Summon Devil   作:ばーれい

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第121話 雲霞の悪魔

 忘れじの面影亭を訪れたネロ達は、当然のようにここに泊まることとなった。空いている部屋からベッドを持って来て即席で作られたのが、ネロとキリエの部屋だった。部屋の大きさ自体はかつて忘れじの面影亭に滞在していた時と変わりないため、ベッドが一つ増えた分狭く感じる。とはいえ、そこで寝泊まりするネロもキリエも文句はなかったのだが。

 

「……朝か」

 

 そんな部屋のベッドの中でネロは目を覚ました。昨日は那岐宮市での悪魔との戦った後に帝都ウルゴーラでの一波乱、そしてこのトレイユでのフェア達との再会と目まぐるしく状況が変化したせいか、存外、精神的に疲れていたようでだいぶ寝過ごしてしまったようだ。キリエは既に起き出したようで、隣のベッドは既に空だった。

 

 ネロは大きな欠伸をしながらベッドを降りると、いつものコートを着て部屋から出てとりあえず食堂に行くことにした。もう数年前のこととはいえ、数ヶ月滞在していた宿屋だ。ある程度生活のリズムはいまだ記憶していた。

 

「おはようネロ、ようやく起きたのね」

 

 先に起き出したキリエはネロの姿を見ると、食堂のテーブルを拭いていた手を止めて声を掛けた。

 

「ああ。そっちは随分早く起きたんだな」

 

「ネロ、おはよ。もうすぐご飯できるから待ってて」

 

 キリエに返答したネロの声を聞きつけたのか、厨房から顔を出したフェアが言うと、ネロは「はいよ」と答えるとキリエが拭き終えたテーブルに、ちょうど厨房の方が見えるように腰を下ろした。それを見る限り、どうやら彼には掃除を手伝うつもりはないらしい。

 

 そうして少しの間、待っていると玄関の掃除を終えたらしいエニシアが戻ってきた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう」

 

 エニシアはテーブルに座るネロを見つけると笑顔で言う。ネロも手を上げて返答すると、そこへキリエが近づきながら尋ねた。

 

「ここの掃除は終わったんだけど、掃除道具はどこに片づければいいのかしら?」

 

「あ、こっちです」

 

 尋ねられたエニシアはキリエを案内して、二人で庭の方に向かっていった。ネロはキリエがだいぶ馴染んでいる様子に心中で安堵の溜息を漏らすと視線を厨房の方に向けた。

 

 先ほどから食欲をそそる匂いが漂っているのだ。昨日の料理を見る限り今朝の朝食も期待していいだろう。

 

 そんなことを考えながら待っていると、不意に背後から玄関のドアが開く音が聞こえた。「こんな時間に客か?」と訝しみながらもネロが振り向くと、そこにいたのは見知った顔だった。

 

「おいおい爺さん、こんな時間にどうしたんだ?」

 

「……なぜ、お主がこんなところにおるのかはあえて聞かん。ワシらは少し頼みがあってきたのじゃ」

 

 昨晩のネロ達に続き、忘れじの面影亭を訪れたのは、かつてエニシアのもとにおり、レンドラーの同僚でもあった老召喚師のゲックだった。そして彼の背後には一人の男性を背負った知り合いの姿があった。

 

「ネロ君、すまないがフェア君はいるかい?」

 

 そこにいたセクターを見てネロは目を見開いた。ただ彼がゲックの旅に付き合っていること自体は、以前に聞いていたことを覚えていたため、驚くことではなかった。ネロが驚いたのは彼が背負っていた男のことだ。

 

「どこでそいつを……?」

 

 セクターが背負っているのは間違いなく那岐宮市で悪魔を呼んだ男女と対峙していた男だった。やはり彼もリィンバウムに来ていたようだった。

 

「こやつのことを知っておるのか?」

 

「……ああ。その言い方だとあんたも知ってるみたいだな」

 

 ゲックの質問に頷きつつ、ネロは暗に詳しく話せという意思を込めながら言葉を返した。

 

