Summon Devil   作:ばーれい

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第13話 さよならのかわりに影をかさねて

「邪魔だ!」

 

 カイルがそう言いながら黒いぼろを纏ったヘル=プライドを殴り飛ばした。遺跡に向かう彼らに襲いかかってきたのは大量のヘル=プライドだった。

 

 一体一体は大した強さではない。動きも早いわけではなく、武器で攻撃すれば倒すこともできる。だが、問題はその数だった。カイルの言葉通りいくら倒しても勢いが衰える様子は全くなかったのだ。

 

 最初は襲いかかってくる悪魔に応戦していたが、一向に数が減ることがなく、このままではじり貧になってしまうと考えたアティ達は極力戦闘を避けることにした。

 

 それは船で戦う仲間たちにより多くの負担を強いることになるが、遺跡に辿り着かなければここまで来た意味がない、そう考え苦渋の決断を下したのだ。

 

 そうして針路を妨害する悪魔だけを倒しながら遺跡を目指して走った。

 

「ようやくつきましたね……、みなさん、大丈夫ですか?」

 

 アティが息を整えながら声をかけた。できる限り戦闘を避けたといっても、少なくない数の悪魔と戦いながら走ってきたため息を切らしている者が多かった。

 

 幸運にも彼女達のいる遺跡入口の周囲には、悪魔の気配はなく一休みできそうだった。

 

「わ、私は大丈夫、とにかく今は急がないと……」

 

 肩で息をしながらも先を急ごうとするソノラを抑えるようにキュウマが言った。

 

「無理はいけませんよ。ここから先は何が起こるかわかりませんし、できる限り万全の状態で中に入るべきでしょう」

 

「そうよソノラ。今は少しでも休みなさい」

 

「はーい」

 

 スカーレルにも言われソノラは大人しく休むことにした。

 

「遺跡に入ってからのことだけどまずは核識の間を目指してみてはどうかしら」

 

 核識の間は言葉通り核識となるための装置が存在する場所だ。以前にバージルが破壊した装置も中枢と言っていいものだったが、核識の間はそれ以上に重要な、この遺跡の心臓部なのだ。

 

「私も義姉さんに賛成です。喚起の門も起動していないとすると、他に何かできそうなところはそこしかないんです」

 

「そこでいいんじゃないか」

 

「そうですね、そもそも私達は遺跡について詳しくありませんし」

 

 カイルとヤードが同意する。その二人だけでなく他の者達も異論はなく賛成のようだ。

 

「では目指す場所も決まったことですしそろそろ――」

 

 アティがそう言いかけたとき、船の方から赤い大きな光が立ち昇った。

 

「どうやらあっちも始まったみたいだな」

 

 ヤッファが船の方を見ながら言った。赤い光がなんなのかアティは言われなくとも理解できた。それはイスラが紅の暴君(キルスレス)を抜いた光だった。

 

 もちろん何の理由もなく抜剣するはずがない。悪魔との戦いが始まったため抜剣したのだろう。もはや一刻の猶予もない。

 

「急ぎましょう!」

 

 息を整えることができた以上、もうここに留まる理由はなかった。アティの声を合図に彼女達は遺跡の中へ入って行った。

 

 

 

 

 

 バージルはいつも通りの速さで歩き続けていた。途中、何度かセブン=ヘルズが襲いかかってきたが、彼はその悪魔たちを例外なく瞬く間に屠っていった。

 

 にもかかわらず彼は全く疲れはおろか、息を切らしてすらいない。もはやセブン=ヘルズ程度では足止めすることすら叶わないようだった。

 

 そうしてしばらく件の悪魔の気配を追いながら歩いていくと、ある部屋の前まで辿り着いた。追っていた悪魔はこの中にいるようだ。

 

「この先か」

 

 呟きながらその中に入る。そこは部屋と言うより大きなホールのようなところだった。図面ではここは核識の間と呼ばれる場所のようだ。

 

 そしてその中央に存在する一つの大きな物体。悪魔の気配はそこから発せられていた。

 

(いや、違うな)

 

 たしかに物体から悪魔の気配がすることは間違いではない。しかしより正確にいうのであれば、さらにその中心部から気配を感じるのだ。

 

