Summon Devil   作:ばーれい

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第7章 誰が為の楽園
第113話 凶手


 月が隠れた宵闇のもと、帝都ウルゴーラの貴族街にある屋敷の中、大ホールの階下で三人の男が跪いている。屋敷の中は僅かな蝋燭の火が唯一の光源となっているが、それ以外にも不安と恐怖を煽り、悪寒を感じるほどの重圧を放つ三つの光が、三人を見下すように浮かんでいた。

 

「レイよ、首尾はどうなっている?」

 

「万事において順調です。僅かの遅延もありません」

 

 レイと呼ばれた三人の真ん中にいる男が微動だにせぬまま口だけを動かすと、それに答えるように三つの光が腹の底にまで響くような声が発せられた。

 

「ならば次の段階に進めよ。……ただし、まだ奴には手を出すな」

 

 それだけ命じると三つの光はゆっくりと消えた。同時に場を支配していた重圧も霧散していく。それを確認した男が頭を上げて立ち上がると、同じように立ち上がっていた残る二人に向かって命令する。

 

「オルドレイク、兵を集めよ」

 

「はっ」

 

「ええ、わかりました」

 

 名を呼ばれた二人が悪魔に殺され、死んだはずのセルボルト家当主、オルドレイク・セルボルトが短く返答すると、もう一人の男が尋ねた。

 

誓約者(リンカー)調律者(ロウラー)はいかがしましょう? かの者らは自らの国で起こったことではなくとも、我らが関わっていると知れば必ず邪魔立てするでしょう。もしご命令いただけるなら、私自らが始末してみせますが」

 

「無用だ、メルギトス。彼奴らの始末は()()にさせる。貴様は召喚兵器(ゲイル)の量産を急ぐのだ」

 

 その判断を受け、消滅したはずのサプレスの魔王メルギトスは恭しく頭を下げた。

 

 オルドレイクとメルギトス。どちらも過去に倒された存在だったが、それが平然と生きて行動していた。だが単純に生き返ったわけではないことは、死した時の姿より二十ほど若返ったオルドレイクを見れば明らかだった。おまけにどちらも最盛期以上の力を身に着けている。

 

 ここまでくれば、もはや人ならざる者の御業であると言わねばならないだろう。

 

「……誓約者(リンカー)討伐には我が息子たちも同行願いたい」

 

 そう言って頭を下げたのを見て、レイは思い出したように口を開いた。

 

「確か、誓約者(リンカー)のもとには貴様の娘が身を寄せていたか……、連れ戻すつもりか?」

 

「あれは誓約者(リンカー)に尻尾を振った裏切り者、もはや連れ戻そうなどとは思っておりません。……されども、あれはセルボルトの血を引く者でもあります。その始末は同じ血を引いた者がしなければなりません」

 

「……いいだろう」

 

 オルドレイクの言を聞いたレイが頷く。そもそも彼はここにいる者以外がどうなろうと知ったことではなかった。オルドレイク本人が行くのではない以上、止める理由はなかったのである。

 

「さて、私の方はまず彼女を連れ戻さねばなりませんね。目的の成否によらず連れ戻してきて構わないのでしょう?」

 

 メルギトスの与えられた命令は一人で実行してきたわけではない。むしろその連れ帰る必要がある者が主として進めてきたのである。それゆえ召喚兵器(ゲイル)の完成には連れ帰る必要があったのだ。

 

「シャリマは出立したばかりだが、状況が状況だ。やむを得ぬ」

 

 召喚兵器(ゲイル)の研究開発量産を主導しているシャリマという女召喚師が、一時その任から外れたのはレイも了承した上でのことだったのだが、今回はさらにその上からの命令だ。従うよりほかなかった。

 

 それを聞いてメルギトスが頷くと、レイはこれまでの無表情を一転させて眉を顰める。

 

「後は、あの男が勘付くかどうか、か……」

 

 レイが頭を悩ませていたのは、彼らとその上の存在が最も警戒する男、バージルのことだった。レイ本人は会ったことはないが、オルドレイクもメルギトスもその男に徹底的に打ち負かされており、こちらから手を出そうなどと思うはずもないが、向こうがこちらの動きに気付き、介入してくる可能性は十分に考えられた。

 

「昨今、大陸に姿を見せたのは友人の結婚式だけで、一年以上はあの辺鄙な島に引き籠っています。用心するに越したことはありませんが……」

 