「事情は後で話すとするが、この男の名はカイロス・ウォルバング。かつてワシの部下であり弟子だった男じゃ」

 

 ゲックの言葉にネロはやはり、と思った。恐らく那岐宮市でリヴァイアサンへロレイラルの召喚獣で攻撃していたのはこの男なのだろう。同じロレイラルの召喚術を使用するゲックの弟子であるなら腑に落ちる。

 

 何にせよ、思いがけず巡り合えた貴重な情報を持つだろう男だ。ネロとしてもあの那岐宮市を悪魔が襲った一件について知るためにも、是が非でも情報を聞き出すつもりでいるようだった。

 

 

 

「あー! もう、あのバカ親父は!」

 

 ゲックからカイロスを拾った経緯を聞いた忘れじの面影亭にフェアの叫び声が響いた。

 

「フェア君、そう怒るものではないよ。きっと彼にも理由があるのだろうし……」

 

 セクターが彼女を宥めようとするが、それでもフェアの怒りは収まらないらしいが、ネロはそんことなど気にせずゲックに確認する。

 

「まあ、こいつのことは放っておくとして、だ。確認しとくと、あんた達が見つけたのはあの男一人なんだな」

 

「うむ。先ほども言ったようにワシら全員が見ておるし、その周囲も確認しておる。まず間違いはないじゃろうて」

 

 カイロスを見つけた時、ゲックとセクターは国境沿いの森林地帯で、フェアの父であり、メリアージュの夫であるケンタロウ一行と合流したところだった。フェアの妹のエリカの病を治す術を探して、エリカとメリアージュの親友である女召喚師ナイア・ノイマーノ、それに機械兵士のトライゼルドの四人で旅しているケンタロウ達とゲックはたびたび会うことがあったのである。

 

 もともとケンタロウはゲックがギアンの指揮の下、ラウスブルグを攻撃した際に交戦したことがあり顔見知りではあった。その後、セクターや子供同然のローレット達三姉妹、グランバルドと共に旅をしているとひょんなことから再会し、戦いの際も双方殺意があったわけでもなく、既に争う理由がなかった両者は和解していたのだった。

 

 その後は、エニシアと年も近いエリカのことをゲックも何かと気に掛けており、彼女の病を治す手がかりにでもなればと、会うたびに情報を提供していたのである。

 

 カイロスを見つけた時も、そうした情報提供と、何かと不器用なケンタロウから家族絡みのことを頼まれていた時のことだった。

 

 周囲が魔力によって大きく振動し始めたのである。それは上位の召喚獣を呼び出す大規模な儀式に似たものだった。次いで空に割れ目ができたのも束の間、そこから魔力による光が溢れ出したのである。そしてそれが収まった後に見つかったのが、カイロスだったのである。

 

「目視だけじゃなく、センサー類も使って念入りに確認したんだ。あの場に彼以外いなかったと断言していいだろう」

 

 ゲックの言葉にセクターが補足した。その場に大規模な召喚の儀式にも似た反応だったため、周囲の確認は彼らの安全にも関わることであり、細心の注意を払って確認していたのだ。間違えることなどありえないだろう。

 

「そこはいいけど、何でバカ親父はウチに連れて行けなんて言ったのよ! しかも本人はいないし!」

 

 再びフェアの声が上がる。倒れていたカイロスを忘れじの面影亭に連れて行くよう提案したのはケンタロウだった。それがフェアの怒りに火をつけた原因だったのである。

 

「彼は別な用事があるとかで町に入ったところで別れたんだ。たぶん用事が済めばこちらに来るんじゃないかな」

 

 彼には彼の事情があるのだとセクターは遠回しに伝えるが、それはフェアにとって逆効果だった。彼女にしてみれば、その用事の前に一言言いに来るのが筋だと思っているらしい。

 

「まあまあフェア、あの人も中々会い辛いのよ。分かってあげて」

 

 今度はメリアージュがフェアを宥めた。恐らくケンタロウがここに連れて来るように言った理由は彼女にあった。事実、運び込まれたカイロスは先ほどまでメリアージュによって治療を受け、今ではゲック達が旅の移動手段として使っているビルドキャリアーと呼ばれる車両で安静にしていた。

