Summon Devil   作:ばーれい

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第112話 帰還

 人間界からの帰路はゲルニカに代わり、ミルリーフがエンジンの役割を果たした。それでも何の問題もなくリィンバウムに帰還することができたのは、やはり親である先代守護竜の知識と、事前に行った練習によるところが大きいだろう。

 

リィンバウムへと戻ったラウスブルグはまず、サイジェントの近くまで立ち寄ってハヤトとクラレット、ゲルニカと別れた。その次に向かったのはトレイユであり、そこでフェアとエニシア、そして予想通り彼女とともにレンドラーやゲック達もそこで降り、セイロンもしばらくはトレイユを基点に捜索を行うとのことだったため、同様にここで別れたのだった。

 

 残ったバージル達三人とミルリーフ、三人の御使いはアティやポムニットの希望通り共に島へと戻ることとなった。ただ、戻るとはいえミルリーフ達四人はラウスブルグを維持もするためにも、島に移るのではなく城に残ることを決めていたのだが。

 

 とはいえ、さすがに挨拶もなしにそうするわけにはいかず、一度護人には話をしておくため、御使い達にはバージルとアティが同行して集いの泉に向かうこととなったのだ。本来ならミルリーフも行くところではあるが、事情の説明もせずラウスブルグを出現させるわけにもいかないため、ポムニットと一緒に城に残ることとなったのだ。

 

「話には聞いていたが、本当にこのような所があるとはな」

 

 島の集いの泉に至る道を歩いていたクラウレが口を開いた。この島のことは以前にもスバルから聞いていたこともあったのだが、こうして実際に見てみるとやはり感慨深いものもあるらしい。

 

「ええ。それも四つの世界の召喚された者達が共に暮らしているですわよね? 全くもって驚きですわ」

 

「住んでいるところは別ですけど、最近は交流も増えているんですよ」

 

 クラウレの隣を歩いていたリビエルの言葉にアティが振り向きながら答えた。島の住人たちの住む場所に関しては、この島が無色の派閥の実験場だった頃からの名残であり、当時は各集落間の交流も全くなかったのだが、今ではごく普通に集落を行き来するまでに変わったのである。さすがに意思疎通ができないサプレスの霊やロレイラルの機械は別なのだが。

 

「ここがかつては実験場だったとはな……。皮肉なものだ」

 

 今ではリィンバウムに召喚された者にとっては楽園といえるような島が、かつては実験場だったことに因果なものを感じたアロエリが言う。島の成り立ちについては、混乱させないように事前にアティが説明をしていたのである。

 

「あ、もうみなさん来ているみたいですね。あれが集いの泉です」

 

 そんな話をしているうちに目的の集いの泉が見えてきた。バージルに先行してもらい、護人を集めてもらっていたおかげか、集いの泉には既に四人の護人が集まっているようだった。

 

 

 

 集いの泉に着いたアティと三人の御使いを護人達は歓迎した。

 

「皆さまも遠いところをよくおいでくださりました。我らはあなた方を歓迎します」

 

「先生もお帰りなさい」

 

 互いに簡単な紹介を終えると、キュウマが御使いに歓迎の言葉を述べた。そしてそれに続きファリエルがアティに声をかける。アティが島を離れて数ヶ月ぶりに会ったわけだが、みんな変わらず元気のようでなによりである。

 

「すいません、急に呼んでしまって」

 

「構わないわ、このところも平和そのものだし。まあ昼寝の時間を邪魔された人ならいるかもしれないけど」

 

 アティが申し訳なさそうに言うとアルディラが微笑みながら口を開いた。護人はその名の通り、自らの集落を守るための存在であり、同時に他の護人を通じて他の集落との連絡調整の役目も持っている。

 

 しかし最近では、悪魔による攻撃もなく個人間での交流が盛んであるため、どちらの役であろうと護人の出番はまるでなかったのである。

 

「おいアルディラ。なんで俺の方を見るんだよ」

 

「あら、なにか心当たりでもあるのかしら?」

 

 声を掛けられたヤッファが憮然とした表情で言うと、アルディラは知らん顔で言葉を返すが、彼はこの場に呼ばれた時にいびきをかいて寝ていたことは、呼んだバージル本人から聞かされていたため、知っていたのである。

 

 そんな二人の掛け合いを聞いていたバージルは呆れたように首を横に振って伝えた。

 

「……こいつらには既に話は伝えてある」

 

