那岐宮市から戻ってきた翌日、ハヤトとクラレットはラウスブルグにある一室で向かい合っていた。間に挟んでいる机の上には那岐宮市で起こっている神隠し事件に関する新聞や雑誌の切り抜き、被害者の写真などがところ狭しと並べられている。
これらが那岐宮市にいる間に、二人がかき集めた資料の全てだった。
「とりあえず原因のことは分かりましたけど……」
クラレットがそれを一通り眺めてから呟く。いまだ推論の域は出ないとはいえ、神隠しの原因は
しかし、
彼女が「とりあえず」と言ったのもこうした理由からだった。
「エルゴのことは任せるしかない。こっちは召喚された人達の行方を探すそうと思うんだ」
ハヤトは正面に座るクラレットの言葉に首を振って答えた。ハヤト自身、
「探すとは言っても召喚師は大勢います。何かあてでもあるんですか?」
「こっちの世界のことを研究しているような召喚師なら、召喚することも多いと思う。そういう召喚師を当たって行くのはどう?」
ハヤトが自身の考えを伝えた。
リィンバウムの召喚師はそのほぼ全てが得意な属性、つまりは四界いずれかに特化しており、そういった得意分野の召喚術を鍛え、あるいは研究をしていくのが一般的なのである。
しかし、中にはそうした道を外れて「名もなき世界」の研究に取り組む者もいるのだ。そうした者なら一般的な召喚師より名もなき世界の召喚術を使う頻度は高いため、必然的に那岐宮市の人間を召喚する可能性は高くなるだろう。
「それでいいと思います。ただ、蒼の派閥や金の派閥よりも、無色の派閥をメインにした方がいいでしょう」
クラレットは基本的にハヤトの考えに賛成のようだが、調査の対象を無色の派閥に絞った方がいいと判断した。
金の派閥は基本的に召喚術を商売のために使うため、金になりやすい召喚獣を好む傾向が強い。逆を言えば研究が進んでいないものを積極的に利用することは少ないということでもあるのだ。
また、蒼の派閥は一部で名もなき世界の研究を行っているのは事実だが、それでもミントやミモザのように専門とする世界の研究を行うものが大勢を占めており、いわば専門外である名もなき世界の研究を行っているのは物好きなごく少数に限られるのだ。
さらに言えば、どちらの派閥にも多少なりとも人脈があるし、バージルも口利きをすることになっているのだ。それゆえ、蒼と金の派閥に対してはわざわざハヤトが探りを入れる必要はないと言える。結果、無色の派閥しか残らないのである。
「確かにそうだろうけど……、無色の派閥って最近結構摘発されているんだろ? そんなことができる力があるのか?」
ハヤトは、元は無色の派閥に属していたクラレットのことを考えて、慎重に言葉を選んだ。実際、ハヤトは疑問形で終わらせているが、昨今の無色の派閥の弱体化は著しい。聖王国でも捜査が進んでいるし、帝国ではアズリア将軍が指揮を執った部隊が徹底的な駆逐を進めている。
一度はサイジェントで乱を起こしさえした無色の派閥だが、往時のような勢力はもはや影も形もなかった。
「父は派閥全体をまとめていましたが、元々、無色の派閥というのは構成する家々が独自で行動しているものなんです。まだ力を残している家が実験を行っている可能性は十分あると思います」
無色の派閥は総帥や議長といった明確に組織のトップであることを示す役職は存在しない。結成当初はともかく、昨今では基本的に統制された組織ではないのだ。蒼の派閥や金の派閥が指揮統制された会社のようなものだとすると、無色の派閥は無所属の召喚師達による一種の組合のようなものなのである。
だが、そうした組織の形態を変えたのがクラレットの父、オルドレイク・セルボルトだった。大幹部セルボルト家に婿入りした彼は、その類まれな指導力とカリスマ性を発揮し、バージルの襲撃によって弱体化していく派閥を纏め上げ、実質的な派閥の指導者となったのだ。
もっとも、そうして編成したオルドレイクの大軍団もサイジェントの反乱で壊滅し、当のオルドレイクも死亡した。統制された組織としての派閥は、事実上、彼一人で持たせている状態だったため、オルドレイクの死は無色の派閥がかつてのような各自が自由に行動する組織に戻ることを意味していたのだ。
「なるほどな。……ところで、オルドレイクがいなくなった後、その、クラレットの元の家はどうなったんだ?」