 それは、この物体がただの依り代ではないことを意味している。悪魔が依り代を得てこの世に現れるときは、それ全体から悪魔の気配を感じるものだ。しかし、目の前の物体はそうではなかった。

 

(となればこの悪魔は――)

 

 そのとき、バージルの思考を中断させるように目の前の物体が攻撃を仕掛けてきた。バージルに闇の球体が襲いかかる。

 

 魔力を使った攻撃だ。それ自体は珍しいことでもないが、問題はそのためにつかった魔力だ。

 

 それは碧の賢帝(シャルトス)から引き出せる魔力と同一のものだった。

 

 その事実がバージルに自身の考えが正しいものであると確信させた。

 

「やはりインフェスタントか」

 

 インフェスタント。魔界に住む寄生生物の一種だ。特段大きな力を持っているわけではない。しかし、このインフェスタントの恐るべきところは他のものに寄生する点だ。それも別種の寄生生物とは違い、生物や悪魔以外にも機械等の無生物、無機物にすら寄生することできるのだ。

 

 おまけにただ寄生するだけはなく、宿主の体を頑強に強化し、より強力な宿主を求めて殺戮を繰り返す習性を持っているため、非常に性質が悪い。

 

 そんなインフェスタントにとってバージルは最高の宿主だった。だからこそ、この悪魔はバージルを倒そうと攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

(なるほど、この世界に現れてすぐに仕掛けてこなかったのは遺跡に寄生するためか)

 

 おそらくインフェスタントは何にも寄生していない状態でリィンバウムに現れたのだろう。そのため、まずは手近にあった遺跡に寄生しようとしたのだ。バージルが遺跡全体から悪魔の気配を感じたのも、インフェスタントがこの遺跡そのものと融合したからだろう。

 

 そしてこの遺跡の機能を使い共界線(クリプス)から魔力を大量に引き出したことが、周囲一帯の魔力濃度を上昇させ悪魔が湯水のように出現するきっかけとなったのだ。

 

 バージルが思考を進めている間にもインフェスタントの攻撃は激しさを増していく。それはまるでこの核識の間自体が意志を持って襲いかかっているようだった。

 

 それもそのはずインフェスタントが寄生したのは人が界の意志(エルゴ)に成り代わるための装置なのだ。共界線(クリプス)を通じてこの場所そのものを武器にするなど造作もないことなのだ。

 

 それどころか、この島そのものが破滅していてもおかしくはないのだ。

 

 だが、バージルが破壊した遺跡の中枢部が島との接続を司る部分だったのが幸いした。そのおかげで島が破滅するという最悪の事態は避けられた。しかし、島を支配することができなくなっても遺跡自体を支配することはいまだ可能だった。

 

 事実インフェスタントはこの遺跡全体を支配し、完全に地の利を得ていた。

 

 島全体の支配から遺跡の支配へと規模こそ小さくなるものの、それはまるでかつての戦乱で無色の派閥と戦ったハイネル・コープスの再現だった。いや、インフェスタントに寄生され強化されていることも考慮すれば、戦闘力はかつて以上だろう。

 

 もはや生きた要塞と化したこの遺跡を攻略するのは、人の手では不可能だろう。

 

 そう、人の手では。

 

(つまらん)

 

 インフェスタントの攻撃を避けながら溜息を吐く。いかに多くの魔力を引き出したところで相手は下級悪魔。ただ、分不相応な力を手にしただけの雑魚。遺跡そのものを武器とした攻撃もバージルにとっては単調なものでしかなかった。

 

 もはや彼は目の前の存在に何の興味も抱いていなかった。それ故、一撃ですべて終わらせることにした。

 

 バージルの目が赤く光る。体の隅々まで魔力を行き渡らせる。それにより彼の体は変化する。より強き姿へと。

 

 魔人の姿へと。

 

 父から受け継いだ力の解放。悪魔の引鉄(デビルトリガー)

 

「It's over」

 

 インフェスタントが最期に聞いたのはその言葉だった。

 

 

 

 

 

 バージルが核識の間に入った頃。アティ達は遺跡の中を核識の間を目指して走っていた。彼女達は遺跡に入ってから一度も悪魔と遭遇していない。

 

