めの口調で否定する。ミルリーフが口にした「ママ」がどちらを指すのかは分からないだろうが、どちらであっても否定しなければ、ネロはキリエがいるにもかかわらず、年端もいかない女の子を孕ませた最低の男になってしまう。それだけは避ける必要があった。

 

「わ、分かったって……、それにしても随分と買うな」

 

 ネロの剣幕に押されたのか、たじろぎながら話題を変えた。

 

「土産がわりだ。保存は効くから問題ないだろ」

 

 このクッキーは一般的な市販品と同じく長期間の保存が効く。そのため仮に量が多かったとしても無駄になることはないだろう。こうしたこともネロが多めに買った理由だった。

 

「おい、とりあえず他の店にでも行くぞ」

 

 カルスに代金を渡し、会計を済ませたネロはフェアとエニシアを読んだ。フォルトゥナの商業区はそれほど大きくないとはいえ、他にも店はある。これ以上、ここで見ていると時間がいくらあっても足りなくなってしまうだろう。

 

「え? まだ決まってないんだけど?」

 

「他のところも見てから決めればいいだろ。ここにはまた来ればいいし」

 

 不服そうに言うフェアに首を振って答える。それにネロはそんなに悩むなら欲しい物全部買えばいいだろとさえ思っていた。それほどにただ待つ時間は辛かったようだ。

 

「俺としてはウチで買ってくれた方がいいんだけどな」

 

「自分の店の品ぞろえを信じとけ」

 

 苦笑しながら言ったカルスにネロはあっさりと言った。フェア達の目的はみやげを買うことであるが、一つの店だけを見て買うよりもいろんな店を見た上で買った方がいいに決まっている。だからネロは次の店に案内しようとしていたのだ。

 

「ママもエニシアも早く行こっ! 置いてっちゃうよ!」

 

「わかったわかった、今行くから!」

 

 ネロの隣にいるミルリーフも急かすと、諦めたようにフェアとエニシアはネロ達の方に駆け寄ってきた。

 

「さて、それじゃ次行くか」

 

 店を出るとネロが先導して歩き出す。四人の買い物はもう少し続きそうだった。

 

 

 

 

 

 フォルトゥナに観光がてら出かけたフェア達が商業区でお土産を見ても回っていた頃、バージルはゲック、レンドラーと一室で話をしていた。その内容はかつてネロが帝都ウルゴーラで戦った際に手に入れた人の名前が羅列された本のことだ。彼はこの本をネロがフォルトゥナに戻る際に譲り受けていたのだ。

 

 ネロの話ではそれに書かれている名前の一部は、悪魔によって殺された帝国貴族のものだということだ。それにこの本を手に入れた時に見た若い黒髪の男のことも聞いていた。

 

 書かれた名前はともかく、ネロが見たという黒髪の男については、恐らく悪魔を使った暗殺の首謀者ないしそれに近い人物と思われるが、顔も分からずそれ以外の情報もないので今回の議題には挙げていなかった。

 

「確かに小僧の言う通り、帝国貴族の名は多いようじゃの。それもアレッガに与していた者ばかりな」

 

 ゲックは帝国の研究施設の長を務めていたのだ。さすがに研究だけに没頭していればいいというわけではなく、それなりに政治に関わるようなこともしていた。そのおかげで本に書かれた名前が帝国宰相のアレッガを支持していた者達のものであると分かったのだ。

 

「ならば話は早い。帝国の貴族共を殺したのはそいつらと対立していた者に違いあるまい。そうであろう、教授よ」

 

 レンドラーがかつて属していた旧王国もそうだが、聖王国や帝国においても権力争いは大なり小なり起きている。今回もその延長線上に起きたものだろうというのが彼の見立てのようだった。

 

「しかしな……」

 

 しかしゲックは、レンドラーの意見に賛成できないようだった。その理由を言おうとしたとき、先にバージルが口を開いた。

 

「この中には帝国貴族以外の名前もある。それでは説明がつかん」

 

「うむ。単なる権力争いと考えるのは早計ではないか? 将軍」

 

 バージルの言葉はゲックの言おうとした言葉だったのだろう。そのため、バージルに賛意を示したようだ。

 

「貴族以外の名前? 誰の名が書いてあったのだ?」

 

 実際レンドラーはこの本の説明こそ聞いたものの、中身自体を見てはいなかった。バージルから渡された時も、こういうことが得意そうなゲックに任せたせいだった。

 

「俺が知る限り、蒼と金の派閥の長だな。後は知らん」

 

 蒼の派閥総帥エクス・プリマス・ドラウニーと金の派閥議長ファミィ・マーン。本に書かれた名前の中でバージルが知っている名はその二人のものだけだった。それでもその二人の名前があったことで、これが帝国だけの問題ではないことが明らかになったのである。

 

「ワシが知っているのもその程度じゃが、他にも帝国以外の者は書いてあると考えるべきじゃろうな。……もっとも派閥の二人は存命のはずじゃから、これに書かれているのは標的の名前に違いあるまい」

 