 

 彼女も天使の系譜に連なる妖精であるため、治癒の奇跡を使えるのだ。ただ、それ自体は彼女の力を色濃く受け継いだエリカも同様だが、病の原因がその受け継いだ力によるものであったため、エリカに治療させることには抵抗があったのだろう。

 

 メリアージュの言葉を聞いてもフェアの怒りは収まっていなかった。一応、彼女は人間界から帰ってきた後、ケンタロウとは顔を合わせている。メリアージュが閉鎖された異空間から解放されたことを知って戻ってきた時のことだ。フェアとしては、妹と何年ぶりかに再会できたことは喜ばしかったが、ラウスブルグの一件を自分に押し付けた格好になったことなど、父の身勝手な行動に対していろいろと口にした結果、口論となったのである。

 

 結局、エリカの病を治す術を見つけるため再びエリカと共に旅に出た今となってもその関係は改善していないのだった。

 

「……後はあいつが起き出してから話を聞くしかないか」

 

 フェアとメリアージュのやり取りを無視しながらネロは呟いた。身元が分かっただけでも進展したと言えるのかもしれないが、彼が目覚めないことにはこれ以上話が進みようもないことにもどかしさも感じていたのだ。

 

「ああ、そうするといい。あの状態なら今日にでも目を覚ますはずさ」

 

「うむ。目覚めたらあらためて連れてくるとしよう」

 

 セクターに続きゲックが言った。彼としてもかつての弟子が何故あの場にいたのかなど、聞きたいことは山ほどあった。ネロに聞いてもいいが、これまでの彼の反応を見る限り親しい間柄でもなさそうであったため、あえて話を聞かなかったのである。

 

 二人はそう言うと席を立った。元々あまり長居をするつもりはなかったらしい。

 

「さて、我々はここでお暇するよ。これから体のメンテナンスがあるんでね」

 

 数年前まではゲックを怨敵と見ていたセクターだったが、この旅の中でその関係はかなり良好のものとなっているようだ。

 

「最近はきな臭いからのう。……姫様も十分に気を付けてくだされ」

 

 本来、セクターの言ったメンテナンスは定期的なものではなく、今回のカイロスの件や昨日の帝都での政変を聞いて、不穏な空気を感じ取ったセクターとゲックの二人が急遽決めたものだった。まずはセクターから始め、次いで三姉妹やグランバルドにも行う予定となっていた。

 

「うん、ありがとう。教授も気を付けてね」

 

 自身を気に掛けてくれたゲックに、大人しく話を聞くだけにしていたエニシアが笑顔で答えると教授も目を細めて頷いた。

 

「帰ってきたらタダじゃ済まないんだから……!」

 

 二人を見送ってもなお怒りが収まらない様子のフェアをネロは苦笑しつつ見ていると、彼らと入れ替わりでまた見知った者がやってきた。

 

「ようフェア……って、ネロ!?」

 

「おう、久しぶりだな」

 

 玄関のドアを開けたグラッドがネロの姿を見て驚くが、当のネロはその反応はもう見飽きたとばかりに軽く手を上げて声を掛けた。

 

「お前どうしてこっちに……いや、そんなことよりお前のことを知ってる奴がな……」

 

「ああ、こいつから聞いてる」

 

 その者のことは既にフェアから聞いていたことを話した。

 

「なら話は早い! ちょっと待っててくれ、今連れてくるから」

 

 そう言ってグラッドは扉も閉めずに飛び出して行った。どうやら彼が来たのもその関係でフェアに話があったらしい。だが、当のネロ本人がいたため、直接連れてきて話をした方がよいと判断したようだ。ネロとしてもその人物から話を聞くつもりでいたため、なんら異論はなかった。

 

「もう、お兄ちゃんってばまだこんな時間なのに……」

 

 さすがにその話を聞かされたフェアはいつまでも怒っているわけにはいかなかったらしい。グラッドのことだから本当に言葉通りすぐに連れてくるだろうから、彼らの分まで朝食を作る必要があると考え、厨房に戻って行った。

