Summon Devil   作:ばーれい

118 / 130
第117話 政変

 名もなき島の上空に巨大な城が浮遊していた。多くの場合、異界に身を隠している城は現在、白日の太陽の下に姿を晒していた。とはいえ、島の者達は特段の反応はない。バージルが城と共に島に戻って来て数年、少なくない回数ラウスブルグはその姿を現しており、住民にとってはそれほど珍しいことではなくなっていたのだ。

 

「それにしても一体なんだったのかしら? 御子さまも不在の今、どこかに出かけていたようですけれど……」

 

 大広間に向かうリビエルが隣を歩くアロエリに言った。この二人は先ほどまで島の集落にいたところをバージルに呼ばれたのだ。彼は昨夜、この城を使ってどこかに出かけていたようだが、あいにくと行き先はリビエルもアロエリも知らなかった。

 

「わからん。ここに残っていた兄者なら何か知っているだろうが……」

 

 いつもなら彼女達は、主であるミルリーフに付き従い城にいるのだが、現在その彼女がトレイユに遊びに行っているため、交代で島に出かけていたのである。今回の場合で言えば、リビエルとアロエリが出かけ、御使いの長であるクラウレが城に残っていた。

 

「ですわね。呼ばれたくらいだから理由くらいは教えてもらわないと」

 

 今ここで考えても答えの出ない疑問だ。だから考えるよりもさっさとバージルに会ってしまった方がよいと思ったようだ。

 

 そして足早に大広間に到着すると、そこには彼女達の長の他にも島の集落を束ねる四人の護人もいた。中心に大きなテーブルが置かれ、その上座にはこの城の主たるバージルが座っていた。

 

「ああ二人とも来たか。こっちに座ってくれ」

 

 クラウレがリビエルとアロエリに自分の隣に座るよう促すと、二人は状況がいまいち呑み込めないながらも、その言葉に従って椅子に腰を下ろした。

 

「なぁ、ちょうどここまでの話を聞いていない奴も来たことだし、ここらで一旦話を整理しようや」

 

「ええ、そうしましょう。構わないわよね?」

 

 二人の登場をこれ幸いと見たヤッファが提案すると、アルディラがそれに同意してバージルに確認を求めた。

 

「構わん、好きにしろ」

 

 その短い答えを聞いたキュウマは「それでは……」と前置きして言葉を続ける。

 

「事の発端はあなたに聖王国から連絡が入ったことでしたね」

 

「ああ、そうだ」

 

 連絡は蒼の派閥の総帥エクス・プリマス・ドラウニーからだった。以前にギブソンとミモザの結婚式に紛れて開催された会合の際に渡されたロレイラルの技術を使った無線連絡機を通じて連絡があったのである。

 

「それで聖王国まで行って重傷を負ったお知り合いを預かってきたというわけですよね」

 

 キュウマに続いてファリエルが言う。

 

 連絡の内容とは魔界の悪魔によってマグナ達が重傷を負ったからそちらで保護して欲しいというものだった。それを聞いた時、バージルは保護するかどうかはともかく悪魔の関与が疑われる以上、直接確認するためすぐ聖王国へ向かったのだ。

 

 そして行ってみると聖王都ゼラム近くの村でマグナとトリスが、サイジェントではハヤトが悪魔の襲撃に遭い重傷を負ったという話だった。現在サイジェントには蒼の派閥の召喚師はいないのだが、サイジェントに顧問召喚師を派遣している金の派閥から情報提供を受けたのだった。

 

 どちらも今のところ意識は戻っておらず、再度襲撃があった場合は非常に危険な状態となることは目に見えているため、バージルのもとで療養させてほしいということだった。

 

 同時期に非常に強力な力を持った者が悪魔に襲われたことに作為的なものを感じたバージルは、彼らから直接話を聞くためにもその三人の受け入れを決めたのである。

 

「正確には傷を負った者は三人、その付き添いに三人の計六人だ。それは俺も確認している」

 

