Summon Devil   作:ばーれい

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投稿が抜けていた第122話も同時に投稿していますので、そちらをご覧いただいてからの閲覧を推奨いたします。



第127話 奪還への道

 ネロは忘れじの面影亭にまで自身を訪ねてきた軍人に会っていた。訪ねてきたのはアズリア本人ではないものの、先日帝都で顔を合わせた者であったため、見ず知らずの相手ではなかった。

 

「あー、確かウィルとか言ったか?」

 

 真面目そうな顔こそ覚えているが、帝都では互いに名乗りはしなかったため、名前の方はうろ覚えであり、彼がアズリアに呼ばれていた時のことを思い出しながら、名を確認した。

 

「ウィル・レヴィノスです」

 

 年の頃は同じくらいか、少しウィルの方が上だと思われるが、彼はあくまで敬語でネロと接していた。同じ軍人でもグラッドはフランクな態度で接していることから考えると、彼は相当に真面目な人間であることは間違いない。ネロは心の中で「仲良くなれなさそうなタイプだ」と呟くが、それは決して態度に出さず要件を訪ねることにした。

 

「……で、俺に何の用だ? 大方あんたの上からの命令なんだろ」

 

 帝都でのアズリアとのやり取りを見る限り、ウィルはアズリアの副官のような立場にあるのだろう。軍人としては優秀なのだろうが、階級はそれほど高くはない若手の将校といったところか。何にせよ彼のようなタイプは自身の権限と責任の及ぶ範囲でこそ独断で動くが、今回のように軍人ですらないネロのもとを訪れるのは明らかに一将校の権限を逸脱している以上、もっと指揮系統が上の者からの命令によって訪れた考えた方が自然だった。

 

「その通りです。アズリア将軍よりあなたをお連れするようにと命を受けています」

 

「連れていくってどこへだ?」

 

 少なくとも現状ではトレイユを離れるつもりのないネロが尋ねる。この町の近くならともかく、彼らが駐留する所までと言われれば、はいそうですかと頷くわけにはいかない。

 

「テイラー・ブロンクス氏の邸宅です」

 

「ブロンクス……? ああ、確かリシェルの……」

 

 聞いたことのない人物の名を聞いてネロは首を傾げたが、すぐリシェルの姓と同じであることに気付き、その人物が彼女の親にあたる者だと悟ると同時に、ウィルが連れて行こうしている場所がリシェルの自宅であるとも気付いた。

 

 そこは当然トレイユにあり、忘れじの面影亭からも近いため、彼の申し出を断る理由はなかった。

 

「そこなら行ってもいいさ。早く行こうぜ」

 

 そうと決まればここで立場話していても時間の無駄でしかないと、ウィルに言った時、庭の方からフェアとケンタロウの声が聞こえてきた。何を言っているかは判別できないがどうやら言い争いをしているのは間違いないようだ。何にせよ、ここまで聞こえてくるとなると相当に大きな声だ。

 

「行かなくていいんですか?」

 

 その声を聞いても中庭には行こうとしないネロにウィルが声をかける。

 

「冗談、親子の喧嘩に割って入るほど馬鹿じゃないさ」

 

 話し合いの場を設けさせたのはネロではあるが、家族の問題に深入りするつもりはさらさらなかった。それに仲裁するにしても赤の他人であるネロよりメリアージュなどの家族の方が適任だろうという考えもあった。

 

「はあ、そうですか」

 

 納得しきれない部分はあったが、ウィルも自分に任せられた役目があるため、それ以上深く追求することはせずネロを先導しながら忘れじの面影亭を出て行った。

 

 

 

 

 

 リシェルの父であるテイラー・ブロンクスは金の派閥から派遣された召喚師とはいえ、実質的なトレイユのまとめ役であることは疑いようがない。アズリアが彼のもとを訪れたのも、彼女の指揮する部隊がトレイユに駐留することへの理解を求めるためだった。数年前に帝国全土で無色の派閥の一斉摘発を行った際は、全土の都市や町に対してあらかじめ説明されていたためその必要はなかったが、今回はアズリア個人の判断で動いている以上、駐留する都市や町への説明と理解は必要なことであった。

 

 もっとも、これは帝国の法に基づいたものではなく、円滑に物事を進めるための慣例でしかないのだ。帝都でのクーデター、各地への悪魔の襲来という理由から非常事態と判断して、それを行わないことは簡単だが、それでもアズリアは可能な限り平時の慣例に基づいた対応に努めた。町へ駐留するとなればそこに住む住人の理解必要不可欠であることが分かっているからだ。

 

 ネロが連れて来られた時も、そんな説明を行っていた。

 