 

「やれやれ、ようやく機嫌も……」

 

 ネロはようやく怒りが収まったらしいフェアを苦笑しながら開きっぱなしのドアを閉めようした時、そこから見える外の景色に違和感を持った。

 

(あれは雲、か……? いや……)

 

 トレイユから見て南東の方向、地平線より少し手前あたりから町に向かってくるのが見えた。最初は雷雲のような黒い雲に見えたが、雲にしては高度が低すぎるし、何より速度が速すぎる。そして目を凝らして見て、ようやくその正体が分かった。

 

(悪魔か……! 何だってこんなときに……!)

 

 黒い雲のようなものは雲霞のように夥しい数の悪魔だった。まだ距離があるためその種別までは不明だが、飛行が可能で、かつ、体のほとんどを黒かそれに近い色で占めている悪魔はそう多くない。メフィスト系かシン・シザーズ系の悪魔のいずれか、ネロはそう判断していた。

 

 それでもこのタイミングで悪魔を発見できたことは僥倖であった。ネロの悪魔の右腕(デビルブリンガー)にも悪魔を感知する力はあるが、その範囲は広くはない。むしろその力は悪魔を探すことより、擬態や変装を見破ることの方が向いているのだ。

 

「どうしたのネロ。じっと外なんか見て」

 

 扉に手を掛けたまま動かないネロを不審に思ったキリエが背後から声を掛けた。

 

「どうやら昨日に引き続きまた仕事をしなくちゃならないみたいだ。……キリエはここにいろ。何があってもここから出るなよ」

 

 最初に軽口を叩いたネロだったが、後半の言葉はしっかり言い聞かせるように彼女の目を見て言った。そして足早にレッドクイーンとブルーローズを取りに部屋へと戻って行った。

 

 

 

 そして必要な物を取って食堂に戻ると、そこには先ほど者達に加え、誰かが呼びに行ったのかコーラルとミルリーフもいた。これで現在忘れじの面影亭にいる全員が揃ったことになる。

 

 皆戻ってきたネロに視線を向けるが、誰かが口を開く前にネロが言う。

 

「コーラル。悪いがまた乗せてくれ」

 

「……分かった」

 

 コーラルは一瞬考えるような仕草をしたが、すぐに頷いた。

 

 今回の相手は空を飛ぶ悪魔である。悪魔を足場代わりに戦うこともできなくはないが、それでもやはり味方に空を飛べる奴がいた方が心強いのは事実だった。

 

「ミルリーフも行くっ! ミルリーフだって至竜だもん!」

 

「分かってるって、だからここに残すんだ。万が一、ここに悪魔が来たらお前がみんなを守ってやるんだぞ」

 

 選ばれなかったミルリーフが頬を膨らませながら詰め寄られたネロは、彼女を選ばなかった理由を説明した。とは言っても、それは理由の半分に過ぎなかった。確かにミルリーフの戦闘力はネロの除いたこの中では、コーラルと並び最強であることは疑いようがない。そのため、いざという時の戦力として残したのは事実である。しかし、悪魔と戦闘経験どころか、まともに戦ったこともない彼女をいきなり悪魔との戦いに駆り出すことは憚られたため、今回はコーラルと共に行くことにしたのだった。

 

「うー、……分かった」

 

 一緒に行けないのは不満ながら頼られたのは嬉しいミルリーフがとりあえず納得したのを見て、ネロは微笑を浮かべて彼女の頭を撫でた。

 

「ネロ……」

 

「心配すんなよ、あれくらいどうってことないって」

 

 ミルリーフから手を放し離れた時キリエに名前を呼ばれたネロは、彼女の言わんとしていることを察して苦笑いを浮かべながら答えた。キリエは両親が悪魔に殺されたという過去があるせいか、こうした悪魔絡みに関しては心配性になるきらいがあった。ネロはそのたびに今のような言葉を口にしてきたのだ。もちろんそこには強がりなど一切ない。実際ネロはあの雲霞のような悪魔の群れを見ても自分が敗れる想像など全くしていなかった。仮にあの十倍の悪魔がいたとしても時間こそかかるだろうが、殲滅自体はたいして難しくはないだろう。