 オルドレイクは自身の手の者を各地に放っていた。彼が死んでいる間にまた一段と無色の派閥の勢力は弱体化したものの、その情報網はいまだ健在だったのだ。それでもバージルがいる島にまでは送り込むことはできない以上、完全に行動を把握することはできないのだが。

 

「その前に事を成してしまえばよいのですよ、既に上層部は抑えたも同然ですからね」

 

「……うむ」

 

 オルドレイクの言葉を引き継いだメルギトスが事もなげに言うと、レイは頷いた。彼の言葉通り摂政アレッガ亡き後の帝国の政はほぼ彼らの手中にある。だからこそ確かに計画通りにいけばそうなのだが、どうもレイは心の内に引っかかるものがある様子だ。

 

「それを成すにも大量の召喚兵器(ゲイル)が必要不可欠なのだ。わかっているのだろうな、メルギトス」

 

 メルギトスを鋭い視線を送りながらオルドレイクが言う。彼も派閥の兵士や紅き手袋を動員する予定なのだが、昨今のアズリア将軍による一斉摘発による影響で、その数は決して十分ではなかった。単独では都市一つを落とすこともままならない戦力なのだ。さらに言えば政治を抑えたとはいえ、いまだ貴族や各地の軍の大半は影響下になく、外には聖王国と旧王国という二つの大きな国家まで存在している。帝都を抑えるのはともかく、その後のことを考えれないまだ十分な戦力があるとは言えないのが実情だった。

 

 それを埋めるのが召喚兵器(ゲイル)なのだ。それもこの召喚兵器(ゲイル)はかつてクレスメントの一族が作り上げたものではなく、それを強化改造したものなのだ。計算上の戦闘能力は高位の召喚獣にも匹敵するため、数の不利を十分に補えるものと考えられていたのだ。

 

「万が一、間に合わない場合は()()を使う……が、温存したいのも事実。わかっているな、メルギトス」

 

 レイの言葉にメルギトスはいつものにやけた顔をせず、神妙に一礼をした。それを見たレイは納得したように頷くと、二人に向かってこの場の解散と作戦の開始を宣言した。

 

「……では行くぞ。我らが唯一にして絶対なる神ムンドゥスの世界を創り上げるのだ」

 

 神なき世界(リィンバウム)に神の世界を創り上げる。それが彼らの最終目的だった。

 

 

 

 

 

 空には多少の雲が浮かんでいるが十分晴天と言っていい天気の下、聖王都の西端に位置する紡績都市サイジェントでは当代の誓約者(リンカー)であるハヤトは一人でアルク川に寝そべりながら釣糸を垂らしている。そうやって空を見上げながら考え事をするのがここ最近の習慣だったのだ。

 

「こんないい天気なのにもったいないわねぇ」

 

 しばらくそうしていると声を掛けてきた者がいた。ハヤトは体を起こし振り返ると、そこにいた者の名前を呼んだ。

 

「スカーレルさん……」

 

 知らぬ間柄ではない。むしろ最近はよく世話になっている人だった。

 

「……悪かったわね、この前も空振りだったんでしょ」

 

「確かにそうだけど、責める理由なんてないよ! 確かに探している人は見つからなかったけど、手がかりは見つけられたし」

 

 バージル達と故郷の那岐宮市に行って以来、ハヤトは神隠しでリィンバウムに召喚されたと思われる人たちを探していた。もちろんあてもなく探したわけはなく、無色の派閥に狙いを絞って捜索としたのである。とはいえ、無色の派閥はリィンバウムの裏の社会で暗躍する組織だ。まして帝国軍からも執拗な捜査を受けている立場上、そう簡単に居場所は判明するはずもない。

 

 そうした状況の中、助け舟を出してくれたのはこのスカーレルだったのだ。サイジェントに居着く前の彼がどんな人生を送ってきたかハヤトには分からない。しかしスカーレルはバージルやアティとも知り合いであるというだけでなく、様々な伝手を持っており、彼の協力のおかげで着実に成果を上げることができていたのだ。

 

「手がかり?」

 

「まあ、手がかりっていうよりは証拠って言った方がいいかもしれないけど……」

 

「……それって、あなたが探している人達が無色の派閥に召喚されたのが、疑いようがなくなったってこと?」

 

 スカーレルの視線が鋭くなった。無色の派閥には倫理観などあるはずもない。それが同じ人間とはいえ、召喚獣に区分される存在となれば尚更だ。昔は派閥と関わっていただけにスカーレルはそのことをよく知っていた。

 

