Summon Devil   作:ばーれい

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第116話 擾乱の那岐宮

「お疲れ様でした」

 

 那岐宮市に住む青年、望月命(ミコト)はそう言って会釈すると、少し早めのマフラーを巻いて先ほどまで働いていた店を後にした。昼を幾分か過ぎた時間帯だが、この後は特に仕事もないため、遅めの昼食を取って家に帰ろうと思った彼は、歩いて数分の距離にある牛丼のチェーン店に向かうことにした。

 

 だが、角を曲がれば目的の店に着くというところで、ミコトは角を曲がってきた男とぶつかってしまった。

 

「あっ、す、すいませ……」

 

 ミコトの謝罪の言葉は声が小さくなっていった。相手が日本人ではなく、大きな荷物を持った外国人だったからである。当然、日本語しか話せない彼はどうしたものか少し混乱してしまったのだ。

 

 だが、その外国人は想像以上に流暢な日本語を操って答えた。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「あ、いえ……」

 

 まさか日本語で答えてくるとは思ってなかったミコトは、ただそう言うことしかできなかった。しかし、外国人はたいして気にせずミコトに怪我ないことだけ確認して口を開いた。

 

「悪いが、先を急いでるんでな。キリエ、行こうぜ」

 

 そして外国人は連れと思われる女性を連れて去って行った。恋人か夫婦かはわからないが、大きな荷物を持っているところをみると、旅行でこの那岐宮市を訪れたらしい。

 

(何やってるんだろう……)

 

 思わずそんな考えが湧き上がる。誰とも分からぬあの外国人が楽しそうに歩いているのに、自分は目的も趣味もなく、ただ働いて食べて寝るだけの生活を送っている。何をするにしても身が入らないのだ。

 

 だが、その原因は彼自身も分かっていた。今いるこの場所が本当の居場所ではないような気がしてならないのが原因なのだ。そしてそんな想いを強く抱くようになったのはあることが原因だった。

 

(デュウ……シャリマさん……元気かな……)

 

 彼は数年前、この世界とは異なる世界、リィンバウムに行ったことがあった。そこで出会った最初の人物がデュウという少女で、彼女の保護者でありリィンバウム独自の技術である召喚術を用いて診療所を開いているのがシャリマだった。

 

 彼女達と会うことができた期間は僅かひと月のことだ。これまでこの那岐宮市で過ごしてきた百分の一の時間にも満たない。それでもリィンバウムでの出来事は、今でも詳細に思い出せる。それほどリィンバウムという世界は印象的だったのである。

 

 だが、彼女達との別れは唐突に訪れた。那岐宮市の高台の公園にあるリィンバウムへの(ゲート)が、いつもなら彼が望めば開くはずの異界への入り口は二度と開くことはなかったのである。ミコトは何度なく公園に足を運んだが、結局それ以降(ゲート)が現れることはなくなり、彼もいつからか公園に向かうのをやめたのだった。

 

 人が聞けば夢でも見ていたのではないかと一笑に付されるようなことではあるが、それが現実に起きたことだと彼の巻いたマフラーが証明してくれている。シャリマがくれたマフラーは霊界サプレスに由来する染料で染められており、独特の香りを放っている。ミコトにとっては異世界リィンバウムを思い出させてくれる唯一の品と言ってよかった。

 

 結局その後は、高校こそ卒業したが、普通に就職することもなく、いくつかのアルバイトを掛け持ちするフリーターのような生活を送り、今に至っている。

 

 家族は望月戒という叔父が一人おり、その叔父と公営住宅団地に住んでいるが、あまり仲がいいほうではない。むしろ叔父はどこか他人行儀で言いたいことも口にしていないように見えるのだ。

 

 そんな環境だけに、最近は余計に自分の本当の居場所はここではなく、デュウやシャリマのいるリィンバウムではないかと思ってしまっていた。

 

(はぁ……、本当、なにやってんだろうな)

 

 ミコトは一度空を見上げる。一面雲に覆われた空を見ると、一層彼の心は陰鬱になっていくのだった。

 

 

 

 心の中に鬱屈した感情を貯め込んだまま、ミコトはお染の昼食を食べ終えて牛丼屋を出た。そしてそのまま大通りから路地へ入った。彼の住む団地へ行くにはこうした狭い道を通った方が早いのである。