 その理由は周囲を見れば明らかだった。周りには大量の砂が飛び散っている。それはセブン=ヘルズが依り代にしていたものだということはこれまでの戦いからよくわかっていた。

 

 驚くべきはその量だ。彼女たちがこれまでに相手してきた以上の悪魔を倒さなければ、あれほどの砂を撒き散らすことはできないだろう。

 

 こんな芸当ができるのは彼女達が知る中でただ一人だけだ。

 

「バージルさん、ここにいるんでしょうか?」

 

「たぶんそうでしょうね。……もっとも何のためにここに来たのかはわからないけど」

 

 アティの疑問にアルディラが答えた。

 

「お二人とも話しをしている場合ではありませんよ」

 

 ヤードの言葉で二人が意識を進む先に向けると、そこには核識の間への扉を背にしながら大きな氷柱が一本立っていた。

 

 ただの氷ではないことは誰もが分かっていた。

 

「…………」

 

 キュウマが用心しながらゆっくりと氷柱に近づいた瞬間、氷柱が砕け散り氷の鎧を纏った蜥蜴のような生物が出てきた。それの右腕は大きな氷塊ができており、左手には氷でできた鋭利な爪が生えていた。

 

「あれは!?」

 

 アティにはその存在に見覚えがあった。バージルと無限回廊に行った時に見た悪魔。フロストだ。

 

「みんな気をつけて! あれは悪魔です!」

 

 その言葉が戦闘開始の合図になった。

 

 ソノラが先手必勝とばかりに銃撃を浴びせる。

 

 先手を取ることは戦いに勝利するための有効な手段の一つである。もちろんそれは人間の身体能力を超える悪魔相手にも有効な手段となりえるのだ。

 

 しかし、フロストはそんなセオリーが通じる相手ではなかった。彼女が撃ち込んだ銃弾は全て氷の鎧に阻まれフロストの体に達することはなかった。

 

 銃弾が防がれた時、既にアルディラは召喚術の準備を整えていた。

 

「スクリプト・オン! ジップフレイム!」

 

 言葉と共に火炎放射器を装備した機界の召喚獣フレイムナイトを召喚し、人間なら炭化するほどの強烈な炎を浴びせた。氷を纏った悪魔だから熱には弱いだろうという考えでの選択だった。

 

 だが、それほどの高熱を浴びせられても鎧は溶ける様子を見せず、フロストは平然と炎の中を歩いてくる。

 

 その姿を見て誰もがこれまでの悪魔とは違う、一筋縄ではいかない相手だと改めて認識する。

 

 決して油断ならぬ相手だと分かってはいても、これまでほぼ無傷で悪魔相手に勝利してきたという事実が、心のどこかで慢心を生んでいたのかもしれない

 

 そもそも、これまでアティ達が戦ってきたのは、ほぼヘル=プライド等のセブン=ヘルズである。このセブン=ヘルズという悪魔は姿を現すにも依り代であり、その力も悪魔の中では最弱の部類に入る悪魔なのだ。

 

 それに比べてフロストは魔帝ムンドゥスが人間界侵攻のために創り上げた悪魔なのだ。戦うために創られたため、非常に高い戦闘能力を与えられているのが特徴である。氷を自在に操ることができ、それで作られた鎧は非常に強固で溶岩ほどの熱でもびくともしない。もちろん攻撃面でも隙がなく、ムンドゥスが創り上げた悪魔中でも最高傑作といっても過言ではないだろう。

 

 そのフロストが不意に空中に飛び上がった。

 

「伏せて!」

 

 戦いで培った経験からかスカーレルがそう叫んだ。

 

 跳躍が頂点に達すると同時に、フロストは氷でできた右腕を、まるで散弾銃のようにいくつもの大きな針にして四方八方に飛ばした。それも適当に飛ばしたのではなく、正確に狙いをつけての攻撃だった。もしもスカーレルの声に従っていなかったら、皆氷の針に串刺しにされていたに違いない。

 

 はずれた氷針は地面に当たり薔薇のようなオブジェになっていたが、それを気にする者はいない。なにしろ今のフロストは片腕を失っている状態なのだ。正に千載一遇のチャンスだ。