ハヤトは遠慮気味にセルボルト家のことを尋ねた。
「もう向こうには戻っていませんが、恐らく弟が家を継いだことでしょう」
「クラレットって姉弟がいたのか」
「ええ、弟が二人と妹が一人」
クラレットの言葉を聞いたハヤトは「こっちでも長男が継ぐのか」と頷いた。だが現実はそんなに単純なものではなかった。確かに第一の継承権を持つのはクラレットの実の弟であるキールなのだが、それは長男だからではなく、セルボルト家の血筋を引いているからだった。
確かに先代当主はオルドレイクだが、彼はあくまでその才能をセルボルト家に取り込むための入り婿、第一に家を継ぐ権利を持つのはセルボルト家の人間であり、オルドレイクの妻であるツェリーヌの子なのだ。したがって二人の間に生まれたクラレットとキールは正統な血筋だと言えるが、他の二人はオルドレイクの血は引いていても、セルボルト家の後継者にはなるのは難しいのである。
(できれば話し合いで解決できればいいけど……)
もし那岐宮市で起きた神隠しに無色の派閥が関与していたら戦いとなる可能性は低くはない。むしろ無色の派閥のことを知れば知るほど戦いとなる可能性高いと思ってしまうのだ。しかしそれでも、ハヤトは自身の大切な人の弟や妹は戦いたくなかった。
「弟も妹も子供の頃から父の教育を受けています。私はあなたやみんなと過ごして間違いに気付けましたが……」
そんなハヤトの心の内を読んだのか、クラレットが口を開いた。彼女の場合はサプレスの魔王を召喚し、その依り代となるよう命じられた時から迷いが生じており、その上ハヤトや仲間と生活したことでようやく変わることができたのだ。
同じ条件であれば、弟や妹もそうなる可能性はあるかもしれないが、無色の派閥を取り巻く環境は日を追うごとに悪化しているし、そのせいもあって先代当主の血を引く者としてのプレッシャーもあるだろう。父が全てを取り仕切っていた頃とは何もかも違い過ぎるのだ。正直なところ、クラレットは話し合いでの解決は半ば諦めているのが現状であった。
「そうかもしれないけど、俺は最初から諦めるつもりはないよ」
ハヤトはこればかりは譲れないとはっきりと答えた。話し合いが決裂し、戦いになったことなどこれまで何度もある。それでもハヤトは対話による解決を諦めたことはなかったし、これからもそれを第一に目指していくつもりだったのだ。
それを聞いたクラレットは口元を抑えながら笑った。そんなことを口にできる彼だからこそ、自分はここにいることができる、そんな意味を込めて彼女は言葉を口にした。
「ハヤトらしいですね。……でも、あなたならきっとできるって信じてます」
「ああ、ありがとう」
自分を信じてくれたクラレットのためにも、己の心に誓ったことを違えないようにする、ハヤトはそんな決意を込めて頷いた。
同じ頃、フェアは怒涛の勢いでラウスブルグの厨房で食器棚の掃除をしていた。少し前までは水回りの掃除をしており、後はこの食器棚と床を綺麗にすれば掃除は終わる予定だった。
そこにセイロンとともに偶然通りかかったリビエルがそれに気付くと、フェアの鬼気迫る勢いに内心押されつつも口を開いた。
「ず、随分と気合が入ってますわね……。一応、綺麗に使っていたはずですけど、何か不備があったのから」
フェア達が不在にしている間の料理は、残された者で協力しながら作っていたのだ。もちろん料理をした後の片付けや掃除もきちんとしたつもりだったため、どこか不手際でもあったのかと気になったらしい。
「そ、そんなことはないけど……」
急に声を掛けられたフェアはばつの悪そうな顔をしながら、首を振った。なにしろリビエルの言う通り厨房は綺麗に使われており、いちいち目くじら立てて掃除するほどのことではなかったのだ。しかしそれでも、こうしてわざわざ掃除していたのには理由があった。
(まさか運動代わりなんて言えないし……)
正確に測ったわけではないが、服を着る時に腹回りが少しきつく感じたのである。原因が那岐宮市に行った際の食べ過ぎに原因があるのは明白だった。買い物の際にそれなりに歩いたつもりだったのだが、あまり効果はなかったらしい。
「ふむ……まあ、よいではないかリビエル。店主殿もこう言っていることだし、おそらくいろいろと考えがあるのだろう」