 

 そうして人通りの少ない道をいくつか通り抜けた先の山際に見えるのが彼の自宅のある団地棟なのだ。そして、そこから少し離れた高台の公園こそ、ほんの一時期だけ異世界への(ゲート)が存在した場所だった。

 

(久しぶりに行ってみようかな……)

 

 何の気なしにミコトは胸中で呟いた。行ったところで何があるわけでもないが、楽しかった日々のことでも思い出してこの陰鬱な気分を紛らわせたかったのだ。

 

 心の望むままミコトは公園に足を向ける。いつかまだ公園に(ゲート)が開いていたときは一歩ごとに軽くなっていった足取りは、今はずっと重いまま。まるで何もない道をただひたすら歩いているような感覚だった。

 

 それでもしばらくすると目的地の公園に着いた。子供はまだ学校や幼稚園等に行っている時間帯のせいか公園にはほとんど人はいなかった。それでも一角にある天使をかたどった彫像のそばには一人の女性が見える。

 

(あれって……!?) 

 

 ミコトはその女性に見覚えがあった。眼鏡に少しくせのある長い髪、まさしく彼の記憶の中にあるシャリマその人だった。

 

「シャリマさ……っ!」

 

 彼女の名を呼ぼうとした時、ミコトは背筋が凍りつくような感触を覚えた。

 

「ずぅっとあなたに会いたかったのよ……」

 

 こちらに気付いたシャリマが笑顔とともに放った言葉を聞いたからだ。言葉だけなら数年ぶりに会う友人に対するものと理解もできようが、それを放ったシャリマの雰囲気は以前の面影はほとんどなく、むしろ身の毛のよだつような妖艶さと闇の底を覗いたような気味の悪い何かがあった。

 

 正直ミコトには見た目だけが似た別人のように思えてならなかった。

 

「う……あ……」

 

 シャリマの獲物を目の前にして嗜虐心溢れる視線を受け、恐怖からまともの言葉も発せないミコトはじりじりと後ずさりした。

 

「冷たい反応ねぇ、私はいつまで経っても会いに来てくれないあなたを迎えに来たって言うのに……」

 

 彼の反応を心底楽しそうに見ながらシャリマが言う。確かに発した言葉は彼女の本心に違いないのだが、その目的が友好的なものでないことは、その声色を聞くだけでも十分に理解できる。

 

「うわああああああああ!」

 

「精々逃げるといいわ。ぜったいに逃がしはしないから」

 

 ついに耐えきれなくなったミコトが絶叫して走り去っていくのを、シャリマは薄く笑いながら見ていた。そして彼の姿が視界から消えた時、彼女の背後に巨大な魔法陣が現れ、そこから次々と悪魔が出現していき、そして最後にはクジラのように巨大な飛行する悪魔が那岐宮市の空へ放たれていった。

 

 そして悪魔達の向かう先にはいまだ多くの人が生活している那岐宮市の市街地があった。

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻、ネロは恋人のキリエとともに那岐宮市の市街地の中心部にあるホテルにいた。二人は珍しく長い休みを取って数年ぶりにこの那岐宮市を訪れていたのである。これはキリエが希望したことでもあったが、ネロとしても大賛成だったのである。

 

「よかったわね、チェックインはできて」

 

 自分の分の荷物を置いたキリエが言った。本来のチェックインの時間には早かったが、幸い部屋の準備は整っていたためすぐにこの部屋に案内されたのだ。那岐宮市に滞在する数日間、この部屋が彼らの活動拠点になるというわけだ。

 

「だな。……さて、これからどうする? 飯でも食いに行くか?」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 椅子に座って外を眺めていたキリエから同意の言葉を貰ったネロはベッドの中に放り投げていた部屋のカギに右手を伸ばす。

 

「あ……?」

 

 カギに手が届いた瞬間、ネロの右腕は疼きを覚え、思わず素っ頓狂な声が出た。

 

 右腕が疼くということはこの近くに悪魔がいるということだ。ネロはキリエの隣まで行くと窓から外の様子を伺う。このホテルは周辺の建物よりも高い上に、部屋自体も高層階にあるためかなり見晴らしいいのだ。

 

「どうしたの、ネロ?」

 

「いや……」

 