 

 今なら接近戦を挑める。そう考えたカイル、キュウマ、ヤッファ、スカーレルの四人が攻撃を仕掛けた。拳、刀、爪、短剣による反撃すら許さない程の猛攻に、さしもの頑強なフロストの鎧といえど亀裂が入った。

 

 このままでは鎧を砕かれると悟ったのか、フロストは右腕を瞬く間に再生させ、垂直に飛び上がった。

 

 そして落下の勢いを利用して右腕を床に叩きつけ氷の衝撃波を生み出した。

 

 だがそれもカイル達にはすんでの所で当たらなかった。フロストの飛び上がる姿を見て攻撃を止め、距離をとったことが彼らの命を救ったのだ。

 

 このまま一気にたたみかかえようと残ったアティ達が攻めかかろうとした時、氷針によってできた薔薇が爆発した。

 

 割れたガラスのような鋭利な破片が周囲に飛び散った。幸い命に関わるような傷は受けなかったものの、当たらなかった者もいなかった。

 

「全く、なんて野郎だ」

 

「ええ、あの氷はまるで鋼鉄です」

 

 ヤッファとキュウマが顔の傷から流れる血を拭いながら言った。

 

 鎧を攻撃していた者達の武器はひびや亀裂が入り、もう武器として使うとはできなさそうだった。

 

 だがカイルはそれ以上の酷い状態だった。武具を着けているとはいえ、直接拳で殴り攻撃をしているため、その手はひどい凍傷になっていたのだ。今はヤードが懸命に治療していた。

 

 それでも攻撃の手を緩めず氷の衝撃波、メガクラッシュによって発生した氷塊が消えると同時に、アティとファリエルが仕掛ける。

 

 ファリエルが氷の鎧の亀裂が入った箇所に渾身の力を込めて大剣を叩きこみ亀裂を広げる。さらにアティが剣を突き刺した。

 

 瞬間フロストが距離を後方に飛び退き距離をとった。それは己より格下の存在に、傷を付けられたこと対する驚きからの行動かもしれない。

 

 アティの一撃は強固な氷の鎧を貫通し小さいながらもフロストに傷を与えることができたのだ。

 

(こんなに強いなんて……でも、みんなと協力すれば!)

 

 バージルはこの悪魔をヘル=プライドを相手にするのと同じように容易く切り捨てていたため、ヘル=プライドを倒してきた自分達なら勝てるに違いないと思い込んでいたのだ。

 

 それがフロストの予想以上の手強さに驚くと共に、それでも鎧を貫いたように仲間と協力すれば倒せない敵ではないと確信した。

 

 アティはあらためて敵を見据える。仲間も武器が使い物にならなくなった者は二つ目の得物を手にそれぞれ構えを取った。

 

 対するフロストは姿勢を低くしながら唸りを上げ威嚇していた。

 

 しかし次の瞬間、不意に威嚇を止め核識の間の方に顔を向けた。

 

 アティ達がその行動の意味を理解できたのは数秒後だった。

 

 核識の間から膨大な魔力が溢れ出してきたのだ。

 

 その魔力に呼応したのか、碧の賢帝(シャルトス)がアティの手に出現した。

 

(どうして……!?)

 

 突然のことに驚くが、頭はすぐに冷静なることができた。もしかしたら彼女を包むバージルの魔力のおかげかもしれない。

 

 今為すべきことは目の前の悪魔を倒すことであり、碧の賢帝(シャルトス)のことを考えている場合ではないのだ。

 

 これまでとは違う蒼い魔力を放つ魔剣に驚く仲間達をよそにアティは、いまだ核識の間に顔を向けているフロストに全力の一撃を叩きこんだ。

 

 凄まじい魔力の奔流にフロストの右腕諸共、鎧は粉々に砕け皮膚が剥き出しになった。

 

「みなさん、一気に攻めましょう!」

 

 アティの声に頭を切り替えた仲間達は一斉に攻撃を仕掛けた。

 

 護人達は各々の最も強力な一撃を、カイル一家もヤードを中心として召喚術を放った。

 

