Summon Devil   作:ばーれい

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第114話 赤き雷の襲撃者

「腐って死んじゃえ! メルヒ・ダリオ!」

 

「叩き潰せ! ディアボリック・バウンド!」

 

 最初に召喚術を発動したのはカシスとソルだった。

 

 カシスがハヤト達の目の前に呼び出したのは腐ったような悪臭を放つ毒沼であり、その中から毒沼を体現したような巨体を持つ悪魔が現れた。存在するだけでも毒気を放っている悪魔は単純な物理的な攻撃ではなく、その見るからに嫌悪感を催すような猛毒を用いるようだった。

 

 一方、ソルが召喚したのは、クラレットも召喚したことがある長大な戦槌を持った赤銅色の肌を持った悪魔だった。カシスの召喚した悪魔とは対照的に単純に戦槌を用いた攻撃を行うのだが、悪魔の持つ膂力は並みではなく生半可な防御結界など無意味なものとしてしまうだろう。

 

「悪魔を滅せよ! 聖鎧竜(スヴェルグ)!」

 

 対してハヤトが召喚したのは霊界サプレスの鎧に身を包んだ巨竜だった。だが、この竜は七人の大天使が悪魔と戦うためにその魂を聖鎧に封じ込めた姿であり、高位の悪魔を迎え撃つに相応しい召喚獣であった。

 

 そして激突する二体の悪魔と七位一体の天使。悪魔は聖鎧を腐食させるべく猛毒の息を吹きかけ、力ずくで打ち砕くため戦槌を振り上げた。対して聖鎧竜は真っ向から受けて立ち、両手を合わせて生み出した魔力球を悪魔に叩き付けた。

 

 その魔力の塊は猛毒の息吹を浄化し、戦槌を粉々に粉砕しただけでは終わらず、カシスとソルが召喚した悪魔さえも飲み込んだのだった。

 

「馬鹿な……ここまでとは……」

 

「な、なんなのよぉ……あいつぅ……」

 

 悪魔と聖鎧竜の激突によって生じた魔力は反動として敗者に逆流(フィードバック)される。その影響でソルもカシスも二本の足で立つのはできないほど消耗し、膝をついてしまったのだ。

 

 しかしこれほど一方的な展開になるとはさすがに二人は予想していなかった。こちらは高位の悪魔が二体。向こうの聖鎧竜の方が格上とはいえ、数の差を埋めるほどのものではない、そう判断していたのだが、ご覧の有様だった。

 

 ここまでの圧倒的な差を生んだのはハヤトが五つのエルゴの力をその身に宿す誓約者(リンカー)であったからだ。通常の強制的に使役する召喚術ではなく、双方の合意のもとで誓約を結んだ上で初めて成立する最初期の召喚術。それがハヤトの用いているものだった。

 

 どちらも魔力を持って真の名に干渉するという点では変わらないが、カシスやソルが使う一般的な召喚術は真の名を隷属のために使うのだが、ハヤトの使うものは召喚する者の潜在能力を引き出すことに用いているのである。

 

 格上である上、潜在能力まで引き出されたとあってはいくら高位の悪魔とはいえ、聖鎧竜に歯が立たなかったのは当然の帰結だった。

 

 そして、悪魔と聖鎧竜の戦いが終わった直後、残されたクラレットとキールが同時に召喚術を発動させた。

 

「姉さん……行くよ! パニッシュレイド!」

 

「力を貸して……魔天兵(ベルエル)!」

 

 キールが召喚した光を放つ二振りの剣を携え、白い甲冑を身に纏い、背には三対六枚の白き羽を持った天使がクラレットに向かう。それを迎え撃つのは天使のような右半身と悪魔のような左半身を持ち、罪深き者に裁きを下す断罪者だった。

 

 魔天兵が手にした弓から放たれる制裁の矢を天使の持つ剣が弾く。しかし、魔天兵の仮面に隠された顔からは一切の動揺は感じ取れない。代わりに新たな矢を弓につがえて撃ち放った。

 

 しかし天使も負けてはいない。再び放たれた矢を手にした剣で弾き飛ばすと一気に魔天兵との距離を詰める。

 