 突然の行動を不審がるキリエにネロは言葉を濁した。まだ確証がない以上、話すべきか迷っていたのだが、すぐにその迷いは消え失せた。突如正面に見える山際の辺りから巨大な悪魔リヴァイアサンが現れたのだ。

 

「やっぱり出やがったか!」

 

「ネロ、あれって……!」

 

 キリエが口元を抑えながら言う。あれほどの巨大な悪魔は世界でも有数の悪魔が出現する都市フォルトゥナに住む彼女でも見たことはなかった。

 

「悪いなキリエ。せっかくの休みなのに仕事が入っちまった」

 

 ネロは自分の荷物から分解してあるレッドクイーンとブルーローズを取り出して組み立て始めた。リヴァイアサンが現れた以上、他に悪魔がいないとは考えづらい。そうでなくともあの巨魔を放っておくわけにはいかないのだ。

 

「いいのよ。でも、気を付けてね」

 

「ああ、すぐに片付けて戻って来る。奴らは近づけないようにするからお前はここにいろよ」

 

 慣れた手つきで作業を進めながら、ネロはキリエに言った。あんなのが空を飛びまわっている以上、街中が大混乱を引き起こしていることは想像できた。しかし、その原因となっているものを取り除くのがデビルハンターの務めなのだ。

 

 ネロは途中までしか開かない窓を力ずくで開け放つとそのまま空中へと身を翻して行った。

 

 

 

 ホテルを飛び出したネロは市街地の大通り沿いに立ち並ぶ建物の屋根を進んでいた。下の大通りは混乱する人々でまともに進めるような状況ではないため、やむを得なかったのだ。

 

 それでもそのまましばらく進むと逃げる人々の最後尾が見えるのと同時に悲鳴や叫びが聞こえていた。おそらくは悪魔に追われているのだろう。ネロは建物の屋根を強く蹴って一気に飛び出す。

 

 そのまま人の波を跳び越すと同時に、追い立てている悪魔ヘル=エンヴィにブルーローズの銃弾を撃ち込んだ。さらにネロは排莢しながらクイックローダーをセットされた弾丸ごと放り投げ、そのまま空中で全弾を装填してみせた。

 

「そりゃ、これだけじゃ終わらないよな」

 

 舗装された道路に降りたネロが呟く。人々を追い立てていた悪魔は倒した今も、袖と厚手の手袋で隠れている彼の右腕の疼きは収まっていない。現在も空を我が物顔で飛ぶリヴァイアサン以外にも近くに悪魔はいるようだった。

 

「っと、そんなことを言ってる傍からご登場か」

 

 ネロの言葉に反応したように正面から先ほどと同じヘル=エンヴィの群れが迫って来ていたが、その中に別種の悪魔が混じっていることに気付いた。

 

「随分と懐かしいのもいるじゃねぇか」

 

 言葉とは裏腹に、ネロは視線を厳しくしながら言った。

 

 彼が見つけたヘル=エンヴィとは別種の悪魔というのは、「バジリスク」と呼ばれる炎に包まれた頭部と鉄のような皮膚を持った犬型の悪魔である。悪魔としてはとりわけ強力な種というわけはないが、ネロはこの悪魔とは因縁があるのだ。

 

 バジリスクはかつてフォルトゥナで教皇サンクトゥスが引き起こした事件において、教皇側に与した当時の技術局長アグナスが生み出した人造悪魔である。 魔力を宿した銃と猟犬を交配させて創造した悪魔で、犬のような身軽さを持ち、炎に包まれた頭部を銃弾のように撃って来る厄介な悪魔なのだ。

 

 ただ、バジリスクのようなアグナスに造られた悪魔の脅威はもはや存在しない、というのがこれまでの定説だった。悪魔自体はアグナス自らが生み出した疑似魔界と呼ばれる異空間にいまだ存在していると思われるが、そこから呼び出す手段がない以上、安全であるという理屈だ。

 

 それがどういうわけか、こうして那岐宮市に現れたのである。自然に現れたとは当然考えられない。人為的に呼び出されたに違いなかった。

 

「どこのどいつだ。余計なことをしやがったのは」

 

 ネロは誰とも知れない悪魔を呼び出した者に向かって吐き捨てるように言う。自らの故郷で起こった事件の副産物が今も尾を引いているのを知って、彼はだいぶイラついているらしい。

 