 もはや何も防ぐもののないフロストは遂に倒れ、その体は氷となりついには消失した。

 

「やった……」

 

 誰かがそう呟いた。辛うじて勝つことができたが、体には多くの傷と疲労が蓄積されていた。

 

 だが、それを癒す暇はなかった。

 

 次の敵が現れたのだ。それもこの部屋の入口に。

 

 まるで逃げ道を塞ぐように、フロストが三体現れたのだ。

 

「うそ……」

 

 アティが呆然としながら呟く。同じ悪魔が一体だけでもあの手強さだったのだ。

 

 一体ずつなら碧の賢帝(シャルトス)を抜剣している今のアティなら勝利することも不可能ではないが、それが三体同時となると相当厳しい。

 

 だが、現れたのはフロストだけではなかった。核識の間から溢れ出ていた魔力の持ち主が現れたのだ。

 

 アティ達は背筋に冷たいものを感じながら、魔力の溢れ出る源へ視線を向けた。

 

 そこにいたものを見て彼女達は戦慄した。

 

 大きさは約二メートル、人と大して変わらない大きさだ。しかし、全身を蒼い鱗のような甲殻で包み、兜のようなものを被っている。

 

 そんな明らかに人間とは違う体からは、三体のフロストやアティが碧の賢帝(シャルトス)を手に放つ魔力が可愛く思えるほど巨大で圧倒的な魔力を放っていた。その規格外の力によって周囲には紫電が迸ってすらいた。

 

 どれをとっても紛れもない怪物だった。

 

「…………」

 

 無言で佇む怪物にフロスト達が大きく咆哮する。そして体を微粒子に変え瞬時に怪物の前に移動し、猛然と飛びかかった。恐るべき速度と一糸乱れぬ動き、まさに精鋭の名に相応しき戦闘能力だ。

 

 しかし、怪物にとってはあまりに遅すぎた。

 

 左腕から生えている鞘のようものから刀を抜き、一閃。それだけで三体のフロストは同時に両断され絶命した。

 

 だが、それを見ていたはずのアティ達には何が起きたか分からなかった。悪魔が怪物に襲いかかったのは理解できたが、怪物が何をしたのは分からなかった。

 

 まるで過程がすっぽり抜け落ちて結果だけを見せられたように、刀が抜き放たれ三体の悪魔が死んだということだけが理解できたのだ。

 

 そして怪物は刀を納めながらアティ達を見た。

 

 次は自分達の番だ。化け物がそう言っているように思えてならなかった。

 

 アティは恐怖に震える体を必死に抑えつけ、折れそうな心を鼓舞し、碧の賢帝(シャルトス)を構えた。勝てるとは思っていない。それでも船に残り戦っている仲間のためにも、島のみんなのためにも、ここで諦めるわけにはいかないのだ。

 

「ほう、俺と戦うつもりか?」

 

 怪物から放たれたその言葉にアティは混乱した。その声は バージルのものだったのだ。

 

「えっ……な、なんで……?」

 

 混乱する彼女を尻目に怪物は姿を変えた。いや、正確には人間の、バージルの姿へと戻ったのだ。

 

「バージルさんが……?」

 

「そんなことはどうでもいい、俺は行くぞ」

 

 いつも通りの抑揚のない声で話しながら歩いていく。

 

「あ、ち、ちょっと!」

 

 アティの言葉に反応したのか、彼は歩みを止め振り向きもせず言った。

 

「貴様らも死にたくなければ戦うことだな」

 

 言葉と共に鞘に納められた閻魔刀の鍔を親指で押し上げると、鏡のように磨きあげられた刀身が僅かに姿を見せた。

 

 この場で閻魔刀を構えるのは戦い以外ありえない。

 

 彼の言葉の意味を即座に理解したアティ達は武器を手に戦いに備える。

 

 そして現れたのは夥しい数の悪魔の群れ。この島に残された悪魔が魔人化したバージルの力に引かれて集まってきたのだ。

 

「いっぱい言いたいことがあるんですから」

 

 アティはバージルの隣に立ち、蒼い光を放つ碧の賢帝(シャルトス)を構えた。

 

「ならば、せいぜい生き残ることだ」

 