「はい、お話は伺ってます。これからよろしくお願いしますね」

 

 バージルは彼らを呼びつけて回っていた時に粗方の事情は説明しており、ファリエルが言ったように了承も取り付けていた。もっとも護人にとっては、御使い達と言えども同胞に違いない。断る理由などなかったのだ。

 

「お心遣い感謝いたします」

 

「これから仲良くやっていこうって話なんだ。そういう堅苦しいのはなしにしようぜ」

 

 クラウレの律儀な礼に、もとより格式ばったことが苦手なヤッファが頭を掻きながら言うと、それに付け加えるようにキュウマが口を開いた。

 

「そういうことです。……ところで、その『城』というのはどこにあるんです?」

 

「ラウスブルグなら島の南西の海上だ。……もっとも今は隠してある。姿は見えまい」

 

「ラウスブルグ……、なるほどな、妖精達の避難船か」

 

 質問に答えたバージルの言葉を聞いてヤッファが納得したように頷いた。彼もメイトルパ出身だ。ラウスブルグのことを聞いたことがあっても不思議ではないだろう。

 

「あら、知ってるの?」

 

「っつっても俺が知ってるのは、サプレスの悪魔が攻めてきた時、妖精達が戦いを逃れるために船を作って、よその世界に逃げたってことくらいだし、それもガキの頃に昔話で聞いた程度だ」

 

 ヤッファの種族でフバース族は魔獣浸蝕の折も、攻め寄せた悪魔達と戦うことを選んだ種族だ。その上、年長者のヤッファも魔獣浸蝕後に生まれた世代なのだ。同じメイトルパとはいえ、詳しくなくて当然だった。

 

「ああ、その通りだ。……もっともこちらに来た後はこの世界に召喚されてしまった同胞達の隠れ里になっていたんだがな」

 

「それで、この人に目をつけられたってわけね」

 

 ヤッファの説明に補足したアロエリの言葉に続き、アルディラがバージルを示しながら言った。彼がなぜラウスブルグを手に入れたのかは聞かされていないが、少なくともその唯一無二と言える貴重な力目当てだったのは疑いようがない。

 

「結果としてはそうなっただけだ」

 

「まあ、私達はその前に追い出されてしまいましたけど……」

 

 頷くバージルを見ながらリビエルは呟いた。ラウスブルグは僅かの間に二度攻められ、その都度支配者がギアン、バージルと変わっている。彼女達はその一度目で城を追われているため、バージルと直接戦ってはおらず、彼がラウスブルグを手に入れた時のことは何も知らなかった。

 

「ちなみに今も同胞の方々はいるんですか?」

 

 バージルの話ではラウスブルグにはここにいる御使いを含め、四人しかいないとのことだったが、先ほどのアロエリの言葉にあった隠れ里に集まった召喚獣達はまだラウスブルグにいるのか、気になったファリエルが尋ねた。

 

「ここに来る前にみんなメイトルパに帰してきました」

 

「あら、あなたにしては随分と優しいじゃない」

 

 嬉しそうに答えるアティの言葉を聞いてアルディラがバージルに言う。彼の性格ならその場で追い出してもおかしくなかった。

 

「他に行く場所があったからな。そのついでだ」

 

「あら、そうなの」

 

 アルディラはバージルの反応を見ながら言うと、そこにキュウマが割って入った。

 

「ところで、そのラウスブルグの姿はずっと消したままにするのですか?」

 

「姿を隠しているだけでも魔力を使う。いつまでもそうしているわけにもいくまい」

 

 バージルはそう言うが、実際のところラウスブルグの姿を隠すことは不可能ではない。普段は至竜であるミルリーフが魔力を供給すればよく、彼女に休息が必要になった時はバージルが代行すればラウスブルグは常に異界にその身を隠すことができるのだ。しかしそれは、ミルリーフをラウスブルグに縛り付けることを意味する。それをバージルはよしとしなかった。つまり彼の発した言葉には彼なりの優しさがあったのだ。

 

「なるほど。しかし、いずれ姿を明かすとしてもあらかじめ我らには教えていただけませんか? 急に大きなものが現れれば皆も不安に駆られるやもしれませんから」

 

 キュウマに尋ねられたバージルは無言のまま顎でクラウレに発言を促した。このことについては彼に任せているという意思表示だった。

 

「我らとしてもそちらに不安を強いることはしたくない。必ず事前に伝えよう」

 