 ブルーローズをくるりと回転させてしまい込むと、右腕の袖をまくり、手袋を外した。既に周囲に生きている人の姿はない。もう悪魔の腕(デビルブリンガー)を隠す必要はなかった。

 

 そして露になった右腕の調子を確かめるように握ったり開いたりしていると、いつの間にか悪魔の群れはすぐ近くまで来ていた。だが、それでもネロは焦ってなどおらず、調子を確かめた手を握りしめながら口角を上げると、口を開いた。

 

「それじゃ、ゴミ掃除といくか」

 

 言葉と同時に背中のレッドクイーンを抜き放つと、悪魔の群れへと突っ込んでいった。

 

 

 

 とはいえ、戦闘自体はあっけなく終わった。ネロの歴戦のデビルハンターであり、相手が数では勝るとはいえヘル=エンヴィとバジリスクだけでは勝負にならなかったのだ。

 

「後は上の奴も片付けねぇとな」

 

 上空を飛ぶ巨魔を見ながら呟いた。リヴァイアサンは嫉妬を司る悪魔だ。まともな知能は持っていないが、戦闘力は大悪魔にも引けを取らない。先ほどまで戦っていたヘル=エンヴィやバジリスクとは別格なのだ。だからこそリヴァイアサンを倒さなければこの事態を解決することはできないのである。

 

「さて、どうやってぶっ潰すかな……」

 

 この巨大な悪魔を倒す方法としてネロが思いつくのは二つあった。一つはこれまでと何ら変わりなくレッドクイーンでも悪魔の腕(デビルブリンガー)でも使って外側から叩く方法と、体内に入り込んで心臓などの重要な部位を破壊する方法だった。

 

 彼としては外側から攻撃したのでは、リヴァイアサンもこちらに反撃してくることが予想される。それでは周囲の街の被害が大きくなりかねないため、体内に入り込む方に考えが傾いていると、そのリヴァイアサンに何者かが攻撃を加えようとしているのに気付いた。

 

「あれは……召喚術か? なんだってこんなところで……」

 

 ネロが見たのは浮遊する三基の砲身のような機械がリヴァイアサンに取り付き、ビームを放ったところだった。現在の人間界の技術でこうした物を作る技術はない。だが、機界ロレイラルなら話は別だ。ネロ自身、リシェルやゲックが召喚した召喚獣やグランバルドといった機械兵士を見ている。かの世界の技術ならこの世界においては空想にすぎない兵器も開発することができるだろう。

 

「随分おかしなことになってんな」

 

 悪魔に続き、機界ロレイラル由来の兵器を見たことでネロはその二つが繋がっているように感じたのだ。三基の浮遊機械がリヴァイアサンを攻撃した以上、手を組んでいるわけではなさそうだが、このまま攻撃を続けて怒ったリヴァイアサンに暴れられては厄介なことになる。もはや悠長に体内に入って倒すなどということは言っていられないのだ。

 

「はっ、要は何もさせず叩き潰しちまえばいいってことだ!」

 

 だからこそ、今為すべきはリヴァイアサンが暴れる前に仕留めることだった。そのための力もネロにはあった。

 

 魔力を集中する。彼の目が赤く輝く。

 

「Lights out!」

 

 言葉を発した瞬間、ネロの背後には青白い光を放つ悪魔がいた。

 

 そしてネロは背の悪魔と共にレッドクイーンを構え、リヴァイアサンに向かって跳躍した。

 

 

 

 

 

 ロレイラルの浮遊兵器を用いてリヴァイアサンに攻撃を仕掛けた男、望月戒(カイ)は自身の呼び出した召喚獣衛銃刃機(ブレイドガンナー)に新たな指示を与えようか思案していた時、彼に背後から声をかける者がいた。

 

「そんなんじゃ、あれに傷つけることなんかできないわよ」

 

「っ! シャマード・リッツァー……!」

 

 自身に声をかけた者を忌々しげに見つめると、当の本人は優越感を持った笑みを浮かべて口を開いた。

 

「あらあら怖い顔しちゃって、せっかく何年かぶりの再会なのに」

 

「お前がこんなことをしなければ会うことなどなかった! 会いたくはなかった!」

 

 カイはこの地獄絵図のような状況を生み出したのが目の前の女だということに気付いていた。

 