 閻魔刀を抜き放つ。バージルの島での最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 船に揺られながらバージルは本を読んでいた。あの島の遺跡にあった本だ。

 

 あの遺跡での戦いの後、彼はこの本を回収した後に船に戻った。そこには傷つきながらも島の住人を守るために戦っていた者達がいた。中には怪我をした者もいたが、死者がいなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 その日の夜みんなが無事生き残れたことを祝して宴会が催された。

 

 バージルはその席でやれあの姿はなんだだの、やれどうしていなくなったんだだのと質問責めにあった。彼にしてみれば至極どうでもいいことだったので投げやりに答えていた。

 

 そしてアティもまた質問責めにあっていたようだ。彼女とは離れた場所にいたためその内容を知らないが、こちらを見ながら答えていたため、恐らく自分に関連したものだろうことは予想できた。

 

 ちなみに彼女はあまり酒を飲んでいないにもかかわらず随分と顔を赤くしていたが、二日酔いにはなっていなかったので大丈夫だろう。

 

 それから十数日後、船は無事修理が完了し島を出発することになった。

 

 しかし、ヤードとジャキーニの弟分のオウキーニは島に残る身を選んだ。ヤードはアティのように教師となる道を選び、オウキーニは好いた娘と一緒になる道を選んだのだ。

 

 ヤードの抜けたカイル一家とオウキーニの抜けたジャキーニ一家が船を操り、帝国の工船都市パスティスを経由しアドニアス港へ向かうことになった。

 

 工船都市パスティスではジャキーニ一家にアズリアとギャレオ、そしてイスラが降りた。

 

 ジャキーニ一家はここで新たに船を調達し、再び海賊として海に繰り出すようだ。

 

 帝国の海戦隊に所属しているアズリアとギャレオはここにある海戦隊の本拠に出頭し、沙汰を待つつもりなのだ。

 

 部隊のほぼ全ての構成員を失った二人に下される処罰は決して軽いものではないだろう。それでも二人は甘んじて受け入れるつもりなのだ。それが部隊を率いる者の責務と信じいるから。

 

 イスラはあの戦いで誰よりも勇敢に、身を呈して戦った。その様は誰から見ても魔剣を持つに相応しい者の姿だった。

 

 紅の暴君(キルスレス)をこのまま持つことになったイスラは、軍人をやめ世界を見て回ろうと考えているようだ。しかしその前に、しばらく会えなくなるだろう姉と過ごすために、工船都市パスティスで降りたのだ。

 

 三人を船から降ろした一行はアドニアス港へ向う。そこがこの船旅の終着地点だった。アティとアリーゼも、そしてもちろんバージルもそこで降りるのだ。

 

 船に残るカイル、ソノラ、スカーレルの三人はこれまで先代と行った港を巡り、その後未知なる海への航海を始めるそうだ。そしてその航海を最後にスカーレルは船を降りるという。もうカイル達に後見人は必要ないということだ。

 

「おうバージル、そろそろつくぜ」

 

 カイルが声をかける。いつの間にか船は港の中をゆっくり進んでおり、しばらくして一つの埠頭に止まり錨を降ろした。

 

 船を降りたバージル達は見送りのために来たカイル達と向かい合う。

 

 しかし、誰も何も言わない。言ってしまえばそれが別れになることを知っていたからだ。わざわざパスティスを経由したのもこの得難い仲間との別れを惜しんだからかもしれない。

 

「礼を言う。世話になった」

 

 やはり最初に口を開いたのはバージルだった。

 

「それはこっちの台詞だぜ。バージルにも先生にもアリーゼにも、本当に世話になったな。また船が必要になったら呼んでくれよ、お前らの頼みなら世界の果てでも行ってやるぜ」

 

「絶対、絶対、また会おうね! 約束だからね!」

 

「達者でね」

 

 カイル達三人のそれぞれの別れの言葉。

 

「ありがとう、ございました!」

 

 アリーゼが涙を必死に堪えながら、頭を下げた。短い言葉の中には彼女の気持ちが込められていた。

 

「本当にありがとうございます。また会いにきますから、それまで元気でいてくださいね」

 

 最後にアティ。彼女も目尻に涙を溜めながら別れの言葉を言った。

 