 バージルの意を受けたクラウレは大きく頷いた。彼を筆頭とした御使いもミルリーフを常にラウスブルグに置くつもりはなかったのだ。安全面を考えればすぐ異界に逃げることができるラウスブルグにいた方がよいのだが、バージルがいることを考えれば、むしろ彼の近くにいた方が安全とも言える。

 

「まあ、私や姉さんには必要ないかもしれないですけど……」

 

 ファリエルが苦笑を浮かべながら言った。彼女が護人を務める狭間の領域やアルディラのラトリクスに住むのは意思相通のできない霊やそもそも意思のない機械が大多数を占めるため、戻ってから口頭で説明すれば済む話なのだ。

 

「ええ、そうね。でもヤッファ、あなたはちゃんと村のみんなに伝えなさいよ」

 

「わかってるよ。……で、いつ頃やるんだ?」

 

 アルディラがヤッファに言うと、彼は頭を掻きながら逆に尋ねた。どうせなら今のうちに段取りを済ませておきたいのだろう。

 

「さすがに今日や明日というわけにもいきませんし、三日後くらいならそちらも十分説明できるんじゃないかしら」

 

 リビエルが言った。それほど大きくはない島だ。三日もあれば全ての住民に説明するには十分と考えたらしい。

 

「ああ、それにもし俺達の口から説明が必要な時は言ってくれ」

 

 そこにアロエリが提案した。自分達に関わることなのに面倒を掛けてしまうため、少しでもその負担を減らそうと律儀な彼女は考えたようだ。

 

「お気遣い感謝します。ですがこちらは大丈夫ですよ。郷の者はみな顔見知りですから」

 

「どうせならこっちは説明してもらうとするか。あんたたちなら大丈夫だろうしな」

 

 アロエリの提案に二人はまるっきり逆の対応を見せた。キュウマは丁重に断ったのに対して、ヤッファはそれを歓迎しているようだ。だがヤッファの場合、生来のものぐささが出たのではなく、彼女らを島の住民と馴染ませるためであり、御使い達のことを考えてのことだった。

 

「相変わらずねぇ、あなたは……。悪いけど説明してもらっていいかしら?」

 

 それを分かっているからこそ、アルディラも御使い達を立てる形で説明を依頼した。御使いと島の住人の仲立ちはキュウマもファリエルも考えていたのだが、ヤッファなら種族は違えどクラウレやアロエリと同じ世界の出身であるし、先ほどのアティの話からもメイトルパの者とは話慣れていると思ったため、ここは彼に任せることにしたのだった。

 

「ああ、構わない。いつ行けばいいんだ?」

 

「こっちはいつでもいいんだがな……」

 

 クラウレに尋ねられたヤッファだが、そこまでは考えていなかったようで困ったように頭を掻くと、そこにリビエルが声を上げた。

 

「ならこれからに行きましょう。善は急げですわ!」

 

「おいおい何も今すぐじゃなくても……」

 

「せっかくやる気になってくれましたし、これからでもいいじゃないですか」

 

 さすがにこれからすぐには性急すぎると言葉を濁したヤッファだが、ファリエルはリビエルの提案に賛成のようだった。

 

「では自分も郷に戻り、皆に説明するとしましょう」

 

「そうね。話もまとまったし、今日は解散にして次は城が姿を見せる前に集まりましょう」

 

 アルディラが解散を宣言する。ヤッファは仕方ねぇな言わんばかりの顔をすると、御使い達三人を連れて集いの泉から出て行った。こうなってしまってはさっさとやってしまおうという心境なのだろう。

 

「ああ、そうだ。お二人に客が来ていたんです。今はミスミ様の屋敷にいるはずですから」

 

 先ほどの言葉通り、風雷の郷に戻ろうとしたキュウマが思い出したようにバージルとアティに告げた。

 

「どなたです?」

 

「パッフェル、と名乗っていました。二日ほど前にジャキーニ殿の船で来られまして、お二人が不在にしていることは伝えたのですが、どうしても会わなければいけないからと……」

 

 わざわざジャキーニを探し出して来るとはかなり重要な案件であることは間違いない。少なくともパッフェルの個人的な話ではなく、派閥が絡んだ話であることは間違いないだろう。

 

「……?」

 

 まるっきり心当たりがなかったアティは首を傾げながらバージルを見た。

 

「……会ってみればわかる」

 