「将軍、お連れしました」

 

 使用人に案内された一室のドアをノックして開けたウィルがアズリアに向かって報告する。その場には彼女とテイラー以外にもグラッドがいた。恐らく駐留軍人として同席を求められたのだろう。

 

 だが、屋敷の中に彼ら以外の軍人はいない。外でこそアズリアの護衛と思われる者たちが十五名ほど待機していたものの、中にいる軍人はアズリア、グラッド、ウィルの三人だけだった。

 

「ご苦労。よく来てくれたな、ネロ」

 

 アズリアはウィルに労いの言葉をかけると、ついでネロに席につくよう促した。

 

 ウィルはそのまま部屋を退出し、ネロは彼女の言葉に従い、ちょうどアズリアとグラッドが並んで座っているところの向かい側の椅子に腰を下ろした。上座にはこの屋敷の主たるテイラーが怪訝な顔でネロに視線を向けている。

 

「……で、わざわざ俺を呼んだのはどうしてだ?」

 

 ネロは足を組みながらアズリアに尋ねる。向けられた視線が気にならないことはないが、今重要なのは、なぜこの場に呼ばれたかである。

 

「我々はこれから帝都の奪還に向かうつもりだ。お前にはそれに同行して、悪魔と戦ってもらいたい」

 

「二日前に行った時には悪魔はいなかったはずだ。状況でも変わったか?」

 

 ネロが二日前のクーデターに巻き込まれた時、帝都にいたのは普通の人間だけだった。無論、レイを撃った時に感じた悪魔の気配は別だが、それはアズリアにも伝えておらず、彼女は知らないはずだった。

 

「昨日、悪魔がこの町を襲ったことは聞いている。同様の事態は帝国の各都市のみならず世界各地にも起きていた」

 

「それで?」

 

 ネロは言葉の続きを促す。彼女の言葉を聞いてネロは驚きよりも納得の方が勝ったのが正直なところだった。なにしろ悪魔と戦っていた時も、本当に襲われたのがトレイユだけなのか疑問に思っていたのだから

 

「だが、帝国の都市で一箇所だけ悪魔に襲われなかったのが帝都ウルゴーラだ。そして、バージル……お前の父君にそのことを説明すると言ったよ。悪魔をけしかけたのはクーデターを起こし奴らで、お前が撃ったレイと名乗る男もまだ生きているとな」

 

「なるほど。親父の言ったことを信用してんのか」

 

 悪魔に関してはネロも父の判断を疑ってはいない。レイに関してはネロ自身生きているのではないかと思っていたのだから、なおさら納得しないわけにはいかない。だが、ネロの正面に座るアズリアは、軍の指揮官という公的な立場を持つ人間だ。無位無冠の父の言葉を信用するのはなぜか気になったのだ。

 

「その言葉を、というより言った本人の方だな、信用しているのは」

 

 悪魔に街々を襲わせた元凶というのはともかく、銃で頭を撃ち抜かれた人間が生きているというのはアズリアとて信じ難いことだ。それでも彼女が、レイが生きていることを前提として動いているのは、これまでバージルの言った言葉がことごとく真実であったということが大きい。いわば彼を信用していると言い換えても間違いはないだろう。

 

「信用、ね……」

 

「……それで、こちらの頼み、引き受けて貰えるのか?」

 

 ネロの呟きが耳に入ったかは定かでないが、アズリアはネロに回答を求めた。

 

「悪いが断らせてもらう」

 

「……理由を聞かせて貰っても?」

 

 アズリアはその言葉を予想していたように落ち着き払った声で尋ねた。

 

「また悪魔が来るかもしれねぇ、まともに戦える奴が少ないこの町じゃあ、俺が抜けるわけにはいかないんだよ」

 

 ネロの言葉は以前バージルから聞かされていたものと似たようなことだった。彼の言葉の裏には残される者への想いがあるのだということは、アズリアにも十分に分かっていた。

 

「確かにこの町には各都市とは違って駐留する部隊はいない。その状態で再び襲撃があれば今度は被害を免れないだろう。……だが、お前が我々と来てくれるなら、こちらの部隊の一部をこの町に残そう」

 

 だからこそアズリアは麾下の部隊の一部をトレイユに残留させることを提案した。すると、その言葉に彼女の隣にいたグラッドと上座で会話に耳を傾けていたテイラーが目を見開いた。まさかネロ一人の協力を得るために、ここまでのことを言うとは思ってもいなかったようだ。

 

「数を減らして制圧なんかできるのかよ」

 