少し考えるように顎を触っていたセイロンがリビエルを抑えた。聡い彼のことだから、あるいはフェアの本当の目的に気付いた可能性もあるが、たとえそうだとしても、それを口にする気はないのかもしれない。
「確かにそうですわね。あなたの気が済むまでやってくださいな」
その言葉に頷いたリビエルはフェアに声をかけて、そのままセイロンと共に厨房を去って行った。朝食のときに聞いた話では、至竜としてはまだまだ未熟なミルリーフにいろいろと教えるという話だったから、それをしに行ったのだろう。なにしろリィンバウムに戻るときはミルリーフがゲルニカの代わりを務めることになっているため、成功させるために御使いもやる気になっているのだろう。
「もう帰るんだなあ……」
そこまで考えたフェアが声を上げた。思いがけずこの世界まで来たフェアだったが、それも間もなく終わる。帝国の小さな宿場町の宿屋の雇われ店長でしかなかった自分がこんな体験をすることになるとは、まさしく奇跡と言ってよかった。
そんなことを考えながら体を動かしていると、今度はアティとポムニットが顔を見せた。
「お掃除なら手伝いしましょうか?」
「ううん、大丈夫。もうすぐ終わるし」
フェアが雑巾を手に床を拭いているのを見たポムニットが協力を申し出たが、既に掃除は佳境であり、そもそもが運動を兼ねてのことだったため、フェアは断った。だが、一緒に那岐宮市に行った二人はどうであったか気になるのも事実であった。
「あの……、二人はどう? お腹とか」
「お腹? ……ああ、確かにいっぱい飲み食いしちゃったからね」
フェアの言葉の意味を一瞬理解できなかったポムニットだったが、すぐに体重のことだと悟って納得したように笑みを浮かべた。彼女が厨房を掃除しているのもそのせいだと気付いたのである。
「私達は運動してるからね。そんなに変わってないんじゃないかな、ね?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ」
確認を求められたポムニットが頷くのを尻目にフェアはアティの発した言葉を繰り返した。
「運動……」
確かに運動は基本中の基本ではあるが、いつそんなことをしているのだろうと思った。那岐宮市に行っていた時も、ラウスブルグにいる時も二人がそんなことをしている姿など見かけなかったし、そもそも運動できる時間があるのかすら怪しい。
とはいえ、確かにポムニットの言う通り二人とも体形に変化がないように見える。運動してるかどうかは別にして体重に悩むフェアにとっては羨ましい限りだった。
フェアが羨ましそうに二人を見ていると、今度はアティが口を開いた。
「あ、そういえばフェアちゃんのところでエニシアちゃんを雇うんだってね」
彼女は先ほどまでエニシアに勉強を教えていたのだが、その中で彼女からリィンバウムに戻ったら、フェアの経営する宿屋でアルバイトをするつもりだと言われたのである。
「あ、エニシアってばもう話しちゃってたんだ」
フェアは苦笑しつつ答えた。エニシアにそうした提案を行ったのは、昨日、那岐宮市から帰ってきたばかりのときのことだったため、思った以上にはたく広まっているようだった。
「随分嬉しそうに話してたよ」
「こっちもこれから人が足りなくなるだろうから、むしろこっちがお礼を言いたいくらいなんだけど……」
アティの言葉にフェアは照れながら頬をかいた。彼女としてはリィンバウムに戻った後のことが何も決まってはいないエニシアのことを思っての提案ではあったが、それと同時に、いずれ手伝いが難しくなるリシェルやルシアンに代わる人手を確保できるという狙いもあったのだ。
「……ということは、フェアちゃんと一緒にトレイユで降りるってことですよね。それならレンドラーさん達はどうするんでしょう?」
「たぶん、エニシアと一緒に降りると思うよ。あれであの人たち結構過保護だから」
ポムニットの疑問に答えたフェアの答えはある程度予想されたものだった。エニシアの家臣と自負するレンドラーなら一も二もなく同行すると申し出ることは火を見るよりも明らかだった。ただ、ゲックはリィンバウムに戻り次第エニシア達とは別れ、己の罪を贖うための旅に出るつもりでいるということは、この時点でフェアは知らなったようだ。
「ハヤト君達もサイジェントに戻るから、ここに残るのはミルリーフちゃん達だけってことだね」