 政治情勢には興味がないバージルに、最近のそうした情報には疎いゲックだからその程度の名前しか出てこなかったが、実際には聖王国の重臣や旧王国の元老院議員の名前も記載されていてしかるべきだろう。

 

「ならば目的は何だ? まさか殺してそれで終わりのわけあるまい」

 

 二人の話を聞いたレンドラーは先ほど自身が述べた暗殺の原因が、権力争いだと考えるのは不適当だと認めたが、その他の要因が何も思いつかなかったため、二人に意見を求めた。

 

「無色の派閥や紅き手袋が行っていたとすればおおよその目的は判断できると思うが……」

 

 そう言いつつ、ゲックはバージルに視線をよこした。彼としてはその二つの組織が最も怪しいと考えているようだった。

 

「さあな。……だが奴らは最近悪魔を召喚できなくなったと聞いている。同じ組織の者とは思えん」

 

 この情報はアズリアからもたらされたものであり、信頼性は十分にある。そのため現在においては、無色の派閥や紅き手袋が使っているような悪魔の召喚方法は無力化されたと考えてよいだろう。

 

 そしてバージルはその原因として悪魔を支配している存在が、召喚を許していないと推察していたのだ。

 

 にもかかわらず、アズリアからその情報を得たのとほぼ同時期に悪魔を使って暗殺をしていたのだ。それがただ単にバージルの推察が外れている、あるいは従来とは異なる召喚方法を編み出していたというのならさほど問題にもならないだろう。

 

 しかし、バージルは最も警戒しているのは魔界の何者かが意図的に悪魔をこの世界に呼び出させているということだ。

 

 ネロの話では、議題に上がっている本を燃やそうとした男は悪魔ではないとのことだったが、多少力のある悪魔であれば人を惑わすなど難しいことではない。それこそムンドゥスなど大悪魔にしてみれば児戯にも等しきことだろう。

 

 だが同時に疑問も残る。そんな大悪魔にしてみれば人間など歯牙にもかけぬ存在に過ぎないのだ。そんな存在を暗殺してまで殺す必要があるのだろうか。

 

 かつてバージルは聖王国のある町の屋敷で、何者かが送り込んだと思われるゴートリングと戦ったことがある。その何者かの正体はいまだ不明だが、相当の力を持っていれば、ゴートリングクラスの悪魔でさえリィンバウムに送り込むことができるのだ。

 

 当然、人間を操って暗殺をするよりも適当な悪魔を送り込んだ方が遥かに容易に標的を抹殺することができる。そのため、わざわざ人間を使うだろうか、という疑問もあった。

 

「じゃが、いくら悪魔を用いているとはいえ貴族ばかりをそう何人も殺せるのか……」

 

「うむ、貴族というものは自身の安全には敏感なものだからな。最初の一人は殺せてもそれ以降は護衛もつくはずだ」

 

 ゲックとレンドラーが口にした点についても、魔界の大悪魔が絡んでいれば、これまでのように悪魔をコントロールできないという問題点も解消されるだろうし、そうであればたとえ一人でも実行は不可能どころか、苦も無く達成できるはずだ。

 

「……これ以上、答えは出ないか」

 

 だが、バージルはそれを口にはしなかった。推測に推測を重ねているため、確度が高い情報ではないのがその理由だった。

 

「さすがにこれだけではな。……もっとも、向こうにいてもワシらが言えるのは同じことくらいじゃろうが……」

 

「昔ならいざ知らず、今は姫様に仕える身だからな」

 

 ゲックもレンドラーもバージルの言葉に異論はなかった。どちらも帝国と旧王国でそれなりの地位にいたのだが、今では無位無官の身だ。当然得られる情報も一般人と同等かそれ以下なのである。

 

「まあいい、後はこちらで調べる」

 

 そう言ってバージルは部屋を出る。その様子を見て自分達が呼ばれた役目も果たしたことを悟ったのか、ゲックとレンドラーも続いて部屋を後にした。

 

(とはいえ、ここでは何もできん。向こうに戻ってからになるか)

 

 部屋を出たバージルは歩きながら思考する。人間界にいる以上、この件についてこれ以上の情報を得ることはできない。当然、バージル自ら行う調査はリィンバウムに戻ってからになる。

 

(……そういえば、日本のナギミヤだかの調査をするとか言っていたか)

 

 だが、そこでバージルはネロがハヤトの故郷のである那岐宮市の調査をすることを思い出した。元々ネロは那岐宮市で起こった失踪事件の調査をしていた時に召喚されたため、改めて調査するというのだ。

 

(このまま、ただ待つよりはいいか)

 

 その事件に悪魔が絡んでいるという証拠はないが、このまま無為に時間を過ごすよりは有意だろう。そう考えたバージルは自らもネロ達の調査に同行することにした。

 

 

 

 

 

 再び時間が過ぎて、フェア達三人をフェルムの丘の転移の門(ゲート)まで見送ったネロは、自分の自宅兼事務所に帰っていた。

 

「お疲れ様。結構疲れてたりする?」

 

「まあね、これ(ガイド)が本職じゃなくてよかったよ」

 

 キリエが淹れてくれたアイスティーを一気に飲み干したネロが笑いながら軽口を叩く。

 