 そして三度矢をつがえた魔天兵と剣を振りかぶった天使が交錯したと思った直後、どちらともなくその姿は消えていく。どうやら戦いは相討ちにお終わったようで、それは召喚した二人を見ても明らかだった。

 

「くっ……」

 

「うっ……」

 

 魔力の逆流を受け、呻く二人だが、そのダメージはカシスやソルほどではない様子であり、クラレットはすぐに体勢を戻すと三人に声を掛けた。

 

「これ以上戦いを続ける理由はありません。一度話し合いましょう? そうすればきっと――」

 

 クラレット自身は多少消耗したものの、無傷のうえ余力を残したハヤトがいるが、キールの側には既に多大な消耗を強いられたソルとカシスしかいない。戦闘力まで喪失したわけではないが、もはや勝敗は決したと言ってよかった。

 

 だから話し合いの場に出るよう提案したのだが、彼女が全ての言い切る前に膝を着いていたソルが立ち上がりそれを遮った。

 

「相手を殺しもせず勝ったつもりか、セルボルト本流の血は随分と甘いものだ!」

 

「その状態で何ができる!? もう一度召喚術を使った所でさっきの二の舞になるだけだ!」

 

「……貴様は未だ知られていない世界から召喚された。そして今は同じ世界から呼ばれた同胞を探している、そうだな」

 

 ハヤトの忠告を無視した言葉にハヤトは訝しんだ視線を送った。こちらがやっていることが無色の派閥に筒抜けだったことは覚悟の上だったため、たいして驚きもしなかったが、次の瞬間、ソルは胸元のペンダントをおもむろにむしり取った。

 

「何をするつもりだ!?」

 

 ハヤトが声を上げた時にはカシスとキールも同じように首から下げていたペンダントを外していた。

 

「見せてやるよ、我らがなんのために貴様の世界の人間を召喚していたかをな!」

 

「まさか……!」

 

 ソルの言葉で彼らが何をしようとしているのかハヤトは悟った。その瞬間、三人は意識と魔力を集中させた。

 

「間違いありません! あの子たちあれに書いてあったことを……!」

 

 クラレットは弟たちが行おうとしている召喚術が霊界サプレスと名もなき世界の二つの世界の魔力を用いたものであったことを感じ取った。それは紛れもなく名もなき世界の依り代にしたサプレスの悪魔を召喚する証左であった。

 

「だけど……!」

 

 ハヤトは否定の言葉を口にした。やろうと思えば三人の召喚を止めることはできる。しかしそれをすれば相当に消耗していたソルとカシスの身が持たないかもしれない。だから彼は力を振るうことを躊躇ったのである。

 

 そしてその躊躇いは三人に召喚を許す時間を与える結果となった。三本の光の柱とともに轟音が周囲を包んだのである。

 

 

 

 光と轟音が去った場に新たに存在していたのは目を閉じている三人の男女、男が一人に、女が二人だ。見た目は普通の人間に変わりなかったが、それを見たハヤトは大きく目を見開いた。

 

「樋口……お前が……」

 

 そこにいたのは樋口綾、かつてのハヤトのクラスメイトだった。彼女も那岐宮市で行方不明になった人間だったのだが、やはり無色の派閥に召喚されていたということだろう。

 

 さらにいえば、他の二人も会ったことはないが顔と名前だけは知っていた。深崎藤矢と橋本夏美、どちらもアヤ(樋口綾)と共に行方不明として情報提供を求める文言とともに掲示板にポスターが貼りだされていた人物だ。二人ともハヤトとは違う高校に通っていたようだが、生年月日を見る限り同年代だった。

 

「あらあらぁ~、もしかして知り合いだったりするのぉ? 私のカワイイお人形さんと」

 

 ハヤトの狼狽えた顔を見て溜飲が下がったのか、カシスは先ほどの憎しみに満ちたような表情から一転、勝ち誇ったような顔をしながら黒と紫を基調とした人間界では人形な服を着せられたアヤに頬擦りした。

 