 

 そうしてキリエに声をかけたネロは宿屋から外へ出て行く。もう少し時間さえ許せばフェア達にも声をかけたかったところだが、今回は敵が迫っていることもあって省略するしかなかった。

 

「乗って」

 

「ああ。向こうの黒い雲みたいのが見える方向だ」

 

 竜の姿に戻ったコーラルの背に飛び乗ると、ネロは目指すべき方角を声と指で示した。

 

 コーラルは頷くと地面を強く蹴って空中へ飛び出した。一対の大きな翼で羽ばたいて悪魔の群れへ向かって行く。

 

 僅かの間にぐんぐん距離が縮まって来ると、ネロの右腕も疼きはじめ、悪魔も視認できるようになってきた。どうやら黒い雲のように見えていたのは悪魔がマントのように纏うガス状の物質だったようだ。悪魔の体自体は青く大きな目を持つ紅い頭にと鋭利な爪を備えたが細い腕、さらにガス状のマントの下からは赤く細い尻尾のようなものも見えた。

 

「メフィストか……」

 

「知ってるの?」

 

 悪魔の種別を見抜いたネロの呟きを聞いて尋ねた。コーラルは幻獣界にいた頃は悪魔と戦ったこともあったが、地上で動くタイプの悪魔がほとんどで今回のように空を飛べる悪魔を相手にするのは初めてのことだった。

 

「まあな。あの黒いガスみたいので浮いてるだけで本体は気色悪い虫だ。あのガスさえ吹き飛ばしちまえば大したことはない。……っつても爪には気を付けろ、油断してると串刺しになるぞ」

 

 対してネロはかつてのフォルトゥナの事件ではメフィストとその上位種であるファウストとは戦ったことがあった。黒いガスが鎧のような役割を果たしているため、そのままでは思うように攻撃が通らないが、逆にそれを剥がしてさえしまえば防御力だけでなく飛行能力も失ってしまうのだ。よくも悪くも黒いガスありきの悪魔といってよかった。

 

「わかった。気を付ける」

 

 そう言って前に進むのをやめてその場で羽ばたき始めた。眼下にはトレイユに続く街道が見える。ここで悪魔を迎撃するつもりなのだ。ネロとしてもトレイユ上空でないため異論はなかった。

 

「先手必勝」

 

 コーラルはそう言って口を開いてそこに魔力を集中させ、それを光線状にして撃ち出した。白い光を放つ魔力の光線を距離によって減衰することなく悪魔の群れに直撃し、悪魔を消し飛ばした。それで全体の一割程度の悪魔を消滅させることはできただろう。

 

「思ったよりすばやい……!」

 

 だが、それはコーラルが期待した戦果ではなかった。一部の悪魔は攻撃が直撃する前にその射線上から逃れていたのだ。相当の距離があったとはいえ、放った魔力の光線の速度は極めて速い。それだけに悪魔に回避行動を取られ、倒せると思っていた悪魔に逃げられたのは予想外だったのである。

 

「いや、十分だ。……お前はああいうのが撃てていいな」

 

 だが、ネロはこの距離からの攻撃であれだけの悪魔を減らしたのなら上々の戦果だと考えていた。メフィストという悪魔はゆらゆらと漂うように浮遊する姿からスピードには優れないと見られがちだが、実際は隙を伺っているに過ぎず、攻撃時における速さを相当なものなのだ。

 

 それだけにこの距離でメフィストに打撃を与える攻撃を放ったコーラルのことを評価していたのである。むしろブルーローズの有効射程のことを考えると、実質的には近距離での戦闘を強いられるネロからすれば、コーラルのような長距離攻撃の手段があることは羨ましくもあった。

 

「さて、俺もそろそろやるか」

 

 羨望の声を向けるのもそこそこにネロは左手にブルーローズを握って、悪魔の群れへと視線を向けた。コーラルの攻撃を回避しようとしたせいか悪魔は先ほどまでのように密集状態ではなくなり、移動のスピードも落ちていた。