「うん、俺のいた世界の人間にサプレスの悪魔を依り代にしたらしくて……」

 

 先にハヤトのいう証拠とは、今口にしたことが書かれていた研究の成果報告書だった。

 

 サプレスの存在は天使、悪魔を問わずいずれも霊的な存在であり、肉体を持たない。それゆえ召喚した際には魔力によって魂殻(シエル)を形成しなければならない。それでも一撃を放つ程度の限られた時間であれば、他の世界の高位の存在と大して変わりないものの、護衛獣などのように常に留めておく場合にはそれが顕著になる。

 

 魂殻(シエル)を維持するとなれば常に魔力を消耗し続けることになるし、高位の存在になれば消耗する魔力は莫大なものになる。かといってこちらの世界に適応させるために肉体を持たせてしまえば、どうしたってサプレスにいた時と比べ能力の減衰は避けられないのだ。

 

 そこで無色の派閥では考えられたのは、召喚の過程で人間を依り代としてしまうことだった。いわば適応させるための肉体をあらかじめ準備しておくのである。

 

 そうすれば力を衰えさせることなく、高位の悪魔をこの世界に留めておくことができるのだ。

 

 さらに名もなき世界の人間の特徴か、彼らを依り代とした場合、悪魔の意思を完全に抑え込むことさえ可能だった。それはつまり、本来なら召喚することすらままならない技量にある者でもサプレスの大悪魔の力を使役できることを意味しているのだ。

 

「……そう。でも、その研究の対象になった人は見つからなかったのよね?」

 

「そこは研究施設っていうより、その報告を受ける所だったらしくて……」

 

 研究の報告書を手に入れた拠点に関する情報はスカーレルが提供したものだ。しかし提供した彼自身、その拠点が重要な所であることは分かっても、実際にどんなことをしているところかまでは分からなかった。場所や重要性はいくつかの断片的な情報を繋げて行けば高い精度で判別できるが、拠点の役割に関しては派閥にとっても重大な情報であるため、その流出には注意しているようだった。

 

 そうした情報をもとにハヤトが協力を得た自由騎士団の面々とともに赴いた拠点で見つけたものがその報告書だった。もっとも、そこ自体で研究は行われておらず、多少の兵士こそ配置されていたが、危険を察知したのかあるいは単に不在にしていたのか不明だが、幹部のような責任者はいなかった。

 

「なるほどね、ただこれからはそう簡単にいかないかもしれないわよ」

 

「どうして?」

 

「詳しくは分からないけど、今になって一斉に動き始めたらしいの。……もしかしたらまた派閥全体を統制できる者が現れたのかもしれないわ」

 

 これまではそれぞれの家ごとに独自に活動していた無色の派閥だったが、最近になってその動きに組織性が見られるようになってきたのだ。それはかつて大幹部オルドレイク・セルボルトが派閥を牛耳っていた時と酷似しており、それゆえスカーレルは再び何者かのもとに派閥が結集するのではないかと危惧していた。

 

「それじゃあ、しばらくは様子を見た方がいいってことか」

 

「そうね、血気に逸って取り返しのつかないことになるよりはずっといいわ。こっちも新しい情報が入ったら伝えるようにするしね」

 

 ハヤトの言葉にスカーレルが頷く。彼としてはもう少し説得に時間を要すると考えていたため、少し肩透かしを食らった気分だったのだが、逆にハヤトとしては自分のわがままで未知数の危険にクラレットを巻き込むわけにもいかない。彼の判断は当然のことだったのである。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 その言葉を言った瞬間、ハヤトの目の前でアルク川に垂らしていた釣り糸に獲物がかかったようで大きく動いた。慌てて釣竿を引くハヤトを微笑みながら見たスカーレルは軽く手を振ってその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、かなりの釣果を手にフラットに戻ったハヤトを迎えたのはリプレだった。調理場で料理を作ってた彼女の他にクラレットとフィズが掃除をしていたのだが、ガゼルの姿だけは見当たらなかった。

 

「やるじゃないハヤト、助かるわ!」

 

「いや、ちょっと釣り過ぎたかなって思ってたんだけど大丈夫かな?」

 

 彼の今日の釣果は今現在フラットに住んでいる者の総数を遥かに超えていた。今の倍以上の人数が暮らしていた頃はともかく、今の人数では一日で食べることは難しいかもしれない。

 

「そんなことないわよ、今日はレイドとアルバも帰って来るし、それにもし残っても干物にすればいいしね」

 