「確かセイロンは探してる人がいるみたいで、戻ったらその人を探すって言ってたよ」
以前セイロン自身から聞いた言葉を思い出したフェアが言う。今は御使いを務めているセイロンだが、本来の彼の目的はその人物を探すことを目的としてリィンバウムを訪れたのだ。ミルリーフが至竜の力を受け継ぎ、他の三人の御使いも健在であればあえて捜索を先延ばしにする理由はないだろう。
「残るのは四人ってことですから、結構寂しくなりますね」
自分達三人を除き、ラウスブルグに残るのはミルリーフにセイロンを除いた御使い三人の計四人。そんな一握りの人数でこの巨大な城にいるとなると、確かにポムニットの言う通り寂しさを感じるだろう。
「それなら一度島に戻りましょうか、しばらく戻ってませんし」
「ええ、そうしましょう!」
島を出てからもうかなりの時間が経っている。旅慣れている二人もそろそろ島が恋しくなっているのかもしれない。
「でも、いいの? 勝手に行き先決めて」
「このお城ごと移動すれば大丈夫ですよ」
ラウスブルグの全権を握るバージルのことを考えたフェアが心配するような言葉をかけると、アティは笑顔で答えた。ラウスブルグを手に入れたのも全ては人間界で魔剣スパーダを手に入れるためなのだ。もちろん城はその後も有効活用するつもりでいるだろうが、少なくとも今後の予定が入っているわけではないのだから、ラウスブルグが手元にありさえすれば、島に戻るのも特段問題はないだろうというのが彼女の言い分だった。
「あ、でもちゃんとバージルさんが帰ってきたら、ちゃんと確認しますから心配無用です」
「それならいいけど……でもどこに出かけてるの?」
フェアを安心させるためポムニットが言ったが、当の本人は別なところが気になったようだ。確かに朝に姿を見かけたきり、一度もバージルを見ていないが、まさか外出しているとは思わなかったのだ。
「ええ、弟さんのところに。大事なものを回収してくるそうです」
「そうなんだ……」
フェアはバージルが大事と考えるものがどんな代物か一瞬興味が沸いたが、所詮一個人の事だと、さほど深くも考えず納得して頷いた。
それがまさか世界の命運すら左右するほどのものとは、さすがに想像がつかなかったのである。
からりとして晴天の下、バージルは弟の事務所の中にいた。少し前にここを訪れた際にも告げたように、両親の形見であるフォースエッジとアミュレットを回収するつもりだった。
「答えは出せただろうな」
机の上に乱雑に重ねられたピザの空箱とワインの空き瓶を横に見たバージルが、机に両足を乗せたダンテに鋭い視線を向ける。すると弟はそのままの体勢でいつものへらへらした笑みを浮かべながら口を開いた。
「さて、どうかな」
「…………」
無言のまま視線を向け続ける。一度は袂を分かった相手とはいえ、もとは双子の兄弟。弟の言葉にはまだ続きがあると分かっていたのだ。
何も反応を示さないバージルを見たダンテは肩を竦めてつまらなそうに口を開いた。
「まったく、相変わらずつまらねえ奴だな」
そして言葉とともにダンテは普通に座り直すと、自身の机にたてかけていた物をバージルに放り投げた。
ダンテが投げてよこしたのは、バージルが求めていたフォースエッジとそれに絡められているアミュレットだった。
「……どういう心境の変化だ?」
それを受け取り、紛れもない本物であることを確認したバージルが訝しがる視線を向ける。先に会った時はお互い本気ではなかったとはいえ、得物を交えるまでエスカレートしたのにもかかわらず、こうもあっさりと渡されると逆に怪しく思えたのである。
するとダンテはそっぽを向きながら答えた。
「あんたと違って俺は大人なんだ。いい加減、親離れくらいするさ」
大袈裟にお前に言われたから渡すんじゃない、俺には必要ないから譲ってやるんだ。そんな意味と皮肉を込めたことは分かったが、それは兄の思い通りになるのが癪でしょうがない弟の、わかりやすい強がりであることは明白だった。
「……なんであれ、これはありがたく受け取るとしよう」
バージルの目的はあくまでフォースエッジとアミュレットを手に入れることだ。それを果たせるのであれば、ダンテがどう思っていようと関係なかった。
そしてバージルが踵を返し、何歩か歩いたところでダンテが声を掛けてきた。
「おい、一応言っとくがな。親父は――」