 だがバージルにも思い当たる節はなかった。それでもパッフェルの取った行動を聞けば悪魔に絡んだ可能性もあるため、とりあえず会ってみようとはおもったようだ。

 

「そうですね。……わかりました、ミスミ様のところに行ってみます」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 バージルの言葉を受けたアティがキュウマに答えると、彼は一礼して集会所から出て行った。そしてそれに続くようにバージルとアティも風雷の郷に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 風雷の郷のミスミの屋敷に着いた二人は、そのまま畳張りの応接間に案内された。部屋の中央には大きい座卓とそれを間に座布団が置かれていた。二人はそのまま並んで座布団に座って少しの間待っているとパッフェルが現れた。

 

「いやー、待っていて正解でしたよー」

 

 いつものケーキ屋の制服のまま姿を見せたパッフェルが開口一番に言うと、アティも笑顔で応じた。

 

「お久しぶりですね、会えて嬉しいです」

 

「私もですよ、相変わらず仲睦まじい様子で羨ましいです」

 

「も、もう、からかわないでくださいっ!」

 

「そんなことないですよ」

 

 なかなか終わらない二人の話に、このまま放っておくといつまで経っても話が進まないと思ったバージルは話に割り込んで尋ねた。

 

「……で、何の用だ? わざわざこんなところまで来るとは、よほど重大なことなのだろうな」

 

「あ、そうでした。……詳細はこちらに書いてあるんですけど……」

 

 そう言ってパッフェルは座卓の上に書類の束を置いた。バージルがそれを手に取って読み始めると彼女はその要旨をまとめて言った。

 

「実は帝国の方で悪魔の研究をしているらしくて……」

 

 彼女言う「悪魔」がサプレスの悪魔ではなく、魔界の悪魔であることはわざわざ島まで話を持ってきたことからも明らかだったが、バージルとしてはそれほど問題視するようなことでもなかった。

 

「研究ならどこでもしているだろう、派閥でも聖王国でもな」

 

「そうですね。最近はともかく、一時は大変だったと聞いていますし、対策を立てるためにも研究するのは不思議じゃないと思います」

 

 アティもバージルと同じ考えのようだ。実際二人の言っている通り、蒼の派閥と聖王国が共同で悪魔の研究を行っているのも事実であり、それは決して悪いことではないのだ。人間界でもフォルトゥナあたりでは長きに渡って悪魔の研究が続けられてきたのだ。

 

「それはそうなんですけど……、最近になってその研究がきな臭くなってきたというか……」

 

「きな臭く……?」

 

「ええ、対策ではなく、悪魔の力を活用する研究しているとかで……」

 

 オウム返し尋ねたアティにパッフェルが答えると、バージルも目を通していた書類に書いてあった言葉を引用しつつ尋ねた。

 

「悪魔で召喚兵器(ゲイル)の強化を行う、か……、だが、そもそも召喚兵器(ゲイル)の研究成果を利用した融機強化兵は事実上頓挫していると聞いたが? 悪魔はともかく召喚兵器(ゲイル)は使えるのか?」

 

 悪魔を直接使役するのではなく、悪魔の力を取り込むというのは、かつてフォルトゥナの技術局を統括していた男の手法を似ており、悪魔の力を転用する方向としては間違っていない。しかしそもそも、その強化の素体となる召喚兵器(ゲイル)を帝国は実用化できていないはずなのだ。それは融機強化兵の研究が、ゲックの逃走後にほぼ凍結状態であることからも明らかだった。

 

「それは不明です。……ただ、研究自体は進んでますので、どこかにあてがあるかもしれません。あるいは同時進行で研究しているのかも……」

 

「……それにしても、よくそんなお金があったんですね。最近の帝国では軍事費の増加に否定的だったはずですが……」

 

 パッフェルの話を聞いてアティが口を開いた。彼女がまだ軍学校に在籍していた頃の帝国は、聖王国や旧王国に対し積極的な姿勢を取り小競り合いや外征を繰り返していたが、およそ十年前に紛争による負担の増加と何ら成果を上げられない従来の方針から守勢に転じたのだった。

 

 それにより、従来から軍事費の増加を求める上級軍人たちの発言力、影響力は低下し、結果として昨今の帝国の軍事費は減少傾向にあったのだ。

 

「軍の研究に関してはかなり大規模な刷新があったみたいです。それに、税金も上がるみたいですし……」

 

 それを聞いたバージルは書類に落としていた視線をパッフェルに戻した。

 