「あらそう。まあ、私は用事が済めばすぐ帰るわよ」

 

「用事……?」

 

「決まってるじゃない、あなたが取り上げた私の作品(むすこ)を返してもらいにきたのよ」

 

 言葉を繰り返すカイに彼女が事もなげに答えた時、脇道の方から二体のバジリスクに手を抑えられたミコトが連れられてきた。炎に包まれた口で咥えられているからか、彼の腕は火傷を負っているようだった。

 

「ミコト!」

 

 それを見たカイが声を上げると、それに気付いたミコトも痛みと熱を堪えながら口を開いた。

 

「カ、カイ叔父さん、何でここに……?」

 

「ミコト、私は……」

 

 ミコトの言葉にカイは意を決して、自らの知る全てを話そうと口を開いたが、その先の言葉に重なるように新しい声が発せられた。

 

「ああ、こんなところにいましたか。探しましたよ」

 

 声の主は長い白髪を持った優男、人の姿を取っているサプレスの悪魔メルギトスだった。彼の来た大方の目的を察したシャリマはバジリスクに抑えられているミコトを見ながら答えた。

 

「あら、わざわざ迎えに来るなんてご苦労なことじゃない。ちょうどこっちも目的を果たしたところよ」

 

「それはなにより。さあ、目的のものが手に入ったのなら――」

 

 シャリマと同じくミコトに視線を向けたメルギトスが発した言葉の途中で、突如轟音が響いた。その発生源はここから少し離れたところだ。しかし発生源はわざわざ調べるまでもなかった。誰でも一目で分かるほどはっきりしていたのだ。

 

「よう、お前らが元凶ってところか」

 

 そこにはあの巨大な悪魔リヴァイアサンの死体が横たわっており、その上で巨魔の血を浴びたネロがレッドクイーンを肩に担ぎ、凶悪な笑顔を浮かべながら立っていたのである。先ほどの轟音はネロの攻撃でこと切れたリヴァイアサンが落下した音だったようだ。

 

「洗いざらい全部喋ってもらうぜ。拒否権はなしだ」

 

 リヴァイアサンの上から飛び降りたネロが背に戻したレッドクイーンに代わり、ブルーローズを手にしながら言う。これだけの騒ぎを引き起こしただけでなく、リィンバウムも関わっていそうな状況だ。殺して終わりというわけにはいかない。

 

 そしてネロはブルーローズに引き金を二度引く。放たれた四発の弾丸は寸分違わずミコトを捕らえていたバジリスクに二発ずつ命中し、その命脈を断った。悪魔に捕らえられていた青年は黒幕らしい女と白い長髪の男とは一見関係なさそうに見えるが、バジリスクが殺さずにあえて捕らえていたことを考えると、全く無関係の人間とは言えないだろう。

 

(これは……まずい……)

 

 一歩一歩近づいて来るネロを見ながら、メルギトスは冷や汗を流した。あの男から感じる力は、かつて己を恐怖させたバージルと似ていた。さすがに本人に比べれば感じる力は小さいが、自分達が戦う相手としてはあまりに強すぎる相手だ。

 

 軽い気持ちでシャリマを迎えに来たというのに、バージルと同類の存在に出会ってしまうとは何たる不運。だが、不運が続いてもいずれは幸運も訪れる。それを証明するかのように、周囲一帯を魔力の爆発が呑み込んだ。

 

「チッ……!」

 

 一瞬のことではあったが、ネロは反射的にその場から飛び退いて近くの建物の屋上に移った。先ほどまでいた場所は爆発による閃光に包まれ、他の者がどうなったかはわからなかった。

 

 そして数秒の後、光が収まったとこには黒幕らしき二人組はおろか、巻き込まれたらしい青年やその近くにいた中年の男の姿は影も形もなく、その代わりに一体の竜が存在した。

 

「あぁ? 何でお前がいるんだよ」

 

 機嫌の悪さを隠そうともしないネロが尋ねた。その竜は彼にとっては知らない存在ではない、メイトルパの竜尋郷(ドライプグルフ)をまとめる至竜、コーラルだった。そのコーラルはネロの言葉に答えるべく、その姿を子供のものへと変えて口を開いた。

 

「あなたを迎えに来た」

 

「そうかい、それはご苦労なことだが、さっきの奴らはどこに行った?」

 