 ハヤトの心配にリプレが笑顔で答える。フラットの食事を一手に預かる彼女にしてみれば、大量の魚を疎ましく思うことなどありえなかったようだ。

 

「あ、そういえば二人が帰って来るの今日だっけ。……もしかしてガゼルの姿が見えないのもそれに関係してる?」

 

「そうなの! ガゼルってば買い物を頼んだっきりまだ帰ってこないんだから!」

 

「ガゼルのことだから顔でも見に行ってるんじゃないかな?」

 

 ぷりぷりと怒りを見せるリプレを宥めながら言った。夕食に会えるとはいえフットワークの軽いガゼルなら、買い物ついでにもう帰って来てるだろう二人の顔を一足先に見に行こうと考えるは想像に難くなかった。

 

「ところで俺にも何か手伝えることある?」

 

 結果として魚を持ち帰ってこれたとはいえ、みんながレイドとアルバを迎える準備をしていたのに自分はいつも通り過ごしていたことに罪悪感を覚えたハヤトがリプレに尋ねた。

 

「そうねぇ……、それじゃ買い物をお願いしてもいいかしら? 実は小麦粉とか結構少なくなってきてたのよ」

 

「それくらい問題ないよ。……でもいつもの量を買ってくるならさすがに他の買い物はできないと思うけど……」

 

 リプレの願いを聞いたハヤトが答えた。この世界の主食がパンである以上、その材料となる小麦粉が必要なのは当たり前のことであり、ハヤトも何度もそれを買いにいったことがある。だが、人数が少なくなったとはいえ、小麦粉は一度にかなりの量を買うため、一人ではそれだけで両手が塞がってしまうのだ。そのため、他に何か買うのであればもう一人くらい連れて行くか、小麦粉を買う量を少なくするしかないのである。

 

「それじゃあ、クラレットと行ってきたら? たぶんそろそろ掃除も終わる頃だろうし」

 

 そう言って彼女は「クラレットー、終わったらこっち来てくれる。買い物に行ってほしいの!」と調理場から呼びかけると「わかりましたー!」とクラレットが声を返してきた。

 

「よし、これで大丈夫ね」

 

「それで、小麦粉の他に何を買って来ればいいんだ?」

 

「あ、ちょっと待って今何かに書いてあげるから」

 

 そう言ってリプレは買ってくるものとその量を箇条書きに書き始めた。細かな内容はまだハヤトには分からないが、その種類の多さから相当な量になることは予想できた。

 

(結構な大仕事になりそうだ)

 

 内心、軽々しく申し出たことを僅かに後悔しながらハヤトはこれは気合を入れなければと心を決めた。

 

 

 

 それからしばらくして、ハヤトはクラレットと共に買い物に出ていた。

 

「それにしても随分と頼まれましたね」

 

 買い物カゴを手に下げたクラレットはリプレが書いたメモに視線を落としながら言った。出かける前にも一通り目を通したが、あらためてみるのと相当なボリュームがあった。

 

 買うものは最初に頼まれた小麦粉だけではなく調味料などもあるため、一箇所で買い物をすれば全て済むものでもなく、様々な店を回らなければならない。そのため二人は最も重くかさばる小麦粉を最後に買い求めることにして店を回ることにしていた。

 

「本当だよ、ガゼルが戻って来れば手分けしてできたのに」

 

 手伝うこと自体を拒否するわけではないが、どうしても貧乏くじを引いてしまった感がハヤトにあったようだ。

 

「最近は私達も迷惑をかけてきたんですから、文句を言っちゃダメですよ?」

 

 ハヤトとクラレットが時折出かけることができるのは、リプレをはじめとしたフラットの面々の協力と理解があってこそだ。それを考えれば普段のお礼も兼ねてこれくらいしても罰は当たらないだろう。

 

「そりゃそうだけどさぁ……。あ、そういえばさっきスカーレルと会ってさ。無色の派閥が一斉に動き出したらしいから、しばらくは大人しくしてろ、だってさ」

 

 ハヤトは口を尖らせて愚痴を口にしようとした時、先ほどスカーレルから言われたことを思い出し、クラレットにも伝えることにした。

 

「一斉に……? 妙ですね、今更そんなことをしても利はないはずですが……」

 

「そうなのか? さっきの話じゃ派閥を指揮できる奴が現れたのかもって話だったけど……」

 

「むしろそんなことをできる人なら拙速に動くことはないと思いますが……」

 