 ネロの疑問はもっともなものだ。クーデターが起こった時も帝都内には多くの兵士が存在していたのだ。トレイユに戦力を割いた結果、数で負けて帝都を奪還できませんでした、では笑い話にもならない。

 

「奴らが導入できる戦力はおおよそ把握している。半数を割いても十分対抗は可能だ」

 

 アズリアは少し前まで帝国全土を対象とした無色の派閥の摘発を行っていたのだ。それで手に入れた情報とギアンから手に入れた情報を突き合せ、相当に確度の高い情報を入手していたのだ。

 

 そこから考えると帝都のクーデターに導入された無色の派閥と紅き手袋の兵士の総数は、アズリアが有する戦力の三分の一から四分の一程度しかないのだ。そのため、半数をトレイユ防衛に割いたとしても、まだ数的優位は確保できる状態にあったのだ。

 

 もちろん彼女がこれだけの戦力を動かせるのは、本来の任務である聖王国との国境防衛に兵力を割かなかったからに他ならない。当然聖王国との国境付近は無防備になるのだが、その聖王国も各都市が悪魔に襲われ他国に侵略する余力がないことは、蒼の派閥の総帥であるエクスとの無線連絡を通じて確認していた。

 

 当のエクスもアズリアと同じく数年前にバージルから彼の計画について聞かされた一人であり、これだけ大規模な悪魔による攻撃があったのであれば、不用意な動きをするとは考えにくかったが。

 

「…………」

 

 ネロは無言で思考する。断るための理由を探しているのではなく、純粋に悩んでいるようだった。

 

 確かにトレイユに残れば己の仲間や大切な人を自らの手で守ることができる。だが、向かってくる敵を撃退するだけでは対症療法の域を出ることはない。その元凶を叩く必要性はネロも感じていた。

 

「頼む、力を貸してくれ」

 

「……わかったよ」

 

 頭を下げてネロは観念したように頷いた。

 

 それを聞いたアズリアは大きく息を吐いてテイラーの方に向き直り口を開いた。

 

「……話は決まりました。明日以降も部隊の半数はここに残らせていただきます」

 

「うむ。……しかし、半数も残してよろしいのですかな? 私は軍事には素人ですが数は多いに越したことはないのでは?」

 

 テイラーは金の派閥から派遣された召喚師であり、アズリアのように実戦経験は決して多くはない。それでも戦場において勝敗を分ける最も大きな要素は兵力の多寡であることくらいは理解していた。それを考えればいくらネロが悪魔に対する強力な戦力とはいえ、協力を得る見返りに兵力の半数を手放すというのは、バランスを欠いた決定だと思ったのだ。

 

「お心遣い感謝する。しかし、兵の半数を割いても彼が加わった方が、総合的な戦力は上であると判断しています。それに、このトレイユに住む者たちも我々にとって守るべき民に他なりません。帝都奪還のみを考えて戦力を集中させるのは、軍人の本分にもとります」

 

 だが、アズリアにとっては兵力の半分をトレイユに残すだけでネロの協力を得られるのなら御の字であった。なにしろ彼女は、絶大な力を持つバージルが物量差を容易く覆すところを何度も見ている。一騎当千どころか、一振りで千の悪魔すら葬りかねない力を持っているのがあの男なのである。そして、帝都で確認した限り、その息子であるネロも彼に準じた力を持っているのだ。

 

 そこがアズリアとテイラーの判断が異なった理由だ。テイラーもネロの力については聞かされているが、それはあくまで人伝であり、その目で直接見たわけではない。それゆえ、どうしても彼の常識で判断してしまう部分ができてしまし、その結果、ネロの過小評価に繋がってしまったのである。

 

「……わかりました」

 

 アズリアからそう言われた今でもテイラーの認識は変わらない。それでも指揮官である彼女がそう判断している以上、異を唱えるつもりはなかった。それに、トレイユのことだけを考えれば、兵を半数駐留させるというアズリアの判断は歓迎すべきものである。

 

 従来、トレイユにいる軍人は駐在軍人であるグラッドだけであり、その他まともに戦えそうなのは自身や蒼の派閥の召喚師であるミント、忘れじの面影亭を任せているフェアとその父ケンタロウ、そして娘が監督を務める開墾した農地の人夫として雇い入れた元旧王国の騎士団の連中くらいしかいない。

 

 トレイユ程度の規模の町として考えるなら比較的充実した戦力といえるが、それでも帝国の各都市に駐留する帝国の部隊を比較すれば、どうしても見劣りしてしまう。それで悪魔と戦っても被害を少なく抑えるのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 

「後の話はそっちでしてくれ。俺は戻らせてもらう」

 