そこまで聞いたバージルは、背を向けたまま弟の言葉を遮った。
「受け継ぐべきは魂。いつか貴様はそう言ったな」
もう二十年以上前のこと、しかしこの双子にとっては今でも鮮明に記憶している時のことだった。そのせいかダンテは言葉を遮られたことには特に怒りもせず、兄の言葉に頷いた。それは彼が言おうとしたのも、父の生き様についてだったことも影響しているだろう。
「ああ、それは今でも変わらねえ。俺達が受け継がなきゃならないのは力じゃない。――親父の誇り高き魂だ」
一切の淀みなく発したダンテの言葉にバージルは満足そうに口角を上げると、振り返って再びダンテを見た。
「そうだ。……そして、親父の魂を受け継ぐべきは貴様だ、ダンテ」
「……おい、バージル。お前一体何をしようとしてんだ?」
ダンテは思わず立ち上がり、先に会ったとき同じような言葉を口にした。しかし今回は、以前とは比べ物にならないほど真剣な表情だった。それほどバージルの言葉は、あれほど父親とその力に固執していた男と同一人物の言葉とは思えないものだったのだ。少なくとも今のバージルからは、これまでダンテが知らなかった何かを感じられたのである。
そしてバージルは、リィンバウムから人間界に帰還して初めてダンテに己の本心を語った。
「俺はスパーダの血を引いたから悪魔と戦うわけではない。だから俺は親父の魂を受け継がない。それはお前が受け継ぐべきものだ。最も親父のあり方を理解していたお前が」
それはダンテが思ったことを証明するかのような、バージルがずっとこだわっていた父スパーダへのこだわりを捨てる言葉だった。だがそれは、決して唐突に口にしたものではない。
もっと以前から、きっと、自分が守るべきものをその手に抱いたあの日から、バージルの父へのこだわりは消え去っていたのだろう。
それを数年後の今になって口にしたのは、言うまでもなくダンテに会ったからだ。スパーダの、親父の後継者はお前だと言わなければならない。それが双子とはいえ、長子であり兄であるバージルの責務だったのだ。
「バージル……お前、一体どうした? 何があった?」
己の知る兄とは正反対の言葉に、今度はダンテが訝しげな視線を向けながら尋ねと、バージルはたった一言を以って答えた。
「俺は親父が魔界を裏切った理由を知った。それだけだ」
それは一言であっても、弟を納得させるに足る言葉だった。
「……ならいいさ、我儘な兄貴の尻拭いをするのは弟の役目だ。好きにやれよ」
たった一言でダンテは兄の言わんとしていることを理解すると、やれやれと言わんばかりに手を振った。それでも口元はにやりと笑っているせいか、どこか嬉しそうにも見える。
「無論、そのつもりだ」
そう言ってバージルは再度踵を返した。背にはつい先ほど渡したフォースエッジがある。ダンテにはその姿がどこかスパーダに重なって見えた。
「……やれやれ、いつの間にかあんなところにいるとはな」
バージルが事務所から出て行くのを見届けたダンテは、椅子の背もたれに体重を預けて机に足を上げながら呟いた。
父に固執していたかと思えば、今度はダンテを父の後継者として認めたのである。極端と言えば極端だろう。だが、それすらもダンテはバージルらしいと思っていた。だからこそ、兄はあのような生き方を選べたのかもしれない。それが嬉しくもあり、羨ましくもあった。
「だがまあ、俺は俺のやり方でやるだけさ」
そう言ってダンテはふてぶてしく笑う。たとえ兄の生き方がどうであろうとも、ダンテは己の生き方を変えるつもりはなかった。自分は誇り高い父と気高い母の両方から高潔な魂を受け継いでいる。そう信じられるから彼は今の生き方をしているのだから。
それゆえにダンテは既に姿が見えなくなったバージルに向けて声をかけた。
「気を抜いてるとあんたの仕事、俺が全部とっちまうぜ」
魔界より現れた悪魔を狩り続けるのがダンテの生き方だ。それはたとえ人間界とは異なる世界であっても変わらない。だからこそダンテの言葉は、異界の地でスパーダの血を引く者がいずれ邂逅することを予感させた。
さて、第6章も次話で終了予定です。早いもので今年ももう半分が終わりますね。たぶん次章が最終章になる思いますが、さて完結はいつになることやら。
次回は7月13日か14日に投稿を予定しています。
ご意見ご感想評価等お待ちしております。
ありがとうございました。