 実際にラウスブルグに乗り込んできたところ確認しているクラウレが言う。付き添いの三名とはクラレット、アメル、ネスティのことだ。バージルとしても身の回り世話に人手がいることは理解していため、特に何も言うことはなく同行を認めていた。

 

「その方たちは大丈夫なんですの? なんでしたら私が治しますわよ」

 

「それは大丈夫よ。クノンにも確認してもらってるわ」

 

 重傷者と聞いて驚いて尋ねたリビエルにアルディラが答えた。もともとラウスブルグに来た時には意識は失っていたとはいえ、既に召喚術による治療は施されていたのだ。実際島に戻ってきた際、クノンにも診てもらっているが命に別条はないとの診断であった。

 

「むしろ問題はなぜ襲われたか、よね。あなたの言った通り私も作為的なものを感じるけど、あてはあるのかしら?」

 

 アルディラはリビエルに答えると今度は彼女自身がバージルに尋ねた。ハヤト達とマグナ達が悪魔に襲撃された理由、あるいは元凶についてバージルなら既にあたりはつけているのではないかと思ったのだ。

 

「さあな。アティとポムニットには話を聞いてもらっているが、少なくとも相手はこれまでのような雑魚とは違うようだ。大方奴らが邪魔な奴が送り込んだ刺客と言ったところか」

 

 この場にいない二人はクラレットやアメル達に協力しながら、悪魔と戦った時のことを聞いていたのである。この話し合いの前に確認した限りではハヤトやマグナ達とも互角以上に戦えた悪魔であるため、これまでこの世界に現れていたような下級悪魔でないことは確かだった。

 

「刺客ねぇ……、つってもあんたなら大丈夫なんだろ?」

 

 ヤッファが心配しているのは再度彼らを狙って悪魔が島に来ることだった。もっとも、この島にはバージルがいる以上、それほど心配はしていなかったが。

 

「当然だ」

 

 もちろんバージルもヤッファの期待通りの言葉を返した。これまでよりは強力な悪魔と言っても、島にいたバージルが気付かないほどの力しか持っていないのだ。大悪魔クラスではなくブリッツやノーバディ級だろうと予測を立てていた。

 

「では先ほどの話にもあったように、我々も警戒だけはしておきましょう」

 

「我らは城にいよう。御子さまも近い内に戻られるだろうしな」

 

 リビエルとアロエリが来る前に既にバージルから護人、御使いの双方にやるべきことは伝えられていた。もっともそれはバージル自身の発案ではなく、アティからの影響が強く出ていたものではあったが。

 

「城はしばらくこのままにしておく。何かあればここに来い」

 

 そしてバージルも当面の間はラウスブルグに留まるつもりでいた。今回のことに魔帝が絡んでいるかは不明だし、どこまで事が大きくなるかも分からない。どう転ぶにしても状況がはっきりするまでは現状を維持するつもりでいたのだ。

 

 そしてバージルの言葉に一同が頷くと今回はそれで散会となり、護人達は島へ御使いはクラウレのもとに集まっている。その様子を見ながらバージルは心中で呟いた。

 

(さて、そろそろネロがどんな選択をしたか、分かる頃か……)

 

 その言葉からも分かる通り、ネロのもとへコーラルが赴いたことについてはバージルも一枚噛んでいたらしい。それはつまり、これまで以上に彼が界の意志(エルゴ)との関わり深めている証左であった。

 

 

 

 

 

 リィンバウムにおける最も新しい国家、帝国の首都ウルゴーラにシャリマとメルギトスは戻っていた。あの場で魔力の爆発に巻き込まれた時はどうなるかと思っていたが、幸いにして帝国の領内に飛ばされただけに留まったのは幸運だった。

 

 そして彼らの主の下に戻ってきた二人だったが、彼らをまず迎えたのが立場上は対等であるはずのオルドレイクの怒声だった。

 

「今まで何をしていた! もはや一刻の猶予もないのだぞ!」

 

「少々予定外のトラブルに見舞われましてね」

 

 メルギトスがオルドレイクの睨みを受け流しながら答えた。まさかあの場にあんな男がいるとは虚言と奸計の大悪魔ですら予想できなかったのだ。

 