 彼女にとってアヤは言葉通りお気に入りの着せ替え人形のようなものなのだろう。

 

 そんなカシスと同じようにソルも不敵に笑った。

 

「先ほどの口振り……、こいつらの、魔人形(ディアマータ)のことを知っているなら話は早い。今度はこいつらを使って戦ってやるよ。先ほどと同じように跡形もなく消し飛ばしてみるがいい、できるのならな!」

 

 そう言うと、三人の魔人形(ディアマータ)は肌を白く変色させていく。さらに奇妙の呪印のような紋様も浮かび上がり、目も魔力を帯びて輝いている。

 

「この力……さっきの悪魔と同等かそれ以上か……」

 

「おそらく魔王、高位の悪魔の器にされているのでしょう。あの時の、バノッサのように……」

 

 餓竜スタルヴェイグの器となったバノッサとアヤ達三人は同じ立場にあった。あの時は彼を救うことはおろか、アバドンに喰われるのをただ見ているしかできなかった。

 

「助けるよ、絶対に」

 

 だからこそハヤトは今度こそは、と心で繋げる。

 

「はい、今度こそ解放してあげましょう」

 

 そしてクラレットもハヤト同様に同じ過ちは繰り返させないと誓った。それは彼女にとってはバノッサのようになったアヤ達を救い出すということだけでなく、無色の派閥という組織とセルボルトという家に縛られる弟と妹を解放するということも意味していた。

 

 彼女の決意を耳にして、ハヤトはサモンナイトソードを構え向き合う。そして次の瞬間、戦いの第二幕が切って落とされた。

 

 

 

「やれ、トウヤ!」

 

 ソルの合図とともに口火を切ったのは二振一対の刀「烈霜焦炎」を操る彼の護衛獣トウヤ(深崎藤矢)だった。それをサモナイトソード一本で受け止めたハヤトが軍服のような服を纏う彼の持つ刀の異質さに気付いた。

 

(冷気と熱を持つ刀か、さすがにただの武器を持たせるわけはないか……)

 

 霜のように白い刀からは凍えるような冷気が発せられ、炎のような緋色の刀からは燃え盛る劫火のような熱が発せられている。どちらも普通の武器ではありえない特性だ。恐らくは魔力を付与された上で鍛えられているのだろうが、そうした芸当ができる鍛冶師は限られているのだ。

 

 もっともトウヤが持っているものは使い手にまで影響を及ぼすため、普通に使ってはなまくらよりも劣る失敗作に過ぎない。しかし彼の場合は強大なサプレスの悪魔の力があるからその力を十全に扱えているようだった。

 

(だけどっ!)

 

 ハヤトが盾代わりにしていたサモナイトソードを振ってトウヤを刀ごと後方に弾き飛ばした。しかし今まで低温と高温に曝されていたというのにサモナイトソードは一切ダメージを負った様子はなかった。

 

 それもそのはず、トウヤの持つ烈霜焦炎も強力な力を持つ武器だが、ハヤトのサモナイトソードも稀代の名鍛冶師の生涯最高の傑作なのだ。この程度で撃ち負ける道理はなかったのだ。

 

「ッ……!」

 

 トウヤと距離をとったハヤトが一息つこうとした時、背後から僅かに魔力を感じたため、半ば反射的にサモナイトソードを振った。

 

 瞬間、金属同士がぶつかる音が響いた。サモナイトソードは空中に浮いた手が持っているナイフのようなものと交錯していたのである。その直後手とナイフが消えるのを確認したハヤトが振り返って三人の魔人形(ディアマータ)を見ると、その中の一人、ボロボロのセーラー服に腕は包帯を巻いたナツミ(橋本夏美)の周囲に無数の鏡が浮かんでいる。

 

 恐らくはそれを通じて先ほどのように背後から仕掛けてきたのだろうと、ハヤトはあたりをつけた。一対一なら対処することは問題ないだろうが、今のように複数を相手にした時にはいつ死角から攻撃を受けるとも限らないため、非常に厄介な能力だった。

 

「シャインセイバー!」

 