 

 それを好機と捉えたネロは背中から跳躍すると悪魔の只中に飛び込んでいった。

 

 そして悪魔の群れに接近すると、手近なところにいたメフィストを悪魔の右腕(デビルブリンガー)で引き寄せた。ネロの右腕は黒いガスを突破した正確に悪魔の本体を掴んでいた。ネロはそれを即席の足場代わりにして踏みつけるのと同時にブルーローズで撃ち抜いた。さらにまた新たなメフィストを引き寄せるようにしながら次々と悪魔を屠っていった。

 

 時にはレッドクイーンを使って黒いガス上のマントごとメフィストを両断したり、悪魔の右腕(デビルブリンガー)を使って頭部ごと握り潰したりするようにして悪魔の数を減らしていった。

 

 また、ブルーローズの弾が切れるとクイックローダーを放り投げ、空中に跳んだままリロードをやってさえみせた。曲芸染みた芸当を戦闘の最中に容易くやってみせるあたり、まだまだ余裕があるのだろう。

 

「さすがに手慣れている……」

 

 ネロの戦う様を見たコーラルは舌を巻いた。名もなき世界で会った時も悪魔と戦っていたし、悪魔退治のプロフェッショナルというのも知っていたが、こうして実際に戦っているところをみると、あらためてその技量に驚かされたのだ。

 

 できるなら援護の一つでもしてやりたいと思っていたが、先ほどのような魔力による攻撃は巻き込んでしまう恐れがあるし、ネロ自身も誰かとの共闘できるような動きもしていないため接近戦は自重しており、結果として最初の一発以降は見るだけに留まっていた。

 

 しかしそれも束の間、ネロの姿が僅かな隙間にしか見えないほど、彼に群がっていた雲霞のようなメフィストの群れは、唐突にそこから四分の一ほどが分かれると最初に発見したのと同じようにトレイユがある方角に向けて移動を開始した。

 

 それは先ほどまでのネロとの戦いのように、それぞれの悪魔が勝手気ままに動いて攻撃をしていたのではなく、明らかに誰かに指揮されているかのような統制がとれた動きであった。

 

 とはいえ、トレイユの攻撃が目的なのならばその行動自体はおかしなことではない。ネロという大きな障害があるのであれば、一部でそれを抑えて残りで目的地に向かうというのは人間界でも航空戦なので当然に採られている作戦なのだ。

 

 だが、 上位種のファウストならこうした行動をとる可能性もあるのかもしれないが、相手は下級悪魔のメフィストである。このクラス悪魔は目の前の敵を放置することはまずないのである。したがって、少なくともこの行動は外部から意思によるものである可能性が極めて高かった。

 

(クソッ、マジかよ……!)

 

 そのせいか、ネロもメフィストが取った行動に内心で舌打ちをした。しかし、分かれた群れの方を追うことはしなかった。あちらを追っては今相手にしている方を自由にすることになり、次はそいつらがトレイユに向かう可能性もあったのだ。そのため、ネロに出来たことはブルーローズを用いて、離れて行く悪魔の何体かを撃ち殺すことだけであった。

 

 

「…………」

 

 コーラルが移動するメフィストを迎撃すべく動いた。全てを止めることはできなくとも時間を稼げれば、ネロも今戦っている悪魔を殲滅してこちらに来られるだろうし、トレイユに向かう悪魔が減ればそれだけ対抗しやすくもなる。

 

 その考えのもと、コーラルがメフィスト達と交戦を開始するのを見ていたネロの脳裏にいやな想像が浮かんできた。

 

(しかし、悪魔が来たのはここだけなのか……?)

 

 下級悪魔のメフィストが見せた統制のとれた動きに何者かの影を感じたネロは、事態はもっと大規模なものなのではないかと勘繰ったのである。

 

 そしてそのネロの予感が正しかったことを証明するように、ほぼ同時刻、リィンバウムの各地、各都市を悪魔が攻撃し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回投稿は3月の予定です。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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