「そんな怒ってばかりいるとせっかく戻った髪がまたなくなっちゃうわよ」

 

 一方、シャリマは己の目的を達成できなかったことなど棚に上げ、しれっとオルドレイクの髪のことを口にした。今でこそ彼は若かりし全盛期の頃の姿をしているが、サイジェントの一件で一度命を失った時には五十に近い年齢で、頭髪もだいぶ寂しいことになっていたのだ。

 

 そんなシャリマの言葉にオルドレイクが眉間に青筋を立てた怒声を浴びせようとしたが、すんでのところでレイによって制された。

 

「もうよい、間もなく事を起こす。シャリマ、メルギトス、召喚兵器(ゲイル)をいつでも使えるようにしておけ。オルドレイク、兵を各所に配置しろ。我の合図ともに軍と貴族を抑える」

 

 自らの言葉に配下の三人が頭を下げるのを見届けたレイは踵を返し、屋敷の奥の方に戻って行く。

 

 シャリマとメルギトスが不在の間にオルドレイクは無色の派閥と紅き手袋からありったけの兵をこの帝都に集めていた。この兵士でもって貴族街と軍の統合本部をはじめとする帝都各所の施設を制圧する手筈になっているのだ。さらにそれにはサイジェントから帰還していた彼の子供達や、彼らの護衛獣である魔人形(ディアマータ)も含まれており、数の上では劣勢でも総合的な戦闘力では十分に勝算があった。おまけに予備の戦力として召喚兵器(ゲイル)も控えさせておくことになっている。まさに万全に万全を期した布陣であった。

 

「とはいえ、大多数の者はあなたに従うでしょう。自分達を押さえつけていた者を一掃し、溜まっていた鬱憤を晴らしてくれたあなたにね」

 

「ひどい話ね。実際重税を課していたのも実際は私達なのに」

 

 そう言うシャリマだが、顔は薄い笑みを浮かべると、釣られるようにメルギトスも口元を歪めた。

 

「そんなことはありませんよ。彼らも悪役とはいえこの国のために死ねるのですから本望でしょう」

 

「下らん茶番だ。もう死んでいるではないか」

 

 付き合い切れぬとばかりにオルドレイクが言う。これまでの話から分かるように、既に帝国の政治は彼らの手の中にある。国家としての意思決定を行う者は皆、かつてのデグレアの元老院議員達のように殺され、その死体に低級の悪魔を憑依させた屍人となっており、事実上こちら側の傀儡にすぎない。

 

 それを私利私欲を満たすために帝国を利用した国賊と仕立てるのだから茶番以外の何者でもなかった。

 

「まあいいではないですか。それで愚かな民衆は我々を支持するでしょうから。それより問題は……」

 

「将軍アズリア・レヴィノスか……」

 

 メルギトスの言葉にオルドレイクが続いた。実際のところ帝都を抑え、そこに住む市民の支持を得ることはそれほど非現実的な話ではない。一番の問題はオルドレイクが口にしたように現在帝都に帝国初の女将軍であるアズリア・レヴィノスが滞在していることだった。

 

「随分優秀な人らしいわねぇ」

 

「エルバレスタ戦争では帝国内への悪魔の侵攻を抑えたことに加え、昨今の派閥への取り締まり強化でも名を上げている。そうした実績もあって失態続きの軍の中にあってなお、国民からは英雄と呼ばれていますからねぇ。逃げられては厄介なことになるかもしれません」

 

 今回のクーデターで中核をなすのは無色の派閥と紅き手袋の兵士だ。それだけにそうした組織に精通した彼女なら兵の動きを悟られる危険性があった。さすがにクーデター事態を頓挫させるまではいかなくとも、帝都から逃げられ彼女を中心に各地方の軍がまとまると厄介極まりないのだ。

 

「なら始末しちゃえばいいじゃない」

 

「そう簡単にはいかん。あの魔剣も奴らの手にあるのだ」

 

「ああ、確か昔あなたのもとにいた子が持っていたものだっけ」

 