 そこでハヤトは再び光輝に満ちた剣を呼び出した。だが先のように攻撃に用いるわけではないようで、彼の周囲に浮かんでいるだけだった。

 

 しかし、その召喚の隙を的確に狙ったナツミが今度は左後方からナイフを突き出してきた。

 

「何度も同じ手を食うか!」

 

 ところがハヤトはそう叫ぶと軽く左の指を振ってシャインセイバーを動かし、その刺突を防いで見せた。彼が周囲に浮かぶ剣を呼んだのは防御に使うためだったようだ。

 

「じゃあ、この子の炎で燃えちゃいなよッ!」

 

 カシスの言葉に合わせて今度はアヤが主の手拍子に合わせるようにゆらりと舞った。そのスカートの裾が描く軌跡に沿って幽火(ウィスプ)と呼ばれる霊界サプレスの炎が生み出されている。見た目は綺麗でも触れたものを残さず燃やし尽くす炎だ。おまけにふわりと舞うスカートの軌道に沿ってくるため、その動きは至極読みづらい。

 

「くそっ……!」

 

 思わずハヤトが呻いた。生み出された幽火(ウィスプ)が次々とハヤトに襲い掛かってきて、サモナイトソードで斬り裂いたり地面にぶつかったりするたびに小さい爆発を起こすのである。ハヤト自身はサモナイトソードを介して自身の魔力を防御的に用い防いでいるものの、厄介なことに変わりはなかった。

 

 こうした手合いには元を叩くのが有効なのだが、今回に限っては攻撃を行っているアヤにも彼女に手拍子で命じているカシスにも、攻撃することは躊躇われたのだ。

 

 だがそこへクラレットがハヤトを援護するため半天使半悪魔の召喚獣を呼び出した。

 

「浄化して、ルニア!」

 

 クラレットの指示を受けたルニアがハヤトとアヤの周囲に雨を降らせた。もちろんただの雨ではない。聖なる力を宿した雨だ。数は多いとはいえそれほど強力ではない幽火(ウィスプ)はこの雨を受け次々と消滅していった。

 

「邪魔ばかりしてぇ……ほんとうにウザい!」

 

 自身の護衛獣の邪魔をされたカシスが憎悪の視線を腹違いの姉に向けた時、今度はソルとキールが召喚術を発動させた。先ほどまでトウヤとナツミにだけ攻撃させていて指示も援護もしなかったのは力を整えて再び召喚術を使うためだったようだ。

 

「どけ、カシス! 穿て、スパージガンナー!」

 

「ここで倒れてくれ、遠異、近異!」

 

 二人が召喚したのはこれまで使っていたサプレスの召喚術ではなかった。セルボルトの名を持つ者として英才教育を受けて来た彼らは、とうとう彼らの父のようにもう一つの属性の召喚術を行使できるようになったのである。

 

 そうしてソルが召喚したのは暗めの青灰色のボディーカラーを持ち、巨大な海生甲殻類を思わせる多脚の機体、機界ロレイラルの召喚獣だった。そしてキールが呼び出したのは鬼妖界シルターンの妖鬼の双子である遠異と近異だ。それぞれが氷と炎という相反する力を持っているが、共に召喚されることからも分かるように非常に仲が良く、それを生かした連携攻撃は非常に強力なのである。

 

幻歪の光機兵(ゼルギュノス)鬼龍(ミカズチ)!」

 

 それに対してハヤトが召喚したのも同じロレイラルとシルターンの召喚獣であった。彼らが魔人形(ディアマータ)を用いて優勢に立ったと思い込んでいるのだとしたら、それは幻想に過ぎないと突き立ててやろうというのだ。そうして向こうに戦う気を失わせてようやく、話し合いのスタートラインに立てるのである。

 

 そのために重大な役割を負った二体の召喚獣だったが、彼らは果たしてハヤトの機体に答えて見せた。幻歪の光機兵(ゼルギュノス)は両肩の砲身から発射した極太のビームが、スパージガンナーが放った針状の弾丸を機体ごと飲み込み、鬼龍(ミカズチ)はいくつもの竜巻を発生させ、双子の鬼の童子をそれぞれ巻き込んで吹き飛ばした。