 そしてバージルが身を翻し船から離れていく。アティとアリーゼも彼に続く。何度も振り返り、手を振って。カイル達も三人が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 港の中を三人が並んで歩く。

 

 これからバージルはこの世界を見て回り、本に書かれた言葉のことを調べることにしていた。今は旅をするのに必要な物を買い求めているのだ。

 

 アティとアリーゼは寄港したパスティスで、アリーゼの実家であるマルティーニ家に手紙を出しており、このアドニアス港で「迎えを出すのでそのまま待っていてほしい」との返事を受け取っていた。

 

 つまり、バージルとはここで別れることになるのだ。

 

 もちろんそれは島を出た時から決まっていたことであり、覚悟していたことなのだ。

 

 現在のリィンバウムでは列車などの陸上交通網はほとんど発達していない。せいぜい大都市間の乗り合い馬車がある程度だ。無論このアドニアス港から他の町へ向かうのにも馬車か徒歩で行かなければならないのだ。

 

 この世界の人にとってはそれが当然であり、どの町にも旅に必要な物を取り揃えている店はあるのだ。

 

 ちなみに買い物に使う路銀は無限回廊で倒した者から得ており、贅沢しなければ当分の間金には困ることはなさそうだった。

 

 必要な物を全て揃えたバージルは二人と共に、この港町の中央に位置する広場に来ていた。

 

「バージルさんにはいっぱい助けてもらって、本当にありがとうございました。……お元気で」

 

 買い物の最中も何度バージルにお礼の言葉を言っていたアリーゼだが、あらためて感謝と別れの伝えた。

 

「あの……」

 

 アティは何か言おうとしているが、言葉が出てこないようだった。

 

 そんな師の様子を見たアリーゼは二人の恩人のために一肌脱ぐことにした。

 

「あ、私今日の宿をとってきます! 先生はバージルさんを見送ってください!」

 

 それだけ言うとアリーゼは走って行ってしまった。

 

「街外れまで送ります。い、行きましょう」

 

 気を利かせてくれた彼女の好意を無碍にするわけにもいかない。アティは勇気を振り絞ってバージルの手を取ってぎこちなく歩き出す。

 

 いまだ心がまとまらないアティと口数が少ないバージルでは会話らしい会話なく街外れまで行ってしまった。

 

 それでも何か言わなければと彼女は言葉を絞り出した。

 

「お別れ、ですね……」

 

「ああ」

 

「また、会いにきてくれますか?」

 

「気が向いたらな」

 

 相変わらずいつも通りのバージル。

 

「世話になったな」

 

 彼はそれだけ伝えて彼女に背を向け歩き出す。

 

 このまま何も伝えないままだと、これが永遠の別れになってしまう。そんな気がしたアティは彼の名を呼んだ。

 

「バージルさん!」

 

 振り返ったバージルにアティは抱きついた。彼の胸に体重を預け、目を瞑り、背伸びをして、つま先で立って、口付けをした。

 

 数え切れない感謝と決意を込めて。

 

 二人がそうしていたのは十秒か二十秒か、アティには分からなかった。

 

 ゆっくり唇を離し目を開け、バージルを見つめる。

 

「会いにきてくれなかったら、私が会いに行きますから。……だから、やっぱりお別れはしません」

 

 絶対にこの別れを永遠のものとしない。これが彼女の決意だった。

 

「……好きにしろ」

 

 それでも変わらない無表情。だが、バージルはアティを拒絶しなかった。その気になればいくらでも振り払うことができたのに、それをしなかったのはなぜか。そこに彼の答えがあるのかもしれない。

 

 アティに見送られ次の町を目指すバージルは懐の本に手を伸ばした。それに書いてある言葉が彼の道標なのだ。

 

「まずは無色の派閥でも探すか……」

 

 彼をそこまで固執させるその言葉は――。

 

 スパーダ。

 

 父の、名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

第1章 忘れられた島 了




これにてサモンナイト3編は終了になります。

いかがだったでしょうか。

次回からは世界を旅するバージルを描いていく予定です。ただ、少し更新は遅くなると思いますが。

ご意見ご感想お待ちしております。


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