 質問に答えたオルドレイクの言葉を聞いてシャリマは、かつてオルドレイクの下にいたというアズリアの弟のことを思い出した。無色の派閥のスパイとして帝国の特務軍人になったものの、派閥から離反し、軍人も辞めた今は立場上はレヴィノス家の長男として姉に協力しているのだ。

 

「うむ、かの魔剣を持っている以上、兵など相手にもならん。息子を一人つけるつもりではいるがどこまでやれるか……」

 

 オルドレイクが忌々しげに吐き捨てた。かつては自分の駒に過ぎないと思っていたイスラが、目障りな障害になっていることに苛立ち覚えているようだった。彼らへの対抗策として息子のキールをつけたのだが、それで戦力として十分とは限らない。むしろオルドレイクとしてはもう一人つけたかったのだが、最終的にレイがそれ以上つけないと判断したのである。

 

「かといって今回はあの悪魔を動かすつもりはないようですし、あなたのご子息に期待するほかありませんね」

 

「ええ、悪魔を利用しているなんて疑惑でも持たれるわけにはいかないでしょうしね」

 

 メルギトスとシャリマが言った。戦力としてはハヤトやマグナ達の襲撃に向かわせたブリッツやシャドウも健在ではある。しかし今回の場合は白昼堂々のクーデターだ。そんな場で悪魔を使うのは上策とは言えなかった。

 

「そんなこと分かっている。……貴様らもいつまでこんなところで油を売っているつもりだ。今回は召喚兵器(ゲイル)の出番はないとはいえ、すぐに使うのに変わりはないのだぞ」

 

 くだらぬことに時間を取り過ぎたと、オルドレイクが踵を返す。彼自身はこれから訪れるだろう兵の指揮官らに命令を下すためにここに留まる必要があるのだが、メルギトスとシャリマは違う。既に命令が下された以上、作戦の開始はもう数時間内に迫っているのだ。いつまでも話をしてここに留めておくわけにもいかないのだ。

 

「ええ、そうしましょう。……健闘を期待していますよ」

 

「そうね。今回は高みの見物とさせていただくわ」

 

 二人はそう言うと笑みを浮かべながら屋敷を出て行く。そんな二人をオルドレイクは気に喰わなそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくした頃、帝都ウルゴーラの中にネロはいた。人通りが多い繁華街を、右腕を長袖のコートで多い、手はポケットに突っ込んで隠しながら歩いていたのだった。

 

 右腕に若干の疼きを感じながらネロは周囲に気を配る。悪魔の気配自体は近くにないが、この帝都自体に戦いの前のような剣呑とした雰囲気が漂っているのを鋭敏に感じ取っていた。

 

(随分ときな臭いな。あいつらはおいて来て正解だったか……)

 

 これは以前フェアやリシェル達とともに帝都やシルターン自治区を訪れた時には感じなかったものだ。恐らく悪魔とは関係なしにウルゴーラで何かが起ころうとしているに違いない。

 

 そうしたことに共にリィンバウムに来ることを望んだキリエや、この世界への扉を開いたコーラルを巻き込まずに済んだのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

 当初、ネロが一人で帝都に来たのは、あくまで情報収集のためだった。キリエとコーラルと共に(ゲート)をくぐりリィンバウムに来たのはよかったが、こちらの世界で現れたのがシルターン自治区近くの山の中だったのだ。

 

 シルターン自治区のこの世界では珍しい建物のおかげで、自分達がどのあたりにいるのかを把握できたネロは、こちらの世界の簡単な情報収集を兼ねて帝都に行くことにしたのである。

 

 とはいえ、どんな状況かわからないところに安易にキリエを連れて行くわけにも行かなかったため、コーラルに彼女の護衛を頼みネロ一人で来ることになったというわけだ。

 

(ここで何が起こるのかなんて知ったことじゃないが、少なくともこの正体だけは確かめないとな)

 

 ポケットに隠した右手に視線を落とした。先ほど感じる右腕の疼きは収まる気配はない。つまりはこの帝都に悪魔かそれに関連する何かがある証拠に違いないのだ。

 