「悪魔の研究もその刷新に伴ったものというわけか」

 

「ええ、その通りです。私としては何故この時期に……って思っているんですが」

 

 帝国の摂政アレッガが悪魔に殺されたことはまだ記憶に新しい。そんな状況で税金を上げるというのはどうにも解せない、今上げても反感を買うだけではないかと、パッフェルは首を傾げた。

 

 だがそんな彼女とは裏腹に、バージルは点と点が繋がったような確信があった。この悪魔の研究、研究体制の刷新に税金の増加、そしてネロが帝都で遭遇したという悪魔とそれを操っていたという男。それが全て繋がっているのではないかと思ったのだ。

 

(男が使役していたという悪魔のことを考えれば、やはりムンドゥスあたりが糸を引いているか……)

 

 リィンバウム全体として悪魔の出現がほぼなくなっているのにもかかわらず、帝都にいたあの男だけが悪魔を使っていたことを考えると、背後にいるのは魔界全体に影響を与えるほどの悪魔、すなわちムンドゥスである。

 

 バージルが蒼の派閥の依頼でミントやパッフェルと共に赴いた村で遭遇したゴートリングのように、かの魔帝は悪魔をリィンバウムに送り込むことができるのは明らかであり、その観点からもムンドゥスが黒幕の最有力だろう。

 

(ならば奴の目的は、この世界を侵攻するための足掛かりを作らせることか……、あの塔のような)

 

 可能か不可能かで言えばムンドゥスは己の力だけで魔界とリィンバウムを繋げることができる。だがそれを行い、多少なりとも消耗した状態でバージルと戦えば、完全に消滅することはないにしても、三度封印される恐れがある、魔帝はそう考えたからこそ人間を使い、こちら側から繋げてしまおうというのだろう。

 

 そう考えた時、バージルの脳裏に浮かんだのは、彼がリィンバウムに来る直前の戦いの舞台となっていたテメンニグルだった。かの恐怖を生み出す土台を街中に蘇らせたのはバージルだが、それを作ったのは二千年前の人間なのだ。悪魔の力に魅入られ、それを欲した者達が人間界と魔界を繋げるために築いたものがテメンニグルなのである。

 

 そして今、同じことが帝国で再現される可能性があるのだ。

 

(いくら召喚術があるとはいえ、すぐには完成するまい。ならさっさと……、いや……)

 

 仮にテメンニグルを作ろうとしたところで、そんなもの完成前に破壊すれば問題ないと思ったところで、ある考えが頭に浮かんだ。

 

 それはあえて、テメンニグルの完成を見逃すことだった。

 

 現状、リィンバウムと魔界は精々下級悪魔が通れる程度でしかない。ムンドゥスであれば消耗こそすれ、その境界を失くしこの世界を魔界化することもできるが、前述したようにバージルを恐れるがゆえに、その手段を選ぶ可能性は低かった。

 

 しかし同時にバージルが最も危険視するのも、このリィンバウムの完全な魔界化だった。そうなってしまえば世界のあらゆるところから中級悪魔どころか大悪魔まで現れる地獄と化してしまうだろう。

 

 その状態でムンドゥスを倒し、再びこの世界を魔界から切り離したとしても空恐ろしいほど被害が出るのは目に見えているのだ。

 

 そうなるくらいなら、最初からテメンニグルという分かりやすくこの世界に現れる手段を提示してやればいい、というのがバージルの考えだった。そうすればムンドゥスもわざわざ自身が消耗する手段を使うことはないだろう。

 

 とはいえ、それを選んだとして犠牲が出るのは避けられそうにない。テメンニグルにしろ、その他の手法にしろでムンドゥスをこちらに呼び込むということは他の悪魔も大挙して押し寄せることを意味するからだ。

 

「……そもそも奴らは俺に何を望む?」

 

 思考もそこそこにバージルはパッフェルの意図を確認した。これまでは何度か派閥からの依頼も受けてはいたが、これからもそうだとは言えない。彼としてはムンドゥスに余計な警戒をされないように派手な動きは自重し、フォースエッジを魔剣スパーダへ変化させるのも時が来るまで待つつもりでいたのだ。

 

「あなたが今後帝国に対して行動を起こす場合は事前に教えて欲しい、と……」

 

「ならば伝えろ。頼まれたとしても人間同士の争いには関わらんとな」

 