 

 ようやく呼び出した召喚獣を再びあっさりと無力化されたソルは、魔力の逆流(フィードバック)を受けて息も絶え絶えの状態で、自らの護衛獣に命じた。

 

「何をしている! 早くやつを殺せ!」

 

 主の命令を受けたトウヤが烈霜焦炎を構え向かってくる。

 

 現在、一時的にとはいえソルとキールは戦闘力を喪失している。今が三人を救い出せる絶好のチャンスなのだ。それがわかっているからこそ、ハヤトもサモナイトソードを中段に迎え撃つ構えを見せた瞬間、ちょうどその間に赤い閃光と、ほんの一瞬遅れて轟音が響き渡った。

 

「今になってか……!」

 

 舞い上がる砂埃によって視界を遮られたハヤトだったが、それでも何が起こったのかを悟っていた。ここに来る原因となった雷に似た何かがとうとう姿を現したのだ。

 

「クラレット、一旦下がろう」

 

 視界も利かない現状ではまずいと判断したハヤトはクラレットとともに距離をとって、砂埃が晴れるのを待った。

 

 少しして砂埃が落ち着いたところにいたのはトカゲに似た皮膚を持つ二足の歩行の悪魔だ。腕には鋭く長い三本の爪が、頭部にも一本の長い角がそれぞれ生えていた。さらに胸部周辺と膝から大腿部にかけては見るからに頑丈そうな甲殻があった。

 

 さらに特筆すべきはその悪魔の周囲に時折電撃が走ることだ。

 

 それも、赤い電撃が。

 

 悪魔の名はブリッツ。だが今彼らの前に現れたのは赤い雷撃を操る変異体だった。

 

(強い……これまでに戦ったどんな悪魔よりも……!)

 

 最近こそめっきりなくなったが、数年前までハヤトは少なからぬ数の悪魔と戦ってきたのだ。それで培った経験が半ば本能的にハヤトにブリッツの力を悟らせたのだ。

 

 それでもハヤトはサモナイトソードを握る手に力を込め直した。既に逃げるという選択肢などない。そもそも電撃を操る悪魔から足で逃げることなどかなわないだろう。

 

 そんなハヤトの戦意を感じ取ったのか、ブリッツは威嚇するように吼えると体を電撃に変えてその場から姿を消した。

 

「っ!」

 

 悪魔特有の邪悪な魔力を感じ取ったハヤトが咄嗟に身を翻して前方に跳んだ直後、一瞬前までハヤトが立っていたところの真上からブリッツが腕の爪を振り下ろしながら現れた。

 

 すんでのところで回避できたもののブリッツの爪は固い地面に容易く突き刺さっており、もし避けられていなかったらハヤトの体が串刺しになっていただろう。

 

「喰らえっ!」

 

 転がるように避けたとはいえ、ハヤトも十分な場数を踏んできた戦士だ。先ほどの魔人形(ディアマータ)との戦いの時から召喚していたシャインセイバーをブリッツに叩き込んだ。

 

 だがシャインセイバーはブリッツに当たる寸前で弾かれてしまった。

 

(くそっ、電撃をシールド代わりに使ているいるのか……!)

 

 シャインセイバーが弾かれる瞬間に赤い電撃が見えたことで、ブリッツが電撃を防御手段として用いていることに気付いた。理屈としてはハヤトがサモナイトソードの魔力を用いて力場を発生させ、防御的に使っているのと同じようなものだ。

 

(なら、あの電撃を全部吹き飛ばすしかない!)