 それが那岐宮市の悪魔が現れた騒ぎに関与しているだろう眼鏡の女と白い長髪の男と関係があるかは不明だが、他になんの手がかりもない以上、調べてみる価値はあった。

 

 キリエとコーラルには日没までには戻ると約束しているため、太陽の傾き具合から考えて残された時間は数時間程度。何もなければ十分に余裕のある時間だったのだが、その()()があってしまった。

 

「あ?」

 

 不意に遠方から爆発音と何かが倒壊するような轟音が鳴り響く。ネロが反射的に音のした方を見ると、火災でも発生したのかどす黒い煙が立ち上ってきたのが目に入った。

 

「よりによって今かよ……」

 

 顔を顰めながらの呟きが漏れた。先ほどから感じていた帝都の雰囲気の原因が視線の先にあることをネロは本能的に悟ったようだった。拡大するか鎮静化するかは分からないが、いずれにしても多少なりとも帝都が混乱するのは明白だった。

 

 調査に多少余計な時間を食うことを覚悟しなければ、とネロが考えたとき、今度は黒煙を吹き飛ばすように紅い光が立ち昇った。何らかの召喚術によるものかははっきりとしないが、少なくとも鎮静化する方にはいかなそうだった。

 

「この際だ。ついでに確かめてやる」

 

 ネロは乗りかかった船だとばかりにこちらにも首を突っ込んでやると決めた。右腕の疼きの原因とは無関係かもしれないが、帝国にいる以上は無関係でもいられない。なら徹底的に調べてやると半ば開き直った形だった。

 

 そうと決めると、大通りから狭い路地裏の方に入り、一気に屋根まで駆け上がる。いくら混乱して混雑していようと屋根を伝って逃げる者はまずいない。それは人間界でもリィンバウムでも同じなのだ。

 

 軽快に屋根を飛び移りながらしばらく進むと、黒煙が上がっていた場所が見えた。先ほどの繁華街や住宅街とは異なる目的を持つだということは一目でわかった。広大で整然とした敷地に堅実な造りの建物。そこへ続く道には同じような服を着た者が何人も倒れていた。

 

「軍の施設に殴り込みってところか」

 

 倒れている者が来ている服はトレイユの駐在軍人をしていたグラッド同じものであるため、ここが軍の施設であるとすぐにわかった。そして攻めているのはかつてトレイユに来たばかりの頃に戦った兵士と同じような鎧を着た男達だった。

 

 また、建物や地面は破損したり窪んでおり、恐らく先の爆発音はここを攻める際に用いられた召喚術によるものであることがわかる。

 

 ただ戦闘自体はまだ続いているらしく、敷地内の各所で戦闘に伴う音が聞こえてきた。とはいえ戦況は帝国軍が劣勢らしく、彼らは少しずつ後退しているようだった。

 

「そして、さっきの光はあいつだな」

 

 ここに来るきっかけにもなった紅い光。それを放ったと思われる男をネロは見つけた。光と同じ紅い両刃の剣を持ち、長く白い髪と肌をしており、さらに鋭利な棘のような装飾がついた輪が翼のように背中についていた。それはアズリアの弟であるイスラが魔剣紅の暴君(キルスレス)を抜剣した状態だった。

 

 服装こそやはり軍服ではないものの、イスラは当然帝国軍の側に立っているようで、他の軍人達とともに戦っていたのだ。彼が相手にしている相手は帝国軍のとは違う軍服を着て二本の剣を操る男、オルドレイクの実子ソルの護衛獣であり魔人形(ディアマータ)でもあるトウヤだった。

 

 戦況は若干無尽蔵の魔力を誇るイスラの方が有利なように見えるが、トウヤもまた的確に攻撃を防いでおり、一対一ではすぐには決着は着きそうにはなかった。だが、そもそもこれはルールに則った試合ではなく、双方が入り乱れる実戦なのだ。

 

 それを証明するようにトウヤの背後から主であるソルがロレイラルから召喚獣を呼び出した。それを用いて形勢不利な護衛獣を援護しようというのだろうが、呼び出された召喚獣はソルの意思に反してまるで役目を果たした時のようにロレイラルに送還されていった。