 バージルも父や弟と同じように人間同士の争いには興味がなかった。自身に影響を及ぼすならともかく、好き好んでそんなことに首を突っ込むほど物好きではない。もっとも、一人で戦争すらひっくり返す力を有した男が好き放題動くことの方がよほど問題なのだが。

 

「そのように伝えます」

 

「あの……、もしかして戦争になったり……?」

 

 それまでの話を聞いたアティが口を開いた。バージルの言葉から聖王国と帝国の間で戦争が起こると考えたのかもしれない。

 

「どうでしょう、決めるのは私ではありませんから。……ただ、私見ですが、数年先はともかく今の聖王国に戦争をする余力はないと思います」

 

 パッフェルはあくまで自分の考えだと断ったうえで言った。炎獄の覇者ベリアルが元凶となったエルバレスタ戦争によって、聖王国は騎士団をはじめ大きな打撃を受けた。それから数年が経ち表面上の戦力自体は依然と同程度まで回復したが、まだ戦争を行えるほどの余力はなかったのだ。

 

「事実上、帝国には手は出せんということか」

 

「はい、よほどのことがない限りはこれまで通り情報収集に努めるだけになるでしょうね。……あ、それで得た情報は今後も届けられると思います」

 

「そうか。ならカイルにファナンに寄るよう言っておこう。そこで渡せ」

 

 パッフェルに付け足した言葉にバージルは頷いて提案した。彼としても情報はないよりあった方がいいのだ。

 

「でもですね、ファナンに入港するには許可がないと……」

 

「ならそれも準備しろ。俺の名前を出しても構わん」

 

 今回パッフェルが島に来るのに使ったのはジャキーニ一家の船であるが、次回もそうであるとは限らない。この島が召喚獣ばかりが住んでいる島である都合上、あまり人間に目に触れるような真似はしたくなかったため、定期的に島を訪れているカイル達に頼んだいいだろうと思ったのだ。

 

「……持ち帰らせてもらいます」

 

 さすがにパッフェルにいいとも悪いとも言う権限はなかったため、この場は保留ということにして後日エクスに相談することとした。とはいえ、バージルの提案は事実上の連絡船を作ることに等しいため、彼との関係強化を望むエクスはそれを受け入れるだろうとパッフェルは思っていた。

 

 

 

 

 

「なんか嫌な感じがします……」

 

 パッフェルとの話を切り上げ、帰路について風雷の郷を出たあたりでアティが下を向きながら口を開いた。先ほどの話で出た帝国の話を聞いて、言いようのない不安に襲われたのだ。

 

「だろうな。近く悪魔との戦いになるのは間違いない」

 

「避けられる、……わけないですよね」

 

 アティもこれまでに何度か悪魔と戦ったことがあるから理解できる。悪魔とは根本的に話し合いができる相手ではないのだ。

 

「向こうが仕掛けようとしている以上、戦いになるのは避けられない。できるのは被害を減らすことくらいだ」

 

 戦いと言うのは一方がそれを望むだけで始まるものだ。こちらが望んでいなくともムンドゥスさえやる気なら、どうあっても避けられないのは明らかだった。

 

「バージルさんもそうするんですか?」

 

「ああ。……とはいえ、相当な被害は出るだろうな」

 

 いかにバージルと言えど、今回の相手は魔界の支配者である魔帝ムンドゥス。先のベリアルが引き起こした戦いより大規模なものになることは容易に想像でき、同時にそれだけ被害が大きくなることも自明だった。

 

「…………」

 

「今から悩んでもどうしようもあるまい。精々、それに備えることくらいだ」

 

「私もみんなを守れるくらい強くならないと……」

 

 戦いが近いと知っていながら何もしないという選択肢はアティにはなかった。戦いが避けられないのならせめて自分の手の届く範囲くらい守れる力を欲しかった。そんな彼女の心を察したバージルが言った。

 

「しばらくは出かける予定もない。手ほどきくらいはしてやろう」

 

「ありがとうございます、私、がんばりますから!」

 

 バージルの申し出にアティは嬉しそうに大きく頷いた。

 

 

 

 そんな二人が大きな戦いの予感を胸に抱きながらも、しばらくは帝国も聖王国もまして旧王国も動くことはなく、情勢に変化はなかった。それが大きく変わり風雲急を告げるのは動き出すのは数年後のことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第六章 了




これにて第6章終了です。

次回は7月27日か28日に投稿を予定しています。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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