 なぜこのタイミングでコーラルが来たのか、気にならないわけがなかったが、今のネロにとって重要なのは悪魔を呼び出した者達がどこに行ったのかであった。

 

「……たぶん、リィンバウム」

 

 少し考えて幼い見た目ながらも齢を重ねた竜が答えた。コーラルが先ほどこの世界に来た時に感じた違和感から、その言葉を導いたようだ。

 

「は? あいつらが何かしたようには見えなかったが」

 

「魔力の共鳴が原因だと思う。たぶん意図的に起こしたものではない」

 

 コーラルがこの世界に来た時に発した魔力とここにいない四人の中の誰かの魔力が共鳴して爆発を起こし、その誰かと繋がり深いリィンバウムと人間界を繋ぐ(ゲート)を作り出した、というのがコーラルの考えだった。

 

 だがネロはその意見に懐疑的な見方を示した。

 

「そんな簡単に共鳴なんかしてりゃあ、そこらへんで爆発が起きてんだろ」

 

 事実ネロ自身、実の父と戦った時でさえ、魔力の爆発は起きなかった。それが今回は親子どころか血縁関係すらない間での話だ。ネロのように思うのは無理なかった。

 

「共鳴していたのは界の意志(エルゴ)の魔力」

 

 そう言ってコーラルは懐から魔力を放つ片手で持てるほどの欠片を取り出して続けた。

 

「これはメイトルパのエルゴの欠片、これを使ってここに来た」

 

 いくら至竜とはいえ、単体で結界を越え人間界に来ることはできない。それを可能にしたのがメイトルパの界の意志(エルゴ)が与えた欠片だった。コーラルはその欠片を用いて人間界までやって来たのである。

 

 そして、同じことはあの四人にも言えたことだった。

 

「きっとあなたが探している者の誰かも同じようなものを持っているはず。それとこの欠片が共鳴して(ゲート)が作り出されたんだと思う」

 

「……で、お前はどうして俺を迎えに来たんだよ。とうとう悪魔が現れたってのか?」

 

 話をしている内に少し落ち着いてきたらしい。以前コーラルとした話を思い出し、メイトルパに悪魔が現れたのかと思ったようだ。

 

「そうじゃない。界の意志(エルゴ)から頼まれただけ、あなたを連れてきてほしいと。……でも、今になってようやくその理由がわかった」

 

「理由、ね……」

 

 コーラルは今になってわかったというが、ネロは大方の想像はついていた。自分が必要とされる状況など、悪魔絡みしかありえない。

 

「今までこの世界で暴れていた悪魔はあなたが探している人たちが呼んだはず。今回はあなたがいたから何とかなったけど、向こうがそうとは限らない」

 

「だろうな」

 

 短く答えてネロが頷いた。最初に相手をしたヘル=エンヴィやバジリスクはともかく、リヴァイアサンを正面から倒せるような戦力は向こうではそう多くはないだろう。一応、バージルがいるが、そもそもあの男がこの事態でどう動くかはネロには読めなかった。

 

 だからこそ、ここでネロの考えも定まった。

 

「……いいさ、行ってやるよ。あいつらも追いかけなくちゃならねぇしな」

 

「ありがとう。それじゃあ今すぐ……」

 

「待った、こっちには連れがいるんでね」

 

 すぐに(ゲート)を開こうとしたコーラルを制してネロが言う。彼にはホテルに置いてきたキリエがいるのだ。また人間界から離れなければならない状況になったとはいえ、何も言わないわけにはいかない。キリエ本人の意思次第だが、彼としては混乱した那岐宮市に置いていくよりは一緒に連れて行った方がいいと考えていた。

 

「わかった。じゃあ飛んでいくから案内して」

 

 言うとコーラルは竜の姿に戻るとネロに背中に乗るよう促した。

 

(こりゃだいぶ目立ちそうだが、仕方ねぇか……)

 

 竜が空を飛んでいるとなればまたパニックになるのは目に見えている。悪魔こそ全て始末したとはいえ、それが分かっているのはネロだけなのだ。しかし徒歩で戻ってはどこかで足止めを食う可能性もある。

 

 ネロはそう納得すると、コーラルの背中に飛び乗りキリエの待つホテルに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回投稿は9月中は難しそうなので10月を予定しています。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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