 

 もちろんそんな現象が偶発的に起きたわけがない。人為的に引き起こされたものだった。

 

「おいおい、何であいつが一緒にいるんだ」

 

 それを見たネロが眉を顰めた。ソルが呼び出した召喚獣を送還した者は彼も知る人物だったのだ。そしてネロはその男が何故ここにいるのかを確かめるために、戦いの場へと飛び込んだ。

 

 ちょうどイスラとトウヤがつばせり合うところに降り立ったネロは、レッドクイーンを使って紅の暴君(キルスレス)と烈霜焦炎を弾き上げると、そのまま剣を地面に突き刺し、柄を捻ってイクシードを燃焼させると、かかってこいと言わんばかりの轟音と振動が響き渡った。

 

 思いがけない乱入者にイスラもトウヤも鋭い視線をネロに向けるが、その後の対応は対照的だった。トウヤは敵と判断して剣を向けるが、イスラはトウヤも警戒しながらもネロに向かって口を開いたのだった。

 

「そういうところ親にそっくりだね」

 

「は?」

 

 見知らぬ人物から声を掛けられたネロは思わず聞き返した。もしもイスラが抜剣していない姿だったら、かつてトレイユで会ったことがあることくらい思い出したかもしれない。だが、今のイスラは髪の色さえ変わっており同一人物と思える要素は全くなかったのだ。

 

「恐らく彼は、君が誰だか分かっていないんだ」

 

「そりゃそうだが、何でお前がこんなところいるんだよ、ギアン」

 

 イスラにネロの状態を伝えた男ギアンにネロが尋ねた。彼こそ先ほどソルの召喚獣を送還した男だが、そもそもギアンはトレイユでイスラとギャレオに逮捕されたはずなのだ。常識的に考えて自由に戦える身分のはずはなかった。

 

「説明したいところだけど、あいにくそんな時間はないよ」

 

 イスラがそう答えると、周囲に敵の兵士が集まってきた。数的に劣勢だったうえ、分散した状態での迎撃を強いられていたのだ。敵の兵士がこちらに集まってきたということは他の場所は既に制圧されたことだろう。

 

 しかし、全部が全部敵の兵士に敗北したわけではなかった。

 

「イスラ、道は確保した! 西から撤退するぞ!」

 

「了解、姉さん!」

 

 帝国軍の軍服を着た兵士を一人連れたアズリアが来ると、イスラが待っていたとばかりに声を上げた。あるいはここでイスラが戦っていたのは姉が撤退路を確保する時間を稼ぐ意図があったのかもしれない。

 

「逃がすかと思うか! やれ、トウヤ!」

 

 一人も逃がしはしないという決意のもと、ソルはトウヤに命じた。それを受けた忠実な魔人形(ディアマータ)は烈霜焦炎を構えてイスラへ走り込んできた。

 

 しかしその間にレッドクイーンを肩に担いだネロが割り込み、振り下ろしてきた二本の剣を紙一重で躱すと、カウンターの要領でトウヤの腹へ足裏をめり込ませた。

 

 走り込んできた勢いとも合わさってトウヤの体は空中へ浮き上がり、そのまま見事な放物線を描いて建物の方へ吹き飛んでいく。

 

 そして蹴り飛ばされた先で意識を失ったらしいトウヤにネロが声をかけた。

 

「そこでオネンネしてな」

 

「相変わらず無茶苦茶な奴だ……」

 

 先ほどまで魔剣を持つイスラとほぼ互角に渡り合っていたトウヤを蹴り一発で戦闘不能に陥れたネロを、ギアンはトウヤをかつての自分と重ね合わせでもしたのか、苦々しい表情で見ているとそこにイスラが声を掛けてきた。

 

「何にせよ引くなら今の内だ。行くよ」

 

 目下最大の脅威であるトウヤを排除できたため、撤退にはこれ以上ない状況だ。イスラはこの機を逃すことなく、ギアンを連れてアズリアのもとに走って行く。

 