 これ以上は自分が聞く話でもないだろうとネロが立ち上がった。アズリアの頼みは引き受けたとは言っても、まさかキリエ達に何も言わずに行くわけにはいかない。事情を説明するためにも忘れじの面影亭まで戻らねばならない。

 

「わかった。帝都に発つのは明日の昼だ。迎えをやるからそれまで準備を整えていてくれ」

 

「ああ」

 

 アズリアの言葉に頷き、ネロは部屋から退出した。

 

 そして、そのまま屋敷を出て行くと、後方から彼の名前を呼ぶ聞きなれたリシェルの声が聞こえた。

 

「ネロ! ちょっと待ってよ!」

 

「何だよ?」

 

 追いかけてきたリシェルは普段の彼女らしからぬ切羽詰まったような雰囲気が感じられた。しかし、彼女に呼び止められる理由など何も思い浮かばなかったネロは怪訝な顔を浮かべた。

 

「帝都に行くんでしょ? お願いがあるの」

 

「何だよ、さっきの話聞いてたのか……」

 

 アズリアと共に帝都ウルゴーラに向かうことはついさっき決断したことだ。ネロとアズリア以外でこのことを知っているのは、あの部屋にいたテイラーとグラッドのみのはずだが、恐らく隣の部屋から聞き耳を立てていたのだろう。

 

 テイラーの屋敷はその地位に相応しい立派な建物ではあり、部屋と部屋の間の壁も相応の厚みがある。ただ、それでも帝国の技術では防音に優れた建築材は使っていないだろうし、アズリアという帝国軍の高官が訪れているせいか、使用人達も物音一つたてていなかったのだ。この環境であれば隣の部屋から話を聞くことは難しくはないだろう。

 

 もっとも、それはアズリアも考えていただろうが、テイラーも知っている以上、屋敷の者に聞かれることは問題ないと判断したのだろう。

 

「勝手に聞いてたのは悪いと思ってるわよ……でも帝都にはママやルシアンがいるの! だから――」

 

「分かったよ。一番先にというわけにはいかないが、何とかする」

 

 リシェルの言葉を全て聞かなくとも、彼女が何を言わんとしているか理解できたネロが言った。家族を心配する彼女の気持ちは理解できるし、以前に世話になったリシェルの頼みを無下に断れるほどネロは薄情でもなかった。

 

 とはいえ、帝都について真っ先にその二人を探すというわけにもいかない。実際のところネロが自由に動けるのは、帝都にいるだろう悪魔を始末してから、ひいてはアズリア率いる帝国軍の勝利と帝都奪還がほぼ確実となってからだろう。

 

「うん……お願い」

 

「ああ、引き受けた。……ところでお前もフェアのところ行くのか」

 

 リシェルの頼みを受けたネロは話題を変えた。悪魔の襲撃以来、リシェルは忘れじの面影亭へ顔を出していない。そろそろ顔を出す頃ではないかと思ったのだ。

 

「ううん。パパの手伝いもあるから今日は行けないの。でもそれがひと段落すれば必ず行くから、フェアによろしくね」

 

「ああ、伝えとく」

 

 数年前に会ったときはまさに反抗期真っ盛りといった状態だったのに、変われば変わるものだと内心驚きながらも頷いたネロは、リシェルに別れを告げて忘れじの面影亭への道を戻って行った。

 

 

 

 

 

 翌日の昼前、ネロは帝都ウルゴーラを目指すべくアズリア率いる帝国軍とともにいた。ネロとの話し合いが妥結したのが昨日だから、これだけの規模の組織の行動としては相当に急いでいたことがわかる。

 

 そんな中、出立の準備を整えたアズリアはネロから、彼の同行者について話を聞いていた。

 

「……なるほど、話は分かった」

 

 簡単にネロから彼らの素性と連れて行きたい旨の話を聞き終えたアズリアはそう答えると、ネロの横にいる二人に視線を向けた。

 

 ミコトとカイ、この二人こそネロが連れてきた同行者だった。

 

 そもそも彼らをネロが連れてくることになったのは、昨日アズリアとの話し合いを終え戻ってきたネロが、アズリア達とともに帝都に行くことを皆に伝えた場でのことだった。

 

 キリエやフェア、ミルリーフなどはネロが行くことを心配はしていても、帝都に行くこと自体は認めてもらうことができた。それ以外にもトレイユ近くの農場で働いている、かつて剣の軍団を指揮していた「将軍」レンドラーと彼の部下たちが当面の間、忘れじの面影亭付近に留まることになったことを聞いた。

 

 これは先に悪魔が襲来した時、レンドラーは達が守るべきエニシアの住む忘れじの面影亭へ来ることができなかったことに端を発する。

 