 クラレットが怪訝な表情を浮かべながら答えた。組織的に動くということはそれだけ外部に動きを察知されやすい。ある程度戦力を整えていた一昔前ならともかく、今そんなことをしても潰されるのがオチだ。しかし、そんなことくらいは当の無色の派閥も知っているだろうから、なおさら今の段階で大きく動いたことがクラレットには不可解だったのである。

 

「うーん、よくわかんなくなってきた……。この際、誰かに相談してみる?」

 

「それには賛成しますけど……、一体どなたに相談するんですか?」

 

 頭を掻きながら言ったハヤトの提案自体はクラレットも異論はなかったが、問題はその相談相手である。こちらに協力してくれる人物というのが大前提の条件であるが、当然無色の派閥にも詳しくなければならない。

 

 そんな相反する二つの条件を満たすような人物を彼女は思い浮かばなかったのだ。

 

「たとえば……バージルさんとかは? あの人昔はだいぶ暴れてたみたいだし」

 

 バージルがかつて無色の派閥を大幅に弱体化させた張本人であることは知っていた。彼の口から直接きいたわけではないが、銀髪で青いコートを着ているという派閥に残された襲撃者の記録からバージル以外を連想するのはできなかったのだ。

 

「それは構いませんが、すぐにできることではないですね」

 

 バージルに相談するということは自体、クラレットも反対ではなかった。彼本人と直接話すのは気の進むところではないが、アティやポムニットに同席してもらえば話しやすくなるという皮算用もあった。むしろ一番の問題は、彼らの住む島まで行かなければならないということだ。

 

 島までの航路自体は蒼の派閥や金の派閥は確保しているという話のため、仲間の伝手を頼れば島まで赴くのは不可能ではないが、それでも今日明日にできることではなかった。

 

「確かにその通りだ。あの城を自由にできるバージルさんが羨ましいよ」

 

 ハヤトがそう言った時、不意に空から雷鳴が響いた。確かに空はいつのまにか黒っぽい雲で覆われている。ただ、空の端の方は青空が見えているので、二人はこれを一時的なものと考えた。

 

「雨でも降りそうな感じですね」

 

「まったくだよ。何とか降らないように祈るしか――」

 

 そこまで言った時、ちょうど真上の雲に稲妻が走り、それを見ながら口を開いていたハヤトは思わず目を見開いた。ただ雷鳴が発生していた以上、稲妻が走ることは決して珍しいことではない。彼が驚いたのはその稲妻が白くも黄色くもなく、まるで血のような鮮やかな赤い色をしていたからだった。

 

「ハヤト、どうしたんですか?」

 

 口を開いたまま固まったハヤトをクラレットは不思議そうな顔で見た。どうやら彼女は稲妻を見ることがなかったようだ。

 

「あ、ああ、それが実は――」

 

 とりあえず今見たものを説明しようと口開いた瞬間、再び赤い稲妻が走った。直上の雲から南側の雲へ移ったものの、光ったのは一瞬だった先ほどとは異なり、断続的に何度も赤い光が放たれていたのである。

 

「何か……とても嫌な感じがします」

 

「ああ。……だけど調べないわけにはいかないよな」

 

 眉を顰めながらも意を決して呟いた。あの赤い稲妻がどんなものかはわからないが、あれを放っておくと大変なことになる。そんな確信にも似た予感をハヤトは本能的に悟っており、まず稲妻の真下に行くべく二人は歩を進めた。

 

 

 

 だがその稲妻もいつまでも光を発してはいなかった。二人が街の外に向かって歩き出したと直後から光る間隔が長くなっていったのである。それにどこか意図的なものを感じて、背中のサモナイトソードに手を掛け、最大限の注意を払いながらハヤトは歩みを進め、南に向かう。

 

 するとずっと先、ちょうどハヤトがこの世界に召喚される原因となった儀式が行われた場所のあたりに、三人ほどの人間いるのが見えた。まだはっきりとは見えないが、どうもこちらの方を見ているようだった。

 

「…………」

 

 隣を歩いているクラレットが声を出さないまでも緊張しているのがハヤトにも伝わってきた。

 

「クラレット?」

 

 そうハヤトがクラレットに声をかけたのと、この先にいる何者かが召喚術を発動させたのは同時だった。漆黒に輝く無数の剣ダークブリンガーが二人に放たれた。

 

「ハヤトっ!」

 

「ああ! シャインセイバー!」

 

 とはいえ、双方の間にある距離がハヤトに余裕を持った対応を可能とした。光輝を纏った多数の剣がダークブリンガーを迎え撃ったのだ。

 