 

 それゆえ、対策もすぐに思いついた。ハヤトの力場も攻撃を受ければ徐々に力を削られていく。だから同じようにブリッツの電撃のシールドも何らかの攻撃を当てて全て削りきってしまおうと言うのである。

 

 だがそれは言うは易く行うは難しである。既にブリッツの姿は先の場所にはなくなっている。向こうの移動を視認できない以上、こちらの攻撃のチャンスは先ほどシャインセイバーを当てた時のように、向こうの攻撃を回避して即反撃しなければならないのだ。

 

 しかしブリッツも同じ攻撃ばかりしてくるような単調な悪魔ではなかった。不意にハヤトの正面に現れ、左腕を振ってきた。

 

「つぅっ……!」

 

 避けることこそ叶わなかったが、咄嗟にハヤトはサモナイトソードで爪の一撃を防ぐことはできた。しかし、ブリッツの爪とサモナイトソードが接触した瞬間、ハヤトの体に電撃が走った。向こうのシールドには防いだ攻撃に対して自動で反撃も行っていたのだ。

 

 おかげで反撃もままならず、おまけにブリッツは再び体を電撃に変え姿を消していた。

 

(ここまで速いんじゃ召喚術も使えない、結構厳しいな……)

 

 電撃で受けた傷を庇いつつ油断なく周囲に注意を払う。ブリッツの電撃のシールドを剥がす手段としては高位の召喚獣による攻撃は有効だろうが、相手の体を電撃に変える能力には相性が悪い。使えそうなのは自身のサポートをする召喚獣か、シャインセイバーのように呼び出してそのまま攻撃に使えるものくらいなのだ。

 

「ハヤト、また来ます! 気を付けて!」

 

 それはクラレットも理解しているようで、彼女がそう言いながらサプレスから聖精《リプシー》を召喚し、ハヤトが受けた傷を回復させた。

 

 その直後、ブリッツはハヤトから少し離れたところに現れ、両腕を広げて天を仰ぐと両の手と頭部の角に赤い雷撃が集まっているのが見えた。

 

(今なら……!)

 

 ハヤトは動きが止まったブリッツを見て、千載一遇の好機と判断した。防御の力場に回している魔力を全てサモナイトソードに集中する。今度は自分の魔力を防御ではなく攻撃に用いるのだ。

 

 そしてハヤトがサモナイトソードから莫大な魔力を放出したのと、ブリッツが両手と角に集めた赤い電撃を放ったのはほぼ同時だった。

 

 激突する魔力と電撃。轟音と共に赤い稲光と魔力光が周囲を包みこんだ。

 

「はぁ……はぁ……これならどうだ……!」

 

 サモナイトソードを両手で支えながらハヤトは呼吸を整えながらブリッツを見ると、先に電撃から発射位置から吹き飛ばされて倒れていた。自分に向けて放たれた電撃が来ていないということから引き分け以上の結果になったとは思っていたが、ようやく相当の打撃を与えられたということだろう。

 

 彼の後方にいたクラレットもそれを見て安堵の息を吐いたとき、ブリッツは素早く起き上がった。

 

「うそ……あれを受けて……」

 

「いや、向こうもだいぶ消耗しているはず……、もう一押しだ」

 

 いまだ電撃のシールドは健在だが、それでも最初と比べ感じる力は相当に落ちていた。もう今のような一撃を用いなくともシールドを剥がすことは可能だろう。

 

 そう判断したハヤトは反撃の手段として用いるためもう一度シャインセイバーを召喚するが、その瞬間、ハヤトは横合いから攻撃を受けた。

 

「こんな時に……っ!」

 

 攻撃をしてきたのはトウヤだ。さらに死角からはナツミのナイフが繰り出される。おまけにアヤまでこちらに向かって来ていた。

 

「っ、ごめん……!」

 

 一瞬の逡巡の後、ハヤトは決断してサモナイトソードを振るった。彼らの命までは奪わないように込める力には細心の注意を払ったおかげか、三人とも吹き飛ばされ、多少の傷は負ったものの命に関わるほどではなかった。

 

 だが、その判断はハヤトにとっては致命的だった。

 

「ハヤトっ!」

 

「え……?」

 

 クラレットの声でハヤトは自身に危機が迫っていることに気付いた。ブリッツが頭部の角を向けて目の前まで突っ込んできていたのである。

 

 対応しようにもはや手を動かす暇さえない距離。

 

 そしてハヤトが目を見開いた時、ブリッツの角が深々と彼の胸に突き刺さった。

 

「ぐ……あ……っ」

 

 呻き声を上げながらハヤトは口から大量の血を吐いた。体に突き刺さったブリッツの角は肺を貫通していたのだ。

 