 彼らもトレイユの町が悪魔に襲われていることには気付いていたが、準備を整えトレイユに駆けつける前にネロの手で悪魔は殲滅されてしまい、出る幕がなかったのである。こればかりは普段レンドラー達がいる農場とトレイユの間に距離があるためどうしようもないことだが、どうにもレンドラーはそれでは納得することができず、万が一に備え留まることにしたのだった。

 

 自身が抜ける代りとは言えないもでも、戦力が増えること自体はネロにも歓迎すべきことだったため、文句はなかった。

 

 ミコトがネロに自分も帝都に行きたいと言い出したのはそんな時だったのだ。

 

「まあ、向こうに因縁の相手がいるらしいし、あんたらには面倒かけないようにするって話だ。それならいいだろ?」

 

「お、お願いします!」

 

 ネロに続き、ミコトが頭を下げる。無茶なお願いをしていることはミコト自身にも分かっていた。それでもなお、彼を動かしているのは、どうしてもシャリマの真意を問いただしたかったからだ。

 

 なぜ、自分を捕えようとしたのか。なぜ、以前にリィンバウムに来たときは捕えなかったのか。そんな疑問は今でも胸の中に渦巻いている。頭では分かっていても、正直なところ、まだ彼女を信じたいという想いもどこかに残っているのかもしれない。

 

「私は……ただ、責任を果たしたいだけだ……」

 

 カイはそう言うが、その「責任」が自分とシャリマの始めたことに対するものなのか、ミコトに対してのものなのか、あるいはそれとも違う何かに対してなのか、本人にもよく分かっていなかった。

 

 それでも彼がここに来たのは、ミコトが帝都に向かうにもかかわらず、己はただトレイユでじっとしているのにも我慢ならなかったからだ。強迫観念にも似たその意識に背中を押されるがまま、彼は同行を申し出たのだった。

 

「……ここで議論しても時間ばかり浪費されるだけだ。同行は認めよう。ただし、こちらの指示にはしたがってもらう。それが条件だ」

 

 彼らが同行することについてどうこう言うだけの時間はない。そのためアズリアは最低限の条件を付けて同行を認めることにした。

 

「ありがとうございます!」

 

 そうした判断に頭を下げて謝意を示したミコトにアズリアは手を振って無用であることを伝える。

 

「なら、そういうことで決まりだ」

 

 ネロもひとまず話がまとまったことに息を吐いた。彼とて、事前の話し合いもなしにいきなり二人を同行させてくれという頼みが非常識であることは理解していた。それだけにアズリアにこの話をすること自体、心苦しかったのだが、それでもミコトを連れていくことにどこか本能的な部分で意味を感じたため、こうして話をすることにしたのだった。

 

「……まもなくここを出発する。それまでもう少し待っていてくれ」

 

 アズリアは既に命令を発している。あとは各隊から準備完了の報告を待つばかりなのだ。

 

 今回部隊を二つに分けるにあたって、アズリアはトレイユに残る部隊の指揮をギャレオに任せ、残る半数を自身が直接指揮する形としていた。一般的な部隊であればアズリアの下に現隊長であるギャレオを置き、トレイユに残る部隊の指揮は副官などの次席の指揮官に委ねるというものだ。

 

 だが、今回に限っては帝都へ向かう隊はもちろんトレイユに残る隊も戦闘を行う可能性が高い。現在の隊の副官であるウィルを信用していないというわけではないのだが、それでもアズリアとしては実戦を多く経験しているギャレオに指揮を委ねたかったのだ。それに加えてこの判断には、年若い指揮官より歴戦の風格漂うギャレオの方がテイラーの信頼も得やすいだろうという計算もあった。

 

 そうした事情もあり、帝都に向かう主だった者は最高指揮官のアズリアとその弟のイスラで、トレイユに残るのは隊長ギャレオに副官のウィル、それにギアンもこちらに含まれることとなった。これまでギアンの監視はイスラが行っていたことも考えると、帝都に向かう隊に加えるという考えもできるが、さすがにそれだけの余裕はないだろうと判断されてのことだった。

 

(さて、あんまり時間もかけてられねぇ、さっさとケリつけて戻るか)

 

 トレイユには以前とは比較にならない戦力が駐留することになったものの、それでもやはり心配がないと言えば嘘になる。それだけにネロとしてもアズリアの仕事に時間をかけるつもりはなかった。

 

 だが、それは帝都にいる悪魔が先日訪れた時と同程度であることを前提としたものであり、今もそれから変わっていないという保証はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は10月中の投稿予定です。

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ありがとうございました。

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