 光と闇、相反する二つの召喚術が激突する。一般的に双方の召喚術の強さはほぼ同程度なのだが、今回は一方がかのエルゴの王と同じ力を有する誓約者(リンカー)だったのが勝敗を分けた。

 

 ダークブリンガーはあっさりと弾き飛ばされた一方、シャインセイバーは悠々とハヤトの手元で浮かんでいた。

 

「なるほど、たかがはぐれとはいえ、誓約者(リンカー)を名乗るだけのことはあるか……」

 

 どうやらダークブリンガーは撃ち出した後に距離を詰めていたようで、もうはっきりとお互いを視認し会話も可能なほどの距離まで近づいていた目つきの鋭い男が言った。

 

「やめなさい、ソル! あなた達と私達が戦う理由はないはずです!」

 

 彼らの姿を認めたクラレットは、一瞬目を閉じて「やっぱり……」というような表情を見せたものの、すぐに声を上げた。だがソルと呼ばれたそんな戯言耳にも入らんとばかりに鼻を鳴らすと、代わりにその横にいたまだ幼さと酷薄さが同居する女が大声で笑いながら言った。

 

「あっはははははは! 何言ってんのよ、そんなの自分の胸に聞いてみれば分かるでしょ!」

 

「自らに課せられた役割を果たさなかったばかりか、報告にも戻らず、そればかりか派閥の妨害にも関与する……これではさすがに庇えないよ、姉さん……」

 

 続いて、二人からは一歩下がったところにいた男が苦渋に滲んだ顔しながら言った。少なくとも彼に関しては他の二人のような完全な敵意を持っていないように見える。

 

「カシス……キール……」

 

 クラレットが妹を弟の名前を呟いた。だが、そんなことはお構いなしにソルが吐き捨てる。

 

「キール、もはや庇える庇えないの問題じゃない。それくらいわかっているだろう?」

 

「そうよ! それにあいつは父さまも見殺しにしたんだから、死んで当然よ!」

 

「……ああ、分かってる」

 

 ソルとカシスの言葉を受けてキールはそう答えるしかなかった。それ以外の回答など今の彼には許されてはいないのだ。

 

 三人そう言い合っていた時、これまで黙っていたハヤトが声を上げた。

 

「ちょっと待て、何でおまえら、オルドレイクのことを知ってるんだ!」

 

 三人がクラレットが以前話していた弟や妹だというのは話の流れからなんとなく察することができたし、最初の一撃以外は召喚術を使う素振りもなかったため、話し合いで解決できることを期待してクラレットに任せていたが、先ほどのカシスの言葉を聞いてもはや黙っていることはできなかった。

 

 あのオルドレイク・セルボルトが自らの召喚した悪魔に殺された瞬間を見た者の中に、無色の派閥の関係者はいなかった。にもかかわらず、なぜ彼女はその時のことを知っているように口にするのだろうか。

 

「はぐれ風情に話す義理などない」

 

「そうかよ。なら言っとけど、ああなったのは完全に自業自得だ。クラレットのせいじゃない」

 

 ソルの言葉にはハヤトも少しはカチンと来たようで、声を上げて反論するとクラレットも続いた。

 

「父は手を出してはいけないものに手を出してしまった。それがあの結果……でも、あなた達までそれに倣う必要はありません!」

 

「父上は間違ってなどいなかった! 悪魔の力こそ我らの理想を実現するに必要なものだ!」

 

「……どうしても、どうしても父と同じ道を歩むのなら、私はあなた達を止めて見せます!」

 

 大声で答えたソルの言葉を聞いてクラレットは決めた。それが姉としてこれまで何もしてあげられなかった弟と妹にできる唯一のことだと思ったのだ。

 

「クラレット、俺も手伝わせてくれ」

 

 ハヤトがそこに声を掛ける。今正面にいる三人はかつて派閥の価値観しか持たなかった頃のクラレットと同じような立場だ。だからこそ彼らはオルドレイクと同じ道を歩むしか選択肢がなかったのだろう。だからきっと、彼女と同じように変わることもできるはずなのだ。

 

 そう信じたからこそハヤトはクラレットと同じように倒すのではなく、止めることにしたのだった。

 

「ええ、もちろんです!」

 

 彼の言葉を聞いてクラレットは微笑んだ。

 

 その直後、この場にいる四人のセルボルトと誓約者(リンカー)は召喚術を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は8月10日か11日に投稿を予定しています。

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ありがとうございました。

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