 だがいまだ角はハヤトに刺さったままハヤトを持ち上げると、ブリッツは角に電撃を流した。

 

「がああああああああああ!」

 

「っ、ツヴァイレライ!」

 

 クラレットが召喚術を発動する。呼び出された混沌の騎士が主の命に従いブリッツに渾身の一撃を叩き込んだ。

 

 不意に攻撃を食らったブリッツは電撃のシールドも失い、ハヤトをその場に落として後退した。だがクラレットはそんことには目もくれずハヤトのもとに駆け寄った。

 

「ハヤトっ、ハヤト!」

 

 呼び掛けても返答はない。貫かれた胸の穴からは止まることなく血が流れており、ハヤトの服をそして彼を抱きかかえるクラレットの手を汚している。おまけに強烈な電撃を浴びたせいで全身に火傷も負っていた。

 

 一刻の猶予もない。そう悟ったクラレットはすぐさまサプレスの天使を召喚した。

 

「は、ははは……ちょうどいい! 二人まとめて消え去れ!」

 

 だが、同じタイミングでソルもまた機界の召喚獣を呼び出していたのだ。呼び出された大小合わせて六本の腕を持つヘキサアームズが得意の電磁網でハヤト達を一気に始末しようとした時、思わぬ邪魔が入った。

 

「なっ!?」

 

 ブリッツが飛びかかっていたのである。

 

 その原因はソルが犯した一つのミスにあった。ヘキサアームズの放とうとした攻撃の有効範囲内にブリッツが入っていたのである。かの悪魔が自身に攻撃を加えようとする原因を即座に排除しようとしたのは当然だった。

 

 そして悪魔と機械兵の勝負は一方的なものだった。もともと電気を操るブリッツを相手に同じく電気を操るヘキサアームズは相性が悪かったのである。

 

 シールドが剥がされ、ハヤトと戦った時のように体を雷に変えることはできなくなったものの、俊敏性は並みの獣を遥かに凌ぐのだ。おまけに悪魔の鋭利な爪は装甲すら意に介さない強度だったようで、大破したヘキサアームズは攻撃を行うことなくロレイラルへ送還されてしまったのだ。

 

「ひぃっ……!」

 

 機械兵を戦闘不能に追い込んだブリッツが地面に降り立った様子を見て、恐怖に顔を歪ませたカシスが小さな悲鳴を上げる。

 

 しかしブリッツは彼女達に興味を示さず、すぐにハヤト達の方に向き直り唸り声を上げながらゆっくり近づいていく。自身のシールドを破った以上、この悪魔も相応の警戒をしているということだろう。

 

 もちろんそれはクラレットも気付いていることだったが、それでも彼女はハヤトの傍を離れなかった。強力な回復の術の施したとはいえ、いまだハヤトの意識は戻らない。かといって逃げることはできず、迎撃するための魔力もない。

 

 万策尽きたのだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 クラレットは涙を零しながら、横になって眠るハヤトに覆いかぶさるように抱き着いた。せめて最後は愛する男と一緒にいたかったのだ。

 

 そんな様子を見てもブリッツの様子は変わらない。ゆっくりと近づいていく。

 

 しかし、もう二人が目と鼻の先という距離まで近づいた時、ブリッツは不意に後方を振り向いた。その方向はエルゴの守護者であり、ハヤトの仲間でもある至竜ゲルニカがいる剣竜の峰が位置する方角でもあった。

 

 そして今はまだ豆粒ほどに小さいが、剣竜の峰から飛来する影が見える。唯一サイジェント近辺に残ったエルゴの守護者が誓約者(リンカー)の危機に動いていたのである。もし、ハヤトがあのブリッツの一撃を回避して戦いが長引いていたらゲルニカという援軍を得て、一気に勝利できたかもしれないが、もはや後の祭りだった。

 

 ブリッツは迫りくるゲルニカに向かって少しの間唸るような声を上げると、跳躍しその場から離脱した。電撃のシールドも失った今、あの増援と戦っても勝つ見込みは薄いという判断なのだろう。