 ソルや無色の兵士達は当然それを追おうとするが、ネロはそれを許さなかった。このまま彼らにギアン達を追跡させてはまともに話などできるはずがない。何としてもここで諦めてもらうしかなかった。

 

「悪いがここから先は立ち入り禁止でね。お帰り願おうか」

 

「何だ貴様は……! 何故邪魔をする……!?」

 

「名乗るなら自分からだってママに習わなかったかい、坊や?」

 

 苛立たし気に声を荒げたソルにネロはへらへらと笑いながら答えた。誰が聞いても挑発目的だと分かる言葉だ。それを聞いたソルはむしろ冷静さを取り戻したのかサモナイト石を取り出しながら口を開く。

 

「もういい、このまま死ね!」

 

「へぇ、どんなのを呼ぶんだよ? どうせならカッコイイ奴を呼んでくれよな」

 

 召喚術を使おうとするソルにネロは余裕の表情を崩さない。あまつさえどんな召喚獣を呼び出すか期待している始末だ。

 

「ならこれで潰れろ! ディアボリック・バウンド!」

 

 ソルが召喚した赤銅色のサプレスの巨大な悪魔が手にした巨大な戦槌で叩き潰さんと振り上げる。しかしネロはまるで期待外れだと言わんばかりに首を横に振って呟いた。

 

「やれやれ、俺はカッコイイ奴って言ったんだがな……」

 

 ソルが召喚したサプレスの悪魔は強そうではあるが、贔屓目に見ても格好いいとはいえなかった。そもそもネロが期待していたのは、かつて敵対していたゲックが召喚したようなロレイラルの召喚獣であったため、サプレスの召喚獣を呼び出した時点で期待に応えることはできなかったのだが。

 

 一方、残念がるネロのことなど気にせずに悪魔は振り上げた戦槌を渾身の力をこめて振り下ろした。局所的な地震を引き起こすほどの威力を持つ一撃が直撃しようとした瞬間、ネロは右腕を振り上げて槌を力任せにかち上げた。

 

 サプレスの悪魔以上の膂力をもって悪魔を仰け反らせたネロはそのまま飛び上がり、悪魔の腕(デビルブリンガー)を伸ばして戦槌の柄を掴んだ。

 

「だがコイツは気に入った! ちょっと借りるぜ!」

 

 再び力任せに悪魔から戦槌を奪うと、今度は先ほどとは逆に悪魔に向かって振り下ろす。

 

 頭部に当たったネロの一撃はそのまま悪魔を地面に叩き伏せた。その衝撃が周囲に伝わり、帝都全体を揺るがすような地震を引き起こした。それほどの威力であるため、地面からは大量の砂埃が舞い上がりネロやソル、派閥の兵士達を巻き込む。

 

「散開しろ! また来るぞ!」

 

 互いの姿が見えない状態とはいえ、密集した状態で先ほどのような攻撃を受けては全滅すると悟ったソルが兵士達に指示を出し、自らも先ほどネロに吹き飛ばされたトウヤの方に走った。サプレスの召喚獣を一蹴するネロを戦うにはやはり魔人形(ディアマータ)の力が必要なのだ。

 

「手間のかかる……!」

 

 いまだ意識の戻らないトウヤを、召喚術を用いて回復させているソルが悪態を突いた。いつネロの追撃があるかわからないため、彼自身だいぶ焦っているようだ。

 

 そしてようやくトウヤの意識が戻ったのと、砂埃が落ち着いてきたのはほぼ同時だった。辛うじて再び戦う準備を整えたソルがネロの方を向いても、もはやそこには誰もいない。

 

 そこまで来て、ようやくソルはネロの目的に気付いた。

 

「クソッ、時間稼ぎが目的だったのか……!」

 

 アズリアを殺すという目的を果たせなかったソルが歯噛みした。

 

 しかし彼は内心、ネロとこれ以上戦わずに済んだことに安堵しており、それが余計自身の不甲斐なさをより一層実感させた。それがさらに悔しさを増すことに繋がっており、彼はきつく拳を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回投稿は11月をになる見込みです。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。