「でも、安心したわ。向こうでもうまくやってたって言うのは本当だったみたいね」

 

 どうやらキリエは、ネロが話したリィンバウムにいた時の、特に人間関係の部分をあまり信用していなかったらしい。まあ、フォルトゥナでの彼の人間関係を知っていればそう考えてしまうのも無理はないかもしれない。

 

「おいおい、子供扱いはやめてくれよ。いくら俺だって少しは考えるさ」

 

 昔からそうだが、キリエはネロの世話を焼こうとすることが多い。される方としては言葉にしたように、子供扱いされているようでむず痒いのだが、同時に悪い気もしなかったのである。

 

「それはあの子たちを見てれば分かるわよ、年上らしくちゃんとしてたみたいじゃない」

 

 ネロはそれを聞いて照れ隠しのつもりなのか鼻を鳴らした。そして何やら言葉を返そうと思って口を開いた時、何かを思い出したように「あ……」と口走ると、そのまま言葉を続けた。

 

「そうだ。もうちょっとしたらさ、また日本に行くことになったよ」

 

「それって以前の調査の続き? 結構すぐなのね」

 

 少し前のことではあるが、ネロが日本に言った理由は当然キリエも知っている。だから調査に行くこと自体ではなく、フォルトゥナに戻って来てすぐ再調査に行くことに驚いていたのだ。

 

「まあ……、あいつもやる気だからなあ……」

 

 那岐宮市での調査はいずれもう一度行うことは決めていたが、それでもこんなに早くにまた日本に行くつもりはなかったのだ。それがこんなに急に調査を行うことになったのはバージルの意向だった。

 

 先ほどフェア達を転移の門(ゲート)まで送った際に、その場で待っていたバージルから、近日中に那岐宮市の調査を行う旨を告げられたのである。

 

 ネロとて何も言わなかったわけではないが、彼とてやりたくないわけではなかったので、いきなりな話に文句をつける程度がせいぜいだったのだ。

 

「それって……もしかしてネロのお父様のこと? 私もご挨拶した方がいいのかな」

 

 ネロはバージルの名前を出さなかったが、キリエにはリィンバウムであったことを全て話していたこともあり、彼の言葉が誰を指しているのか想像するのは難しくなかった。

 

 だがキリエは恋人の父が近くにいるというのに、一言も挨拶なしというのはさすがに心苦しく思ったようだ。

 

「いいよ、そんなことしなくて」

 

 だが、ネロはキリエの提案を断った。バージルの性格からして、挨拶しようがしまいがどうなるものでもないのは明白だ。それにまだ会って間もない父親に自身の恋人を会わせることに気恥ずかしさもあった。

 

 ネロの言葉を聞いたキリエは彼の考えを尊重して「わかったわ」と頷くと、そのまま話をネロの仕事に話に切り替えた。

 

「お仕事に行くんなら何か必要な物はある? 買っておくわよ」

 

 ネロの今回の仕事は国外が舞台だ。それ相応の準備が必要なのである。もっとも今回が初めてではないからキリエもネロも慣れたものだったが。

 

「いや、大丈夫だよ。それに今回はラウスブルグで行くらしいから飛行機のチケットも必要ないし」

 

 ラウスブルグを使うのはパスポートを持っていないバージルにしてみれば当然の選択だった。一応それ以外にも那岐宮市に行くための手段がないわけではないが、ラウスブルグという移動手段がある以上、わざわざ手間をかけてまで別な手段をとる意味はないのである。

 

「それならいいけど。……でも本当に気を付けてよ、また召喚された、なんてことにならないようにね」

 

 キリエが心配するのも当たり前のことだ。ネロは一度調査に出向いてリィンバウムに召喚されてしまったのだ。フォルトゥナに戻って来て日も浅い現状では、また同じ轍を踏むかもしれないと心配してもおかしいことではない。

 

「分かってるさ。それに今度は一人じゃないんだし、心配ないよ」

 

 一人で行った前回の調査とは異なり、今回は那岐宮市出身のハヤトが案内役を務める上に、召喚術に詳しいクラレット、単純な戦闘能力ではネロをも上回るバージルも同行するのである。

 

「もう。そんなことばっかり言って、またお父様のお世話にならないでね」

 

 軽く言うネロを窘めるようにキリエが言う。これでまたネロがリィンバウムに召喚されてしまったら、フォルトゥナに戻って来るのに前ほどの時間はかからないだろうが、笑いの種になるのは間違いないだろう。

 

「はいはい、わかってるって」

 

 それを分かっているネロだが、それでも軽口を叩いた。だが、彼とて同じ轍を踏むつもりはなかった。前回以上の十分な警戒を持って調査を臨むつもりでいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




DMC5のブラッディパレス楽しいです。トロコンした直後に配信されたのでタイミングもよかったです。これはしばらくDMCから離れられなさそうです。

さて、今回はフォルトゥナが舞台にもかかわらず悪魔の出番がなかったのは、人間界でもリィンバウム同様悪魔の出現が極めて少なくなっているからです。


次回は4月20日か21日に投稿を予定しています。

ご意見ご感想等お待ちしております。

ありがとうございました。

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