 

 そして戦場には残されたのは、悪魔が来る前と同じ誓約者(リンカー)と四人のセルボルトの姓を持つ者、そして三人の魔人形(ディアマータ)であったが、状況は完全に逆転していた。

 

「……ここは退こう」

 

 キールは二人に言った。彼らにもここに近づいてくる大きな魔力は察知していた。消耗しているのは三人のみならず護衛獣の魔人形(ディアマータ)もである。あれだけ大きな魔力を持つ存在と一戦交えるだけの余力はないのである。

 

「分かったわよ。……だけど、あいつだけでも――」

 

 それはカシスにも分かっていたが、彼女は魔力と意識を手にした召喚石に集中した。目の前に戦える力をほぼ失った怨敵がいるのだ。この千載一遇の好機を見逃すという選択肢を選ぶことは彼女にはできなかった。

 

「っ、カシス!」

 

「え?」

 

 兄ソルの言葉が聞こえた瞬間、彼女の視界は一面空になっていた。その直後、背中に感じた衝撃と自身の胸元あたりに護衛獣の姿を見えた。カシスはアヤに押し倒された格好になっていたのだ。

 

 だが、何の意味もなく護衛獣がそんなことするはずがない。それどころかアヤはトウヤやナツミとは違い、カシスの指示に動くことはないはずなのだ。しかしカシスがその理由を問うことはなかった。

 

「っ、次から次へと……、トウヤ!」

 

 アヤの独断で行動できた理由はともかく、ソルが護衛獣に指示を送っていたことで、彼が声を上げ、カシスが押し倒されたた理由を悟った。この場に自分達の敵となる者が現れたのである。

 

 そしてカシスが身を起こした時、その存在はハヤトとクラレットのもとへ走って来ていた。

 

「シンゲンさん……」

 

「いやぁ、随分と探しましたよ。……とはいえ、あちらの方々はゆっくり話す時間はくれなさそうですね」

 

 クラレットに名前を呼ばれた数年前からフラットに居候しているシルターンの着物を着ている男が答えた。顔には柔和な笑顔を浮かべているが、周囲には油断なく注意を払っていた。

 

「気を付けろソル! 今のは居合だ!」

 

 キールはシルターンの召喚術を扱えるだけのことはあり、先ほどシンゲンがカシスに放った攻撃の正体を悟っていた。

 

「ご明察です。そちらの召喚師さんは随分とお詳しいご様子で」

 

「減らず口を……!」

 

「おっと、余計なことはやめてもらいましょうか。この距離なら自分の方が早い、あなたも自分の命は惜しいでしょう?」

 

 怒りを露にしたソルにシンゲンは刀を収め居合の構えを取りながら言った。事実、今から召喚術を放つには多少なりとも時間を要する。その前にシンゲンの居合が致命傷を与えることは十分可能だった。

 

「数はこちらが上だ。そんなことをしても無駄死に終わるだけだ!」

 

「相討ち大いに結構! それにこちらは味方も来ますから、抵抗が無駄に終わるのは、さて、どちらでしょうか」

 

 キールの言葉にシンゲンが言った。ハヤトとクラレットを探していたのはシンゲンだけではない。それにゲルニカまでここに近づいていることまで考えると、応援が来た時点で勝敗は決することになるだろう。

 

「ちっ……、二人とも引き上げるぞ」

 

 ここまで好き放題言われて下がるのはプライドが傷つくが、そんなものにこだわって拘束されるわけにはいかない。ソルはシンゲンにも聞こえる程舌打ちをすると、キールとカシスに声をかけた。

 

 するとカシスはメイトルパの飛竜を呼び出すと、全員それに乗ってこの場から飛び去って行く。

 

 それと入れ替わるように空からはゲルニカが降り立ち、ガゼルをはじめとした仲間達も到着した。これでようやくこの戦いは終結したのだが、ハヤトは一向に目を覚ます様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




赤いブリッツは常時、通常種の死に際の暴走状態(オーバーチャージ)でいると考えてもらえば想像しやすいかもしれません。

次回は8月24日か25日に投稿を予定しています。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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